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2016-02-25

<シャープ買収>40歳以上が拒否される雇用システムを支持してきたのは誰か


シャープが台湾企業ホンハイの傘下に入ることが決まり、ホンハイは買収の条件として「40歳以下の従業員の雇用の維持を約束」していると言われています。

つまり、40歳を超える従業員の雇用は一切保証されないことになりますが、これはホンハイが血も涙もないからではなく、極めて合理的な決断であり、もっと言えば、シャープの40代・50代の従業員を含め、おそらく日本の多くのサラリーマンが望んだ結果であるものと考えられます。

日本の多くの企業ではいまだ、給与が毎年少しずつ昇給する年功序列型の賃金制度が使われており、成果主義を採用しているという企業であっても、業績等によってある程度の差はつくものの、結局は属人的な給与体系であって、年齢や勤続年数が給与に大きく関係するのが実情です。

そして、こうした年功型の人事制度がずっと運用され続けてきたのは、会社側だけでなく従業員側もまた強く望んできた結果だといえます。近年、安定した企業へ就職したいというサラリーマンの安定志向は若者まで浸透していますが、安定した企業とはつまり、仕事によって給与が決まったり成果によって年収が大きく上下しない会社、つまり年功型賃金の企業のことです。

多くのサラリーマンの望む安定した会社、つまり給与が年齢・勤続に応じて少しずつ上がっていくような会社は、20代・30代の若い頃はパフォーマンスに比べて給与が安く、40代・50代になってから昇給カーブに乗ってパフォーマンスを超える割高な給与がもらえるものです。

言い換えれば、若いうちは将来の出世と引き換えに一生懸命働いて会社に一杯貯金をつくり、年配になったら動きは落ちてきちゃったけどその代わり会社にたくさん貯金があるから高い給料をもらって定年まで安泰という感じです。

ところが、この安定には大きな大前提があって、それは企業が変わらずに「存続」しているという点です。

今回のシャープのように、若いうちに割安な給料で残業こなして異動にも応じて会社の為に精一杯尽くしてきたのに、さあこれから年功制のリターン部分を享受するぞ、というまさにその段階で、今回のような買収があれば、若い頃の貯金が全部貸し倒れで消滅してしまうこともあり得るという訳です。みんなが入社したがる安定企業が民間企業である限り、このリスクを内包しているのは当然です。

「40歳以下の雇用が維持され、40歳を超える雇用が保証されない」ことは、紛れもなく安定志向を望む多くのサラリーマンたちが自ら望んだ結果であることは間違いありません。

いずれにしても経営再建の為にリストラが必要不可欠だという状況の中で、いままで年功制の中で割高な給与支給されてきた40歳超の従業員を「要らない」と考えたホンハイの判断は合理的としか言いようがありません。年齢だけを理由に高い給与支給される従業員を雇用し続ける方が余ほど不合理といえます。

シャープがもし仕事と業績によって給与が決まる完全実力主義の会社であったなら、「40歳以下は〜」といったような年齢で一刀両断されることはなかったかもしれません。今回のような取扱いは年齢による差別といえます。しかし、多くのサラリーマンは、この年齢による差別を望んでいる現状があります。競争よりも安定を望んでいるからです。そして、いま見えている安定とは、年齢に応じて給与が上がっていくという年齢による差別ともいえる、いつ消滅するか一切保証のない、まやかしの安定だと思います。

2016-02-18

「定年制の廃止」できる会社とできない会社


ジョイフルが定年制を廃止するというニュースがありました。

ジョイフル:正社員60歳定年制廃止 パートも雇用継続 - 毎日新聞


以前から定年制を廃止する企業のニュースはたまに見かけますが、定年廃止は企業にとって非常に勇気のいる決断です。

定年廃止は、何のトラブルもなく自動的に従業員を退職させるための唯一のシステムがなくなることを意味します。正社員は基本的にみな無期雇用なので、自分から辞めたいと言わない限り何歳まででも企業は雇い続けなければならないということになります。高齢でパフォーマンスが落ちてきたというくらいでは、解雇なんかまずできません。


そんなリスクを負ってまでなぜ定年廃止に踏み切るのか。このままではもう立ち行かないくらい人材が不足しているからです。定年廃止をアピールすることでより優秀な、より多くの人材を獲得したいのです。


