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熊おやじの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-05-30

Basic Fault

 ただ、氏には、何の瑕疵も全く無いかと言えば、この私にも、一つだけ指摘できることがある。それは、バリントの主著《Basic Fault》を氏は《基底欠損》と訳された。私からすれば、此の「欠損」という訳はいただけない。なぜなら、欠損とは、「根本的に欠けている」という意味であり、もう補いようがないからだ。テニスのフォールトだって、ルール上、線の外にでただけであって、ボールが無くなるわけではない。第一、地質学では、これを《断層》と訳している。だから、私は、《基底断層》としたい。「ズレている」だけなので、何らかの工夫さえすれば、繋がる可能性の余地があろうからである(山中康裕「中井久夫氏の人と書物のことなど」『中井久夫精神科医のことばと作法』河出書房新社2017年、pp.86-87)。


*確かに、中井久夫氏は精神分析家バリントのいう“Basic Fault”ー精神医学でいう「境界例」と重なるところが多いーの治療に関しては、ペシミスティックすぎたのかもしれません。

2017-05-22

よく来たね。久しぶりだね

 たとえばテクニックの部分で、患者さんと会うときは言葉にしなくていいから、「よく来たね。久しぶりだね」と呟きながら会いなさい、と。すると顔が懐かしそうな表情になっていい感じになるのだと。この内言をうまく使うという手法は中井さんがよく書かれるんですけど、これは本当に優れた方法で、汎用性が高く日常生活でも使えると思います(松浦&齋藤「中井久夫の臨床と翻訳」『文芸別冊 中井久夫精神科医のことばと作法』河出書房新社2017年)。


*大学教育の現場でも、応用できそうです。

2017-05-01

加藤秀一さんの紹介

 明治学院大学の社会学者・加藤秀一さんが、大学の講義テキストとして執筆されたとおぼしき『はじめてのジェンダー論』 (有斐閣ストゥディア、2017年)の「読書案内」で、拙著『男らしさという病?』を紹介して下さいました。拙著も、ようやく学説史に位置づけられた気分です。

2016-09-16

AC・よそもの・私とあなた―「見捨てられ」感覚をめぐって―

愛知学院大学文学部紀要46号原稿(2017年3月刊行)


<題名>AC・よそもの・私とあなた―「見捨てられ」感覚をめぐって―

<著者名>熊田一雄(宗教文化学科)

<英文タイトル>

AC, The Stranger, I and You−about the Sense of “Being Abandoned”―


要旨

 この論文の目的は、通俗心理学で言うアダルトチルドレンの概念を用いて、フランス文学の古典的名作であるアルベール・カミュの「よそもの」、および宗教哲学の古典であるマルティン・ブーバーの「私とあなた」の新しい解釈を提出し、更に1990年代の先進諸国における「AC現象」の社会的背景を考察することにある。「よそもの」には「アダルトチルドレンの生活感覚の宣言」としての側面が、「私とあなた」には「回復したアダルトチルドレンの妻に対する親密性の表現」としての側面が、見られる。カミュもブーバーも、彼らの属する社会の「マージナル・マン」であった。1990年代の先進諸国のおける「AC現象」の社会的背景のひとつは、20世紀の後半までは一部のエリートの問題であった親からの「見捨てられ」感覚の問題が、グローバル化による国民国家への帰属意識の低下・産業構造の転換による持続的共同体の減少・地域共同体の弱体化の中で、急速に大衆化したことにあると考えられる。


キーワード:アディクション、アダルトチルドレン、よそもの、私とあなた、「見捨てられ」感覚

1.はじめに―AC概念について 

 最初に、アディクションに関する臨床領域におけるアダルトチルドレンの概念を簡単に説明しておきたい。ここでは、信田さよ子(1996)の定義に従って、アダルトチルドレン(ACOD, Adult Children of Disfunctional Family)を「自分の生きづらさが親との関係に起因すると自覚する人たち」と広く定義する(信田1996)。そもそもはアルコール依存症の治療現場から提出された「アルコール依存者を親にもつ家族で育った子供達」(ACOA, Adult Children of Alchoholic Family)という意味の狭い概念であったが、アディクション・アプローチ(Addiction Approach)を採用するアメリカの臨床家たちは、この概念を拡張解釈して、一般に「機能不全家族で育った子供達」という意味で用いる(1)。なぜかこんな所で「機能不全家族」という機能主義社会学の、現代の家族社会学では古びてしまった概念が転用されている。

 このような広い意味でのアダルトチルドレン(以下ACと略記)の概念は、必ずしも精神科医や臨床心理士が全員認める概念ではない。時としてACが通俗心理学(大衆心理学、popular psychology)の概念と呼ばれることもあるゆえんである。「概念を拡張しすぎている」(何でもかんでもアディクション=嗜癖に結びつけている)というのが、少なからぬ精神科医や臨床心理士が広い意味でのAC概念に対して突きつける主要な批判点である。筆者はこうした批判はある程度までは正当な批判だと考える。

 しかしながら、こうした批判にも関わらず、AC概念は1990年代には先進国全域で流行するようになった。AC概念が流行する最大の理由は、おそらくこの概念のaccountabilityの高さ、わかりやすさにあるのであろう。摂食障害を例にとってみよう。精神医療の専門家ではない一般生活者には、例えば「食欲に関係するホルモン」の話はほとんど理解できない。しかし、摂食障害者の背後にある家族関係については、専門家でなくともよく理解できる。しかし筆者は、単にそれがわかりやすいからというだけではなく、AC概念が現代の先進国に生きる人たちの精神生活の一面を確実に捉えている、という側面もあると考える。

 この論文では、こうした広い意味でのAC概念を用いて、宗教哲学の古典マルティン・ブーバーの「私とあなた」(2)、およびフランス文学の古典アルベール・カミュの「よそもの」(3)の解釈に新たな光を投げかけて見たい。こうした試みには宮沢賢治の作品群を対象とした矢幡洋の「<賢治>の心理学―献身という病理」(1996)のような研究が既に存在する(矢幡1996)(4)。最後に、<母なるもの>をめぐる「見捨てられ」感覚の大衆化(バブル化)という観点から、1990年代の先進諸国における「AC現象」を、20世紀の文明史の中に位置付けてみたい。

 まずカミュ(Albert Camus 1913ー60)の古典的文学作品「よそもの」(1946)とAC概念との関わりを簡単に論じる。通常、「よそもの」は「神は死んだ」時代における不条理の感覚・実存主義思想を表現した作品だと位置づけられている。しかしながら、かつて小説家の落合健二が朝日新聞に掲載されたエッセーで論じていたように、カミュ自身の養育歴と「よそもの」を照らし合わせると、この作品の別の側面、近代日本文学のカテゴリーを転用すれば、母の登場しない「母もの」小説としての側面が見えてくる(落合2001)。

