米最高裁、インターネット性表現検閲法を凍結

児童オンライン保護法(Child Online Protection Act:COPA )が、合衆国最高裁で、違憲の疑いで施行が凍結されました。凍結ですので、法律自体は死んでいません。
児童オンライン保護法は、「青少年に有害な性的な情報を提供するインターネット活動は、アクセス要求ごとにアクセスする者が18歳未満ではないことの確認をとって18歳以上の者のみにアクセスを許可しなければならない。違反者には禁固半年以内または一日ごと最大約550万円の罰金を課す」というような規制を含む連邦法です。
以下報道状況。

最高裁:「オンラインポルノは技術で回避すべき」―小差で違憲判決
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0406/30/news092.html
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040630-00000010-cnet-sci

Supreme Court keeps Net porn law on ice
(写真は連邦最高裁前で勝利報告をするACLU原告代表)
http://news.com.com/2100-1028-5251475.html
ネット上のポルノ規制は違憲〜米最高裁判決
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2004/06/30/3701.html
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040630-00000002-imp-sci

「今回の判決によって、ネット上の規制を行なおうとする勢力の勢いがそがれることが予想される」と書いてあります。
ほんとにそうだとよいですが、児童オンライン保護法を作らせ運用させようとしている相手は、ただの政治団体ではなく神様を信仰している宗教勢力です。
ロビー活動やっているロビイストや雇われ弁護士にせっせとお金を渡している牧師や神父や、日本の報道ステーションよりも視聴者が多いテレビ伝道師たちは、今回の判決を知っても「不信心な者たちよ、神の声を聞け! 悔い改めよ! ポルノ絶滅のため裁判費用の献金を!」と叫び続けるでしょうし、信者たちも信仰を捨て去ることなどできませんから、テレビ伝道師が言う通り「神の国が建設されるまで、永遠に信仰の戦いはつづく」のだと思います。
もちろん誤解を避けるために書いておきますが、キリスト教信者にもいろんな人がいて、ポルノも含め、言論表現の自由を広く確保することこそが信仰の自由であり、宗教告白の自由を確保することにつながるのだという立場の信者たちもいます。
「異端者を罰を!」と叫ぶ反ポルノ主義者の姿は、かつてイギリス王国から独立と自由をかちとったアメリカ独立派に対しイギリス国教会が「異端者に罰を!」と叫んでいた姿と重なることから、異端者排除の法理はアメリカ建国の立場と矛盾すると考えるアメリカ人もいるようです。
また、人はポルノを楽しまずにいられない生まれながらに原罪を背負った罪人であり、ポルノを遠ざけても誰もが罪を犯すのだから、神を信じ救いを求める。国法を変えれば神の国が建設されるわけではない、というような信仰の人もいます。(同様に、パレスチナをつぶしてイスラエルの建国を認めても神の国が誕生することにはならない、という理由でブッシュ政権の対アラブ外交政策や対テロ政策を批判する人たちも少なくありません)
アメリカには反ポルノ団体が何百とありますが、大手宗教系圧力団体の一例として、全米家族協会、アメリカンファミリーオンラインを紹介しておきます。

AFA - American Family Association
http://www.afa.net/
Family Advocates: COPA Ruling a Boon for Pornographers, a Bane for Families
U.S. 'Guilty as Pagan Baal Worshippers,' Says Christian ISP Head
By Bill Fancher and Jody Brown June 30, 2004
http://headlines.agapepress.org/archive/6/afa/302004a.asp

"We are now a country as guilty as the pagan Baal worshippers and Aztec worshippers who sacrificed children to appease their gods," the AFO head says. "[This decision] confirms that the hope for our country, our culture, and most importantly, our families, does not rest in government or law. [It] proves once again that we can only depend on God."

AFO American Family Online
http://www.afo.net/

上記幹部発言は、日本人には理解困難かもしれません。バール(バアル・ゼブブ)とは、旧約聖書に出てくる異端神のひとつで、キリスト教信者にとって憎むべき異端の代表のようなものです。バアル・ゼブブは直訳すると「蝿の主」(蝿の王)。
旧約聖書から引用します。