とはいえ企業が定年を廃止する為には、どうしても越えなければならない壁があります。「年功序列」の壁です。定年廃止には実力主義が不可欠なのです。

日本の企業の多くは年齢によって給与や昇進が決まります。「最近は成果主義が増えているじゃないか」というかもしれませんが、そんなことはありません。能力主義とか成果主義とうたっているような企業でも、中身を見てみると「年功的な成果主義」だったりします。人事評価によって差はついても、全体的にみると結局年齢や入社年次が大きく影響しているという感じです。

したがって、日本企業給与は上がることはあっても下がることはあまりないのが現実です。下手に給与を下げられないのに加え、上には管理職がいっぱい詰まっているので、最近は特に大企業は30代くらいで早くも頭打ちだったりします。

このような制度のまま定年を廃止したらどうなるでしょうか。あっという間に人件費が肥大化して経営危機に陥ります。会社で最も高給かつパフォーマンスの落ちている層がそのまま退職せずに残るわけですから当然です。

これまでだったら60歳あたりで一回仕切り直して、まず給与を思いっきり下げて、最終的には動きのいい人だけ再雇用で残すというやり方でやって来れたわけです。定年を廃止すればそうした人件費圧縮も選別も一切できなくなります。

ですから定年廃止する企業は給与も昇進も全て実力主義で決定する必要があります。決して60歳間際の社員の給与が高いとは決まっていません。年齢で給与が決まらないのだから、年齢で退職も決まらないということです。年齢による差別を一切やめることこそ定年廃止です。一方、年功序列は年齢による差別の代表格といえます。

また、労働者が何歳まででも会社に残る代わりに、パフォーマンスに応じて給与が柔軟に決定され、場合によっては給与を引き下げることのできる人事・賃金制度が必要になります。透明かつ客観的な基準による制度を適切に運用しなければ、給与の引き下げは法律的なトラブルを引き起こしかねません。年功序列の企業ではまず無理だということです。

今後、労働人口の減少にともなって定年制を廃止する企業は次々と出てくるでしょうが、はたしてこの年功序列の壁を乗り越えることができるのか、そこが大きなポイントだと思います。

2013-01-09

「有能な幹部には年俸制」という勘違い


佐賀県の武雄市が有能な職員を幹部に抜擢し、「年俸制」を導入することによって幹部の育成と活性化を図るというニュースがあります。

「佐賀・武雄市が年俸制導入へ 幹部候補を育成」
http://www.nikkei.com/article/DGXNASJC06001_W3A100C1ACY000/


このような報道をみると、一般的に年俸制という制度への正しい理解がされていないことを改めて感じます。



年俸制とは、賃金の額を年単位で決定する制度です。それ以上でもそれ以下でもありません。

賃金を一日単位で決めれば日給制、時間単位で決めれば時給制、そして年単位で決めれば年俸制という訳です。


記事によれば

年齢に応じて金額が決まる年功序列型の給与と違い、年俸は権限の大きさに応じて支払うため、1人当たり約200万円の昇給になるという。


とあり、まるで年俸制が年功序列型の賃金を脱却するための成果主義賃金制度そのもののような記述がされていますが、ハッキリいってこれは間違いです。

まず年俸制は「権限や責任の大きさに応じて支払う制度」ではなく、前述したように賃金を年単位で決める制度です。

賃金を年齢で決めるのか仕事内容で決めるのか業績で決めるのかという話と、賃金を月単位で決めるのか年単位で決めるのかという話は、全く別の問題です。

「年俸制=実力主義成果主義」ではありませんし、極端な話、年功序列型の年俸制という賃金制度だってあり得るわけです。(ただしそんな制度を現実につくる会社はないと思いますが。)


つまり何が言いたいかといえば、企業は年功賃金制から成果主義へと舵を切る際に

「よし。では年俸制の導入だ。」

と安易に考えるべきではなく、なぜ年俸制でなければ駄目なのか、賃金を年単位で決める必要性を明確にするとともに、月給制のまま成果主義へ移行する選択肢を十分に検討することです。


事実、年俸制は総額人件費の管理に優れているという点を除けば、企業にとってあまりメリットのある制度とはいえません。

むしろ年俸制を導入することによって、年途中で賃金を引き下げたり賞与の支給を取り止めることが難しくなり、企業の業績が急に悪化しても柔軟に対応ができなくなるという致命的なデメリットがあり、資本力の弱い企業には特に注意が必要です。

