kj日記 二束三文版 このページをアンテナに追加 RSSフィード

「当サイトには一部、不快感を催す表現や性的な表現を含みます。
それ以外の内容が存在しない場合もあります。
深い意味はありませんが邪念が含まれている場合もあります」
よく分からない。


2006-05-30(Tue)

[][]雑記その1

オタク・イズ・デッド』の話題を検索して、比較的何度も触れている方のブログの中から、このような記事を発見。

http://buchi21.blog64.fc2.com/blog-entry-84.html

samurai7は観ていないのだけれど、実況のログで引き合いに出されていた「うつのみや理」は一応名前くらいは知っているし、そして「アクエリオンの変な回」はその時の該当作品スレでどのような反応があったかも覚えています。

それは創聖のアクエリオン第19話「穢れなき悪戯」で、敵の力によって主人公たちが悪夢のような異世界に閉じ込められて・・・、という感じのお話でした。その異世界を表現するのにうつのみや氏が子供向けファンタジー風な絵柄を使ったため、「作画崩壊だ」とか「こんなのは認めない」とか「面白い・最高だ」「これが分からんヤツは勉強不足」うんぬんかんぬん、賛否両論のちょっとした騒ぎとなったんですね。

前述のブログにあった記事も、「勉強不足だ」の視点に立つ筆者が「こんなのは認めない」という最近のアニメ視聴者に対して怒りと軽蔑の念から書かれている訳です。

この方の言い分に特に共感する部分は、

こういう一見不思議な演出が挿入されたときに,どうして理解できない(反応できない)自分を疑わずに,安易に制作者を批判してしまうのか,僕にはまったく理解できない。

キャラクターデザインを養護するほどまでにsamurai7が好きならば奥野ぐらい知っているだろうし,もし奥野を知らない身分であったら,なおさら,批判できないはずだし,黙するべきだ。

自分に知識が無いことを何故彼らは疑わないのか。

そして,どうして『今,俺は面白いものを目撃している!!』と考えずに,批判に走ってしまうのか。

という部分です。

ワタシ自身も不勉強なオタクだと自覚しているけれど、自分の理解を超えた表現に当たった時はとりあえずその意味や意図をまず考えることだけはしており、すぐに「作画崩壊だ」とか「キャラが違う」とか騒ぐ連中は浅はかだろうと思っていたので。

しかし彼らの意見にも分かる部分があります。

その典型的な書き込みを先ほどの記事から孫引きしますと、

3025 名無しになるもんっ♪ sage New! 2006/05/27(土) 00:35 ID:???

>>3004

印象派な作画は求めてないから

3096 名無しになるもんっ♪ sage New! 2006/05/27(土) 00:37 ID:???

うつのみやは、一人で漫画かアニメ作ってろボケ

途中から紛れ込むなや

という部分が彼らの性格をよく表しているのではないでしょうか。

彼らは作画監督アニメーターの個性が表れる事に対して、強い嫌悪感を示しているようです。特に後者の「一人で漫画かアニメ作ってろ」という言葉の意味は深いと思います。「俺たちの観るモノでそういう事はやるな」という意味なんでしょう。

原作物の場合はもっと極端でしょう。矛先は監督脚本家にまで向かう。TVアニメ版の『Hellsing』あたりがその例として挙げられますね。

何故、このような態度で彼らはアニメを観ているのかを自分なりに考えてみました。

それは彼らが「オタク」としての意識を持ってアニメを観始めたのが、90年代後半以降のビデオ販売される商品としてのTVアニメだったのではないか?パッケージとして一貫性のある内容の、例えるなら大量生産化したアニメが彼らにとってのアニメなのではないか?という考えです。80年代までのアニメは純粋な映像作品か教育向け、もしくは企業商品の販促媒体であって、その中で作り手がメッセージを織り込んだりカッコイイ動きを詰め込んだりして自己主張していました。それと比較すると90年代のアニメはある種のメッセージ性やキャラクタ自体が「商品」として通用するようになり、その「商品」全体を通したメッセージ性やキャラクタを壊さないように作られたアニメが主流となったのではないか、とワタシは思うのです。

