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反言子


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2008年04月13日(日)

流心力学

| 00:04 |

さて、着手するかな - S嬢 はてな

瞬発力がないと言われてムカッとした。

@ugnews「@kiwofusi もっと昔みたいに「しあわせの呪いを( ´∀`)9」とか癒されること書いてよん

癒されないと言われてムカッとした。

「あなた」が「僕」に「いっしょ」などとおっしゃいますからにしろそうだけれど、こんな文章は二度と書けないな、と思う。

永遠に終わらない僕の思い

なぜ書けないのか。書けないことがなぜ書けないかを書くことはできるのだろうか? 書けないとは「それが書けない」ということであり「それ」を明文化できないにも関わらず「それ」が書けないワケを書くのだから、かなり難儀であるとうかがえる。それこそ、たまたまリンク先の続きに書いてある「人の困難に自ら立ち入り、手を差し伸べたい。人を惚れさすには、そうするのが簡単だから。」の感覚と同じように。

それでも何らかの説明なんかはでっち上げられそうなのが常である。けれど、できない。説明する余地のないことを説明することは、自分を騙すように感じるからだ。もし自分を騙したら、自分が自分に騙されたことには気づかないので、結局、説明する余地のないことを説明することの効果については確かめようがないけれど。

@kiwofusiシンプルな思いは言葉にできない。言葉足らずであることから免れない。強い思いほど脆い言葉になる。

その脆さこそが、意味の生き延び、そのものである。

というわけで、要するに単純なことで、ひとには書けることもあれば書けないこともあり、それは人生においてころころ変わるものだ。たぶん、それは得る一方で失うことなんだと思う。けれど、書いたものが残っているのは、すなおにすばらしいと思う。

http://kiwofusi.at.infoseek.co.jp/log/2005-03.html#NC.20050314f


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