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kinta.org H

2018-06-25

身近で暮らす創価学会学会員の人々がなにを考えているのかわからないしなにを考えているとしてもなんということもないはずなのだけどこのたび身近で暮らす創価学会学会員の人々の行動については非難したい気持ちでいるが創価学会に関係なくとても変な言動をとる人々がたまたまみなさん創価学会学会員だということなのかもしれませんけど本当に気持ち悪いしもしかしたら頭がおかしいのではないかととても疑問に思うけど頭がおかしいのでは?などとたずねたらすまいに放火や放尿などの加害をされるのではないかと不安ですし殺害されるのではないかととても不安に思うのでたずねることができないのだがたまたま創価学会学会員である身近で暮らす創価学会学会員の人々がなにも考えていない可能性はある

2018-04-18

かめのえさ

f:id:kintaorgH:20180418100344j:image:left今日からおそらく29つつめ。

テトラレプトミンからテトラレプトミンスティックにしたときがたぶん28つつめで、このたびの記録の空き容器がですのでおそらく28つつめで新しいのが29つつめ。


「きょうだいの配偶者

昨年兄が死んだのですけど、まだ1年経っておらず。兄が死んでから親族とか姻族とかの生死とか転所などがたて続けにあり。生はなかったです。死がいくつかと転院・転所がいくつもありまして、兄が死んでないときから転院はいくらでもあったから兄の死はなにかを思い出すときのマーカーの役割になっているだけで人々のくらし、わたしたちのくらしとしては前後に大きな差はなく年寄りは入退院をくりかえし死にそうな順に人は死ぬ。

兄の急死・急逝が、わたしにとって大きなできごとだったという自覚はあるけどいったいどのようなできごとだったのかは未だわからずしかし、わたしは死ぬことがこわいと思うようになっているのか目が覚めてすぐ、いつ死ぬかわからないのでいま死にたいと今朝は思った。兄の子らと親しくなる前に死にたい、死ななければいけないということをずっと思っている。


先日「弟の夫」というドラマをみて兄の妻の気持ちについてなにか気づいたような気がした。

のこされた兄の妻子については、まず困難な未来があることを想像し、そして。すぐには決断できない重要なことについてはなしたり、くだらないまったくどうでもいいことをはなしたり。そういう相手を失う、もしくはいないということがどういうことかを想像した。わたしや身近な人々や行政はなにができるのかを考えていたのかもしれません。

しかしもっとシンプルに。兄の妻は悲しいのではないかと思った。夫の死を悲しむドラマの場面をみておそらくはじめてちゃんと、兄の妻は悲しいのではないかと思った。

もしかしたらわたしも兄の死が悲しいのかもしれない。

よくわからない。兄に生命保険かけて殺人してたとしたら、できごとや気持ちがはっきりわかったのではないかと思う。


「弟の夫」は録画してたのをまとめてみたのだけど、満島ひかりさんが「荒木さんの写真はぜんぶ、愛感じる」と言ってる「写真家 荒木経惟 77歳の切実」の CM が流れてギョッとした。「その知識、本当に正しいですか?」を思い出して。


参照・参考

2018-03-21

決めなくてはいけないこととかときとかがあって、決められないのは仕方ないのかもしれないのですけど考えるとか調べるとか読むとかはしてほしいと思うことが多く、デート中の食事についてなに食べるなんでもいい中華にしようか中華はちょっとじゃあイタリアン……とか、夕飯なに食べたいなんでもいいよそれが一番こまるんだけど……とかの架空のやりとりはとても良いことのように感じる。電気ケトルの容量やらくらくスマホ4の色は決定しないと購入できないし、婚姻届に記した「婚姻後の夫婦の氏」で夫婦はくらしていくことになる。なぜそうしたかという自他からの問いと、正誤善悪の自問はずっとつづく。医師はおそらくなにかをわかっていたり知っていたりするだろうけど親族がそこにいる場合はドクターはうながすだけでどうするかは親族が決める。身近な人のとき。わたしたちにはドクターからていねいな説明がありそのあいだずっと医療スタッフによる心肺蘇生はつづけられていて、母が「もうやめてもらおうか」と言って兄の妻は「はい」と言った。そのときの母と、兄の妻にわたしはまったく同意したし今もずっとそれはそう。