 カミュは父親を第1次世界大戦で亡くし、母子家庭・貧困家庭において、生活苦と戦うのに忙しすぎた母親の愛情に殆ど浴することなく育った。こうしたカミュの養育歴と照らし合わせると、「今日ママン(熊田注:フランス語の幼児語)が死んだ。」という有名な書き出しで始まるこの作品は、現代の視点から振り返れば、また典型的なACの生活感覚を表現したものとしても読めるのではないか。

 ジャン・メルソー=アルベール・カミュ自身の家族構成を考えてみると、父は息子が一歳のときに戦死し、あとは母子家庭(母方の祖母がいますが)で育っている。極貧の暮らしで、母は文盲であり、家には一冊の本もなかった。聴覚障害のあった母親は、きわめて寡黙で、子どもたちとのあいだにはほとんど会話らしい会話がなかったらしい。カミュにとっては母の沈黙に寄り添い、その沈黙を計るようにして言葉を紡ぎだすことが、作家として出発するにあたっての重要な課題であったのです。(野崎2006、p.99)

 

 アルジェに住む下級サラリーマン(上昇志向は放棄している)主人公のムルソーは、年齢も覚えていなかった母親の養老院における葬式で一滴の涙も流さず、それどころかその翌日ガールフレンドと喜劇映画に笑い転げる。数日後、近所の不良のいさかいに巻き込まれ、くだらないいざこざから「太陽のせいで」殺人を犯し、死刑に処せられるまでの自分をまるで傍観者のように淡々と見つめている。そして最後には、群衆が憎悪の叫び声をあげて彼の死刑を見物に来ることを願う。作品中彼が唯一「人間らしい」感情を爆発させるのは、自分に悔悛を迫るカトリックの神父に対して怒りをぶつける時だけである。

 

 夜、マリー(熊田注:ムルソーのガールフレンド)が訪ねてきて、僕に彼女と結婚する気があるのかときいた。それは僕にはどうでもいいことだ、彼女が結婚したければ、われわれは結婚できるだろうと言った。彼女は僕が彼女を愛しているかを知りたがった。僕は一度したとおりに答えた。それには何の意味もないが、たぶん愛していないと。《じゃあ、なぜあたしをもらうの?》と彼女は言った。僕はそれが何ら重要性を持たないこと、もし彼女が欲するなら、われわれは結婚できることを説明してやった。それに、結婚を求めたのは彼女であり、僕はただ承知しただけではないか。彼女はすると結婚は重大事だと指摘した。僕は《いや、違う》と答えた。彼女はしばらく口をつぐんで、黙ったまま僕の顔を見た。そして話しだした。彼女は端的に別の女が同じように結びついて、同じ申込みをしたら、承諾するかときいた。僕は《むろんさ》と答えた。すると彼女は いったい僕を愛しているのかと自問した。その点は、僕には何とも言えなかった。またしばらくだまったあとで、彼女は僕が変わっている。きっとそのために僕を愛しているが、いつ同じ理由で嫌いになるだろう、と呟いた。(カミュ1946=1984、p30)

 上記の引用部分に典型的に見られるように、ムルソーの人間関係には「親密性の欠如」が見られる。こうして見ると、カミュ自身の生い立ちとあわせて考えれば、「よそもの」には典型的なACの生活感覚を表現した作品としての側面があるのではないか。カミュのデビュー作「よそもの」(厳密には「よそもの」のラスト近くで突如母親を理解する場面以降)以後の作品群には、何とかACから回復しようとした必死の努力、という側面もあるのではないか。

2.ブーバーの「私とあなた」

 次に、時代は逆転するが、宗教哲学の(ある意味では異端の)古典であるブーバーの「私とあなた」とAC概念の関係について簡単に論じてみたい。

 ブーバー(Martin Buber 1878-1965)の「私とあなた」(1923)は、ユダヤ教神秘主義の伝統から生まれた、不思議な吸引力をもつ宗教哲学の古典である(ブーバー1923=1979)。カウフマンが指摘するように、「私とあなた」はアカデミックな講壇哲学の伝統に属する書物ではなく、哲学と文学の間のどこかに位置する「哲学詩」とでも呼ぶべき書物である(Kaufmann 1979)。アカデミックな講壇哲学の伝統に属する書物ではないにもかかわらず、今日でも宗教研究者・教育学者・精神医学者などによって引用されることが少なくない。  

 ブーバーの「私とあなた」によれば、世界は人間のとる態度によって、二つの全く異なった現れ方をする。根源語「私とそれ」の我は、「私はかくかくしかじかの者なり」という個別的存在として現れ、世界を経験して利用する「主観」として自己意識し、他の個別的存在を客観視することにとって他の個別的存在から自己を分離させる。それに対して、根源語「私とあなた」の我は、「私あり」という人格的存在として現れ、自分が何者であるかとは無関係に「主体」として自己意識し、他の人格的存在と相互に交流する(出会い対話する)ことによって人格的関係に入る。「私とそれ」の関係性が因果律と時間空間の世界であるのに対して、「私とあなた」の関係性は因果律と時間空間を超越した世界である。

 ブーバーによれば、「私―あなた」の相互性、出会いの相互性によってこの世界の存在が成り立っている。デカルト的な「私」という抽象化された中心点から見る世界存在、人間の社会ではなく、<私>と<あなた>を中心にしてその相互性による関係の中に一切を見直すことが重要である。近代以降営々として築いてきた人間の文化は、この根源語の立場からすれば、「私―それ」であり、「私―それ」は「私―あなた」を基礎にもつ。もし「私―それ」が崩壊しても、「私―あなた」の根源に帰ることによって、ふたたび立て直すことができるし、生存を崩壊させないように努めるためにも、「私―あなた」の純粋化がつねに意識になければならない。そして神は「永遠のあなた」である。

 この「あなた」は理性の認識の彼方に予感したり、超自然として思惟する啓示でもない。この世界の一切のものは、この「私―あなた」に包括されている。人間と人間の間にも「私―あなた」が見出され、人間と自然の間にも「私―あなた」が生起する。幼児にも老人にも、原始未開の部族にも、古代人の文明にも、男女の間、親子、兄弟、友人の間にも、現代の文明の中にも存在し貫いている。ただわれわれがこのことを忘れたか、気がつかなかったか、意識的に考えまいとしたかである。

