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熊おやじの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-11-18

一匹狼か猫型人間か

 私はよく一匹狼タイプといわれます。私は、この評価は半分正しく、半分間違いだと思います。私が、日本人には稀にみる「一人でいられる能力」(ウィニコット)の高い人間であることは確かです(「社会性が乏しい」ことをポジティヴに表現するとこうなります)。しかし、私は一匹狼というよりも猫型人間なのだと思います。一匹狼という表現には、「本来は群で暮らすべきだが、逸脱している」というニュアンスがあります。しかし猫は、そもそもが単独性動物で、群を作ったり尻尾を振ったりする習性がありません。

 私は猫を飼っていますが、聴覚の「アンテナ感覚」に頼っている生きものです。特にネコ缶を開ける音に対する反応の鋭さには、驚くべきものがあります。

2012-06-30

私の顔

 鏡で自分の顔を見る。ファニー・フェイスなのはとにかく、「普通の人には見えない」。どうみても、「サラリーマンには見えない」(いずれも、若い頃から言われていたことである)。画家とか音楽家の顔である。しかし、とても「人がいい」ように見える。何処に行っても、道を訊かれる。ニューヨークでは、到着初日にアメリカ人に道を訊かれた。おそらく、「人がいい」ように見えることで、ものすごくトクをしている。

2008-09-27

井の頭線的凡庸さ

 学問の世界は、30才で格が決まり、40才ではもう勝負がついている厳しい世界です。私はいま46才ですが、学者としては、自分で言うのも手前味噌で気が引けますが、まずまずの成功だったと思います。もちろん私は、マックス・ウェーバーのように100年立っても古典として読み継がれるような作品を残せるような天才ではありません。しかし、引退後にマイナーな出版社から著作選集を出せるくらいの自信はあります。

 私のような学者を、蓮實重彦元東大総長は、「井の頭線的に凡庸な学者」と表現します。東京の私鉄・井の頭線は、駅の間隔が短い。井の頭線的凡庸さとは、同時代の学者より「ほんの少し先を行く」程度の小さな才覚はあるが、「100年先を行く」ような天才は全くない、という意味です。学生時代から、私が面白いと思うものは、10年位すると流行するようになります。小さな才覚はあると思います。ジェンダーを回避する島薗進氏(東京大学)の宗教学と、宗教を回避する上野千鶴子氏(東京大学)のジェンダー研究を、次世代の観点から結びつけて、「近現代日本における宗教と男性性(マスキュリニティーズ)」という自分の学問領域を作り上げた、ということにささやかな満足を感じています。

2008-07-23

怖い人形の写真

たまには、堅い話は抜きにして、怖い人形の写真を紹介しておきます。

http://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/113751159

 ロボット工学で「不気味の谷」現象というそうですが、人間は、「人間そっくりの姿形」でも「まるで違った姿形」でも怖くないが、「人間と似ているけれども少し違う」ものには強い恐怖を感じるそうです。ホモ・サピエンスがネアンデルタール人のような近縁の「似て非なる」ライバル種と激しい生存競争をしていた頃の記憶がDNAにすり込まれているのかもしれません。