第34章その1

作品解説:この長編小説は第24回江戸川乱歩賞最終候補作となりました推理小説「タリア」を選評(「文章が粗いので受賞は諦めたが一番面白く読んだのはこの長編小説だ。惜しい、まったく惜しい」「文章を修正すれば名作になったかもしれない」にもとづいて加筆訂正しております。物語は日本人青年がアムステルダムで殺害されたフィンランド人の恋人タリアの死に疑問を抱き、北欧を舞台に謎を解いていくという長編小説(推理小説)です。


(第34章その1)


午後十時過ぎ、神谷は宿のベッドに寝ころがっていた。
アキにはやってみると言ったものの、どのようにすればよいのか見当もつかなかった。
宿に帰ってからずっと、神谷は頭の下で両手を組み、しみのにじんだ天井をにらみながら、アドルフの行動を頭に描いていた。
だめだ、何度繰り返してもアドルフを殺した人物なんて思いうかばない。
奴は本当に殺されたのだろうか。
それすら怪しくなってくる…。
違う、そうじゃない。
奴は船の上から落とされたんだ。
そこから出発しなければ何にもならない。
神谷の頭の中で、様々な事柄がパズルのように絡まりもつれ合っていた。
神谷は、それらの一つ一つを解きほぐし、正常な位置に収める作業を繰り返していた。


アドルフはコペンハーゲンを発つ前はどこにいたのだろう。
去年の六月から奴を見た者はいないという。
ドライアイヒでもストックホルムでも、奴を見た者はいない。
となれば、ヘルシンキにでもいたのだろうか。
それともクオピオに…。
「クオピオ…」
神谷は何気なく声に出してつぶやいた。
どこかに、彼の見逃している重大な事実があるような、そんな気がほんの一瞬であったがしたせいだった。
クオピオ。


それがどうかしたのか。
奴はクオピオにはその期間いなかったんだ…。
いなかった。
いない…。
「いなかった。奴はクオピオにはいなかった!」
神谷はベッドからはね起きた。
同時に、髪の毛が逆立つような寒けが全身を貫いた。
床に降り立ち、わけもなくラジオのスイッチを入れ、ヴォリュームをいっぱいにした。
部屋の中をぐるぐると歩き回った。
いい知れぬ恐怖と興奮のため、立っていられないほど脚ががくがく震えた。


「アドルフはクオピオにいなかった! それなのに、アントンは、タリアは、殺されている。彼らが殺されたのはクオピオへ行き、クオピオ事件を探っていたためだ。
クオピオにいなかったアドルフがどうしてアントンやタリアの行動がわかるんだ。奴には、アントンらが奴を探っていたなんてわかりようがないんだ!」
神谷の心臓は激しく動悸をうった。
「アントン、そしてタリアを殺したのはアドルフではない!」
神谷はくずおれるようにして、ベッドに座りこんだ。


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