生活看護介護があると決めなくてはいけないことやときは多く、看護介護を受ける本人の決定の力が小さい場合は関係者が決めることになってて(想像では育児も)、わたしどもについては被介護者の親族がそれをします。「保証人にだけはなるなと言われて育った」とか「金は出しても口出すなということだ」とか発言することは思考停止の発表だと長いあいだ思っていて、決まり文句のあと、入院・入所の保証人を断られても転院先の病院の選択を丸投げされても、思考停止してるんだなバカになったんだから仕方ないなと思っていて、しかし。同じようなことばをくり返し聞いているうちにもしかすると言い聞かせているのかもしれないと思い、自分自身に言い聞かせているのかもしれないと思い。やらないということを実行するということは勇気がいることで、自分がやらないことをだれかにやらせるのは甘えだとしたら、勇気もないし甘えることもできず先祖の遺言とか一般論とかみたいなことばにすがっているたいへん気の毒な状態なのかもしれず、舛添要一さんが言い続けた「介護はプロに」ということばも、西原理恵子さんがパートナーの介護はしないと公言するということも、それらを支持する人々のことも。決断がゆらがないように、後に続くだれかの気持ちが少しでも楽になるように自分自身にも公にも言い聞かせてがんばってるのかもしれないと思うようになったのだけどわたしがこの人たちのこのようなふるまいを支持しないということは変わりなく。現状「介護はプロに」は「介護は自分以外のだれかに」ととてもそっくりで、外国人技能実習生とか両親と同居している未婚のきょうだいとかナース(マン)とか。それぞれいったいなんなのか、未成年者や障害者高齢者の保護責任者とはいったいなんなのか。


「金は出しても口出すな」に関しては、本人宛の請求書にあるだけが経費じゃないのであるならあるだけ出してからそう言ってほしいし、入所とか転院のときにフィットした情報と意見と本人への説得はしてほしいし、そもそも圧倒的にたりないのは手足で。ベッドから車椅子への移動に手を貸してほしかったし家から病院までの足(車)を出してほしかった。自宅と急性期病院の往復をくりかえす状態を脱し、父はとうとうやっと療養のルートに乗ったので今後の移動は病院と相談ということになった。親族の足はもういらない予定だが、医療療養と呼びつつ中身はほとんど介護療養で今後どんな変更があるかわからない。介護はおむつ交換することばかりではないけどおむつを交換するにもひとりよりふたりがスムーズで、食事介助に3人4人は多いとは思うけど介護者が多すぎるという現実を未だ1日も経験したことがないのでわからない。


西原理恵子さんが言ったらしい「家族が不調なときに1番やっちゃいけないのは、親戚のおばちゃんにアドバイスをもらうこと」という現実はどなたかに。もしかしたら若い人々にあてはまるのかもしれないのだけど、年齢は関係ないのかもしれないのだけど、わたしの身近な「親戚のおばちゃん」たちは自分か家族が介護者か被介護者か病人のどれかで。こちらはアドバイスを、説明や契約のときには立ち会いを、現金の移動のときは付き添いを求められる。子らに相談して「おかあさんのしたいようにしたらいい」「おかあちゃんの決めたことに文句はないよ」などと言われたことをはなすおばさんの背中に手をあてる。母の背にはだれかが手をあてる。どうしたらいいのかわからないのは考える頭がたりないからかもしれないのだけど、考える人間の頭数がたりないのかもしれず、なにをどう決めても必ず後悔することはすでに知っているのに決定しなければならず。

手出しをして足を出して考えたことを口に出してお金はもっと出してほしい。ない人はいいです。


参考(参照?)

2018-03-17

家族のメンバーに対する特定保健指導があって厚生労働省とかけんぽとかのなにかで。受験した高校の偏差値の高さ(が低いということ)は無関係ではないと思いますけど、指導内容にある食事の回数・比率・時間などがものすごくわからなくてむずかしいということがあって、精神病だとか神経症だとかにわたしはなって自死したいです。前田さんは家族のメンバーとの初回の面接で指導は仕方なくやってるという旨の発言をしたとのことで気の毒で同情しますし、こちらも特定保健指導の意義を感じないので似たような気持ちと思った。しかし建前か証拠作りかなにかで書類をなんどか送付してきて、都度返信を求めてくることにストレスが大きく殺されるのではないかと思う。返信に対してうれしいと前田さんからの返信があるたび、自分が仕事をしている証拠が集まってよろこんでいる姿が目に浮かび、姿をみたことは一度もありませんが浮かび、自分は健康を守ってわたしのことは精神病神経症で死なす気なのだなと思います。牛乳の摂取量を減らすように指導があったのちに、朝食にバナナと牛乳を摂取することをすすめられて、たぶん受験した高校の偏差値が低いということはわたしの学力が低かったということで、計算とかはもっとも能力の低いもののひとつでそれらが高ければ牛乳のはなしの意味はわかるのだろうと思う。