 ところで、人間の文明史における「私―あなた」の根源性を論ずると同時に、ブーバーは、人間の個人史における「私―あなた」の根源性について以下のように語っている。

 誕生以前の幼児の生活は、純粋なる自然的結合、母親から子供への生命の流出であり、肉体的相互作用である。この場合、生まれくるものの生命の地平はただひとつの方法で、新しい生命の担い手の中に刻み込まれてもいるが、しかし決してそれだけではない。なぜならば、子供の生命は母親の胎内にばかりやすらっているのではないからである。ユダヤの古い諺に、<人間は母の胎内にいるとき、一切を知り、誕生とともに一切を忘れる>、といっている。この母と子の結合は非常に宇宙的であって、太鼓の謎の碑文の解 読が半ばなされたような思いである。そしてこの母と子の結合は、神秘的な願望の姿と して人間に残っている。この憧れは再び母の胎内にかえってゆきたい願いのように考えてはならぬ。このような考えは、精神を知性と取り違え、精神を人間の寄生物と見誤る 人々と同じである。とにかく、この花は種種さまざまの病気にさらされているのだが、むしろこの憧れは、精神に目覚めた人間が、真の<あなた>と宇宙的な結合をつくり出そうとする憧れなのである。(ブーバー、同上、p.35)

 ここでは、「母と子の結合」が半ば「聖なるもの」として神秘化されている(5)。もちろんこのことを考えるには、ブーバーが属していたユダヤ文化における「文化としての母の観念」(cf.山村1971)を考慮しなければならないだろう。ところで、ブーバーの「私とあなた」の執筆の背景には、第1次世界大戦による文明の危機に対する意識だけではなく、ブーバー自身の個人史、青少年時代のニヒリズムの誘惑からの脱却が深く関わっている。そして、ブーバーの青少年時代のニヒリズムの誘惑は、ブーバー自身の母との関係が深く関わっていた。ブーバーは、離婚した両親の双方から引き離され、祖父母のもとで育つという複雑な養育歴の持ち主である。後の半自伝的作品のわざわざ冒頭に置かれた「母」と題する章で、ブーバーは自分の母との関係について以下のように語っている。

 この書物の目的は、私自身の生涯について語ることではなく、むしろ、ひとえに、私の思想の性質と方向とに決定的な影響を与えた、瞬間のいくつかを、思い出のなかから浮かぶままにひろいあげて、報告することである。

 私にとってこのような性格をもつ最初の記憶は、4歳のときにまでさかのぼる。はぼ一年前に、ウィーンにあった幼年時代の家庭は、両親の離婚によって崩壊してしまっていた。(中略)子供自身は、母親に間もなく会えるものとばかり思っていた。しかし、それを口に出してたずねることはできなかった。そのとき、これから語ろうとする事がおこったのである。

 (中略)しかし、この姉のような少女が、「いいえ、あなたのお母さんはもう二度と帰ってきません」といった言葉は、まだ、私の耳にひびいてくる。私はだまっていた。しかし、同時に、この言葉の真実さについて、もはや疑っていなかったことも、よくおぼえている。この言葉は、私につきささったままであった。そして、年とともに、ますます深く心にくいこんでいったのである。しかし、およそ10年ほどたつと、私は、すでに、この言葉が私だけではなく、人類そのものに関係していることを、感じはじめていた。そして、やがて、人間と人間の間の真の出会いの欠如をあらわす、「ゆきちがい」(Vergegnung)という言葉を自分の手でこしらえたのであった。それから、さらに20年たって、遠方からはるばる私と妻と子供たちに会いにやってきた母と再会したとき、わたしは、どこからか、「ゆきちがい」という言葉が自分に向かって語られるのを聞かずには、彼女の、相変わらずびっくりするほど美しい目を見ることはできなかったのである。自分の生涯を通じて、真の出会いについて経験した一切のことは、バルコニーの上のあの時点にこそ、その出発点をもっているのだと、私は思っている。(ブーバー1960=1966、pp.5-7)

 ブーバーの、上記の4歳から34歳頃までの母親からの「見捨てられ」感覚が、ユダヤ文化における母性の重視とあいまって、青少年期に感じたブーバーのニヒリズムへの誘惑の基礎となっている、と考えられる。言い換えれば、34歳頃までのブーバーは、現代的表現を用いれば、ACだったと考えられる。この「見捨てられ」感覚は、34歳頃に母親と再会したときに完全に解消されている。そしてブーバーは45歳で主著「私とあなた」を著している。以上のことから、ブーバーの「私とあなた」には、通常言われる「ハッシディズム(ユダヤ教神秘主義)の思想表現」としての側面だけではなく、AC概念に基づく現代的な表現を用いれば「サバイバー(回復せるACのこと)の思想表現」としての側面があることに注意を促しておきたい。ブーバーは、母親から永遠に「見捨てられた」という感覚からニヒリズムの誘惑に苛まれる(「ゆきちがい」=「生きづらさ」の感覚を抱えた)ACとして育ち、母親との再会によって回復しているからである。さらに、「私とあなた」の献辞がブーバー夫人に捧げられていることから判断すれば、「私とあなた」には「妻に対する親密性の表現」としての側面があることにも注意を促しておきたい。


3.おわりにー20世紀における「見捨てられ」感覚

 ブーバーもカミュも複雑で偉大な思想家・作家であり、AC概念だけで彼らの作品を理解できるなどという暴言を吐くつもりは、もとより筆者には毛頭ない。筆者が言いたいことは、彼らの代表的作品にはAC概念によって理解できる「一側面もある」というだけにすぎない。付け加えると、ブーバーやカミュの作品が先進国で1960年代70年代の若き知識人に人気があったことは興味深い。ブーバーやカミュの作品の愛読者の少なくとも一部には、自分のACとしての感覚やサバイバーとしての感覚を重ね合わせていた者もいたのではないだろうか。

 最後に、本節では巨視的観点に立ち、ブーバー、カミュ、そして1990年代の先進諸国におけるAC概念の流行を、20世紀における「見捨てられ」感覚の系譜とその大衆化(バブル化)という観点からまとめてみたい。また、今後AC運動が医療の領域から「再宗教化」されていくという見通しを述べてみたい。

 ブーバーはディアスポラしたユダヤ人であり、カミュはフランスの植民地アルジェリア育ちであり、どちらもヨーロッパの主流文化から見ればマージナルマン(ウェーバー)であった。これらのことは、彼らの近代的「国民国家」(Nation State)への帰属意識を弱める方向に働き、「親子関係の葛藤」を抱えて育った彼らの(親からの)「見捨てられ」感覚(アイデンティティの危機)をより尖鋭化させたに違いない。

