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熊おやじの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-06-12

SSRIまたはグローバリズムの阿片

*「愛知学院大学人間文化研究所所報」35号より転載

 安倍晋三首相は、2007年9月に、「体調不良」を理由に突如政権を投げ出しました。病名は公表されなかったけれども、潰瘍性大腸炎(過敏性腸症候群の一種)でしょう。安部氏に、「緊張すると下痢をする」持病があることは、首相就任前から知られていました。首相辞任直前には、外遊先までコックを同行させて、和食を食べていました。最後は、下痢が止まらなくなって国会の審議時間に耐えられなくなったのだと推測しています。病名を公表しなかったのは、公表したら総選挙に負けて政治生命を失う、つまり現代日本の「すべり台社会」を転落して、最高権力者から一気に「ただの失業者」になってしまうからでしょう。安部氏がネオリベラリズム政策を推進しようとしていた当事者であったことは皮肉です。

 過敏性腸症候群は、現代日本ではすでに「10人に1人」と言われるくらい、ありふれた病気です。TVCMで、「○○社のストッパーは効きます、子供用もあります」と薬の宣伝をしている、あの病気です。「命に関わることはない」という理由で医学界が軽視しているうちに、先進国では患者が急増して、労働者の生産効率が著しく落ちているという理由でもはや社会問題になっています。現時点では決定的な治療法はありませんが、現代人が三食栄養バランスに優れる和食を食べて、晴耕雨読のゆったりした生活をすれば、治るであろう、と言われています。過敏性腸症候群を抱える人に、総理大臣のようなストレスフルな職務はつとまりません。新自由主義社会「勝ち組」の人たちは、「勝者の代償」(ライッシュ,2002)を支払わなければならないのです。

 雨宮処凛・萱野稔人「生きづらさについて」光文社新書(2008年)を読みました。フリーターニートも、アダルトチルドレンもリストカッターも、「新自由主義社会における生きづらさ」という一点で「自己責任」を超えて連帯できる、という主張はもっともだと思います。しかし、雨宮氏や萱野氏に欠けているのは、ネオリベ「負け組」だけでなく、「勝ち組」もまた、やはり切実な「生きづらさ」を抱えているのではないか、と考えてみる想像力です。新自由主義は、国民を「不安定雇用かSSRI(選択性セロトニン再取り込み阻害薬・そもそもは坑うつ薬として開発された薬物。安部氏も服用していたでしょう)ユーザーか」に分断する仕組みであり、「勝ち組」をも説得しなければ、変えることは困難だと思います。雨宮処凛氏には、社民党や「週刊金曜日」にコミットする(政治利用されているようにも見えます)ことに自足することなく、自民党民主党の懐に飛び込むくらいのことをしてほしい、と思います。

 もしも、抗うつ薬SSRIを使用禁止薬物にしたら、先進国政府は「ワーク・ライフ・バランス」(日本政府は「仕事と生活の調和」と訳していますが、「仕事と命の天秤」と訳すべきでしょう)にもっと本腰を入れるでしょう。デイヴィッド・ヒーリー著「抗うつ剤の功罪」(みすず書房、2005年)によれば、アメリカでは1700万人がSSRIを服用し、全世界の消費量の70%を消費しているそうです(20%はEU、10%は日本)。マルクスの「宗教は阿片」という言葉をもじって言えば、SSRIは、「グローバリズム『勝ち組』の阿片」ではないでしょうか。

 2008年11月2日の「朝日新聞」朝刊・医療コーナーで、「不安障害 働き盛りに増加 薬物・認知行動療法で多くは改善」という特集が組まれていました。不安障害の中では、パニック障害と社会不安障害(「対人恐怖」というのは、日本独特の表現です)・強迫性障害の三つが代表的だとされ、「日本人の10人に1人くらいの割合で症状に悩んでいる人がいる、というデータがある。働き盛りの20歳から40歳に増えている印象だ。」という専門医の見解が紹介されています。SSRI(選択性セロトニン再取り込み阻害薬)を中心とした薬物療法と認知行動療法を組み合わせた治療で、約1年後には多くの人が改善するそうです。「なのに、まだ受診をためらう人が少なくない」と専門医は指摘していました。

 医師は、眼前の患者に対症療法を施すことが仕事だから、どうしても、手っ取り早く向精神薬SSRIを処方してしまうのでしょう。しかし、「どうしてこんなに不安障害に苦しむ人が増えるのか」と社会学的に考察し、背後にある「効率と競争を過度に追求する社会風潮」を改善しなければ、今後とも、患者が減ることはないでしょう。

 向精神薬SSRIには、経済のグローバリズムと新自由主義的風潮における「勝ち組」(さらには、アメリカをはじめとする先進国の住民一般)にとっての阿片、という側面があります。アメリカではすでに1700万人が服用しているSSRIを使用禁止薬物にするというのは非現実的な提案です。しかし、島薗進氏も主張していることですが、「SSRIの使用にはもっと慎重を期そう」というSSRI使用の「慎重論」(島薗,2009)を社会運動にすることは、21世紀の世界をよりマシなものにするために、絶対に不可欠だと思います。

 先進国では、少なくとも、いろいろ批判の多い公正取引(フェアトレード、公平貿易、発展途上国の原料や製品を適正な価格で継続的に購入することを通じ、立場の弱い途上国生産者や労働者の生活改善と自立を目指す運動)よりも、優先順位の高い社会運動になると思います。

 どなたか、共鳴してくださいませんか?

<参考文献>

朝日新聞」2008年11月2日号朝刊

雨宮処凛・萱野稔人「生きづらさについて」光文社新書、2008年

島薗進「慎重論の論拠を求めて―エンハンスメント論争と抗うつ薬―」『日本学報』28号、大阪大学、2009年

デイヴィッド・ヒーリー「抗うつ剤の功罪―SSRI論争と訴訟ー」みすず書房、2005年

ロバート・B・ライッシュ「勝者の代償―ニューエコノミーの深淵と未来」東洋経済新報社、2002年

そこからのひかりそこからのひかり 2009/06/12 16:26 はじめまして
CMLから来ました。
激しく同意です。自分もあわや手を出しそうになった一人として。わたしがこの薬のことを知ったのは、日本で認可前、NHKスペシャル、「脳内薬品」を見てでした。当事二十代半ばで、分析医にかかっていたときで、寝るためにアルコールが手放せず最もしんどいときでした。認可されていたら、医師に処方を求めていたかもしれません。医師から処方を持ちかけられる、他の軽い薬は、一切断っていたに関わらずです。

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