『鈴木亜久里の挫折』は挫折にあらず!?

連休中帰省していたため、今日になってF1最終戦(ブラジルGP、日曜夜にライブ放映)の録画を見た。すごすぎる。最終戦の最終周回の終わり近くで、ワールドチャンピオンシップの行方が(しかも1ポイント差で)決まるとは。去年も似たような展開だったが奇跡は繰り返され、今回はルイス・ハミルトンが雪辱を果たし、史上最年少のワールドチャンピオンが誕生した。ルイスを応援している私としても嬉しい限り。

…ということで、このところ非常に面白いF1シーンだが、残念なことが1つ。F1ドライバーとして3位表彰台の経験もある鈴木亜久里が率いる「スーパーアグリF1」チームが、2006年に参戦してから2年と少しで消滅してしまったことだ。著名なモータージャーナリスト・赤井邦彦氏が、参戦から撤退までの綿密な取材をもとにまとめ上げた『鈴木亜久里の挫折〜F1チーム破綻の事実』(文春文庫)を読むと、自動車メーカーの資本参加のないプライベートチームによる参戦の難しさを改めて痛感する。

技術的な面もそうだが、何より資金面での困難は想像を絶する。小規模なチームでも年間軽く100億円以上はかかるうえに、新参チームは4800万ドル(参戦当時のレートで58億円)もの供託金を用意しなければならない。多くの企業にオファーを出すも、レースへの投資の意義が理解されず、大口スポンサーは一向に獲得できない。主に技術面と人材面でホンダの絶大な支援を得ていたとはいえ、自己資金のないチームが準備期間半年ほどで2006年の開幕戦(バーレーン)に2台の車を並べられたのは、ここ2年の最終戦でのレース展開をも凌ぐ奇跡としか言いようがない。

翌2007年にはエース・佐藤琢磨の奮戦で2度にわたる入賞(8位および6位)も実現。トップチームと技術格差の著しいF1界でこの成績は、上位チームの優勝に勝るとも劣らない偉業である。しかしながら、常に綱渡り状態だった資金面の状況は急速に悪化し、2008年第4戦スペインGPを最後に万策尽きて、チームそのものが消滅してしまった。

そのことだけを見れば「挫折」かもしれないが、鈴木亜久里個人としては、人生をかけた最大の夢「自身のチームによるF1参戦」を実現できたうえ、望外の6位入賞まで果たせたのだから、挫折という言葉はまったく似合わない。「夢は見続ければ必ず実現する」という鈴木の言葉には説得力があるし、本書のオビの言葉「やった意義はあった、俺の人生の中ではね」という発言には、夢を実現できた男の充足感がある。

今後は、彼も熱心に手がけている次世代ドライバーの育成事業が実を結び、世界の一流ドライバーに遜色ない才能が日本から現れる日を楽しみに待ちたいと思う。