また、年俸制を導入すれば残業代を支給しなくてもよいと考えている方が少なくありませんが、これも大きな間違いであり、年俸制の社員であっても別途残業代を計算した上で支払う必要があります。

さらに、年俸を16で割って各月に12分の1を、夏冬に12分の2ずつを賞与として支給するようなケースでは、賞与額が確定しているため賞与も残業代の計算基礎に含まれることになり、人件費が高くなるというデメリットもあります。


私は個人的には年俸制の導入は積極的にはお勧めしませんし、導入する場合であっても、最低でも残業代の要らない管理職以上、できれば役員に近い上級管理職に限定し、上記に挙げたデメリットを最小限にできるよう柔軟性をもたせた制度設計を行う必要があると考えます。




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2013-01-08

「イクメンは出世できない」はあながち間違っていない


昨年末くらいから伊藤忠商事の社長がプレジデント・オンラインで書いた

「『イクメン、弁当男子』は、なぜ出世できないか」

というコラムがかなりの反響を呼んでいました。

※詳細は以下の記事を参照
全文表示 | 「イクメン」「弁当男子」は出世できないのか 伊藤忠社長「変わった趣味」論が波紋 : J-CASTニュース

内容を簡単に言うと、

「イクメン」「弁当男子」を例にあげ、

「最近の若者はハングリー精神や上昇志向が足りない。育児や家事をやっている暇があったら、そんなものは女性にまかせて仕事に没頭しろ。きっちり役割分担すべきだ。」

というようなことが書かれています。

このコラムに対してネット上では

「時代遅れ」
「ワークライフバランスの流れに逆行している」

など批判が多く見うけられます。

一見するとタイトルからして煽り気味な感じがしますが、しかしよく考えると、このコラムの指摘は一概に的外れともいえないと感じます。

※ちなみに「弁当男子」の部分については、弁当を自分で作ろうが作るまいが完全にプライベートの要素であり、「弁当を作るのはヤワな男だ」という主観的イメージの問題なのでこれ以降は除外し、「イクメン」のみに関して言及します。




批判の中で多かったものに、「外国では男性が育休を取って育児に参加するのは普通であり、日本は遅れている」という意見があります。概ね外国企業に在籍し海外で勤務経験のある方の中に多い意見だと思われます。

確かに日本は欧米諸国に比べ育休取得率は低いと思いますし、育休だけでなく有給休暇の消化率も低く、逆に残業は多いという、ワークライフバランスという観点からみれば世界的に遅れているのは間違いなさそうです。

しかし、これらの原因は単に文化や考え方が異なるというような問題ではなく、諸外国と決定的に異なる日本特有の雇用システム、雇用慣行が根底にあります。

決定的な違いとはつまり、新卒一括採用、年功賃金、終身雇用解雇規制を前提とする正社員と、そしてそれら正社員と明確に区別される非正規労働者との2層構造です。



ご存じの通り、日本では解雇は簡単には認められません。その代わり企業には広汎な人事権が認められており、例えば転勤を命じたり、職種の変更を命じたり、上限なしに残業を命じたりすることができます。

極端な言い方をすれば、企業は「多少経営が苦しくても労働者の出来が悪くてもできる限り定年までは雇わなければならない。ただし、その見返りとして多少粗っぽい使い方をしても目をつぶるよ。」というのが日本の解雇規制、終身雇用の現実です。これは裁判所の判例の流れが実際にそうなっています。

そして一方、労働行政のスタンスは有給休暇違反や残業などに対して寛容といえます。近年残業代の未払いが厳しいように感じるかもしれませんが、あれはあくまで過労死等の生命の危険に係るような過重労働に対して厳しい姿勢で臨んでいるのであり、労災認定基準を下回るような残業に対しては監督官は拍子抜けするほどに寛容です。



そしてもう1つ重要な要素は、いまだ日本企業の多くは職務によって賃金が決まるのではなく属人的な要素によって決まる点です(※つまり年功賃金です)。なぜかといえば、職務給では運用が難しいからです。