しかし、もう一つのアイディアが浮かびました。

彼らは「アニオタ」ではないのではないか?という考え方です。あくまで他に、ワタシの考えではTVゲームが有力なのですが、それらの属性を持っていたオタクが、「オタク業」のサブ・ジャンルとして「アニメ」に手を伸ばして、現在の2ちゃんねる実況板に現れるようなアニメ視聴者が登場した、というものです。ここ10年ほどのアニメは、漫画やラノベ、そしてTVゲームなどを原作に持つものが多かったり、同時にメディア展開されていたりします。。

ゲームはアニメと比較すると、シナリオやキャラクタを作る人間は限られています。破綻は起こっても、シナリオやキャラの揺らぎはアニメと比べれば遥かに感じにくいはずです。漫画やラノベなら基本的に個人の作業なのでもっと感じないでしょう。ちょっと乱暴な意見かも知れませんが、彼らが拒否反応を示す部分は複数の作り手が入れ代わることによって生まれる「揺らぎ」の部分です。

実際に実況板などを見ていると、彼らは作画のちょっとした変化にかなり敏感であると思います。実況板に居るような人間は元々「粗探し」が好きだというのもありますが、それを差し引いても細かいところまで意外と目が行っている。

彼らにとって「揺らぎ」は「バグ」と感じているのかも知れない。彼らには自分の作り上げたキャラクタ像やストーリー像が漠然とあって、それを無視してアニメの作り手たちが「俺のキャラクタ像・ストーリー像」を提示してくるのが、許せないのかも知れない。原作のあるアニメの場合、原作ファンがアニメ版に対して大抵不満を抱くのは、この「揺らぎ」や「作り手の主張」が影響しているのでしょう。

特にキャラクタに関しては「萌え属性」と言う単語からも分かるように、「萌え」を理解するオタクには事前にキャラクタ・デザインを見た段階でもうキャラクタ像が出来てしまっていて、それを裏切るような方向性は垣間見えただけでも理解不能なのではないか。と、これはミスリードでしょうか。


ちょっと話がまとまらなくなってしまったので、主張するポイントをまとめて終わりとします。

1.オタク向けアニメを観ている視聴者に「アニオタ」と呼べる人種が実は少ないのではないか。

2.ゲーム・漫画・ラノベから「オタク」になったアニメ視聴者は、アニメが集団作業によって作られているために生じる、物語や絵柄の「揺らぎ」に対して免疫がないのではないか。

あと文章の流れから上手くつながらなかったので言わなかった主張ですが、

3.というか彼らは目の前の作品をしっかり観ずに、それを受けて自分の中に作った「作品世界」を見ているので、この「作品世界」を壊されるような情報は本能的に拒絶しているのではないか。

以上を「演出意図のあるアニメ作画に拒否反応を示すオタクに関する考察」のまとめとします。

bmktbmkt 2006/05/31 02:17 その通りです。

原作への尊重の欠片もなく、
「漫画は読んでませんよー、ゲームはやってませんよー。でも
僕たちがやるから面白いものになりますよー、せっかくだから
この素材使ってあげますね☆」
なんつーゴミみてぇな思想を持ったクリエイターちゃん様たちの
糞みてぇな作品世界を毎回毎回毎回毎回見せ付けられるんで、
それはもう胃潰瘍になりそうなんでーす。

SOLGSOLG 2006/05/31 05:29 自分はOVA八犬伝であった元デザイン無視の作画や、
ラインを意図的に崩しディフォルメへと使った劇場版デジモンなど
大好きなんですが、これははっきり言って人を選びます。

通常アニメーションはキャラを設定どおりに描くことが
前提であり、あまりにもかけ離れたディフォルメはさすがに
違和感を感じるでしょう。
崩したなら、崩したなりの理由が必要だと思います。
八犬伝の作画では崩れつつも(あれは特有なディフォルメですが)
凄く動きます。武士のすり足や女性の女走り、蝿の動きがリアルで
アニメーターの能力が非常にわかるものです。しかし八犬伝中では
人気がないのが事実です。
アニメーターの個性を否定はしませんが、一番いいのは設定された
キャラの絵がきちんと動くというのが評価されるものでは
ないでしょうか。

・・・でも個人的には色々な作画の個性があってもいいと思います

ぬこぬこ 2006/05/31 14:19 一世代前のアニオタは演出作画に目が行く前にストーリーに文句を言い出すので安心ですw
もう一世代前のアニオタは今とは逆でパースやデフォルメの効いた作画(金田アクションとか)が好きだったり話が難解だったり滅茶苦茶であるほど喜ぶ変態揃いw
押井うる星に文句を言っていたのは原作ファンと原作者のみで、アニオタは全肯定でかごめかごめを歌っていたみたいなもんで。

