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反言子


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2013年03月18日(月)

二つの集合知:Wisdom of CrowdsとCollective Intelligenceに共通する「多様性」指向

| 22:48 |

知識が生き生きとした関わり合いのなかで刻々と変わっていくということは - 反言子では「Wisdom of Crowds」と「これから集合知」という対比を持ち出しましたが、後者は「Collective Intelligence」(集団的知性)という概念の延長線上に位置づけられると思います。「Collective Intelligence」とは何かということを「Wisdom of Crowds」と対比しながらみていきます。

集合知とよばれている二つの言葉の意味を対比的に説明します

なんとなく「集合知」という言葉を遣うせいで、異なる二つの概念を混同してしまいがちである、という指摘があります。

これらを対比的に整理してみます。独断ではありますが、対比のためにいくつかの観点を設定しました。「ドメイン」というのは、分野とか領域とかカテゴリみたいな意味です。「○○的」には象徴的なキーワードを連想的に記しました。

1. Wisdom of Crowds;群衆の知恵;集団の精度

  • たくさんのひとの意見を集約することで専門家にも当てづらいようなクイズに高い精度で正解すること
  • 問題ドメイン:あらゆるドメイン
  • 問題フォーマット:問題と問題に対応する解答の選択肢、数値で答えることのできる問題
  • 解答フォーマット:選択、数値
  • 結果フォーマット:ある選択、各選択ごとの割合、数値の平均値
  • 研究ドメイン:統計学
    • Wisdom of Crowdsは、参加者の多様性が大きいほど精確になるということが統計的に説明されています(スコット・ペイジ『「多様な意見」はなぜ正しいのか』)。その大まかな考え方は、参加者たちの意見のばらつきが大きいほど、個々人の意見のまちがいが打ち消される、ということです。
  • 事例:物の数や重さを当てる、四択クイズの正解を当てる
  • 知の主体:意見を出す人間、意見たちの集約システム(アルゴリズム、アルゴリズム設計者)
  • 知の主体の所属:素人集団、問題へのある程度の知識や興味を共有した集団
    • Wisdom of Crowdsは専門知に対抗する素人の知であるという主張もある一方で、一部の事例については参加者たちの専門知識が正解の根拠になったのではないかという主張もあります(西垣通『集合知とは何か』:牛の体重当て問題は家畜見本市の参加者によっておこなわれた)。
  • 知の主体同士の関係:意見の多様性を維持するためにコミュニケーションを排除するのが効果的である
    • 知の主体たちは、分散性、多様性、独立性をもたなければならないと主張されています。これに対して、本質的なのは多様性であるという批判があります(西垣通『集合知とは何か』、スコット・ペイジ『「多様な意見」はなぜ正しいのか』)。僕はこの批判を考慮して上のように書きました。
  • 知の形成プロセス:問題を出題し、多様な意見を収集し、それらを集約し、結果を出すことで終了する
    • 意見たちはすべて並立の関係です。「重み」や「時間的な前後関係」はありません。したがって集約とは、論理的(非時間的)な知の形成です。そしてこのプロセスは明確な始まりと終わりがあるという意味でも、非時間的(静的に図式化できるプロセス)です。
  • ○○的:定型的、論理的、機械的、統計的、データ、反コミュニケーション、素人

2. Collective Intelligence;集団的知性

  • 生物がほかの生物とシンプルに関わり合うことで、おのずと全体として知的なふるまいをすること
  • 問題ドメイン:専門分化されたあらゆるドメイン
  • 問題フォーマット:解答できるあらゆる問題フォーマット
  • 解答フォーマット:問題に対応したあらゆる解答フォーマット
  • 結果フォーマット:認められた知
    • 集団的知性によって知が生まれること、また知が生き残ることは、その知がその集団において妥当であると評価された証拠と受け取れます。(トマス・クーンのパラダイム論を思い出しながら)
  • 研究ドメイン:生物学、社会学、経営学、経済学
    • ここを細かくみていくことは重要に思えますが、僕の手に余るので省略します
  • 事例:(僕の手に余るので省略します)
  • 知の主体:生物、組織、社会
    • まるで生きているかのように動くあらゆるシステムが主体となります。
  • 知の主体の所属:専門家集団、機能分化したシステム
    • 知の主体は、同じような方向性をもった知の主体たちと集まっています。機能分化したシステムというのは、特定の機能を果たすためにみずからはたらきを調整するようなシステムです(西垣通によるニクラス・ルーマンの社会システム理論の解説を参考にしました。)。たとえばある会社の企画課は、新商品を企画するという機能を実現するために、企画書を書いたり企画会議したりします。逆に顧客サポートや経理の仕事が割り当てられそうになったら、たとえば課長がこれを拒否するでしょう。こうしてみずからの機能を果たそうとする自律的なシステムのことです。
  • 知の主体同士の関係:コミュニケーションし、変化を与え合う
    • 西垣通の主張する基礎情報学では、生命とは閉鎖的なシステムであるから、ひとが他人の意見をきれいそのまま受けとったり、ましてや他人と完全に同化することはないとしています。専門家がそれぞれ自分の意見をもっていて、かつそれにこだわり(閉鎖、自律)をみせるなら、コミュニケーションによっても集団の多様性は失われず、新しい知を形成できると期待できます。
  • 知の形成プロセス:問題に対する解答は集団に共有され、新しい問題や新しい解答に派生する
    • 再帰的に知が形成されます。論理的な知の形成と異なるのは、そのプロセスをとおして知の主体そのものが変化していくことです。知の主体が変化していくので、もちろん集団も変化していきます。いわば個人的な知の形成によって社会的な知が形成されます。このプロセスは時間を意識しないと図式化できない、動的なプロセスです。
  • ○○的:個人的、社会的、再帰的、時間的、動的、生物、組織、コミュニケーション、コミュニティ、コラボレーション、専門家

Wisdom of Crowdsは強い制約をもちますが、多様性を重視するところがCollective Intelligenceと共通しています

問題ドメイン、すなわちその集合知によってどんな分野の問題を扱うことができるか、という観点を挙げてはみたものの、どうやら肝心なのは、問題のドメインではなくて、その問題をどのように形式化するか、ということのほうみたいです。

Wisdom of Crowdsでは、統計的に処理できる答えを得られる問題しか出題できません。Wisdom of Crowdsは強い制約による実用的な集合知の一形態と捉えられるとと思います。

他方でCollective Intelligenceは、いってみれば現代における「仕事」そのものだと僕には思えます。だから「どうやって」や「なぜ」を問うような高度な問題フォーマットにおいても、Collective Intelligenceは適用できると思います。そこで有効な「制約」については、その適用範囲の広さゆえ模索段階に思えます。

両者は、多様性によって知を生み出すという共通点があり、全面的に対立するわけではありません。ここが「これからの集合知」を考えるいとぐちに思えます。


宿題

これは自分自身に向けた宿題の問いです。問いとして妥当なのかは不安ですが。

  • Wisdom of Crowdsはコミュニケーションを排除することによって多様性を達成している
  • ならばコミュニケーションを指向するCollective Intelligenceは多様性を否定しているのか?
    • もし多様性を否定しているのなら、知的創造に重要なのは多様性以外の何なのか?
    • もし多様性を否定していないのなら、なぜコミュニケーションによって多様性が失われずに済むのか?


知識が生き生きとした関わり合いのなかで刻々と変わっていくということは - 反言子

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