 ブーバーやカミュの置かれていたマージナル・マンとしての状況と比較して、1990年代の先進諸国の大衆が置かれた状況を考察してみよう。グローバル化の進行に伴い、国民国家の相対化が進行し、大衆の国民国家への帰属意識は低下した。経済の脱産業化に伴い、彼らを取り巻く家族以外の持続的共同体は減少した。地域共同体の力も弱体化した。これらのことは、ブーバーやカミュの場合と同様に親子関係の葛藤を抱えて育った大衆の(親からの)「見捨てられ」感覚(アイデンティティの危機)をより尖鋭化させた。これが、1990年代の先進諸国におけるAC現象の社会的背景の重要な一部だと思われる。「見捨てられ」感覚は20世紀初頭から一部の知識人の間では存在した。それが1990年代の先進諸国の大衆の間で一気に広がった(たぶんにマスメディアによってバブル化された)のである。

 もちろん、こうした議論に対しては、現在の、特に日本のACは親からの「見捨てられ」感覚ではなく、一見「見捨てられ」感覚の正反対にも見える親の「過剰な期待」から生じたものが多いのだ、という反論があるだろう。しかし、現在の、特に日本の多くのACが抱えている親の「過剰な期待」は、「あるがままの自分」に対する親の「無条件の愛」ではなく、「親の期待する(と少なくとも子供が思いこんだ)自己」に対する「条件付きの愛」であることに注意しなければならない。「条件付きの愛」の背後には、親の期待を裏切れば「見捨てられる」という恐怖感が常に存在する。つまり、現在の、特に日本の多くのACが抱えている親からの「過剰な期待」は、「見捨てられ」感覚と同じコインの表裏の関係にあるのである。

 ブーバーやカミュと現在の先進国の、特に日本の大衆とでは、宗教的バックボーンの有無という点に大きな相違がある。ブーバーやカミュは、たとえ逆説的な形であったとしても、宗教的バックボーンをはっきりと有していた。ブーバーの場合、ハッシディズム(ユダヤ教神秘主義)に深い共感を抱いていた。カミュの場合、フランスのカトリシズムは拒否したが、逆説的に彼の実存主義哲学は古代のグノーシス主義と多くを共有することになった(ヨナス1960=1966、pp.427-452)。これらの宗教的バックボーンが、彼らの生きる強さの背後にあった。

 それに対して、少なくとも1990年代の日本のACムーブメントを観察する限り、宗教的バックボーンは比較的弱い(6)。信田が指摘するように、日本の(広い意味での)AC運動は、「回復とはこういうものだ」という形を、少なくとも現時点でははっきりと提示しない(信田、同上、pp.180-181)。「救われた」生の形を明示する宗教運動(思想運動)と異なり、「回復の形」が明示されないということは、大衆運動としては大きな弱点である。ほとんどの大衆は、生活指針の「形のはっきりしない」生を生きるほどには強くない。従って今後は、日本のACムーブメントはおそらく宗教色を再び次第に強めていくことになるであろう。


<注>

(1)広い意味でのアダルトチルドレンの概念が1990年代に急速に日本社会で普及したのは、精神科医の斎藤学や臨床心理士の信田さよ子のマスメディアを利用した活動によるところが大きい。

(2)マルティン・ブーバーの本は普通「我と汝」と訳されるが、Kaufmannが指摘しているように、「私とあなた」と訳す方が適切である。本稿では、ブーバーのいう「我と汝」をすべて「私とあなた」に言い換える。

(3)アルベール・カミュの本は普通「異邦人」と訳される。しかし、野崎歓が指摘するように、「よそもの」と訳す方が適切である。本稿では、カミュの「異邦人」はすべて「よそもの」に言い換える。

(4)矢幡は、宮沢賢治の献身活動に典型的な「関係嗜癖者」の姿を読み込んでいる。筆者は、矢幡の議論に大筋では賛成しつつも、やや一面的ではないかという批判的感想も抱いている。 

(5)こういう「聖なる母性」のような記述をすると、「女性を母役割に押し込めようとするものだ」という批判をフェミニストから受けるかもしれないが、ここでいう母性は 現実の女性から抽象化されたものであり、女性差別につながる必然性はない。

(6)日本のAC運動がアメリカのそれと比較して宗教色が弱いのは、斎藤学の当初の方針によるものであろう。


<参考文献>

アルベール・カミュ(中村訳)『異邦人』「カミュ全集2」新潮社、1946年(=1984年) 

落合健二(朝日新聞2001年4月13日夕刊所収)『母が死んだ』朝日新聞社、2001年

信田さよ子『<アダルト・チルドレン>完全理解』三五館、1996年

野崎歓『カミュ「よそもの」きみの友だち』みすず書房、2006年

マルティン・ブーバー(植田訳)『我と汝・対話』岩波文庫、1923年(=1979年)

マルティン・ブーバー(児島訳)『出会い(自伝的断片)』理想社、1960年(=1966年)

山村賢明『日本人と母―文化としての母の観念の研究』東洋館出版社、1971年 

矢幡洋『<賢治>の心理学―献身という病理』彩流社、1996年

ハンス・ヨナス(秋山・入江訳)『グノーシスの宗教』人文書院、1964年(=1986年) 

Walter Kaufmann 1970“I AND YOU―A PROLOGUE” in Martin Buber(translated by Kaufmann)“I and Thou” Simon&Schuster、1970年

<追記>

この論文は、2001年の学会誌招聘論文、「AC・異邦人・ブーバー―『見捨てられ』感覚をめぐって」日本嗜癖行動学会(72)『アディクションと家族』vol.18-4を大幅に改稿したものである。

2016-03-05

非定型うつ病の信仰治療について―マインドフルネス瞑想と禅宗―

愛知学院大学人間文化研究所紀要31号原稿(2016年9月刊行)


<題名>「非定型うつ病の信仰治療について―マインドフルネス瞑想と禅宗―」

<著者>熊田一雄(文学部宗教文化学科准教授)


<要旨>

 この論文では、非定型うつ病が坐禅によって治癒したという事例研究を取り上げ、それを現代日本の宗教状況と絡めて分析する。最初に、非定型うつ病が坐禅によって治癒したという事例研究を紹介する。次に、現代先進国の宗教界において流行しているマインドフルネス瞑想を紹介する。そして、マインドフルネス瞑想と坐禅の関係について検討する。最後に、坐禅がマインドフルネス瞑想よりも深いレベルで精神疾患に働きかけていることをみる。