企業は容易に解雇という選択肢がとれず、配置転換(職種変更)によって人員の調整をはかっていきます。職務が変わるたびに賃金が上下しては困るわけです。

また、企業は新卒採用時に、職務の熟練度合ではなく、人間性をみて採用することになります(※日本の新卒は職業訓練を受けていないからです)。定年まで働くことを考慮し、いかに企業の方針にそった人材を育成できるかという視点で、前述の年功制・終身雇用解雇規制にマッチした人材を選定します。

つまり長期雇用と将来の出世の見返りとして転勤、職種変更を素直に受け入れ、残業をこなし、有休等の休暇の取得は最小限に留める人材です。

このような人材が子どもを育てるには、必然的にパートナーの協力が不可欠と考えられます。それも休暇を最小限に留めなければならない正社員ではなく、企業の人事権が比較的及ばない非正規雇用のパートナーです。(役割分担に本来男女の別は関係ないはずですが、とにかく分担は必要だということです。)




ちなみに、育休を推進する大企業も確かに存在します。比較的取得率の高い企業も最近は増えてきました。このような企業であればダブルインカムも可能でしょう。

そのような企業の目的は、もちろん「少子化する日本の将来の為に」ということではないはずです。待遇面をアピールして優秀な人材を獲得する為、そして従業員満足を業績に繋げる為です。全ては業績の為の人材戦略です。

前述コラムの社長が率いる伊藤忠商事の人材戦略においては、男性の育休取得率アップは今のところ必要ないという事です。育休なしでも十分に優秀な人材を獲得し結果を出せるということだと思います。

育休は法令によって企業に義務付けられたものではありますが、労働関連法の実効性を担保する労働行政、裁判所のスタンスは先ほど書いた通りです。

そして何より、日本の企業も、そして労働者も、まだまだ年功序列、終身雇用といった日本型の雇用システムを実は一番求めている節があります。(※両者の思い描く形にはだいぶギャップがあるとは思いますが。)

時代遅れという言葉では片づけられない今回の発言。日本の雇用システムの根幹の問題です。ワークライフバランスを本当に広く実現させたければ、まずは日本の雇用システムを変えない限り無理なのだと思います。




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2012-11-29

「新卒一括採用の廃止・見直し」は土台無理か


新卒一括採用について、就職活動の激化や既卒者の就職難の原因になっているなど様々なデメリットが指摘されており、見直しが必要ではないかという問題提起のニュース記事がありました。
新卒一括採用は見直すべきか - ライブドアニュース

新卒時の1回にチャンスが限定される上に、学生の能力に全く関係しない1年ごとの景気に強く左右されるのは不条理だ

就職活動がうまくいかずに大学院への進学をするケースもあるが、本末転倒も甚だしい。出遅れを心配して留学を控える学生もいる。

『新卒カード』を切らないために留年したり、大学院に進学したりするのはおかしいが、それを大学側が受け入れていることも批判されるべきだ

高度成長期など右肩上がりで業績が伸びていった時代には、社員を効率的に大量採用し、均等に育てていく上で利点があっただろう。しかし、現在では、終身雇用年功序列といった従来の日本型雇用システムは崩れ始めており、企業がグローバル化を進める中で、採用形態も見直すべき時期に来ているはずだ



こういう議論を聞くといつも感じることは、新卒一括採用をやめるべきかどうか以前に、はたしてやめることが可能なのかという難しい問題があるということです。

今の日本の雇用システムは、仮に新卒一括採用をやめた方がメリットが大きいと実証されたとしても、簡単に見直しが図れるようにはなっていません。(主に国内の大企業の話ですが)


第一の問題として、入社後の基本的な職務を遂行できるようになるまでの教育訓練を一体誰が行うのかということを再考する必要があります。

というのは、通常、通年採用・中途採用は即戦力の経験者採用が前提となっており、それ以外は新卒の未経験者を要員計画に基づいて大量採用し、自社の教育システムを使って自前で育て上げていくというのが現状です。

企業にとってその方が効率的であるし、自社の社風・文化に合わせて育てやすいからそうしている訳です。

企業からすれば、イチからお金をかけて教育するならできるだけ若い方がよいに決まっていますし、最初から高い職務遂行能力をもっていて教育する必要がないのであれば年齢の高い中途を採用する場合もある訳です。

