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2011-12-07

幸せでありながらも、被災を忘れない

先日京都で、京都から東北被災地ボランティアで入り続けているグループの方の2次被災をケアさせていただく機会を持ちました。

若いチームの方たちに限らず、ボランティアとして被災された方を助ける役割に同一化している方は、自分に起こるショックや傷つきを”ないことにしがち”です。

こないだお会いした方は、眠れなくなったりご飯もたべられなくなっていて、

つらいことや悲しい事をためておく器がもう一杯になり、溢れている印象を持ちました。

それでも、彼女は、ボランティアにいきつづけようとしています。

若さというものは、すばらしい残酷さがありますよね、自分の同じ年齢の頃を思いました。

自分の場合は、彼女以上に、自分の小さな声を聞けませんでした、間違いなく。

またある人は、被災地で体験したつらい出来事をみることができず自分の中に置き場所をみつけられないので、罪悪感と結びつき、知らないうちに自分を否定し攻撃していたのでしょう。ボランティアチームの中での人間関係が壊れだし、そこを離れるしかなくなっていました。


これは、どういうことなんでしょう?

3,11の地震津波による災害東京電力福島原発での事故は、終わっているのでしょうか?

被災者とは、誰なんでしょう?

一途な魂たちは、まるで身代わりになるように、自分を傷つけていく。

それで良いのだろうか。それも青春でしょうか。

ほおっておいて、良いわけありません。

同じ道を通ったものとしては、すべての声をひろった上での青春をすすめます。



ボクにできることは、

彼女たちが、自分が聞けなくなっていた声を聞くことを手伝うことでした。

そのことによって、分断されていた心が、再び一つになっていきました。

彼女たちは、源につながりながら活動をつづけていくでしょう。

今日は、なりゆきで、岩手県陸前高田市に来ています。

一つの町が、すっぽりと無くなっていました。

奇跡の一本松が枯れようとしています。

その町の跡は、なにやら、天とすーっとつながっているような気配がしました。

被災地は、終わっていないです。

自分が幸せになっていきながらも、

同時に、被災地を忘れないで生きていきたい。

それは、自分の中にある欠落や喪失とともに生きるということでもあるのだろう。

2011-07-28

ありのまま

ひさびさの記事となります。ご心配をして下さった方、ありがとう。ぼちぼちと再開して参ります。

さて、先日、あるワークショップの中でのこと。

何十人もの参加者が椅子に座って回りをぐるりと囲んでいる中、中央でのグループでワークの場面です。

選ばれたテーマは、「子どもが親孝行をしない」ということでした。同時に「親孝行はどうやってやるのかわからない」というテーマもでていました。

雑談のように自由に対話したあとで、

話の流れから同意を取った上で、

父親の立ち位置と子どもの立ち位置を設定しロールプレイを始めました。

子どもの立ち位置にたってくれる日を募集すると5人前後。

父親の立ち位置には、7人くらいが立ってくれました。

このワークでは、内容(コンテンツ)としての左脳的、意識的、論理的なことと、その場で起こってくる右脳的、共時的、ハプニングを公平に大切にしていくものです。


娘は、

「私が彼氏を連れて行った時に、どうして一言も彼と話してくれなかったの?」と話をきりだします。

父親は、娘に、

「この間、部屋に入ってもいいか?と聞いたら、拒絶したのは何故?」

と、問いかけます。

話のコンテンツはかみあいません。

二人のコミュニケーションがかみあわないように。

ファシリテーターとしては、このコンテンツをかみ合せることはしません。

このかみあわない中で、何が繰り返されるのかを探して観ています。

すると、次のことに気づきました。

娘たちの言っていることは、

「ただ、コミュニケーションをしたい」ということです。

それに対して父親たちは、

AKBの全員の名前を言えるよ」というような返事が返されます。

たまらずに娘から

「お父さん、こびないでよ!」という声があがります。





人から投げられるコミュニケーションというボールを、そのまま受け取ることは難しい。自分のはまっている役割や、相手に対する思い込みが、必要でないことをさせる。それを止めて手放すこと。自分がありのままであること。そうやって無心に生きていこう。自分がありのままでなくて、どうして人がありのままであれるのだろう?

2011-02-12 エジプトの自由、日本の自由

ニュースを見る限り、エジプトは民衆がムバラク独裁政権を引き下ろした。

自分たちの手で足でからだで、自由を獲得したように見える。

これは、すごいことなのではないか。

今、3年間暮らした大阪の山の中の家を引き払っている。

この自分は、自由だろうか?