<キーワード>

非定型うつ病/信仰治療/マインドフルネス瞑想/宗教的回心/禅宗


1.非定型うつ病と坐禅

 最初に、非定型うつ病が坐禅によって治癒したという事例研究を紹介する(1)。この事例研究は、貝谷・熊野(編)『マインドフルネス・瞑想・坐禅の脳科学と精神療法』(新興医学出版社、2007年)所収の、貝谷久宣の論文「坐禅により軽快した非定型うつ病の1例」(同書、pp.89-101)に詳しく紹介されており、詳しくはそちらを参照されたい。しかし本稿では、紙数の都合もあり、また精神医学の論文ではないので、別書に掲載されている要約版を紹介しておく。

瞑想(坐禅)によって

非定型うつ病が劇的に改善

時田栄子さん(仮名)大学生・22才・女性

*成績優秀なのに自信がなくリストカットをくり返す

 栄子さんは、小学生のころから成績は常にトップで、級友からも特別視されていました。でもそのせいか、親友と呼べる人ができず、自分は嫌われているのではないかという思いがありました。

 中学生になると、自分の言ったことや他人から言われたささいなことが気になるようになりました。成績はトップなのに、常に劣等感があり、完璧にやらなければという強迫観念のようなものにつきまとわれていました。急に動悸が起きたり、呼吸が浅くなったりしたかと思うと、理由もなく不安になったり、泣きたくなったりしました。

 国立大学に入学後も成績はトップでしたが、周囲の学生が自分より優秀に見え、容姿についても自信のない状態が続きました。こんなに劣等感に苦しむなら、死んだほうがましだと思い、リストカットをくり返すようになり、悩んだすえに精神科クリニックを受診しました。

 家庭環境は、経済的には恵まれていたものの、両親の夫婦げんかがたえませんでした。父親は無口で、栄子さんにはやさしかったのですが、母親にはときどき暴力をふるいました。母親は神経質で感情的なところがあり、しょっちゅう栄子さんに夫のぐちと悪口を言いましたが、よく面倒をみてくれました。

*薬物療法だけでは治らなかったが、坐禅により世界が一変

 クリニックでは、中程度のうつ、気分反応性、鉛様麻痺、過眠、過食、人間関係に過敏、などの症状があることから、「気分変調性障害」(非定型の性質をともなうもの)と診断されました。抗うつ薬、抗不安薬、少量の抗精神病理薬などで治療を行いましたが、なかなか改善しませんでした。両親がけんかをするたびに、父親に対する恐怖感や母親に対する同情心だけでは説明がつかない複雑な気持ちにかられ、大声で叫びたくなりました。大学はいったん休学、その後復学しましたが、長くはつづかず、結局、長期間の休学になりました。

 主治医からは、薬物療法だけでは限界があるといわれ、坐禅をすすめられました。病気(熊田註;非定型うつ病)が治るものならと、栄子さんは積極的に坐禅に取り組みました。自宅で坐禅を組むだけではなく、坐禅会に出席して禅僧の指導も受けました。

 しかし、朝から晩まで座禅しても、なかなかつらさはなくなりませんでした。2ヶ月ほどたって、これでダメなら死んでしまおうと、最後の力を振り絞って坐禅に取り組みました。すると突然、自分に「自信」が戻ってきたことを実感しました。なぜかはわかりません。失っていた「自信」が体の中心に入ってきたと感じたのです。

 それからは、世界が一変しました。母といっしょにいてもイライラせず、むしろ母のすばらしさがどんどんわかってきて、幸福を感じました。夜も30分以内に眠ることができるようになりました。軽い過眠と鉛様麻痺はしばらく残りましたが、やがてそれも消え、完治しました(2)。

 いまは、栄子さんにとってすべてが新鮮です。そして、生きている喜びを全身で感じています(貝谷2011年、p67)。


2.マインドフルネス瞑想

 次に、先進国で流行しているマンドフルネス瞑想について簡単に紹介する。

 現在、アメリカを中心に欧米では、第三世代の認知行動療法として瞑想がさかんに行われていますが、ベースとなっているのはマインドフルネスの考え方です。マインドフルネスという英語の言葉は、日本人にはあまりなじみがありませんが、「気づくこと」という意味です。何に気づくかというと、「いま自分が生きている、この瞬間の現実」に気づくのです。現実を「正しい・正しくない」「すべき・すべきでない」「良い・悪い」といった評価を加えずに、あるがままに感じ、受けいれていくのが、マインドフルネスの考え方です。

 マインドフルネスの考え方を身につけることは、「不安」「うつ」のほか、「あがりやすい」「緊張しやすい」などいろいろな心の悩みの解決にも効果があります。また、がん、エイズ、高血圧などの患者さんのQOL(生活の質)改善にも利用されています(貝谷久宣2011、pp.76-77)。


「マインドフルネス」をご存じですか?

 聞きなれない言葉ですね。正確にはマインドフルネスストレス低減法といって心理学的治療の一つです。今米国の多くの心理学教室にはマインドフルネスセンターがあり、仕事、家庭、経済に関するストレスを抱えた人、慢性疼痛の患者、不安症やパニック障害の患者、過敏性腸症候群の人、不眠や疲労に悩む人、高血圧症や頭痛患者、そしてうつ病の回復期の人が数週間から数か月間のプログラムに通っています。マインドフルネスはうつや不安症の医学的治療効果だけでなく、健常人の生活の質を高める作用もあります。では、マインドフルネスではいったいどのようにするのでしょうか?

 マインドフルネスとは、意識的に現在の瞬間に、そして瞬間瞬間に展開する体験に判断を加えず注意を払うことなのです。手元の現代精神医学事典(弘文堂2011)をひも解くと次のように書かれています。1979年にジョン・カバットジンによりマサチューセッツ大学医学部にストレス低減プログラムとして創始された瞑想とヨガを基本とした治療法。慢性疼痛、心身症、摂食障害、不安障害、感情障害などが対象となる。ジョン・カバットジンは鈴木大拙の禅に影響を受け、仏教を宗教としてではなく人間の悩みを解決するための精神科学としてとらえ、医療に取り入れた。その基本的考えは、煩悩からの解脱と静謐な心を求める座禅に軌を一にしている。マインドフルネスの語義は”注意を集中する”である。一瞬一瞬の呼吸や体感に意識を集中し、”ただ存在すること”を実践し、”今に生きる”ことのトレーニング実践する。これにより自己受容、的確な判断、およびセルフコントロールが可能となる。マインドフルネスはに認知行動療法に取り入れられ脚光を浴びるようになった。しかし、認知行動療法は認知の変容を目指すのに対して、マインドフルネスは認知のとらわれからの解放を誘導する。

1.

