Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『火の玉ボーイ』(鈴木慶一とムーンライダース)


 鈴木慶一氏の記念すべきソロ・デビュー・アルバム『火の玉ボーイ』(1976年1月リリース)。ムーンライダーズのファースト・アルバムとして紹介されていることがあるけれど、実際には慶一氏のソロ・プロジェクトだ。本人もはちみつぱい解散後のソロ・アルバムのつもりだったが、何かの手違いでアルバム・ジャケットには「鈴木慶一ムーンライダース」(ライダーズではなくライダース表記)とバンド名がクレジットされてしまったのだという。METROTRONレーベルからリイシューされた時には「鈴木慶一」と単独表記されたが、現在リリースされている物は再び「鈴木慶一ムーンライダース」名義に戻っている。


 収録曲は、


 SIDE A (City Boy Side)
  M-1.「あの娘のラブレター」(作詞/鈴木慶一岡田徹 作曲/岡田徹
  M-2.「スカンピン」(作詞・作曲/鈴木慶一
  M-3.「酔いどれダンス・ミュージック」(作詞・作曲/鈴木慶一
  M-4.「火の玉ボーイ」(作詞・作曲/鈴木慶一
  M-5.「午後のレディ」(作詞・作曲/鈴木慶一

 SIDE B (Harbour Boy Side)
  M-6.「地中海地方の天気予報」(作詞/鈴木慶一矢野顕子 作曲/鈴木慶一
      〜「ラム亭のママ」(作詞・作曲/鈴木慶一
  M-7.「ウェディング・ソング」(作詞/鈴木慶一岡田徹 作曲/岡田徹
  M-8.「魅惑の港」(作詞・作曲/鈴木慶一
  M-9.「髭と口紅とバルコニー」(作詞・作曲/鈴木慶一
  M-10.「ラム亭のテーマ〜ホタルの光」(作曲/鈴木慶一スコットランド民謡)


 上記の通り、アナログ盤ではA面には「City Boy Side」、B面には「Harbour Boy Side」と洒落た呼称が表記されている。参加ミュージシャンは、はちみつぱい〜現ムーンライダーズのメンバーはもちろんのこと、矢野誠細野晴臣矢野顕子、徳武弘文、南佳孝ら豪華多彩なメンバーだ。


 レコードの宣伝コピーは「大都会の吹き溜りが生んだ天使達 鈴木慶一ムーンライダース。一年余の歳月を懸けて遂に録音完了。」というもの。「大都会の吹き溜りが生んだ」なんて、幾分はちみつぱいの「裏路地風」というか「やさぐれ」イメージを引きずっていたのかなあと思う。聴き比べれば一目瞭然だけれど、はちみつぱい時代とは全く違った、抽象度の高い映画的な世界が展開している。カラフルで、ロマンティックで、時にエロティックだったり、エキゾチックだったり・・・。ピーター・ボグダノヴィッチじゃないけれど、かつての夢に溢れた総天然色のハリウッド映画に憧れているような幾分ノスタルジックな香りも。様々なミュージシャンを要所に配し『火の玉ボーイ』の世界を作り上げる慶一氏のアプローチは、映画監督的でもある。若き慶一氏のヴォーカルは伸びやかで気持ちがいいし、全編通してこんなに陽気で晴れやかなポップ・アルバムはちょっと他に見当たらない。慶一氏自身、これほどまでに己のポップ・センスを全開にして見せたのは、本作と後の『マザー』くらいではないかと思う。(ムーンライダーズになると次第にひねくれの度合いが増してゆくので、『火の玉ボーイ』ほどの爽快感は薄いのだ)


 『アメリカン・グラフィティ』のウルフマン・ジャックよろしくDJががなりたてるM-1「あの娘のラブレター」。ロマンティックな貧乏賛歌M-2「スカンピン」。ムーディな犯罪映画的世界を描くM-4「火の玉ボーイ」。物憂げなM-5「午後のレディ」は岩井俊二監督のドラマ『夏至物語』に使用されている。ちなみに岩井俊二は初期ライダーズのファンで、自作『Love Letter』『PICNIC』『スワロウテイル』には慶一氏を俳優として起用している。『PICNIC』では牧師役の慶一氏に「塀の上で」芝居させたり、『スワロウテイル』ではレコード会社の重役役で「昔アグネス・チャンのバックで・・・」と楽屋落ち的セリフもあったりして、マニアぶりを見せてくれた。ウエスタンの世界が楽しいM-9「髭と口紅とバルコニー」も後に三木聡監督の映画『転々』(2007年)に使用されている。個人的なベスト・トラックは、M-9「髭と口紅とバルコニー」かな。何度聴いても楽しく切ない気持になる名曲だ。


 やれリマスターだボーナストラック付きだ紙ジャケットだとリイシューが繰り返される度につい買い直して、何枚も持っているアルバムがないだろうか。自分の場合は『火の玉ボーイ』がそれに当たる。『火の玉ボーイ』はオリジナルのアナログ盤リリース(1976年)以降、アナログ盤再発(1979年)、CD化(1988年)、ムーンライダーズBOXに収録(1996年)、CD再発(1997年)、CD再発(2001年)、アナログ盤復刻(2002年)、そして今年2011年に紙ジャケCDで再発、と繰り返し繰り返しリリースされている。数えてみたら、今年の1月に出たのを併せて4枚(アナログ盤併せると5枚)も持ってた。勿論、全て持っているぜというファンもいるだろう。それくらい名盤中の名盤なのである。もしもムーンライダーズ鈴木慶一の音楽を聴いたことがないという方は、是非一度聴いてみて欲しい。ポップとはこれ、エヴァー・グリーンとはこれ、聴くたびに心躍る本当に素晴らしいアルバムなのだ。


 『火の玉ボーイ』リリース後のコンサートは、ムーンライダーズのアーカイヴ・シリーズVol.1『Moonlight Recital 1976』(2005年12月リリース)で聴くことが出来る。今年は35周年を記念して『火の玉ボーイ』を再現するコンサートも開催された。個人的な事情&震災後のゴタゴタで行けなかったのが今更ながら悔やまれる。アーカイヴ・シリーズの一環として音源化してくれないかなあ。


火の玉ボーイ

火の玉ボーイ