エジプトの民衆のように獲得した自由を、おれは持っているだろうか?

一方で南京大虐殺の生き証人がなくなったとの記事あり。

いろいろな思いの駆け巡る一日。

つづく。

2011-01-28

おふくろの足の指

おやじが倒れて、すでに一ヶ月強。

バックアップする家族も、心理的にも暮らし的にも長期的な体制に入っている。

おふくろは、血圧があがっている。

本人曰く、「忙しいのと、ストレスのせいだ」という。

さっそく、医者に行き、かるい血圧を下げる薬をもらってきていた。

おふくろは、突然、話しかけてくる。

これはなかなか困る。

女性の日常的なおしゃべりは、苦手である。

けさ、おふくろのしもやけで赤くなった足の指をもむ。

足の指を丁寧にもみ、足の裏をもみ、ふくらはぎをほぐす。

おふくろの足は、冷たい。

根気よく、あたたかくなるまでもんでいこうか。

2011-01-20

魂の器としての家族2

この人生へ産まれてくる前に、何かの目的があってその家族を選んで産まれてくるのだとしたら、そこには何があるのだろう?


たとえ、「楽しいだろうから」という理由で親を選んだとしても、人生が楽しいばかりであるのはまれだろう。家族という器の中では、喜びがあれば、悲しみもあり、怒りや、失望、喜怒哀楽すべてが起こる。人間のもっているあらゆるグラデーションを体験する器なのだから。


おそらく、その家族でしか体験できないだろう何かがあるから、その家族を選ぶのではないかな。では、それは何だろう?


Q:あなたが何かを選んで親の元へ産まれてくると仮定してみる。

実の親、実家である原家族でしか、体験できない何かがあるとしたら、なんだろうか?


Q:そこになんらかの課題があるとしたら、なんだろう?

・親の好きなところはどういう所ですか?

・親の嫌いな所があるとしたら、どういう所ですか?

・もし、親が越えられなかった何かがあるとして、それがあなたに渡されているとしたら、なんでしょうか?




『うまれる』という映画の中では、4組のカップルが登場する。

子ども時代に母親からの虐待体験を持ち生き別れしている女性と子どもを欲しいと思っていない父親の夫婦。

・出産予定日の朝に、胎内で子どもが死んでいた体験を持つ夫婦。

・生後1年以内に9割が死んでしまう難病を持つ子どもを育てている夫婦。

・妊娠しようと長期間努力したがあきらめた夫婦。

それぞれのご夫婦にそれぞれのプロセスがあるのを映画は見せてくれます。

そのご夫婦の元へ、子どもは産まれてくる、あるいは産まれない選択をするわけです。

この4組のように見えるドラマではないかもしれなけれど、私たちは何を選んで産まれてくるのでしょうね。


つづく

2011-01-19

魂の器としての家族

最近のテーマは、いやおうなく→「家族」。

今まで風来坊のように生きてきたおいらも、久々に実家に定住しつつある。。。(笑)初めて”長男”の役割をとったりしている。


年末に親父が脳出血で緊急入院したのであった。それも、今日で26日目となる。予定を変更し東京にずっと滞在し、病院に通う日々をすごしてきた。親父は急性期を越え、リハビリ病棟に移り長期戦に入った。毎日の病院通いを一日おきにしはじめた所。


          f:id:kiritake:20110111125846j:image

(写真は、入院5日め、妹が来て久々に原家族だけでそろった時)


おいらは、子どもの頃から家族から距離をおいてきた。たとえば、原家族(実家、父と母と妹)では常にいつも犬を飼ってきてかわいがってきていたが、おいらだけ名前をしらなかったり、犬が死んだときにみんな泣いているのにおいらだけ涙がでてこなかったり、そういう子どもだったし、家族の中での立ち位置だった。

何がそうさせたのだろう。おいらは、どうしてこの家族を選んで生まれてきたのだろう?


一昨日、『生まれる』という映画を観てきた。観客は他に3人位しかいなかったが、内容はとても良かった。家族、中でもその始まりについて考えさせられた。


映画のウエブページヘ→ 映画「うまれる ずっと、いっしょ。」


その映画では、3歳前後の子どもが何人もでてきて、その家族を空の上から観ていてその家族を選んだ記憶が語られるシーンがあった。子どもがいうんだ「ママが、さみしそうだったから」とか、「この家に生まれたら楽しそうだったから」とか。。


そこから想像すると、おいらも生まれる前にこの家族に生まれることを選んだとする。だとしたら、何を選んだのだろう?