 このマインドフルネスストレス低減法の創始者ジョン・カバットジンが昨年11月に来日しました 。私は以前「マインドフルネス・瞑想・座禅の脳科学と精神療法」(新興医学出版社2007)と題する本を編んでいたので、彼のシンポジウムや講習会などを催すマインドフルネスフォーラム2012の実行委員を引き受けることになりました。このフォーラムで私は”マインドフルネスの活かし方”というテーマのシンポジウムの座長を引き受けました。演題1は長谷川メンタルヘルス研究所所長遊佐安一郎氏の「境界性パーソナリティなどで感情調節が困難な方のために」と題する演題でした。遊佐先生は、マインドフルネスは感情調節を促すことを通じて「気付き」を増やし、他のさまざまなスキル学習が上達し、治療への道を開くという話をされました。演題2は早稲田大学人間科学学術院教授熊野宏昭先生の「マインドフルネスとはどんな行動なのか」でした。この講演の中でマインドフルネスは”防衛することなく自分に生じていることを十分に体験する”(アクセプタンス)、思ったこと、考えたことがすべて現実化するという信念を捨て去ること(脱ヒュージョン)、自身を自覚する(”今ここに”の感覚に注意を集中する)、自己の客観視といった機能を高める作用を持ち、この働きが種々な心理的悩みを解決していくことが述べられました。演題3は曹洞宗国際センター所長藤田一照老師による「日常生活の中で生かすマインドフルネス」という演題でした。そのなかでジョン・カバットジンとともにマインドフルネスに貢献したもう一人の大御所ティク・ナット・ハンの偈頌についての話がありました。偈頌とは短い詩句のことで、それを唱えることにより日常生活の中の一つ一つの行為にマインドフルネスのエネルギーがいきわたるようになるということです。たとえば、手を洗う時には次のような偈頌を唱えるのです:「水が両手の上を流れていく。かけがえのない地球を保つために、どうかこの水を上手に使えますように」と。老師は、”偈頌を唱えるということは今この瞬間にとどまる一つの方法であって、自分自身に立ち返り、一つ一つの動作に対する気づきができるようになる”と述べています。このシンポジウムは日本教育会館一ツ橋ホールの900席近い会場を満員の人で埋め尽くし、熱気の中で進められました。

 2.

 翌日はマインドフルネス1日の実習に参加しました。瞑想の方法を懇切丁寧にジョン・カバットジンは解説してくれました。彼の話の中に日本曹洞宗の開祖道元禅師の言葉がしばしば出てきました。それはマインドフルネスが東洋の禅をアメリカに持ち込んで西洋禅として生活の中に生かしているように思われました。親睦会でジョン・カバットジンと直接話す機会を得ることができました。長年瞑想をやっている人だけあって、穏やかで、柔和で、重厚な人柄がにじみ出ていました。彼はマインドフルネス=禅だとはっきり断言していました。となると、マインドフルネスというソフトな言葉を持った概念を我々はいま逆輸入をしていることになります。言葉を変えていえば、日本の禅は孤高を保ち、大衆のなかに分かりやすい言葉で入ってきていなかったのかも知れません。もちろん、禅は仏教という宗教がもとになっています。しかし、仏教は宗教というよりは人の心から苦痛を取り去る方法を教える精神の科学といった局面のほうが強いのだと私は思っています。この点も、”Science of Mind”という点でもカバットジンも同一意見でした。

 現在、ほとんどの先進国ではマインドフルネスが広まっており、禅の本拠地日本での普及が一番遅れていました。これからマインドフルネスは日本でも徐々に広まっていき、不安を持つ人の光明となるでありましょう(「マインドフルネス」、http://www.fuanclinic.com/blog/?p=181

このマンドフルネス瞑想は、非定型性うつ病の治療においても一定の効果はあるようである。

 非定型うつ病の人は、感情の浮き沈みに振り回されがちです。

 瞑想は、まず体の緊張をとくことによって心の緊張もとき、「今ここでのありのまま」の自分の感情や感覚に気づくことからスタートします。自分の感情と行動の関係や、自分と周囲との関係を客観視することで、自分が本来おこなうべき行動を発見することができるのです。

 瞑想は、認知行動療法に取り入れられており、米国でも、心の病の治療に効果があると報告されています。非定型うつ病の人では、薬を使わず瞑想だけで症状が改善した人もいます(貝谷久宣(監修)2008、p82)。


3.マインドフルネス瞑想と日本の仏教界

 それでは、アメリカと異なり禅仏教の分厚い蓄積をもつ日本の仏教界は、こうした先進国で流行するマインドフル瞑想をどう受け止めているのであろうか。宗教専門紙である『中外日報』2015年10月28日号は、「どう受容するのか仏教界 マインドフルネス流行の兆し」という特集で、賛否両論の意見を紹介した上で、次のように論じている。

 だが、心理療法としてのマインドフルネスは無宗教だが、それを入り口として禅を目指す人が増えている。首都圏で坐禅道場を開く寺院では、ここ5年ほどで参加者が急増している。

 新宿・歌舞伎町に隣接する曹洞宗長光寺は毎週末、坐禅会を開くが参加者が殺到するため、2年ほど前からネットでの予約制にした。松倉太鋭住職(67)は「マインドフルネスを体験した人が増えてきた。あまりにも希望者が多いので、他の寺院も坐禅会を開いてほしい」と語る。

 臨済宗妙心寺派の東京禅センター(東京都世田谷区)では、土曜日の回を11月から予約制にした。昨年までは15人ほどの参加者だったが、今年から倍増。中山宗祐・同センター主任(31)も「女性が7割。マインドフルネスを口にする人がいる」と話す。

 曹洞宗宗務庁が認可する参禅道場の数は近年、380カ寺と横ばいだが、地方では減少傾向にある一方で、首都圏で増加している。宗務庁に届け出のない道場も多い。


「注目」「不要」の賛否両論


 仏教者はマインドフルネスをどのように受け止め、何を発信すべきか。

 井上副住職は浄土宗の教えとの整合性は模索中だが、身体や精神的な問題解決に効果があることを認めている。しかし、マインドフルネスだけをすればよいわけではないと指摘する。「震災のように多くの方が亡くなった場合、精神的な苦痛を瞑想だけで乗り越えるのは無理で、慰霊や供養などのグリーフケアが必要。命のつながりや自分の実存性などを伝えるには、やはり浄土教の教えが大切だ」と確信する。