問題となるのは、新卒一括採用が廃止され、中途も新卒も関係なく通年採用となった場合、既卒者や経験者と競うことになる新卒者にあらかじめ職業訓練を施す必要はないのか、あるとすれば誰がそれを担当するのかということです。

つまり、企業以外の機関(国・大学等)が就職後の職務遂行のレベルに達するまでの職業訓練について企業まかせにせず真剣に考えていく必要があるのですが、現実には大学等が行う教育そのものはとても採用段階で企業から評価されるようなものではありませんし、また、国・ハローワーク・独立行政法人等が行う職業訓練についても企業の求める即戦力には程遠いレベルのものです。

企業は他企業で教育された経験者を雇うか、または自前で教育するかの二者択一であり、このように企業だけが負担する現在の状況を根本的に変えない限り、企業は最も効率的な手段、つまり新卒一括採用を選ぶ状況は続くものと思われます。



そして、新卒一括採用をやめられるのかどうかを考えるうえで、もう1つの重要な問題があります。

今もなお日本の企業で根強く残っている年功型賃金の問題です。

終身雇用年功序列が崩壊しているというのは半分ウソです。終身雇用が崩れ始めているのは間違いありませんが、年功制賃金は基本的にはなくなりません。代わりとなる適した賃金制度がないからです。

日本の企業は職務を限定して採用するようなことは基本的にしません。企業の事業運営上の都合、あるいは人材育成の一環としていつでも異動が普通に行われますし、職務だけでなく職種の変更もあり得ます。そもそも大企業にはジョブローテーションというものが存在します。

賃金は本来、職務の内容に応じて決定する職務給を採用するのが理にかなっています。職務給制を運用した場合、異動・配転によって職務が変更になれば賃金も当然変更されます。

しかし、ジョブローテーションが行われる大企業ではそれができません。異動のたびに賃金が上下しては困るからです。ですから賃金は職務内容とは切り離して、職務遂行能力という名の勤続年数や年齢によっておおかた賃金が決まる年功型賃金体系を運用せざるを得ないのです。もちろん近年は業績評価を拡大したり、職務給的要素(職責、期待役割等)を織り込んだりという賃金・人事制度はありますが、基本的には年功型ベースから完全に脱却することはできません。

この場合、企業は中途採用を極力控えます。当然ですが、年功型賃金制においては中途採用者の賃金は高くなるからです。会社としては中途採用者がその賃金水準を求めなかったとしても、その序列を崩すことはできません。従って中途採用者に求められる職務遂行能力のハードルは高くなります。企業側の費用対効果を満たさなければなりません。

企業にとっては低賃金で大量の新卒者を採用して自前で育て上げ、査定によって多少の差はつけるものの徐々に皆の賃金を上げていく、そして賃金の高い中途採用は必要に迫られない限り差し控える、という方法が最も合理的と考えられるのだと思います。



新卒一括採用の見直しを議論する際は、これらの職業訓練、年功型賃金の問題が実は大きく立ちはだかっており、そもそも日本の大企業は新卒一括採用をやめることがシステム的に可能なのかという視点もまた必要だという話でした。



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2012-07-13

「40歳定年」構想の本質を考えてみる


昨日、当ブログに数時間のうちに凄まじい数のアクセスがあり、リンク元をたどったところ、ヤフートピックスの「40歳定年」の記事からのアクセスであることが判明。


※繁栄のフロンティア部会報告書
http://www.npu.go.jp/policy/policy04/pdf/20120706/shiryo3.pdf:title


野田佳彦首相を議長とする国家戦略会議の分科会が、将来の構想を報告書にまとめたようで、かなり話題になっているようです。

皆が生き生きと新しい分野にチャレンジでき、人材が最大限活用され、安心して子育てもできる環境も整い、家族を含めたコミュニティーの互助精神による心の豊かさと、高くはなくとも緩やかに成長する経済の豊かさが両立している社会

このような社会を形成するために、40歳定年が必要なんだそうです。
この件についてちょっと書いてみたいと思います。



定年を40歳にするとはどういうことか

定年とは、ある一定の年齢に達した時に自動的に労働契約が終了する(退職)という労使の合意によって決められる制度です。

定年を定めるか定めないかの判断は企業の自由であり、また、定年を何歳にするのかも法律で決まっている最低年齢(現行60歳)をクリアすれば任意に決められます。

「定年を何歳にするかなんて国が決めることじゃない。」という意見がありますが、国は定年年齢を決めているのではなく、定年を企業に好き勝手に決めさせると雇用政策上まずいという判断から最低年齢という規制をかけているわけであり、国が一切口出ししないということであれば、企業は25歳であろうが30歳であろうが自由に定年を設定できることになります。



