百八記blog

はてなダイアリー「百八記」から引っ越しました。相変わらずの、がさつずぼらぐーたら。

読了

さっき、熱く語りまくった長大な文章がうっかり消えてしまい(だからテキストに書いてから日記に載せればよいものを・・・懲りないw)、がっくりきているので短めに。
今日読了のこの2冊は、関連性は無いのだけど読む私のほうで勝手に共通テーマを見てしまう(だから本はいろんな組み合わせで同時に読むと一粒で何度でも美味しくなって楽しいな)。『赤ちゃん〜』は2年前の刊行、『老いる〜』は各章の初出は2000年前後だが、この文庫本は11/30発行。この数年で大きくクローズアップされてきた問題であることには違いないか。
で、私が今回見てとったテーマというのは、どういう環境で、生まれ、育ち、育て、看取り、看取られていくのが望ましいのかということ。2冊は、そこに、家族主義の限界を見ている。
とはいえいまさらコミューンで育つ子供たち、みたいなことも出来ないだろうし、どうしたものでしょうね。『老いる準備〜』は、行政の為すべきことと社会団体が行うことをもっと柔軟にしかつ評価をはっきりさせることで、解決をはかろうとしている。『赤ちゃん〜』は社会学が絡んでいないのでそこまで明言しないが、後半のあちこちに、母親にだけあるいは父母にだけ育てられることの危うさを覗かせる。多様な人々が日常的に{赤ちゃんに/老人に}積極的に関わりあう社会を選択すべきではないか、そのような活動に注目すべきではないかと、2冊が私に語りかけるようだ。
有難いことに、この数年で、会いたいと思えば容易に会いにいけるところに乳幼児が増えた。更に増えつつある。養育責任の無い子供はたいそう可愛い。すいませんねえ、気楽な立場でばっかり楽しませていただいちゃって、と引け目も感じるものの、とりあえず赤ちゃんについてはまだまだ体験の機会はありそうだ。
老人介護は、近い将来、いきなり「私の問題」として目の前に立ちはだかることだろう。そのとき私はどうするか。あと何年余裕があるかわからないが、動じない私でありたい。

ああ、最後に・・・どちらの本も、私の好きな人々に、強くおすすめしたいと思います。

赤ちゃんは世界をどう見ているのか (平凡社新書 (323))

赤ちゃんは世界をどう見ているのか (平凡社新書 (323))

老いる準備 介護することされること (朝日文庫)

老いる準備 介護することされること (朝日文庫)