 全国曹洞宗青年会は今年5月、マインドフルネスを知る機会を設け、ハン氏の弟子らと交流会を開いた。村山博雅・同会顧問は「これだけ流行する理由を知らなければと思った。マインドフルネスの内容に真新しいものはないと感じたが、瞑想についての詳細な分析や一般人への分かりやすい発信の仕方が、とても参考になった」と語る。

 戸松住職は「日本で流行すれば仏教に興味を持つ人が増えるだろう。だが、そのような人たちは檀家になるとは限らない。寺檀関係とは違う、信仰による新たな関係を築けるビッグチャンスとなる」と前向きに捉える。またマインドフルネスは各宗派の行や瞑想に通じるものだと指摘した上で、寺院は葬儀や法事だけでなく、念仏などを含め、このような行を実践できる機会や場所を増やすべきだと主張する。

 一方で否定的に捉える宗教者もいる。瓜生崇・真宗大谷派玄照寺住職(41)は「『本願念仏』は常識やとらわれ、思い込みから解放される教えであり、何かを行って結果を得るというものではない。自分の体験や行に依存したり、自分の心を変化させることで安らぎを得ようとすると、どうしても救われない人が出てきてしまう」と述べる。

 ネルケ無方・曹洞宗安泰寺住職も「日常の行いを一生懸命すればよいのであって、マインドフルネスを用いる必要はない。日本人は欧米の流行に弱い。気を配ること、注意することは日本人が生活の中で既にやっていることだ。主張の強い欧米人が自分を見つめるためには必要だが、内向的な日本人にはなじまないのでは」と話している。


仏教にヒントでも別物 正しい方向づけが必要

藤田一照さんに聞く 曹洞宗国際センター所長


 国内外でマインドフルネスや禅の講演、指導をする藤田一照・曹洞宗国際センター所長に聞いた。

 カバット・ジン氏が説くのは「信じなくても効く」というもので、心のエクササイズ。それは筋トレと同じで、初めから宗教的な文脈から切り離されているので、抵抗感なく受け入れられる。もともと仏教にヒントを得ているが別物と思った方がよい。それでも禅や仏教の要素があり有効であることは間違いない。

 ただ私は二つの点で批判的にも捉えている。本来、マインドフルネス(サティ)は八正道の一つの正念で、その一つだけ取り出して実践するべきではない。八正道の初めの正念と正思が、此岸から彼岸へと向かう方向を示し、残りの八正道を方向付けている。マインドフルネスには仏教でいう“正しい”方向付けが全くない。方向性がなければ、「無心で人を殺す」などのようにかつて戦争に利用されたようなものになってしまう。企業に都合の良い企業戦士を育成するマインドコントロールとすることもできるだろう。

 もう一つの問題は“私”がマインドフルネスになろうとして、単に心を飼いならそうとしているにすぎないこと。しかし、本来は努力ではなく、“私”を入れずに直接分かるような無心の心がある。禅では「求める心を捨てなさい」と言う。

 世俗的なマインドフルネスを乗り越えて、仏教者としてのビジョンを示さなくてはいけない。もっと奥(の瞑想)を望む人たちを、寺院はどのように受け入れることができるだろうか。

 まず僧侶自身が流行するマインドフルネスとは何かを学び、彼らが何を求めて寺院に来たのかを理解するのが第一歩だ。入り口はマインドフルネスでもよいが、(瞑想や修行は)それだけでは終わらない。薄っぺらな理解だけでなく、仏教はさらに奥にあるものを示すことができる。(談)(『中外日報』2015年10月28日号)

 藤田はまた、別のところで脱宗教化されたマインドフルネスに対して、仏教でいう「正見なき正念」になりかねないことに、以下のように注意を促している。

 臨床現場での応用を可能にするためにマインドフルネスをあえて仏教的文脈から切り離し、宗教色のない、万人のための注意のテクニック、スキルとして成形しなおし普及しようとした事情は理解できる。しかし筆者は縁起やつながりといった、マインドフルネス実践を正しく方向付け、その枠組みを提供するヴィジョン(仏教ではそれを正見と呼ぶ)はいわゆる宗教としてではなくても、あくまでも世俗的文脈において自然科学や心理学の知見として充分提示することができ、そのようなヴィジョンに沿ったナチュラルなマインドフルネスの訓練プログラムや指導法を工夫していくべきではないかと考えている。仏教はその工夫の作業をバックアップできる資源が蓄積されているはずである。

 今後このような展望のもとで、仏教と臨床現場が交流しつつ、マインドフルネスについてのより深い理解とより有効な実践法が結実することを願っている(藤田一照「仏教から見たマインドフルネス―世俗的マインドフルネスへの一提言―」貝谷久宣・熊野宏昭・越川房子(編)『マインドフルネス―基礎と実践―』日本評論社、2016年、pp.76-77)。

 私は、マインドフルネス瞑想は「仏教にヒントでも別物、正しい方向付けが必要」「正見なき正念になる危険性がある」とする藤田一照の意見に全面的に賛成である。マインドフルネス瞑想は、肯定的に見れば精神医療が宗教(東洋の宗教)を取り入れようとする試みであるが、否定的に見れば、精神医療は宗教的伝統のなかでもエビデンス(科学的根拠)が取れた部分しか取り込もうとしない、と見ることができる。先進国のなかではマインドフルネス瞑想の指導が出来る認知行動療法の専門家が少ない日本では、仏教、特に禅仏教の分厚い蓄積を生かして、むしろ禅仏教の伝統を再活性化すべきではないか、と考える。

  そもそも精神疾患に坐禅を適応することに関しても、我流の坐禅は危険で、注意深い信仰指導が必要である。

 とにかく、頭を使わない。考えない。脳みそに、考える時間を与えない。頭を空っぽにしましょう。

 「頭を空っぽに」なんて言われると、「座禅」を思いつく人がいるかもしれませんが、一人で座禅をするのは危険です。座っている間中、色々な事が頭を駆け巡り、余計に余計な事を考えてしまいます。もし座禅を組むのなら、どこか座禅を組ましてくれるお寺に行って、たくさんの人と座りましょう。禅寺には、「作務(さむ)」といって、庭仕事や掃除、農作業をさせてくれるところもあります。作業中は、何も考えなくても良いので、助かります。探して通って下さい(「うつ病」になってしまった時、または、なりそうな時に読むページ、http://www.geocities.jp/gurakuan_acupuncture/disease090612stress.htm

4.宗教的回心と信仰治療

 最後に、本稿の冒頭で述べた「非定型うつ病の信仰治療」の事例研究に立ち返って、藤田一照がいうように、仏教はマインドフルネス瞑想の「さらに奥にあるものを示す」ことができることをみておく。

