「アバター」世界的大ヒットの政治的意味

Japan Mail Medeia No.564 Saturday Edition
『from 911/USAレポート』第439回「2010年、オバマの時代は始まるのか?」
冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)より転載


 その意味で、ジム・キャメロン監督が200ミリオン以上の経費を投入して制作した3D大作SF『アバター』が大ヒットしているというのは興味深い事実だと思います。映画の内容としては、日本でも公開されていますから皆さんご存知の通り、『風の谷のナウシカ』+『もののけ姫』+『ダンス・ウィズ・ウルブズ』+『ラスト・サムライ』といった過去の映画へのオマージュの集大成としか言いようがありません。3D技術の普及という意味では歴史的ですし、森のイメージや山のイメージ、そして「コネクション」の思想などにはオリジナリティもありますが、名作として語り継がれるレベルには少々物足りないとは思います。

 この作品の中で、興味深いのは、ストーリー全体を通じてベトナム戦争や、イラク戦争、アフガン戦争への批判というトーンが明白だという点です。資源の確保を狙って異文化への侵攻を行っているという設定は、イラク戦争とどうしても重なってしまいますし、映画の中で出てくる鉱山会社の経営者パーカー・セルフリッジという役は、どうしてもイラク暫定統治機関のブレマー行政官と二重写しになってしまうのです。このセルフリッジの役は、芸達者のジョバンニ・リビシがやっているのですが、余りに上手に「悪役」を演じてしまっているので、キャメロンの前作『タイタニック』の敵役をやったビリー・ゼーンのようにイメージが固定してしまわないか、私は心配になったほどです。ちなみに、リビシの演ずるセルフリッジは「困ったような表情」から「ネクタイの緩め方」まで、明らかに「ブレマー、そしてブッシュのイメージ」が投影されているように思えます。

 とにかく、いくら宮崎駿監督への崇拝が原点だからといっても、自然を善、人間を悪、異文化の側を善、米国の軍事力を悪、と描いたこの作品が大ヒットするというのは「ポスト911」の時代ではあり得なかったことであり、「オバマの時代」ならではの現象だと言えるでしょう。公開13日目の時点で、米国国内269ミリオン、世界全体で745ミリオンという興行収入は、異常な大ヒットです。その背景には、米国内外の「反イラク・アフガン戦争」の「気分」があるのは明白ですし、また巨大な観客がこの作品に触れることでそうした「気分」に接することになる、そうした効果もまた避けられないことのように思います。


*『アバター』のヒロイン像は、キャメロン自身も言っているように、ジャパニメーション(特に宮崎駿のアニメ)における「戦闘美少女」像の強い影響下にあります。こうしたヒロイン像がグローバルにアピールする理由については、拙著「男らしさという病?」(風媒社、2005年)をご参照ください。