文明の交代の記録−−『逝きし世の面影』

いわゆる江戸趣味には興味がないけれど、杉浦日向子の漫画作品に描かれた何気ない日常の江戸が好き。代表作『百日紅さるすべり)』の主人公・葛飾北斎をはじめ、出てくる江戸人たちは貧乏も気にかけず飄々と楽しげに暮らしている。時代劇に出てくる江戸とはずいぶん違うのだが、最近読んだ『逝きし世の面影』渡辺京二著)によれば、杉浦漫画のほうが正鵠を射ているようだ。

本書は平凡社ライブラリー版で600ページを超える大著。江戸末期から明治前期にかけて日本を訪れた外国人の観察記録を多数引用し、日本人の記録では当たり前すぎて見過ごされた事実から、当時の日本の情景や日本人のメンタリティをリアルに浮かび上がらせている。ここに描かれた日本は、現代とはまるで違う異世界。「西欧文明とは異質だが高度に成熟したひとつの文明が、明治前後を境に滅び去った」とする著者の認識には強い説得力がある。
かつての「美しくて気のいい」文明には日本の独立を保つ術がなく、別の「近代的」文明に取って替わられるのは必定だった。しかし、ほかならぬ日本にこういうユニークな文明が存在した事実は、とても楽しいことだと思う。