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熊おやじの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-02-20

「恩返し」ではなく「恩送り」

 「恩返し」ではなく「恩送り」―どこかで聞いた言葉ですが、教師の仕事をしていると、つくづく実感できます。

2010-01-25

目標とする研究スタイル

(前略)ジェイムズの心理学は自己の体験から出発している。精神的危機をも経験し、神秘体験もあったジェイムズの精神医学は「私はこういう連中とは違うぞ」という精神医学ではなく「ひょっとしたら私もなったかもしれない」という精神医学である。そこから、「私の代わりになってくださったのかもしれない」(熊田註;<生存者罪悪感>のこと)まではほんの一歩である(中井久夫『樹をみつめて』みすず書房、2006年、「神谷美恵子さんの「人と読書」をめぐって」より、p.177)


*私も、こういう研究をしたいものです。 

2009-02-12

私の文章の暴力性

 この日記を読んでいただいている方に、「文章に暴力性がある。悪意を感じる。」という感想をいただいたことがあります。日本の宗教界にまともにケンカを売っているのですから、当然でしょう。私の天理教教祖論は、最低でも70万人はいる(教団の機関誌「みちのとも」の発行部数が約70万部です)天理教の信者さんたちに、創価学会初代会長論は、最低でも300万人はいる(公明党の支持率が約3%です)創価学会の信者さんたちに、打撃を与える目的で書いたのですから。

2009-02-11

勘・鈍・根

 よく研究者が成功する条件として、「運・鈍・根」が挙げられますが、これは半分しか正しくありません。正しくは、「勘・鈍・根」です。研究者にとって一番大切な資質は、上野千鶴子さんも言うように、「勘がいいこと」です。学問的方法論(ディシプリン)は教えられても、<勘>は教えようがなく、天性のものです。ただし、上野さんの場合は、<勘>はとても鋭いのだけれども、<鈍・根>がなかったので、ご自身で冷徹に認めていらっしゃるように、「残る仕事はひとつもない」研究者です。最近は、「どうせ後世には残れないのなら」という自己認識に開き直って、「同時代と切り結ぶ」ことに専念しておられるように見えます。

2009-02-10

私の学問的業績

 私のこれまでの仕事の中で、私の死後も読み継がれるのは、内観療法論(母性論)・大本教祖論(女装論)・天理教教祖論(暴力論)・創価学会初代会長論(侠気論)の4本でしょう。大半の大学研究者が残る論文を生涯1本も書けないのに比べれば、随分クリエィティヴで幸福な学者人生の前半だったな、と思います。

 東大宗教学科の元・主任教授の柳川啓一さんは、晩年はうつ病に苦しみ、精神病院から出校していました。その前の主任教授の小口偉一さんは、晩年はアルコール依存症で、ウィスキーを飲みながら講義していました。現在の私立大学なら、二人ともクビでしょう。思うに、柳川さんにせよ小口さんにせよ、超秀才であっただけに、「ついに自分には残る仕事がない。」ことがよく見えて、耐えられなかったのではないでしょうか。それに比べて、私は幸福な後半生を生きられそうです。

2009-01-29

文系の大学院生

 評論家の西部邁さんがどこかで書いていたけれども、文系の大学院に進学する人間の7割は、人とまともに挨拶できないような、昔なら分裂気質と言われるような人たちで、その少し歪んだ気質を利用してひたすら細かい研究をしていれば、35才くらいまではそれなりのアウト・プットが出てくるが、35才を過ぎると歪みは歪みでしかなかったことがはっきりするだけ、という話です。西部さんに人のことが言えるのかな、とは思いますが、私の経験でも、7割という条件付きで、確かにその通りです。西部さんの時代と比べて、文科省が推進した、大学院生の進路など考えていなかった大学院大学重点化構想のせいで、大学のポストの獲得はとても厳しくなっており、そういうタイプの人たちは高学歴ワーキングプア(非常勤講師という名の不安定雇用者)になって、やがては学会から消えていくのが今の厳しい現実ですが。