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2007-02-27

[]なぜ日本では企業内弁護士が必要とされないか

数日前,新聞各紙に企業内弁護士の採用が進まないという記事がでていました。(色々忙しくて長いこと休んでいたのですが,以前から考えていたことでもあったので記事を書いてみることにしました。試運転ですがおつきあいいただければ幸いです)

企業などに雇われて働く「組織内弁護士」の採用を検討している企業が1割に満たないことが、日本弁護士連合会の調査でわかった。採用しない理由は「顧問弁護士で十分」が72%。司法制度改革による弁護士人口増加は、組織内弁護士の需要が増えるとの予測にも基づくだけに、日弁連は「改革の狙いと現実の採用動向が乖離(かいり)している」と危機感を隠さない。 asahi.com

それでは,なぜ日本では企業内弁護士の採用が増えないのでしょう。

この点,コンプライアンスに対する意識の違いや労働市場の流動性の違いなどが原因とも言われますが,最も大きな理由は,日米の法制度の違いにあるというべきではないでしょうか。すなわち,米国にはディスカバリーという極めて負担の大きな手続がありますが,企業内弁護士の作成した文書は,その例外とされています。だから米国の企業は,費用対効果の観点から企業内部に弁護士を抱えざるをえないのです。

具体的にいいますと,次のような背景があります。

まず,米国には,Attorney-client privilegeと言われる,いわゆる弁護士と依頼者間の秘匿特権があります。これは,訴訟における文書開示の例外として,民事訴訟法に規定されています。そして,米国の最高裁は,有名なUpjohn判決(Upjohn v. U.S., 449 U.S. 383 (1981))において,企業内弁護士も「Attorney」であるということを前提とした判断を下しました。

これにより,企業内弁護士が普段から適切に文書管理をすれば,重要な文書はほとんど開示の必要がなくなるという結果となりました。この予防効果は甚大であったため,米国では企業内弁護士が一般的になりました。(だから企業内弁護士がいない日本企業は米国で訴訟の標的とされやすいとも思うのですが,これはまた別のお話ですね)

さて,これに対して日本の民事訴訟法では,(残念ながら)そもそも外部の弁護士と依頼者とのやりとりですら文書開示の例外にはなっていないように読めます(民訴220条では弁護士が守秘義務を負うだけで,依頼者が提出を拒めるとな書かれていません)。また,そもそも文書開示の負担が米国ほど重くありません。

とすれば,いくら企業内弁護士を雇っても,普段から文書開示の例外を作っておくことはできません。

このような法制度の違いから,日本では企業内弁護士を雇う一般的な効果は期待できない場合が多いのではないでしょうか。加えて日本の法務部ではかなりの数の非弁護士の方々が活躍されているという現状からすると,訴訟リスクが相当高まるか,弁護士にしかできない業務が増えるということなどがない限り,企業内に弁護士を抱えるメリットを経営者に説明するのは難しいようにも思われます。(ある特定の優秀な弁護士さんを雇うメリットがあるのはもちろんですが)

私も弁護士ですから,個人的に言うと業務の拡大は大歓迎です。昨今,コンプライアンス重視の気運が高まっていますが,これが企業内弁護士の増加にどうつながるのか,日本の法制度を踏まえてもう一度検討する必要があるでしょうね。

2006-09-25

[]「法令に違反した事実はなかった」という言い訳の正当性 −企業倫理と法令遵守の関係について−

色々と忙しく更新が滞っています。ぼちぼちやっていきますので気長におつき合い下さい。

不祥事を起こした企業が「法令に違反した事実はなかった」と弁明することは少なくありません。このような弁明に対して,「法律を守っているだけでは企業倫理に反している」との批判がなされることもままあります。

それでは,どうして企業は法律を守っているだけでは倫理的といえないのでしょうか。これは,企業倫理と法令遵守とがどのような関係にあるのかという難しい問題につながります。今回はこの両者の関係について少し考えてみます。

そもそも「倫理的である」とはどういう意味でしょう。この点について,「倫理的である」ことに対する哲学的なアプローチには2種類の考え方があるとされます。一つは「最大限の善をもたらすもの」というアプローチであり,もう一つは「道徳的なルールや原則に一致するもの」というアプローチです。

倫理という概念が多義的ですから,これらのアプローチはいずれかが正しいというものではなく,「倫理的である」ことの複数の側面を示していると理解すべきでしょう。

この二つのアプローチからすると,「ルールを守ること」は倫理的な行為の一部にはなるけれども「最大限の善をもたらすかどうか」という点を抜きに,ルールを守る=倫理的という関係にはならなさそうです。