演出に文句を言い出したのはエヴァンゲリオン辺りですかのう。
自分は放送終盤絵も話もどんどん実験的に抽象的になって行くのを大笑いしながらワクワクして見てた古いアニオタなんでアレですがw

未熟ながら未熟ながら 2006/05/31 16:34 そういえばアトムのアニメでは各漫画家の独自のアトムになって
いて今では考えられないような感じだったらしいですね。

ユウユウ 2006/05/31 21:51  難しいところですが、やっぱり自称玄人アニオタが分かるような作画よりは、多くの人がいいと思える作画の方がいいと思います。京アニが評価されているように。

くにまるくにまる 2006/06/01 00:12 私の周りですと、

・「制作側の意図を読み取ろうとするのが視聴者側の務め」派
・「視聴者に『務め』を求めるようなものを提供する事自体が間違っている」派

で真っ二つです。作画・演出問わず、ですが。


でもまあ、↑の方も述べていらっしゃいますが、
奇をてらった(ように多数の人には見える)ものよりは、多数に受け入れられるものの方が良い気はします。

かといってなんのひねりも無いまま進むのもつまらない、と思う気持ちも多少あるわけで。

バランスなんでしょうかねぇ……。



そこで我らが野比のび太の至言。
『これはこれでおもしろいじゃない』(ぶち壊し)

飃 2006/06/01 00:12 原作があるアニメではすでに情報を得ている人間はその人なりの解釈や想像を持っている。別にこれはアニメに限らず原作ありのTVドラマにだってある。想像していたキャスティングと違うとか台詞に違和感を覚えたりする。もうこれはしょうがないとしか言いようが無い。実際ヘルシングを知っていた兄貴と知らんかった私とではオリジナルシナリオで兄貴は不満だったようだが私は全然変に思わなかった。

trsgrtrsgr 2006/06/01 01:14 作者が読者に払いうる最大の敬意は彼らが期待するようなものは一切書かないということである。ってね。

2には激しく同意

ダイアダイア 2006/06/01 03:13 2世代にあこがれる3世代なので自然と
>パースやデフォルメの効いた作画(金田アクションとか)が好きだったり
>・「制作側の意図を読み取ろうとするのが視聴者側の務め」派
>『これはこれでおもしろいじゃない』(ぶち壊し)』
考えに俺はなってる感じ特撮なら井上脚本とか好み
対して
>1.オタク向けアニメを観ている視聴者に「アニオタ」と呼べる人種が実は少ないのではないか。

俺はこれの逆オタク向けは嫌いで作品の核心を突き止めながら見てるから中身のあるなしで考えてる
「揺らぎ」や「作り手の主張」前提に熱いのとかシュールなのも味として評価してます
萌え、801目的作品に中身なし!!

PiPi 2006/06/01 08:33 主張しようとしてることの前提がおかしくないか?

実際のところ視聴者の中にアニオタが少ないかもしれない
しかし「視聴者」=「実況スレ住人(発言者)」
と捉えるのは大いなる誤りだろう

何か考えるところがある人間は発言すべきであるとでもお思いなのだろうか?

匿名性の高い掲示板の発言者に対して「彼ら」という言葉を用いて、自分とそれ以外の人間という風な個人主義的な感情を持つのは構わないが、それでは主張に説得力がなさ過ぎる

MatroxMatrox 2006/06/01 16:21 件の作品は観ていないので的外れな意見かも知れませんが、
3.に関しては「全話を通して一つの作品とみなす」為に、突然変な演出をされたらこれまで積み上げてきた話やアニメ作品としての全てがぶち壊しである、と感じるからではないでしょうか。
1話単位では面白くてもトータルとしてはそこだけが浮いてしまって欠陥となる。
即ち「やるなら定期的に、その作品の味として個性として最初からやれよ」と批判する側は言いたいのでは無いでしょうか。
一人の暴走を許すなら最初から各話独立させて全員に個性出させろ、そうしない方針なら作品として統一しろ、と。

#### 2006/06/02 18:21 アクエリオン19話に関しては、主人公たちが異世界に行く前のシーンからうつのみや氏の個性が色濃く出た作画が散見され、それをもって「異世界の表現」は失敗している、という声もたくさん聞かれます。それについてはどうお考えですか?