旧約聖書 列王記下巻 1-2,1-3,1-4,1-5,1-6
http://www.fsinet.or.jp/~yoyoue/bible/2ki.htm

01:02 アハズヤはサマリアで屋上の部屋の欄干から落ちて病気になり、使者を送り出して、「エクロンの神バアル・ゼブブのところに行き、この病気が治るかどうか尋ねよ」と命じた。
01:03 一方、主の御使いはティシュベ人エリヤにこう告げた。「立て、上って行ってサマリアの王の使者に会って言え。『あなたたちはエクロンの神バアル・ゼブブに尋ねようとして出かけているが、イスラエルには神がいないとでも言うのか。
01:04 それゆえ主はこう言われる。あなたは上った寝台から降りることはない。あなたは必ず死ぬ。』」エリヤは出て行った。
01:05 使者たちが帰って来たので、アハズヤは、「お前たちはなぜ帰って来たのか」と尋ねた。
01:06 彼らは答えた。「一人の人がわたしたちに会いに上って来て、こう言いました。『あなたたちを遣わした王のもとに帰って告げよ。主はこう言われる。あなたはエクロンの神バアル・ゼブブに尋ねようとして人を遣わすが、イスラエルには神がいないとでも言うのか。それゆえ、あなたは上った寝台から降りることはない。あなたは必ず死ぬ』と。」

そして神の預言通りアハズヤは病死する、というのが旧約聖書・列王記の内容です。
つまり、ポルノを見たいと心の中で思った人は、悪魔神バアル・ゼブブを信仰して死んだ不信仰者アハズヤのように滅び去り、信仰者は児童オンライン保護法を作りポルノを根絶することによって神の国(イスラエル)は建国されるのだ、と反ポルノ団体、教会指導者は考えているようです。
まあ信仰の自由なので信じたい人は信じて幸せになれば良いと思いますし、自分自身を宗教に基いて律することは一般論として悪くないことだと思います。
しかし、問題はそういう信仰を根拠に国の法制度で国民全員に強制し、運用し、違反者を処罰してよいのかということです。
児童オンライン保護法という制度が、実は児童の人権保護が立法動機ではなく、一部のキリスト教教会の宗教活動の上に成立し、支持され、宗教的動機を持って生まれた法制度であるということ。そういう立法の背景があるということを、児童オンライン保護法の是非の議論に参加する人は考えてほしいです。
国民全員が、キリスト教という宗教価値を共有しているのか? 否。キリスト教教会という共同体に国民が全員が所属しているのか? 否です。
私はキリスト教はダメだということを言いたいのではありません。必ずしも児童の権利保護のみを動機として作られた立法ではないということ。宗教や信仰の多様性をお互いに認め合わなければ、自己の宗教活動の自由は保障ないということ。宗教的動機で法制度を作り他者の行動を規制すれば、結局は自分の宗教活動の自由、信仰表現の自由をも狭めてしまうおそれがあるということ、を強調したいだけです。

「児童オンライン保護法」(Child Online Protection Act:COPA )
http://www.hppub.com/copaact.htm
(仮訳)翻訳:夏井高人氏
http://www.isc.meiji.ac.jp/~sumwel_h/doc/code/act-1998-child-online.htm

(6) 未成年者に有害なマテリアル − 「未成年者に有害なマテリアル(material that is harmful to minors)」という用語は,猥褻な(obscene),または,
(A) 平均人が,現在通用するコミュニティの基準を適用すると,全体として,未成年者との関係では,好色な興味に訴えるようにデザインされ,もしくは,好色な興味を取り持つようにデザインされたマテリアルであると判定することができ;
(B) 未成年者との関係では,明らかに侵害的な方法で,現実の,もしくは,シミュレートされた性行為ないし性的行為,または,現実の,もしくは,シミュレートされた正常な性行為もしくは変質的な性行為,生殖器もしくは思春期以降の女性の胸の猥褻な展示(a lewd exhibition)の描画(depicts),描写(describes),または,表現(represents)であり;かつ
(C) 全体として,未成年者にとって,文学上,芸術上,政治上,もしくは,科学上,特に際だった価値を欠くものとして認識できる;
通信,絵画,イメージ,グラフィック・イメージ・ファイル,論文,レコード録音,読み物,その他のものを意味する。

児童オンライン保護法で言うところの有害情報の定義ですが、「文学上,芸術上,政治上,もしくは,科学上,特に際だった価値を欠くもの」に対してのみ規制対象とする点など参考になる部分もありますが、それでも解釈次第で有罪にも無罪にもなる文言の抽象性を排除しきれているとは思えません。
たとえば、アメリカや日本で使用されているフィルタリングシステム。
フィルタリングシステムは、児童オンライン保護法に抵触するサイトを自動的にブロックさせめため、ポルノサイトと判断されるウェブサイトをデータベース化しブラックリストとして提供していますが、6月29日の最高裁判決で指摘されているように、ブラックリスト適合性には疑問があります。
今回の裁判で議論されたサイトのひとつに、こういうサイトがあります。

