文明が手放した「自己肯定感」

先週に引き続き、昭和記念公園にいき、風景スケッチをする。家族連れや、カップル、若い男女のグループで賑わっていた。ここにいる人々は、みながみな、屈託はなさそうに見える。

しかし、いま社会では、事態を正視できないような、凄惨な、救いようがない出来事にあふれており、自分も含め、ここにいる人びとも、同時代の空気に対応したり、対応しきれなかったりして生きていることには違いはなく、そういった事件や事故をいくら厭い、そこから離れたくても、宿命的に無縁ではいられないのだ。

たとえば、今「自己肯定感が、乏しい若者が増えている」と、言われ、SNSなどに「死にたい」と書き込むケースが増えている、という。しかし、自己肯定感が乏しいのは、若者に限った話でなく、子供から中高年まで蔓延した、現代人の宿痾のようなところがある。おそらくこれは、少子高齢化と同様の、文明の高度化による、構造的な問題ではなかろうか。

「自己肯定感」は、乳児や幼児から、親や親戚などの家庭環境や、生育過程によって植えつけられ、与えられ、心の底に根雪のように溜まるもので、青年期になってから、それが不足しているからといって、自前で積み上げようとしても、なかなか難しいものである。

後発的に「自己肯定感」を獲得するには、仕事で業績を上げたり、組織や社会で権力を得たり、経済力をつけたり、というものがあるが、ただ、これらは全て、他者との比較のもとになされる相対的なものでもあり、入手も喪失も浮び沈みも激しいもので、実のところは、自己肯定感の代替品には、なりにくいものだ。

「自己肯定感」は、自前で作り上げるものではなく、原理的には、他者から、外界から与えられるものだ。それは上述したような「親から愛情たっぷりに育てられた」というような、情緒的なものが基本になるが、それだけでなく、社会構造的に、遍く配給されるべきものでもある。すくなくとも、かつてはそれがなされていた。

個人の自己肯定感を支えるものとして、縦軸には社会階層(たとえば、江戸時代における士農工商)があり、横軸には、階層ごとの共同体(例えば、部落や村落、都市近郊の下町など)が存在していた。個人は、縦軸と横軸で、社会における自分に割り振られた存在位置、つまり「身のほど」を、明確に「わきまえる」ことによって、自己を規定し、多くはそれを受け容れていたのである。

有史以来、世界に遍在し続けてきた階層社会は、下部構造に押し込められた人々に人権上不当な重圧をかけ、能力や活力のある人々にとっては、恨むべき、外されるべき頸木に他ならなかったが、その反面、社会の恒心を維持し、そこに参加する人々の自己規定(自分はこの立ち位置で生きていくのだ、という自覚)を明確にするシステムとして、確実に機能していたのではないか。

縦軸(社会階層)と横軸(共同体)による自己肯定は、当然ながら、個人の自由を制限し束縛を伴うものである。福沢諭吉が「門閥制度は親の仇である」といったような、理不尽さが、当然そこには取り巻いていた。近代文明を支える「個人の自由意思の尊重」とは相反する性質のものだ。つまり人間は、文明という自由を手に入れる代わりに、「社会階層」と「共同体」という、個人に自己肯定感を継続的にもたらしてきたシステムを、手放したのである。

なお、以上は、「自己肯定感」の喪失に関する構造的解釈つまりは「マクロ」の視点であり、では、たった今、自己肯定感の喪失に苦しんでいる人びとは、どうすれば苦しみを薄めることができるのかという、「自己肯定感」の復活に関する「ミクロ」の対処法は、何なのなのだろうか。自分には、その見当は未だつかないでいる。