つまり,(ルールを遵守していた)ある企業の行動が倫理的であるかどうかを判断するためには,ルールを守ったことが最大限の善をもたらしたのかどうか,またそのルール自体が道徳的だったのかどうかという点を問題にしなければならないはずです。

ルール自体が道徳的だったかどうかという点は,詳しく考え出すと「悪法も法か」という法実証主義における古典的な論点にも関連してくるように思いますし,実務上は一応道徳的ということで先に進むべきでしょう。

「最大限の善」という点について考えてみると,善悪の判断は人によりまた社会により異なるので一概に結論をだすことはできません。しかしながら,この点からすると少なくとも,「ルールを遵守した」とだけ主張するのでは,企業が倫理的だと判断されるには不十分で,その企業が何をもって「善」と考えるのか,その企業は自らが考える善を最大化するために行動したのかどうかという点について説明しなければならないのだということになりそうです。

ステークホルダーの利益の総量が善なのか,ともかく法令を遵守することを善と考えるか,顧客満足を善とするか,etc...企業が倫理的であると評価されるためには,こういうところできちんと悩んでおかないといけないのでしょう。


ちなみに,企業倫理と法令遵守の関係は,コンプライアンスの範囲をどう捉えるかという点にも関わってきます。

上述した2つの哲学的アプローチからすると,従業員は,善とルールが対立する場面やルールとルールとが対立する場面で,どう行動すべきか倫理的な問題にさらされることになります。

このとき,仮にコンプライアンスプログラムが法令遵守のみを含んでいるとすれば,従業員は倫理的にどちらの行動を選択すべきか分からなくなり,プログラムを行動の指針とすることができなくなります。

コンプライアンスプログラムは元々従業員の行動指針として機能すべきものですから,その機能を果たすためには,ルールを守れというところで立ち止まってしまうのは不十分でしょう。

このような観点から,私はコンプライアンスには法令遵守のみならず企業倫理の遵守(何を倫理的と考えるか)というところまで含めるべきだと考えています。

先にも述べましたが,何を善とするのかというのは非常に難しい問題です。しかしそれを個々の従業員の判断に委ねるという企業姿勢は,コンプライアンスの観点から不十分な対応であるとの誹りを免れないということになるのでしょう。

(哲学は専門外ですので,間違い等はご指摘いただければ幸いです)

2006-08-23

[]刑事裁判で損害賠償請求が可能になる

以前「民事と刑事のはざま −組織犯罪処罰法の改正について−」というエントリを書き,民事手続と刑事手続との関係について考えてみましたが,刑事手続がまた一歩民事手続を取り込むことになりそうです。

犯罪被害者のための施策を検討している法務省は二十三日までに、刑事事件の公判手続きの中で被害者や遺族が被告に損害賠償を請求できるようにし、有罪の場合は同じ裁判官が賠償命令を出す「付帯私訴」制度を導入することを決めた。

迅速な損害回復と被害者側の負担軽減を実現する狙いで、九月に法制審議会に諮問、来年の通常国会に刑事訴訟法改正案を提出する方針。法務省は殺人、強盗事件などに限定する意向だが、被害者団体などは詐欺、横領などを含む幅広い事件への適用を求めており、議論を呼びそうだ。

法務省はこれとは別に、刑事裁判の被告人質問で被害者が被告に直接質問できる制度も設ける考えで、同時に諮問する。

Saitama Shinbun

刑事裁判における損害賠償請求の制度について,刑事裁判では高度な立証が要求されるのですが,検察官の収集した証拠を利用して損害賠償請求ができるという点で被害者保護に資する制度となりそうです。ただ一方で,殺人事件などに関して刑事裁判の結果に納得がいかない遺族が民事裁判を提起し,改めて審理をしてもらうという事案も過去にはいくつかあったのですが,刑事裁判で損害賠償を求めてしまうと再度の審理を求める権利は放棄せざるを得ないのかなどの疑問もわいてきます。二つの手続間の調整規定をどう定めるかという点には紆余曲折がありそうです。

また,被害者が被告人に質問できるようになるという制度についても,実務上大きな影響があるのは間違いありません。なぜなら,従来裁判手続に関与することが難しかった被害者の代理人弁護士が,(被害者の意見陳述に役立つ範囲という制限はあるものの)法廷で被告人に質問するという実質的な関与を認められることになるからです。具体的に言えば,被害者(とその代理人)が被告人の情状について意見を述べるだけでなく,被告人に質問をして立証をする機会まで与えられるというわけです。

