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熊おやじの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2018-09-20

「人を助けて我が身たすかる」を再考するー生物学的本質主義に向けてー

「人間文化研究所所報」44号(2018年9月刊行)

<題名>「人をたすけて我が身たすかる」を再考する−生物学的本質主義に向けて−

<著者>熊田一雄(宗教文化学科)

 私はかつて、「人をたすけて我が身たすかる」という天理教の信仰指導を実行に移したら、長年苦しめられてきた不安障害パニック障害)が治癒したという天理教信者の体験談を分析して、天理教で「おたすけ」を行う際の「たすかりたい」から「たすけたい」という視点の転換には、一種の「認知行動療法」の側面がある、と論じた(熊田2012)。今もその考えに変化はない。しかし、その後、他宗教の事例や医学情報を知るにつけ、「助け合う」ことには、一種の「認知行動療法」の側面があるだけではなく、もっと大きく、人間という社会性動物は、お互いに「助け合う」と健康になるように設計されているのではないか、という「生物学的本質主義」の見解を抱くようになった。この小論では、その間の事情を説明したい。

 1935年にアメリカで誕生し、その後世界中に広がったアルコール依存症患者の自助グループAA(Alcoholics Anonymous)は、アルコール依存症だけではなく、現代の様々な依存症の自助グループの原点ともなったという点で、宗教史上重要な存在である。AAの出発点は、以下のような二人のアルコール依存症患者の出会いである。


1935年、オハイオ州アクロンで二人の男の出会いがあった。当時二人とも絶望的な酔っ払いと見られていた。彼らの知り合いたちにとってもそれは恥ずべきことだった。一人はウォール街の腕利きで、一人は名うての外科医だった。二人とも死にそうなほど酒浸りになっていた。それはそれは数多くの「治療法」を試し、何度も入退院を繰り返していた。確かに彼ら自身から見ても、もう手の施しようがないように思えた。

 お互いが知り合ってから、ほとんど偶然に、驚くべき事実をつかんだ。その事実とは、お互いが相手の手助けをしているときには、飲まないでいられることだった。二人はこの考えを得て、病院のベッドに閉じ込められたアルコホーリクの弁護士のところへ話に行った。その弁護士もやってみる気になった。

 この三人はそれぞれの生活の中で、アルコホーリクの手助けを次々に続けた。手助けが望まれないこともあったが、彼ら自身にとってその試みは値打ちのあるものだった。なぜなら、たとえ「患者」は飲み続けていたとしても、自称「援助者」は飲まずにいられたからだった(AA日本ゼネラルサービス1979、p177)。


 なぜ「お互いが相手の手助けをしているときには、飲まないでいられる」のかは、神学的に「人たすけて我が身たすかる」という天理教の宗教的教義によっても説明できるだろう。また、心理学的にそれを一種の認知行動療法(社会構築主義)と言い換えてもよいだろう。しかし、次のような医学的情報となると、もっと大きく、人間という社会性動物は、お互いに「助け合う」と健康になるように設計されている、と生物学的本質主義に依拠しなければ、もう説明がつかないのではないだろうか。


 ある実験では実は人に親切にする行動を1か月間1日3回行うと、寝たきり予防に効果があるというデータが出たそうです。

 人間は昔から群れで行動し、協力し合って生き残ってきたため人に親切にするということは仲間と暮らしていくうえでとても大切でした。

 そのため人に親切にするということが体にとっていい影響があるようにプログラムされているんだそうです。

 人は常に体の中で炎症が起きていますが、人とのつながりが少ないと体に起こる炎症が強くなることがわかっています。

日本の実験でも、寝たきりの危険度を調べた実験で

・運動なし人とのつながりなし

・運動だけあり

・つながりだけあり

・運動ありつながりあり

の4つのグループでは、運動ありつながりありのグループが最も危険度が低く、運動なし人とのつながりなしのグループが危険度が最も高くなっていました。

 また注目すべきは運動だけありとつながりだけありのグループで、普通に考えたら運動だけありのグループの方が寝たきりの危険度は低くなりそうですが、実際は人とのつながりだけありのグループの方が危険度が低かったという点です。

つまり1人でしっかりと運動するよりもグループで軽めの運動をしたほうが介護予防に効果があるというわけなんですね(「ガッテン究極の寝たきり予防法!人とのつながりが対策になる!」)。


 約20万年前にアフリカで誕生した現生人類は、「集団で狩りをする」(オオカミの真似をしたという説もある)ことによって、狩猟採集時代に一気に増殖した。約1万年前に農耕社会に移行したが、農耕も集団でなければ不可能な仕事である。さらに、脳が大きくなりすぎた現生人類は、他人の手助けなしには、産道を通過させて「出産」することも難しい。こうした条件下で、「助け合わない」個体は自然淘汰され、「助け合う」と健康になるように遺伝的に設計された個体のみが今日まで生き延びたのではないだろうか。

 もちろん、こうした「助け合い」を生物学的本質主義によって説明する進化心理学的・医学的仮説は、医学的研究のさらなる蓄積によって裏付けられる必要がある。しかし、「人間関係の希薄化」が進行する現代の先進国の現状を見るにつけ、「助け合い」についてのこうした生物学的本質主義による説明は、人間性についていかにも的を射た説明のように思えるのである。


<参考文献>

AA日本ゼネラルサービス『どうやって飲まないでいるか』AA日本出版局、1979年

熊田一雄「不安障害の信仰治療について―天理教の事例から―」『愛知学院大学文学部紀要』41号、愛知学院大学、2012年

ガッテン究極の寝たきり予防法!人とのつながりが対策になる!」

https://hamsonic.net/bedridden-2/2018年6月28日アクセス

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