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人事労務コンサルタントmayamaの視点 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2013-03-25

「残業代をきっちり払わせれば勤労者の所得は2割上がる」のウソ


「労基局がまともに機能するだけで、日本の個人所得が2割上がることが判明」

このような見出しで最近ネット上で話題になっているのを見かけました。その話題の元になっていたのが、以下の記事です。


「名指し賃上げ要求」よりも、残業代をきっちり払わせよ
http://bylines.news.yahoo.co.jp/mizuushikentarou/20130313-00023863/

日本の企業(特に中小企業)は労働基準法を遵守していない状況なので、安倍政権は各企業に賃上げを呼びかけるよりも、労働基準法違反を厳しく取り締まって残業代をきっちり支払われば日本の勤労者の所得は1〜2割は軽く上がる。その方がよっぽどいい、と書かれています。



法律が遵守されるべきだという点において全く異論はありません。実際に日本の労働法に係る監督行政はユルユルです。法令通りきちんと運用している会社の方がかえって負担ばかり大きくなって馬鹿を見るケースも少なくありません。その辺の不公正な状況については何とかしてもらいたいものだと考えます。



ただし、上記の記事はやはり誤解を招く内容だと思います。

残業代を払っていない企業に法令通り残業代を支払わせれば、本当に皆の収入は上がるのでしょうか。

はっきり言いますが、そんなことはありません。

企業は法律に合わせて人件費総額を変えることは基本的にしません。売上が上がらないのに人件費をあげれば労働分配率の上昇を招き経営リスクが高くなります。

今年法改正となる65歳までの継続雇用の義務化に際しても、企業は若手社員の昇給抑制、新規採用の抑制を行うことによって人件費増を回避しています。法律によって人件費の増加を強制されれば、必ず他の部分を犠牲にすることによって帳尻を合わせます。



では仮に労働基準監督署残業代未払いの全ての企業に立ち入り調査をして強制的に残業代を全て支払わせたとします。すると企業はどういう行動にでるでしょうか。

まず最初に行うのは賞与のカットです。

通常、どこの企業でも就業規則において賞与の支給は不確定文言(つまり「事情によっては支給しない」ということ)が記載されており、賞与の不支給は違法ではありません。

労基法違反によって残業代の支払いを強制されるのであれば、違法性のない賞与カットは間違いなく行うでしょう。



賞与のカットでも穴埋めできない分についてはどうするか。

次は月例給与のカットが考えられます。

「今まで残業代込みという考えで給与総額を設定していた。残業代を別途とられるならば会社の経営は成り立たないので全員の給与のベース自体を引き下げる」ということです。

給与を一方的に引き下げるのは違法ではないのか。」と考える方もいると思います。

まず、労働条件の変更が周知され労働者が変更を認識した状態で給与が支払われているのであれば、労基法賃金全額払いに違反するとは考えられません。つまり労働基準法違反ではありませんから、労働基準監督署は対応してくれません。

後は、当人たちの民事の問題です。労働条件不利益変更が労働契約法に照らし有効なのか無効なのかという争いになっていきます。

しっかりとした労働組合が存在する会社では簡単に給与を引き下げることは難しいでしょうが、前述の記事でも書かれていた通り、労働基準法を順守していない企業の多くは中小企業であり、労働組合が存在する会社はむしろ稀です。労働組合のない会社において会社側と不利益変更の有効性を争っていくのであれば、労働者側もそれなりの気概が必要になります。団体交渉だけではなく法廷闘争も頭に入れなくてはなりません。残業代の支払いを実行されたことによって会社業績に本当に悪化している状況であれば、裁判によって不利益変更が有効とされる可能性も十分に考えられます。

不利益変更の有効・無効いずれの結果になったとしても、給与引き下げを阻止するのは簡単ではなく、現実には相当なエネルギーが必要だということです。



もちろん残業代の不払いを正当化するつもりは毛頭ないのですが、ただ、労基署の機能を強化して残業代を全て支払わせればみんなの収入が2割増えてウハウハなどというような単純な問題ではないということがお分かり頂けると思います。

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