被害者保護という観点からは望ましいと考えられる今回の改正ですが,民事裁判と刑事裁判の区別という点からすると問題もありそうです。簡単に言うと,何をもって刑事裁判と呼ぶかという問題です。この点,日本で一般的に考えられている,刑罰を科すのが刑事手続,損害を填補するのが民事手続という区別ではなく,アメリカのように,手続の違い(立証の程度,許容される証拠の範囲など)こそが刑事手続と民事手続の違いだと割り切れれば楽なように思います。ここまでいくと,憲法問題になりそうですが。

このまま民事手続と刑事手続との区別が相対化していけば,民事裁判が刑事裁判を取り込み懲罰的賠償が認められるということもありえるかもしれませんね(ないのかもしれませんが)。

2006-08-21

[]蝶理の東京証券取引所宛「改善報告書」について

長い間,夏季休業状態でしたが,ぼちぼち復帰します。

休業前にクリッピングしていた蝶理の「改善報告書」(PDFファイル)について,不祥事発生後の調査報告書として貴重な資料となりそうですので少し検討しておきたいと思います。全体的に記載が細かく,調査委員の方々によって丁寧な調査がなされたのだろうと推察されるところです。

それでは具体的に見ていきます。まずは事実関係のまとめからです。

複数の特定の営業部(ビジネスユニット)において売上・仕入の権限を持つ部長もしくは主たる担当者が、受渡し担当者に指図して特定の取引先に対する売上単価を増額させた伝票もしくは仕入単価を減額させた伝票を期末・半期末に起票させ、翌期に取消伝票を入力させるというものでした。

これを「組織的でない」と結論づけられていますが,組織内で権限を持つ人がその部下に指示して粉飾を行わせていたというわけですから,組織的でないといえるかどうかは微妙だと思います。ただ,行為対応が非常に具体的に指摘されており,事実確認が丁寧になされたことが伺えます。

次に発見できなかった原因が記載されています。

高収益コア事業への集中、低収益・非効率事業からの撤退、目的的分社化の推進という事業構造改革の政策下において、一部の社員のコンプライアンスに関する認識が不充分であり、収益確保が優先されたこと

営業部(ビジネスユニット)に過分の権限委譲がなされていたこと

期末の取引実態に即さない伝票入力と翌期における同取消伝票など個々の取引の異常値をチェックする具体的なツール・マニュアルがなく、本来かかるツール・マニュアルを駆使してチェックすべき社内業務監査機能が十分に働いていなかったこと

どこの会社にも存在しそうな原因がならんでいます。一つ付け加えれば,コンプライアンス違反に対する企業内風土はどういうものだったのか,そこに問題はなかったのかという点が「今後の措置」のところで述べるように重要ですので,この点に関する報告があった方がよかったと思われるところです。

次に最も重要な今後の措置についてですが,こちらも次のとおり具体的な対策が挙げられています。

コンプライアンスの徹底に向けた社員教育の充実

権限規定の整備

社内監査業務の強化

社内連絡制度の再整備

適時開示体制の強化

アメリカにおける実証的な研究によると,不正防止に最も効果的なのは,経営陣が不正の発見に興味を持っており不正行為がいつ発見されるか分からないという社内環境を作ることだそうです。

とすれば,改善措置の具体策の冒頭には,経営陣の不正発見に対する決意を社内に示す制度的な工夫を取り上げるべきだったのではないでしょうか。

また,コンプライアンス体制の確立のためにはフィードバックが重要ですので,この報告書に記載された措置が効果的に機能しているかどうか,調査委員会なり法令遵守委員会なりが事後的にチェックし,適宜見直しを行うという仕組みを導入すべきであったと思われます。

全体的によくできた報告書だとは思いますが,これらの点でもう少し修正する余地もあったのではないかと考えました。報告書を作成して終わり,ということの内容,今後の取組みに期待するところです。

2006-07-28

[]蝶理が株式会社東京証券取引所へ「改善報告書」を提出しました(リンクのみ)

取り急ぎクリッピングとして(コメントは追ってエントリいたします)。

不正が発覚した際の調査・改善の報告書として,大変参考になる事例だと思います。


株式会社東京証券取引所への「改善報告書」の提出について(PDFファイル)

