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2010-03-24

[]主人公が決めない、ということ 20:59 主人公が決めない、ということを含むブックマーク 主人公が決めない、ということのブックマークコメント

水曜日にハヤテの記事を書くっていつ以来でしょうか。(挨拶)

ということで、前回と今回でハヤテアテネの関係性にまつわる部分についてはある程度答えが見えたように思いましたので、少しばかり私見を述べてみたいと思います。

なお、ゴールデンウィークの総括的な記事として、アテネの免責にまつわることなどを後日まとめてみたいなと思っています。それはまたの機会、ということで。


「選ばない」ということ

前回と今回、もっと広く捉えるならば、この1年以上にわたるゴールデンウィーク編で浮き彫りにされたのは、前からある程度見えていましたが、「綾崎ハヤテは選ばない」ということだと思います。

三千院帝は、「三千院ナギか、それとも天王洲アテネか」という選択をハヤテに突きつけました。しかし、綾崎ハヤテはそれを選ばなかった。三千院ナギが、その選択そのものを潰したから。

そして、綾崎ハヤテは天王洲アテネを選ぶこともしなかった。天王洲アテネが、自ら身を引くことでその選択を潰したから。

ある意味美しい構図です。なぜなら、どちらも主人公がするべき選択を選ぶ相手たるヒロインが決めるというかたちを作っているから。あくまでも主体となっているのはヒロインであって、主人公ではない。そこにこだわりを感じますが、それは「いいこと」ではないのではないかと思います。

主人公とは何なのでしょうか。自分が決めるべきことを「決めない」主人公は、物語の主人公たり得るのでしょうか。根本的な疑問を、あたしはどうしても持ってしまいます。

綾崎ハヤテが主人公である意味は何なのか―――ということを。


ギャルゲの文法は王道ではない

前回のアテネの独白を読みながら強く感じたのは、この作品はやっぱり「ギャルゲの枠の中で作られている」ということです。前回と今回で顕著になった傾向ではないかと思います。

ギャルゲでは多くの場合、主人公の男の子を通してヒロインたちが描かれます。ヒロインたちは様々な悩みを抱え、その悩みの解決に主人公が役割を果たす―――結果として主人公とヒロインの中の一人が結ばれます。順番に前後はあるでしょうが、結局ギャルゲで描かれているのは主人公の物語ではなく、ヒロインの物語です。ヒロインの物語を、男の子の目を通して追っていく、そういう文法が(特にヘタレと呼ばれる主人公を擁する作品で)目立って使われているような、そういう印象を持っています。

ハヤテのごとく!」の264話と265話は、まさにそういう視点で描かれた回だと思います。あくまでもハヤテは目であり、そこで描かれているのはハヤテの葛藤ではなくアテネの葛藤です。アテネは、ナギについて語るハヤテを見て、自分が身を引くという決断を下します。ハヤテがどう思っているかではなく、そして自分の希望を通すでもない、そういう選択を彼女はしました。

その決断をハヤテは支持することしかしなかったのです。今回のポイントはまさにここだと思っていて、ハヤテは相手の決断を追認することしかしない。抱えていた謝罪の思いと、思慕とを伝えるけれども、彼女の選択をひっくり返すようなことはハヤテはしないのです。

本当に好きな相手ならば、あるいは、失いたくないと思っていたのならば。アテネを自分の恋人にする、そういう行動だって取ることができる。あたしはそう思います。ハヤテにはあまりにも葛藤がなさすぎる。しかし、相手の選択を、相手の決断を追認することしかしないのは、それが作品の文法に従っているから、そして主人公は「読者の目」だから。

でも、そうだとしても、ただアテネに思いを伝え別れるだけの主人公でいてほしくない。そういう気持ちが、あたしにはあります。

しかし、アテネ退場は必然でもあった

そうは言っても、アテネは退場させなければいけなかったのです。主人公の初恋の相手でしかも相思相愛。ハヤテのご主人様であるところのナギでさえ敵わない、ラブコメ的に強すぎるキャラクター、それがアテネなのです。アテネがいたら物語のバランスは完全に失われてしまうでしょう。ただでさえサブヒロインが強力なこの作品においても、アテネの「強さ」は別格です。