The Sexual Health Network - Sex Therapy, Expert Education
http://www.sexualhealth.com/

このサイトは、ポルノサイトですか? 私は、児童オンライン保護法上のポルノサイトだとはとても思えません。これを青少年に見せた人を、一日ごと550万円の罰金を課すべきだとはとても思えない。多くの人もそう考えるだろうと思います。
しかし、実際に運用されたフィルタリングシステムでは、このサイトは児童オンライン保護法上のポルノサイトと判断し、アクセスを遮断しました。そして、そのフィルタリングシステムの判断を、一部キリスト教系反ポルノ団体は熱烈に支持しています。
つまり、原告代表のACLUが指摘したように、児童オンライン保護法の解釈は、現に解釈が分れており、対立が発生し、規制対象の抽象性・不確定性が顕在化しているわけです。最高裁がフィルタリングの適合性を検討し直せと差し戻したのは当然です。
以下、原告代表のACLUの勝利報告。

■American Civil Liberties Union
In Victory for Online Free Speech, Supreme Court Upholds Block on Internet Censorship Law
June 29, 2004
Justices Call Criminal Restrictions on Speech "A Repressive Force in the Lives and Thoughts of a Free People"
http://www.aclu.org/Privacy/Privacy.cfm?ID=16025

June 29, 2004 Ashcroft v. ACLU II
In Victory for Online Free Speech, Supreme Court Rejects Internet Censorship Law
http://www.aclu.org/Privacy/Privacy.cfm?ID=15079

ACLU側主張の法理は、簡単に書くと

現在の制度規制よりも青少年にとって有効で且つ成人にとってより制限的ではない解決方法が存在する場合、規制目的対象外の情報を潜在的に排除し得る措置義務を罰則付きで課す制度は、合衆国憲法修正条項に抵触するおそれがある。(だから児童オンライン保護法は違憲)

ということなのだろうと思います。
法律論として考えたい人は、LRAの基準(より制限的でない他の選びうる手段の基準) *1について書いてある法律書で研究してください。
より制限的ではない解決方法とは、具体的には、メディア効果研究者や教育者も指摘しているようですが、メディアリテラシーの涵養を促進し、メディア活動に対する評価とその言論を広めるということでしょう。この点、日本もアメリカも、制度的、組織的、予算的にまったく不充分です。そもそも日本では30人学級さえ実現していない状態なので話にならない。
ACLU側主張の法理が連邦最高裁で全面的に採用されたとは言い難いですが、結論として差し戻されているわけですから、下級審は法理として考慮しなければならなくなるでしょう。
だとすれば、反ポルノ派は、法理での勝負は避け、フィルタリングシステムの適合性を焦点に論争してくるはずです。おそらく、「フィルタリングシステムはこんなにも世間に支持されている」的な大キャンペーンを張り、下級審での勝訴を勝ち取ろうとするに違いありません。
そういう米国反ポルノ派のキャンペーンに乗るかたちで、日本の一部IT業界が日本国内でもフィルタリング普及キャンペーンを張ったり、日本政府がフィルタリングソフトの導入義務化のための立法を国会に上程するといった可能性も、まったくないとは言えないと思います

合衆国最高裁
http://www.supremecourtus.gov/
判決概要
SUPREME COURT OF THE UNITED STATES syllabus
No.03-218. Argued March 2, 2004-Decided June 29, 2004
http://www.supremecourtus.gov/opinions/03pdf/03-218.pdf
http://www.hppub.com/co03-218.pdf