むしろむしろ 2006/06/03 10:27 ##氏に同意。演出であることを強弁するのであれば、異世界への移行前にそれまでの世界と明らかに違う、強烈な違和感を抱かせた段階で大失敗でしょう。
それこそが全ての元凶であり、むしろ異世界“のみ”うつのみや氏担当とすれば全く問題なかったはずです。

うひょうひょ 2006/06/04 11:38 貴殿らは考え違いをしているッ!!
韓国作画で崩れるキャラをこそ問題にすべきだッ!!!!

kj-3plus4kj-3plus4 2006/06/04 17:47 返答を求められているモノからコメント返させて戴きます。

>Piさん
おっしゃるとおりです。実況スレ住人という極めて限られた視聴者層から話を展開したことには無理があったと思います。結論ありきで書いていたフシもあり、反省しています。
でも、考えた以上は言わせてもらいますがw 発言せずに悶々と考え続けて、誰にも間違いだと指摘してもらえない方が不幸ですし。

>##さん むしろさん
異世界に行く前のシーンには違和感を感じたことは覚えてはいます。
しかし、それよりも異世界の表現が色彩感を強く抑えたものだったりキャラクタの表情の非常に乏しいものとしたりしたあたりが、通常回とは真逆な印象を受けましたし、孤独感や不安さが上手く表現されていたと感じたので、異世界の部分がとても素晴らしかった。
という感想がワタシの場合は勝ってしまうのです。
そういう意味では、むしろさんの>異世界“のみ”うつのみや氏担当 というのは一理あると思います。それが可能な状況だったならば、するべきだったのでしょうね。

kj-3plus4kj-3plus4 2006/06/09 19:13 続きをこちらに書きました。

http://d.hatena.ne.jp/kj-3plus4/20060609/p1

とほりすがりとほりすがり 2006/08/20 03:09 たまたま見たのでコメントですが、
>>3.というか彼らは目の前の作品をしっかり観ずに、それを受けて自分の中に作った「作品世界」を見ているので、この「作品世界」を壊されるような情報は本能的に拒絶しているのではないか。

これは色々な事であり得るのではないでしょうか。作品世界=イメージと置きます。
ある作品、ある食べ物、ある自分が行なう動作、自分から見たある他人への印象、自分の人生、他にも色々な事がありますが、こういった事には自分のイメージがある。まずイメージありきでそれを感じる。
このイメージが人を支配しすぎているのではないか。

って意見ですが明らかに妄想だしどーでもいい意見だこれw

作画とか演出についてはそんな意見するなら自分で会社入って完璧なもん作れやーて感じですねぃ。

kj-3plus4kj-3plus4 2006/08/22 12:29 >とほりすがりさん
>作画とか演出についてはそんな意見するなら自分で会社入って完璧なもん作れやーて感じですねぃ。

耳が痛いご意見です。確かに。
でも、自分で作れと言われたら「逆切れすんな!てめぇの仕事だろ!」とお怒りになる御仁もいらっしゃるのが世の中です。そんなお客様がいっぱいです。

イメージ論は面白いですね。もしくは特定情報依存症とか。

とほりすがりとほりすがり 2006/08/29 18:20 返信ありがとうございます。
最近は売り手が客をリスペクトしていて、客は売り手をリスペクトしてない傾向な気がします。
もっと違う何かかもしれませんが。

期間が空いての書き込みですが、アレクサンダー・テクニークというものを見つけたんですけどこれが私の言った考え方に近いというかぴったりでした。
http://www.littlesounds.com/what/index.htm
宣伝みたいですが^^;この思考方法は役立つと思います。
自分の無意識から考えるという感じです。
日本は根性論に走ってしまいがちですが、これは根性の前の
その練習のアクションのやり方、それ以前に無意識の内の体の動かし方が適切かという風なノリですかね。

これを体を動かすという事意外に当てはめると色々見えて来る気がします。
見えても微妙ですがw

特定情報依存症は自分はあるかもしれないですね。自分の持っている情報とか感性に依存しすぎています。
特にプロレス好きに悪い奴はいねーとか変なのありますねorz

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