そんな彼女を、ゴールデンウィーク編で少なくとも一時退場させる必要があったと、そう思います。そういう中にあって、今回の展開は一時退場、場合によっては完全に退場させることができる展開であったと思います。そういった点ではよかったのかな、と考えています。

@@@@ 2010/03/25 13:29 はじめてコメントさせていただきます。
そういえば作者も文庫本カバー裏などでギャルゲー展開をネタにしていました。
実際そういうオファーがあってもおかしくないと思いますが、現在出ているゲームは控えめですね。物語が完結した後に違ったハヤテが見られるのかもしれません。

まあまあ 2010/03/25 22:40 2009-07-03のエントリーから8ヶ月ですか。
自分の予想では4ヶ月でしたから、思っていたよりも長かったですね。
どうです?ブックオフに売り払いました?
右側のリンクも虚しいですよねぇ。
今度はベイビーステップでしたっけ?1年くらいは愛情が続くといいですね。

うばほうばほ 2010/03/26 09:00 管理人(なんだかんだ言っても気になる)→ハヤテ
まあとか言う人(なんだかんだ言っても気になる)→このブログ

TASKTASK 2010/03/29 03:14 アテネ退場は必然ですね。ハヤテとナギの関係が成り立たなくなってしまいますからね。
アテネが強いというよりも作者の贔屓が強く、逆にナギは出番も見せ場もなく弱くなっているといったほうがいいですね。
さらにサブヒロインというかヒナギクの贔屓も強いことも拍車をかけているとも思います。

語り部語り部 2010/05/16 22:57 このコメントは本来265話、266話の考察なんですけど、
私は自分のホームページをもっていないし、他のサイトで私と同じ様な意見を言っている人が
いなかったので、今回コメントという形で他のサイトに意見を送ることで
私の考察があり得ることかどうか、みなさんに判断してもらいたくて、
このコメントをいくつかのサイトに送らせてもらいました。

私は「ハヤテのごとく!」については最近になって
見始めたので考察には正確を欠くところもあると思いますがそれはご容赦ください。

ハヤテは一般に、主体性や行動力に欠けた主人公と思われています。
私も最初は単にそれは受け身というか、気弱なタイプの主人公と考えていましたが、
265話、266話について良く考えてみると、どうもそういう言葉では片づけられない
のではないかと思い始めました。

265話でハヤテはナギのそばにいる為、アテネと
別れる事を選びました。 私はアテネの事は気に入ってますが、
ハヤテが「今」はナギについていないといけないからアテナと別れるという
選択自体は納得できないわけではありません。 
問題はアテネと別れる時、ハヤテがアテネに対して「好きだった」とは伝えたものの、
そんなずっと好きな相手にたいして「どうして日本にかえれないの?」とか
「なんとかまた会いに来るから!」とかアテネとの別れに対して食い下がらなかった事です。 
別れに泣くほどアテネが好きならどうして「何とか会う方法はないのか?」
という類の事をハヤテは主張しないのか? それが私は分からなかった。 
アテネは266話で今すぐには日本に帰れないが、
諦めずにいずれは日本に帰るつもりがあるという趣旨の事を言っているのに、
ハヤテの方はアテネとのことについて「ふられた」と発言している。 

私はそんなハヤテの行動を理解できなかったが、
後になってハヤテのこれまでの言動を振り返ってみて一つの仮説が思い浮かんだ。
ハヤテは草食系ではなく、むしろ拒食症なのではないか? 
無欲なのではなく禁欲的なのではないか?と.。
つまりハヤテは過去にあったアテネとの別離やその後の10年にも及ぶ暗黒の日々によって
生じたトラウマから無意識に及ぶレベルで
自分が願望を抱いてもそれは叶わず、望みは裏切られるだろう。 
あるいは自分が願望を主張し、叶えようと行動すれば周りの人を不幸にしてしまう......。
ハヤテはそんなふうに無意識に考えているのではないだろうか?

