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熊おやじの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-12-22

日蓮主義と男女平等

【御書本文】

夫信心と申すは別にこれなく候、妻のをとこをおしむが如くをとこの妻に命をすつるが如く、親の子をすてざるが如く子の母にはなれざるが如くに、法華経釈迦多宝十方の諸仏菩薩諸天善神等に信を入れ奉りて南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを信心とは申し候なり(妙一尼御前御返事p1255)

【通解】

そもそも信心というのは特別なものではない。妻が夫を大切にするように、夫が妻のために命を捨てるように、また親が子を捨てないように、子が母から離れないように、法華経・釈迦・多宝・十方の諸仏・菩薩・諸天善神等を信じて、南無妙法蓮華経と唱え奉ることを信心というのである。


*創価学会も、こういう面では男女平等なのですが・・・

2009-06-23

戸田城聖氏とアルコール問題

創価学会二代会長・戸田城聖さんや戸田さんの友人だった元・宗教学会会長・小口偉一さんが、「アルコール依存症」であったか、という問題について。

戸田城聖さんが、たいへんな酒好きであったのは確実です。

http://d.hatena.ne.jp/kkumata/20090308

 単なる酒好きとアルコール依存症の区別は難しいのですが、「健康を害しているのを知りながら酒を止められないなら、それは依存症」という考え方もあると聞いています。戸田さんの場合、肝硬変からくる急性心衰弱によって58歳で若死になさっているから、その意味では「依存症」ということになります。

 私が戸田さんのアルコール問題を取り上げたのは、決して創価学会を貶めようという意図に基づいてのことではありません。創価学会は、良くも悪くも「近代日本の宗教」だと思いますが、戸田さんが「近代の日本人男性(「日本男児」)として周囲に期待され本人もそう生きたことと、戸田さんのアルコール問題は密接な関係にあると思うのです。「日本の男性宗教者にとって近代とは何だったのか?」という問題を考えるための例として、戸田さんのアルコール問題を取り上げたのです。

2009-03-08

戸田城聖氏のアルコール依存症

 創価学会二代会長・戸田城聖氏(1900-1958)の飲酒がどの程度であったか、NHKの元ディレクター吉田直哉氏は、取材した時の様子を次のように記しています(場面は、戸田氏が法華経講義に臨む定刻の直前です)。

◆想像もしなかったことばかりが起きた。

 「グイッとあけな、グイッと」

 「……いえ、これから撮影…。仕事中ですから」

 「なにィ?それを言うなら、こっちだって仕事中だぞ」

 黒ぶちの眼鏡の奥からにらまれ、これはからまれる、と確信したがコップを手にするのも勇気が要(い)った。尋常ならぬウィスキーなのだ。

 こんな荒っぽい飲みかたは見たことがない。角ビンのウィスキーを大ぶりのコップのふちまでドクドク注いで、申し訳のようにほんの少しビールを垂(た)らして割って、机の上に溢(あふ)れさせるのだ。その濡(ぬ)れた机の上を、波を立てるようにさらにコップを押してよこして、飲め!

 とこんどは大声の命令である。

(中略)

 ひとくち飲んで不覚にもむせると、

 「グイッとあけな」

と眼がすわっている。ビールをあおりながらウィスキーをストレートでのむのを、アメリカではボイラーメーカーと呼ぶ、というのはのちに得た知識だが、ビールとウィスキーの量がこの場合逆転しているのだ。いかに教祖でどんな酒豪でも、酔わないわけがない。

(中略)

 そうこうするうちに屈強な若い人が呼びにきて、戸田氏は立ち上がった。ネクタイは右の方にはね上がり、スボンは下がってシャツの裾(すそ)が半分以上出て、みるからに酔漢(すいかん)の姿である。(吉田直哉「映像とは何だろうか」岩波新書、2003年;pp2-5)

2008-07-20

意地と粋について

 九鬼周造が「『いき』の構造」(1930年)で論じたように、「粋」は「意気地」の霊化されたものです。しかし、逆は真ならずで、たいていの「意地」は「野暮」です。「自分という存在の正しさを証明する」ものである「意地」には、自己中心性と視野狭窄が伴います。意地は、本来は非常事態を乗り切るためのものなのでしょう。強者から「いじめ」にあったら、弱者は意地を張るしかありません。意地は、無冠の弱者にのみ許されると思います。だから、「あしたのジョー」は大衆文化の不滅の名作なのです。強者の意地は、単にはた迷惑なだけです。逆に、弱者には「粋」に振る舞うだけの余裕がない。だから、創価学会をはじめ、大半の新宗教は「野暮」です。弱者は意地を張ってもよいが、強者は粋に振る舞うべきでしょう。

参考文献:佐竹洋人・中井久夫(編)「『意地』の心理学」創元社、1987年

2008-06-05

創価学会と男性史

創価学会の歴代会長を男性史研究に引きつけて単純化すれば、「幡随院長兵衛」的な牧口常三郎、「清水の次郎長」的な戸田城聖、「プロジェクトX」的な池田大作、というように図式化できるように思います。戸田城聖は「三国志」「水滸伝」を愛読書としていたそうですが、これは「幡随院長兵衛」的な男性性と「プロジェクトX」的な男性性の妥協形態と見ることができます。 播随院長兵衛は、「旗本奴」たちの横暴に抵抗して殺された江戸初期の伝説の侠客で、歌舞伎や講談の題材としてよく取り上げられました。後に「神道界の任侠」を名乗った大本の聖師・出口王仁三郎も、若い頃は「われ明治の幡随院長兵衛たらん」と宣言していました。明治生まれの人は、講談文化を通して、一般教養として「幡随院長兵衛もの」を知っていました。