Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『パターソン』(ジム・ジャームッシュ) 

パターソン [Blu-ray]

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 ジム・ジャームッシュ監督の近作『パターソン』(2016年)鑑賞。これは期待以上に良い映画だった。大げさなことを言うと、ここ数年間に見た中で一番感動した作品かもしれない。燃えた!とか泣けた!とかそういうのとは違って、心地良くじわりと胸に染込んでくるような。お話のスケール感、キャラクター描写、シーン構成、カット割り、台詞、音楽、そして滲み出るユーモア、その全てが、とてもしっくりと馴染む感じ。


 舞台はアメリカの小さな街パターソン。主人公は町と同じ名前を持つバス運転手パターソン(アダム・ドライヴァー)。パターソンは毎朝愛妻ローラの隣で目を覚まし、腕時計で時間を確認し、一人で朝食を済ませ、徒歩で仕事場まで向かい、バスを運転し、昼は手弁当を食べながら詩作に耽り、仕事を終えて帰宅し、傾いた郵便受けを直して、妻と夕食を取り、夜は愛犬の散歩がてらバーに立ち寄ってマスターや常連客と会話を交わし、帰宅して愛妻の隣で眠りにつく。映画はそんなパターソンの毎日を丹念にスケッチしてゆく。


 『パターソン』は「ジャームッシュがバス運転手の日常生活を淡々と描く」と聞いて想像する映画とは違っている。80年代の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』以降、淡々系の作風続けて30年、ならばもっと枯れた映画になってそうだが、まるで新人監督が撮ったかのように瑞々しい。あまり詳細を記述すると無粋な気がするので省略するけれど、主人公パターソンが趣味の詩作を通じて眺める世界が新鮮な発見をもたらす。日々のちょっとした差異が新鮮な驚きをもたらす。


 ジャームッシュの新作は何とゾンビ映画なのだという。ジャンル映画をジャームッシュ流に料理した一連の作品群(刑務所もの『ダウン・バイ・ロー』、西部劇『デッドマン』、殺し屋『ゴースト・ドッグ』、吸血鬼『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』等)に連なる企画と思われ、どんなアレンジが施されているか興味深い。うらぶれた通りをゾンビがのろのろと歩く姿を移動撮影で捉え、バックにはR&Bが流れたりするんだろうか。ゾンビは絶対にダッシュしたりしない、ロメロ系のゆっくりゾンビなはずだ。


(『パターソン』 PATERSON 監督・脚本/ジム・ジャームッシュ 撮影/フレデリック・エルムズ 音楽/スクワール 出演/アダム・ドライヴァー、ゴルシフテ・ファラハニ、バリー・シャバカ・ヘンリー、クリフ・スミス、チェイセン・ハーモン、ウィリアム・ジャクソン・ハーパー、永瀬正敏 2016年 118分 アメリカ)