 冒頭の事例研究には、「非定型うつ病の信仰治療」が起きたときに患者が主治医に送ったメールが掲載されている。

 主治医は、薬物療法や日常的な精神療法の限界を感じ、X+3年10月、患者に坐禅を勧めたところ、病気が治るならやりたいと積極的な意志を示したので、主治医が指導して、家で坐禅をはじめた。また、それから間もなく座禅会に出席し、禅僧の指導も直接受けた。坐禅を始めて2ヶ月目のある日、次のようなメールを著者に送ってきた。

 ここ一週間、一日三時間瞑想して、昨夜ようやく第三の目が開眼しました。実を言うと、一週間前、“騙されたと思って一日中坐禅をしよう。それで三月になっても完治しなければ命を絶とう”と決心していたのです。先週は、過食、過眠、全身の重さで寝たきりになり「皆には悪いけれど、私はもうこれ以上耐える力は残っていない。」と実感し、最後の力を坐禅に使って、使い切ったところでどこか遠い島でひっそりと一人死ぬつもりでした。昨夜、戻るための準備をして荷物を下に置いたとき、次の瞬間、気付いたら私は自信を持っていました。その自信は今私の身体の中心に入ってきています。母と一緒に居ても一切イライラしません。むしろ母の素晴らしい面がどんどん私に飛び込んできて幸せです。夜も30分以内に眠ることができるようになりました。以前先生の「頭のいい貴女なら絶対できますよ」という言葉を信じて藁をすがる気持ちで坐禅しました。今はすべてが新鮮です。植木も花もみんな生きていて、その中で生きていられる素晴らしさを実感しています。数年前に死ぬ覚悟をして薬を飲んだとき、友達が心配して来てくれて、すぐ救急車で運ばれたのを思い出すと、足がガクガクして生きている喜びで号泣しました(3)。坐禅を通して、命の尊さを実感し、早く社会人になり世の中に尽くしたいと思います。来年からの勉強が楽しみでたまりません。病気をしていなかったら、こんなに命が尊いものだとは実感できなかったと思います。これが悟りかは、私にはわかりません。ただ、悟りかどうかはどうでもいいことです。私が楽になったのは真実ですから。命があるだけで今は十分です。それ以上は求めません。

 彼女は3時間の坐禅以外にも立っているときも歩くときもほぼ一日中坐禅の気持ちで過ごしたという。これ以後、不安感や抑うつ気分は一切認めていない。また、恐れていた高校の同窓会には楽しく出席でき、その後も陰性感情に襲われることはまったくない。しかし、過眠や鉛様麻痺は軽いがなお残っており、生活リズムは完全に正常に復しているとは言えない。この状態は、復学して生活リズムが健常人のそれに馴化していけば問題はなくなると推定される(貝谷久宣「坐禅により軽快した非定型うつ病の1例」貝谷・熊野(編)『マインドフルネス・瞑想・坐禅の脳科学と精神療法』新興医学出版社、2007年、pp.93-94)。

 これは、「精神疾患が坐禅で軽快した」というよりも、「坐禅を契機とした劇的な宗教的回心」が生じたので、「精神疾患が軽快した」のは副次的なことだと思われる。命の尊さの自覚、自然とのつながりの感覚、周囲への感謝―いずれも典型的な宗教的回心のモチーフである。そして、この「劇的な宗教的回心」は、仏教がマインドフルネス瞑想の「さらに奥にあるもの」を提示した例だと思われる。

 この事例研究を紹介している貝谷は精神科医であるから、坐禅についてはさらりと触れるだけですませている。しかし、これは宗教学者から見れば、非定型うつ病を契機とした宗教(禅仏教)への入信体験記である。瞑想(坐禅)に効果があったことは確かだろうが、宗教(禅仏教)のそれ以外の要素―(内在する仏性への信を説く)宗教的世界観・指導者の信仰指導・坐禅仲間との交流・さらには坐禅堂の「雰囲気」もあいまってこそ、非定型うつ病が治癒したのだと思われる。上記のメールのなかで、「戻るための準備をして荷物を下に置いたとき、次の瞬間、気付いたら私は自信を持っていました」とあることから、この宗教的回心は坐禅堂で生じたのだろう。そして、よみがえってきた「自信」とは、「自己に内在する仏性への信」のことだったのではないだろうか。

 いずれにせよ、この「非定型うつ病の信仰治療」の事例は、藤田一照がいうように、仏教はマインドフルネス瞑想の「さらに奥にあるものを示す」ことができることを示しているように思われる。


<注>

(1)非定型うつ病とは、うつ病性障害のサブタイプの一つの正式な診断名であり、メランコリー型うつ病や気分変調性障害の典型的な症状も併せ持つものの、これらとは異なる特徴を有する気分障害である。症状としては、肯定的出来事に元気づけられる気分の反応性、過食や過眠、手足が鉛となったような重さと感覚鈍麻、拒絶への敏感性を特徴とする。

 メランコリー型うつ病の患者は一般的には、うれしいことがあっても気分が改善することはないが、非定型うつ病の患者はうれしいことがあると気分が改善するといった特徴がある。また、非定型うつ病は、著しい体重増加もしくは食欲増進、過眠、手足の鈍重感、拒絶過敏性(社会でのあるいは職場での人間関係を著しく損なう)という特徴も持つ。

(2)鉛様麻痺は、手足が鉛のように重く感じられる、非定型うつ病の症状のことである。

(3)この人は、一度過量服薬によって自殺未遂をしていた。


<参考文献>

貝谷久宣・熊野宏明(編)『マインドフルネス・瞑想・坐禅の脳科学と精神療法』新興医学出版社、2007年

貝谷久宣『非定型うつ病のことがよくわかる本―「気まぐれ」「わがまま」と誤解を受ける新型うつ病のすべて―』講談社、2008年

貝谷久宣『よくわかる/薬いらずのメンタルケア―うつ、ストレス・不安に負けない―』主婦の友社、2011年

『中外日報』2015年10月28日号

貝谷久宣・熊野宏昭・越川房子(編)『マインドフルネス―基礎と実践―』日本評論社、2016年 

<参考インターネット関連サイト>

・「マインドフルネス」(2017年3月5日アクセス)、http://www.fuanclinic.com/blog/?p=181

・「「うつ病」になってしまった時、または、なりそうな時に読むページ」(2017年3月5日アクセス)、

http://www.geocities.jp/gurakuan_acupuncture/disease090612stress.htm