根拠はないわけではない。 連載初期ハヤテは自分の夢について聞かれたとき、
「3LDKに住むこと」と答えた。 スケールの小ささはこの際問題ではない。 
問題なのはその後の「夢が大きすぎるんじゃないか」、「都内じゃなくても全然良いんですけど....」
といった発言。
つまりハヤテはこんな小さな夢ですら妥協しなければ叶わないんじゃないかと
考えていることが重要なのです。 
ハヤテの行動パターンについて作品のこれまでを思い返してみれば、ナギを初め、
人が危機に陥ってる時、人から何かを求められた時は懸命に
行動するが、自分自身の願望を周りに対して主張したり、
その願望を実現しようと具体的な行動を起こしたことがほとんどない。 

借金に対して早く返済したいとは思いつつ、どうしたら早く返済できるのか
ハヤテは周りに対して相談したことがない。 
なんとか収入を増やそうと自分から行動した事も無い。
賞金付きの白皇の行事に参加したのも、ナギが出るからであり
自分の為という意識はほとんどない。

「兄を探したい」という望みについてもどう探せばいいのか誰かに相談したことすらない。

「甲斐性がないから女の子と付き合う資格が自分にはない。」と発言した後も、
ハヤテはどうしたら自分は甲斐性がもてるのか?という発言を全くしていない。

187話で「あの両親にも、自分にもいずれ報いがくだるだろう」
と考えていることからもハヤテが罪の意識を抱えていることも明らかだ。

以上のことからハヤテは過去のトラウマから
自分が願望を持つこと自体を過剰に抑制しているのではないか?と推測できる。 
だとすればハヤテが主人公でありながら能動的に行動できないのも当然。
なにしろ自分が願望を持つこと自体許せないのだから、
目的意識の持ちようがなく、積極的な行動のしようがない。 

この仮説が確かなら、なるほど.......。
ハヤテの人生は三千院帝の言う通りだったのかもしれない。 
間違っていたのは自分の心の病に対して無自覚なハヤテ自身や、
ハヤテのトラウマを過小評価してしまったナギ達のほうかもしれない。 
願望をもつことすらいけないということは、
=明日を今日より良くしようという気持ちが全くないということ。 
明日が今日より良くなることが全くないのであれば後は今のまま停滞するか、
今日より悪くなるしかない。 
たしかにそんな人生は限りなく無意味だと言っても良いでしょう。 
明日が今日より悪くなるしかない人生なんてあまりにも絶望的すぎる。

GW編でハヤテはナギに対して、アテネを助けたいと自ら切り出した事から、
ハヤテの心の病は回復の見込みはあると思う。 
しかしアテネについて食い下がらなかった以上、
今もハヤテは自分自身を許せていないのだと思う。 
自分が過去において望みを抱いてしまったこと自体をハヤテは憎んでいるのではないだろうか? 

ナギだけでもアテネだけでもハヤテのこの心の病を癒せなかった。 
しかしハヤテの心の病が治らない限り、ハヤテのごとく!が
大団円を迎える事はあり得ない。 
自分が希望を持つ事自体、いけないと思っている以上、それで幸せになれるわけがない。
アテネの前ではハヤテは自分事について「今は幸せ」といったが、
それは前と比べれば遥かに自分は恵まれた状況だと思ったから、
自分は幸せなはずなんだと思い込んだにすぎないのではないか? 
アテネと別れたのも自分はナギについてあげなくてはいけない以上、
それ以外の望みは持ってはいけないと思いこんだからではないか? 

この上はナギとアテネそれに、ハヤテの兄、イクサさんがそろって
ハヤテの心を治療するしか、ハヤテの心の病は治らないかもしれない。

.............本当に長くなってすみません。

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