家族の他メンバーに別の指導があった過去には、その者には既往症がありましたので担当医師に相談したところ「メタボの定義がわからん」と一蹴され、厚生労働省のかわりにわたしが医師にわらわれたということです。

わたしが健康や生命を失うと、家族のメンバーの食生活はよくなくなると思うのでみな病人と死人になる。病気になっても医療保険の金を圧迫せずに死んだら政府の希望に沿う。

2017-08-16

母の日, 父の日, 兄の死

f:id:kintaorgH:20170816045636j:image:left母の日。てぬぐい。花嵐

f:id:kintaorgH:20170816045633j:image:left父の日。てぬぐい。雷様。

どれくらい前のことだったかはもう忘れてしまった。親を亡くした知人が忌引きの休暇だか欠勤だかの期間ののち出勤したところ、顔を合わす人々は次々と各々の身内の不幸のはなしをしたと言って。故人と同じ病気をしただれかや、それを看取った・看取ることができなかっただれかがかわいそうだというはなし、若い親を亡くした者、若くして親を亡くした者、親がいない者。その者たちはとても辛かったというはなしをきかされることになったと言って嘆いた。


今年の台風5号が大きな話題になってしばらくして。気がついたら看板が消えていて、すこし前、兄が路上で病死したのだけど「心肺停止の状態で発見され搬送先の病院で死亡が確認されました」という慣用句みたいな状況で、病死だろうけど「事件・事故の両面で(も)捜査しています」という慣用句みたいな状況でつまり。目撃情報を募る看板が長い、体感では3年、実際には3ヶ月のあいだ立っていた。


わたしにはきょうだいがなんにんかいるのだけど両親が共通なのはこの兄だけで、このことばはないかもしれないが同父母兄妹で。兄妹には認知症の父がいて祖母と父の介護をしている母がいて、兄には妻がいて幼い子がいて、兄と妻子には信仰があって、静かにおくりたいという両親の希望よりも優先すべきことがあって、通夜・告別式でわたしたちは300以上の人々にあたまをさげて、わたしは。兄の妻子と両親を支えろということばを数えられないほどきいた。はじめは数えてた。


どんなことを言われるかは予想していたし、過去。裁判所結婚式場など。兄の都合でいくことになるたび。そこにいきそこにいることの覚悟をしていたし、このたびも覚悟はあったのだけどとにかく人は多く。ドラマのセリフみたいにバカみたいに同じようなことを。別々の人々がバカのひとつおぼえみたいに次々と。兄の妻子と両親を支えろとのことでして、頭がおかしくなるのではないかと思ったのだが頭がおかしくなっているのはわたしではないのではないかと思って、兄とわたしが似ていることであなたを見るとつらくなるため見ていられないと言った人に謝罪をしたとき、今のところ。頭がおかしいのはわたしではないと自信を持った。


2歳か3歳のこどもが参列していてウソみたいにかわいらしくて母が「おにんぎょさんみたい」と言ったことで、まず人がいて人形があってそして人形みたいな人がいるということを思い出して、現実のできごとがあってドラマがあってドラマみたいな現実のできごとがあるのだと思って、セリフみたいなバカみたいなことを言う人は現実にいて、わたしはバカがドラマのセリフみたいなバカなこと言ってると思いながらも現実にダメージがあって、なんかややこしいなあと思ったが。人々に創作物の影響がなければ、想像もつかないほどバカみたいなことを言う人や、なにを言うべきかわからず困惑する人などと対面することになったのかもしれない。


お供えかな。アンリ・シャルパンティエテリーヌ・ドゥ・フリュイと京都宇治式部郷のさくら紅葉と月まどかがおいしかった。


「父はわたしが小さいときに亡くなりました」人生でなん回言うことになるのか。兄の子。そう言ったらあやまられるみたいな、なんかでみたことあるようなやりとりは未だにあるのかないのか。まあ、今世紀末にはなくなってるかな。

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