2006-07-24

[]パロマ事件に見る,不正改造事件におけるメーカーの法的責任・危機対応

(重複エントリになっていたので修正しました)

(追記あり Jul. 28)

パロマ工業の瞬間湯沸かし器事件の経過を見て,不正改造が発覚した際のメーカーの対応の難しさを感じました。

この事件に関し,法的責任と危機対応の2点について若干考えてみましたので,以下にまとめておきます。

まず最初に法律的な問題ですが,本件でパロマ工業が責任を負う根拠としては製造物責任または不法行為ということになるかと思います。

これらが認められるためには,「通常有すべき安全性」・「欠陥」というか安全配慮義務というかはさておき,少なくともパロマに何らかの法的義務があったことが必要です。

不正改造の事案の場合,一般論として,危険な改造とか部品交換が常態化している場合には,製造者には危険回避のための設計変更や警告・指導その他の措置をすべき法的義務が生じ得ます。そして,その義務の及ぶ範囲は当事者間の関係の強弱とか危険の程度などから決定されることになります。

今回の不正改造がパロマサービスという「資本関係はない」会社によってなされていたとしても,同社製品を継続的に保守管理してきた業者ですから,実質支配があるかどうかはともかく両者の関係は強いと言わざるを得ません。事故の内容も生命に危険がある重大なものですから,仮に過去の事故が本件と関連しており,同種の不正改造についてパロマが従来から把握していたということであれば,同社は設計変更を含めた相当程度の対応をすべき義務があったと認められるように思います。

具体的な同社の対応については,安全装置の部品不足があったとか,リコール基準がなかったという報道から見るとずさんとも言えそうですが,これらの事実はいずれも法律違反にはならないレベルのものなので,これだけでは判断できないかと思っています(不正改造の指示があったのなら論外ですが)。

次にパロマ工業の危機対応についてですが,今回の対応についてはやはり問題があったように思います。

まず,事故発覚当初の14日の記者会見ですが,報道によると,「事故が起きたことは重く受け止め、点検を実施する」といいつつも,「安全装置が働かないよう不正改造されたため、換気不良が発生し事故が起きた可能性がある」として,自社の責任を否定することが中心となっています。

しかし,以前シンドラー社の危機対応に関するエントリでも述べたとおり,最初の記者会見では法的な責任を考えるべきではなく,早急に調査するとの姿勢をまず第一とすべきでしょう。特に日本では,事実確認がないまま責任を否定してもそれほど法的なメリットはなく,むしろ誠意のない対応と取られるデメリットの方が大きいように思います。それよりも,法的責任はともかく自社の製品に関して事故があったということについてお詫びするという姿勢の方が企業価値の毀損を防ぎ得るのではないかと考えます。

パロマの当初の記者会見ではこのような姿勢に欠けたために,自らの責任を否定したという印象だけを残すことになったばかりか,遺族への配慮に欠けるとまで言われてしまいました。結局,同社は18日になって責任を認めて謝罪するに至りましたが,その会見でも経営陣がかばいあっているという印象を与えることになったようです。

さらに,今回のような生命に危険の及ぶ事故については点検,回収が必要となります。今回は特に経産省から点検,回収と相談窓口の設置を指示されていたのですから,ともかくも安全を確保するために点検,回収をするという点を中心に発表すべきでしょう。

ところが実際は,toshiさんもご指摘のように,同社のホームページに点検,回収のお知らせが公表されるまでにはずいぶん時間がかかってしまいました。これによって,同社の危機対応の準備の悪さを印象付けたのみならず,同社製品に対する安全性に疑問をもたれる結果となったのは,企業価値に対する大きな毀損となったはずです。

このような危機対応がうまくいくかどうかは,やはり普段からの準備にかかる部分が大きいように思います。パロマの危機発生前の準備の状況は不明ですが,リスク管理とともに,ケーススタディなどを利用した危機対応の準備をしておけば,もう少し適切な対応が可能だったのではないかと残念に思うところです。

ちなみに,アメリカで同種の事故が起こった場合,不正改造をできないようにする設計変更が容易にできたと認められれば製造物責任法における「欠陥」があるとされ,損害賠償義務を負うことになります。さらに,これが故意のものと認定されると三倍賠償の対象になってしまうので,同種の事件が起こっていた場合にきちんと対策をとっておくということはより重要になります。

(なお,パロマUSAのサイトにはまだ何のお知らせもないように見えますが,このままでいいのでしょうか。。。)

