Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『世界の全ての七月』(ティム・オブライエン)

世界のすべての七月 (文春文庫)

世界のすべての七月 (文春文庫)


 ティム・オブライエン『世界のすべての七月』July, July (2002年)読了。ティム・オブライエンは、ベトナムでの従軍体験を描いた『僕が戦場で死んだら』『本当の戦争の話をしよう』等で知られるアメリカの作家です。これまで読んだティムの作品はどれも面白く、とりわけ『カチアートを追跡して』と『ニュークリア・エイジ』には大きなインパクトを受けました。どの作品からも不器用なまでに実直な作者の姿勢が伝わってきます。登場人物の一人がベトナム帰りという設定なので『世界のすべての七月』にも戦場のエピソードが出てきますが、本作はそれがメインではありません。


 『世界のすべての七月』の舞台は、ミネソタ州ダートン・ホール大学の卒業30周年記念同窓会。60年代後半のベトナム反戦や政治闘争で揺れる熱い時代に大学生活を送ったかつての若者たちも、今や50代を迎えています。それぞれの事情を抱えて再会した中年男女の群像劇が展開します。小説は、二晩に渡って延々と続く同窓会の様子と、登場人物それぞれにスポットを当てた章が交互に描かれていきます。


 『世界のすべての七月』はこれまで何度か読もうとしたことがあって、いつも初めの数章で挫折していました。今回が4度目のトライで、ようやく最後まで読み終えることが出来ました。何で挫折してたかと言えば、とにかく登場人物たちが皆いい年してウジウジ、メソメソ、ベタベタしている訳ですよ。そりゃあ年をとったからといっても世の中全てが分かる訳ではないし、欲望が消えて無くなる訳でもない。四十にして惑わず、五十にして天命を知る、という風にいかないのは理解してますが。それにしても、腰の据わらない、面倒くせえ奴ばっかり出てくるなあと途中でうんざりして読むのを止めていたのでした。


 初めの数章を過ぎて、登場人物たちの立ち位置が把握できると、どんどん面白くなってきました。やがて、かつてのいじめられっ子が超能力で同窓会を血の海に染めるという衝撃のクライマックスを迎えます。とういうのは嘘で(当たり前だ)、ロバート・アルトマンの群像劇よろしくアンチクライマックスでぐだぐだなまま展開していきますが、ユーモアを交えた語り口は飽きることはありません。


 今回最後まで読み通せたのは、遥か年上と思っていた登場人物たちの年齢に自分も近づきつつあることが大きいのかもしれません。登場人物たちに共感・・・はしませんでしたが、「こうはなるまい」(もしかしてもうなってる?)と何度も思いましたね。そして自分もまたやっぱりいまだにウジウジと悩んでいるのかなあ、と思ったりして。


 翻訳者は村上春樹。登場人物がすぐ「やれやれ」とか言いそうな(実際言ってたかも)村上調ですが、悲喜劇てんこ盛りの本作にはとてもフィットしていると思いました。訳者あとがきを読むと、ティム・オブライエンのことは大分気に入っているようです。『世界のすべての七月』という邦題(原題は“July, July”)も印象的。作者ティムが登場人物たちに注ぐ共感と愛を、翻訳者である村上春樹も共有しているのだろうなあということが伝わってきます。