Q:生まれる前にどの家族に産まれてくるかを選んできていると仮定してみる。何を選んだのだろう?



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2010-12-15

霊的な戦士の道

f:id:kiritake:20101215062059j:image

The Way to The Spiritual Warrior

と、いうタイトルで東京セミナーをひらきました。


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<「戦士はどんなものであれ、自分の運命と直面し、絶対の謙虚さをもってそれを受け入れる。自己をあるがままに受け入れ、それを後悔のものとせず、生きるための挑戦とするのだ」   『未知の次元』より、 カルロス・カスタネダ

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*戦士とは、人生で起こってくる様々な問題を、自分にとってのチャレンジと受け取る生き方をしている人の事。

*以下は、プロセスワークがそういっているのではなく、おいら個人の考えです。

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スピリチュアル・ウォリヤーとは何か?

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リサイクルすること:普通排除したくなる問題を、面白い何かにつくり変えること。

・深い民主主義:どんな小さなことでも切り捨てず耳を傾ける。

・しなやかさ:一つの立ち位置(役割)に固定しないで、自分と相反する立ち位置へ喜んで移動したり、問題の始まりにもどったり、エッセンスへも下降する。そして、気づいたことを日常へ持って帰り、活かしていく。

・傷の手当て:今まで生きてきた中で得た傷を一つ残らず手当していこうという意志をもつ。

・世界は鏡である:世界で出くわすさまざまな事は、自分の心(信念)の反映であると知っている。

・多次元で多様な世界:今目の前にあるこの世界は、現実だけでなく、現実と同時におこっている夢と、現実と夢になる前のエッセンスの次元が、同時並行して起こっている、と知っているので、現実だけにとらわれずに、多様に多次元に生きる。

・自分や家族、縁のある人、自分のコミュニティのために、自分の力やランクを肯定し、祝福し、善用しようとしている。

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なぜ、スピリチュアルという言葉がつくのか?

現実世界の主流となっている価値観(お金、経済合理性等)を尊重しながらも、それとは違う大いなるものとのつながりにも同等の価値を置いている為。戦士ではあるが、3つの次元を同時に生きている為でもある。

現在の日本社会でスピリチュアルと呼ばれている現象は、サイキックな能力のある人への力を預けてしまうように見えるので、ここでいうことは違いがあるかもしれない。


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実践のためのエクササイズ

・自分が耳を傾けていない自分の小さな声があるとしたらどんな声だろう?

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・からだに感じる違和感:

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・外界から他人を通じて言われて耳に残っている言葉:

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共時的な出来事

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・その他、自分が切り捨てている、あるいは、隅においてしまっている声や、問題、があるとしたらどんなことだろう?




*苦しみは、ちいさなことを切り捨てているから起こっていると思っているので、それをチェックしてみましょう。 


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<盟友のワーク:シャーマンズボディ>

*ここは、もっとも大変だった体験の中にこそ、盟友(自分に対して、問題をつくりだす存在)が、その存在を見せていると考えているのですね。

1)今まででもっとも大変だった体験をひとつ選び、その体験をふりかえる。今の自分が、その体験をどうみているかを確認する。

2)この体験にも何かの目的があったはずだとみなおしてみる。

何か、あなたよりも大きなもの(タオ、盟友)が、あなたに何かを伝えようとして、あなたを導こうとして、それをつくりだしているのだとみてみて下さい。

*タオ、盟友から見えるあなたは、どんな風に見えるかな?おいらの場合は、赤ん坊にみえます。



3)では、1の体験のもっとも大切な瞬間をひとつ選び、そのエネルギーをスケッチして見て下さい。

*現象の背後にあるエネルギーをみてみるのですね。もし、そこに加害者を演じている人がいたとしたら、その加害者さえ、盟友のエージェントとみてみる。その人物と盟友の行為を引きはがしてみることが大切でんす。



4)盟友になって見て下さい。そして、あなたに何を伝え、あなたをどこに導こうとしているのかをみつけて見て下さい。

*高度な遊びです。無理をしてやらないでくださいね。

質問があれば、うけつけます。