(追記)

toshiさんに,このエントリの「アメリカの製造物責任」の部分を特にお褒めいただいたのですが,読み直してみるとどうにも中途半端なことしか書いていませんでしたので,以下のとおり追記することにします。

※大前提として,アメリカでは製造物責任法制は不法行為法の一部であり,各州で内容が異なります。連邦レベルでは従来の判例法を法文の形にまとめた「リステイトメント」と呼ばれるものが作成されているだけで,これはあくまで各州の立法者の参考とされるものに過ぎません。以下の内容は,各州に概ね共通する一般的な記述であることにご注意下さい。

アメリカにおいて製造物責任が認められるためには,製品が製造業者の手を離れた時点で"defective"であったことを証明する必要があります(これは日本でいう「欠陥」と同じですね)。そして,その"defective"には,\渋ぞ紊里發痢弊渋ぅ潺垢覆鼻法き∪澤彎紊里發痢弊澤廚北簑蠅あるもの),及び,I埆淑な表示(警告・説明の表示不足)という各類型があります。

本件で関係するのはおそらく△世隼廚い泙垢(という余地もあるかもしれません),この場合"defective"に該当するためには,より危険が少ない設計変更や代替手段が経済性という面からみて実現可能であったということが(原告によって)立証される必要があります。

ということは,今回の事件で,パロマがこれまで同種事件について知らず,事件の原因が容易に分からないものであった場合には,アメリカの製造物責任法制の下でも責任を問われることはないと思われます。

だた,アメリカで訴訟を起こされると,ディスカバリーを通じて過去の事故に関する検討・調査文書が全て明らかにされるので,何を認識していたかという点について言い逃れをすることは非常に困難になるはずです。

というわけで,やはり同種の事件が起こった場合にはその都度きちんと対策をとっておく(さらにその対策についての文書を管理しておく)ということが重要になるでしょう。

2006-07-20

[] Bar/Bri(バーブリ)に対するクラスアクションの原告になりました

アメリカ各州の司法試験も間近に迫っていますので,今の時期,受験される方は必死の思いで勉強をしておられることと思います。

このような時期ではありますが,Bar/Bri(バーブリ)に対するクラスアクションの原告となったとの通知を突然受け取りましたのでご報告させていただきます。

原告となるのは「1997年8月以降,現在までにBar/Briのクラスを受講した人」だそうですが,Bar/Briといえばアメリカ司法試験の最大手予備校で受験生のほとんどが受講しているはずなので,関係する方も多くおられることと思います(今年の受験生の方も原告となりそうです)。

気になる事件の中身はといえば,(やっぱり)独占禁止法違反でした。具体的には,

Bar/BriがKaplanという会社との間で,Kaplanが司法試験に関する講座を開講しないという合意をして実質的に競争を制限した。

そのため,受講者はBar/Briから不当に高い受講料を払わされた。

というものです。

これ以外にも,Bar/Briがした競争相手の買収やその他独占を維持しようとした行為が争点とされており,独禁法訴訟のフルコースといった感じの訴訟となっています。訴訟の詳しい情報は,www.barbri-classaction.comという専門のサイトが作られていて,分かりやすくまとまっていますので,ご参照ください。もちろん,実際の訴状その他の書面も置いてあります。

確かにアメリカでの司法試験予備校といえばBar/Briがほぼ独占している状態で,その受講料も高いのですが,改めて独禁法違反だと言われるとどうなんだろうという疑問もあります。ただ,実際に競争相手が市場を切り崩せていたかどうかはともかくとして,競争が制限されると消費者の不利益となるというアメリカの「信念」は,このような訴訟を通じて守られているのだと感じます。

また,一般論としてクラスアクションの原告に訴訟を遂行するインセンティブはないなどとよく言われますが,実際自分が原告となってみて,それが正しかったということがよく分かりました。もちろん受講料が一部返金されたら嬉しいのですが,訴訟を遂行する手間はそれより断然大きいと言わざるをえません。結局,被害金額が小額の被害者が多数いるという事件において裁判を通じた被害回復を図ろうとすれば,クラスアクションという方法が有効なのかもしれないなと思います。

ちなみに,日本の団体訴訟では損害賠償請求ができないので本件のような場合は保護の対象外となりますが(つまり自分で訴訟しないといけない),ウェブサイトと通じた情報提供など,アメリカのクラスアクションを参考にできるところはありそうです。

ともあれ,受験生の皆さん,原告となるためには今の段階で「何もしなくていい」ということのようですので,試験まであと少し頑張って下さいね。