その他の情報。

理経緯の概要
http://www.hppub.com/colpa.htm
COPAのテキスト
http://www.hppub.com/copaact.htm
宣誓供述書
http://www.hppub.com/afidavit.htm
The USA Patriot Act and Individual Liberties: High-Level Summary
http://www.hppub.com/epatriot.htm
ICRA: Internet Content Rating Association
http://www.icra.org/
ACLU Press Releases
03/02/04: ACLU Returns to Supreme Court in Renewed Challenge to Internet Censorship Law
http://www.aclu.org/Privacy/Privacy.cfm?ID=15143&c=252
Privacy & Technology : Surveillance & Wiretapping ACLU Press Releases
http://www.aclu.org/Privacy/Privacy.cfm?ID=15064
Press Materials
Transcript of online chat with Ann Beeson concerning the Supreme Court's decision to revisit COPA (10/14/2003)
http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A24167-2003Oct14?language=printer
Opinions and Related Materials
Third Circuit opinion (March 2003)
http://caselaw.lp.findlaw.com/data2/circs/3rd/991324p.pdf
District court opinion (with findings of fact)
http://www.aclu.org/Privacy/Privacy.cfm?ID=15092&c=252
Materials from prior Supreme Court opinion (2002)
http://www.aclu.org/Privacy/Privacy.cfm?ID=15077&c=130
Materials from prior Third Circuit opinion (2000)
http://www.aclu.org/Privacy/Privacy.cfm?ID=14280&c=252
Legislative Materials
Text of COPA (the law being ruled on by the Supreme Court)
http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/ts_search.pl?title=47&sec=231
COPA Commission report
http://www.copacommission.org/report/
1998 Justice Deptartment letter to Congress (expressing concerns about COPA legislation)
http://www.aclu.org/Privacy/Privacy.cfm?ID=13727&c=252
ACLU Letter to Reps. Smith and Scott on H.R. 4623, the ?Child Obscenity and Pornography Prevention Act of 2002?
http://www.aclu.org/Privacy/Privacy.cfm?ID=10364&c=252
原告とそのウェブサイトリスト
List of Plaintiffs and their Web Sites
http://www.aclu.org/Privacy/Privacy.cfm?ID=13708&c=252

American Civil Liberties Union
http://archive.aclu.org/
A Different Light Bookstore
http://www.adlbooks.com/
American Booksellers Foundation for Free Expression
http://www.bookweb.org/
ArtNet
http://www.artnet.com/
ArtNet Plaintiff's Declaration
http://www.aclu.org/Privacy/Privacy.cfm?ID=13705&c=252
The BlackStripe
http://www.blackstripe.com/
Addazi, Inc. d/b/a Condomania
http://www.condomania.com/
Condomania Plaintiff's Declaration
http://www.aclu.org/Privacy/Privacy.cfm?ID=13706&c=252
Electronic Frontier Foundation (EFF) Members
http://www.eff.org/
Electronic Privacy Information Center (EPIC)
http://www.epic.org/
Free Speech Media, LLC
http://www.freespeech.org/
OBGYN.NET
http://www.obgyn.net/
Philadelphia Gay News
http://www.epgn.com/
PlanetOut Corporation
http://www.planetout.com/
Powell's Bookstore
http://www.powells.com/
RIOTGRRL
http://www.riotgrrl.com/
Salon Magazine
http://www.salonmagazine.com/
Weststock.com
http://www.weststock.com/

関連過去記事。

オンラインポルノ規制は合憲か否かをめぐり米最高裁が判決へ - 2004/06/28 19:41
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000047715,20069517,00.htm
ネットポルノ規制法、最高裁で審理へ
http://www.itmedia.co.jp/news/0310/15/nebt_16.html
P2Pのポルノ、米で規制強化の動き
http://www.itmedia.co.jp/news/0303/14/nebt_04.html
米ネットポルノ規制法、高裁で違憲判決
http://www.itmedia.co.jp/news/0303/08/nebt_10.html
いつまで続く? インターネットポルノ規制論争
http://www.itmedia.co.jp/news/0104/23/e_cipa.html
ブッシュ新政権発足,アダルトサイトの息の根は?
http://www.itmedia.co.jp/news/0101/23/e_bush.html
Court orders new look at Net porn law  May 13, 2002
http://news.com.com/Court+orders+new+look+at+Net+porn+law/2100-1023_3-912233.html
COPA: Throwing out the good with the bad  October 9, 2001
http://news.com.com/COPA%3A+Throwing+out+the+good+with+the+bad/2010-1071_3-281574.html
Court strikes down state version of COPA  June 11, 2001
http://news.com.com/Court+strikes+down+state+version+of+COPA/2110-1023_3-268183.html

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*1:LRA基準がキーワード化されていますね。キーワード「より制限的でない他の選びうる手段の基準」では、「規制が違憲であると判断されやすい、厳しい審査基準」と解説されていますが、それはより緩やかな手段では目的達成が不可能であることの検討を怠り重罰化に偏った行政の法案策定を追認し、違憲立法審査権をまともに行使せず放漫な立法を許し続けた最高裁判所の異常な立場を追認した前提で“厳しい”のであって、インターナショナルスタンダードや一般人の感覚からすればLRA基準は普通の判断だと思います。