なぜ定年を下げた方がよいという話がでてくるのか

建て前の話は置いときまして。

日本では、成果主義が浸透したといわれる近年でも年功序列型の賃金体系が依然として残っており、若年層に比べて圧倒的に高い中高年労働者賃金は企業にとって大きな負担となっていますが、一方、能力面で見ると、40歳以降の能力・スキルの伸びは40歳以前に比べ鈍化するのが一般的であり、賃金とパフォーマンスが比例しないものと考えられます。(※中高齢者雇用が若年層の採用抑制、昇給の抑制に影響していることは否定できません。)

はっきり言えば、企業は40歳以上の労働者のうち有能なパフォーマンスの高い人だけを都合のよい時まで残し、それ以外は辞めてもらいたいと考えていますが、現在の日本の解雇規制の中ではそれは容易ではありません。

年功賃金解雇規制を前提とする日本の雇用システムにおいて、有無をいわさず自動的に高齢労働者雇用関係から外すことのできる定年という制度は、企業にとって今までもこれからも必須のものといえますが、現行の定年年齢を引き下げることで企業側にとってより効率のいい人材戦略をとっていきたい(つまり安くていい人材だけを確保し、それ以外は放出)という財界からの要請があるのではと勝手に推測する次第です。



40歳定年にすれば、本当に全ての国民が75歳まで生き生きと安心して働ける社会を形成できるのか

そうなるとは思えません。

この議論の中で、将来的に雇用は有期契約を基本とすべきといわれているようです。40歳定年後はみんな有期労働契約を更新することによって75歳まで働くことを想定しているようです。これは有期労働契約というものを大きく履き違えています。

有期労働契約とは本来、臨時的に発生する業務の為に、あるいは一時的に必要なスタッフ数を確保する為に雇入れることを前提としている雇用形態であり、企業がこれに反する目的(つまり恒常的な業務に使用し、都合のよいときに更新を打ち切る目的)で有期契約労働者を利用している現状があるからこそ雇止めの問題が絶えず発生しているのです。

定年年齢を40歳とし、雇用を有期契約中心にしていくことこそ、まさに企業にとって都合のよい人材を都合のよい期間だけ使用できるという企業側の要請に即した雇用システムであり、今回掲げられている構想とは全く逆の不安定な方向へ進むものと考えられます。



40歳定年になったら中高年はみな職を失うのか

「40歳を過ぎてからの職探しがどれほど厳しいと思っているのか」という悲痛な意見もみられますが、全ての企業が一斉に定年を引き下げることになれば、パフォーマンスの悪い高給取りの社員が大勢退職となり、企業はその分の人件費を別の雇用に充てることができますので、定年再雇用になる社員も少なくはないと思われます。一方、定年再雇用されなかった社員についても別の何らかの職に就くことはある程度可能なのではないかと思われます。

定年再雇用者の中の一定数の優秀な社員は高い賃金で厚遇されることになり(イメージとしては年俸制のエグゼクティブ)、そして大多数はこれまでよりはだいぶ賃金水準は落ちることが予想されます。もちろん有期契約である以上、安定性はありません。これは優秀な社員についても同様です。この意味においては確かに労働市場は今より流動化するのでしょう。



今回の報告書の構想を目指すためには本来どうするべきなのか

定年とは雇用における年齢差別です。年齢のみを理由に雇用関係を終了させるのです。それがいいか悪いかはともかく、新卒一括採用、年功賃金解雇規制という雇用システムの中で、定年という制度が果たしてきた役割は大きいといえます。

今後、年齢に関わりなく能力・技能によって広く高齢者まで活躍できる社会を目指すのであれば、これは年齢差別をなくすということであり、定年規制を廃止するのが本来の正しい方向性ではないかと思います。定年を40歳にするということは、むしろ年齢差別を強化することとも受け取れますし、それと有期雇用契約を中心にしていくという考えとの間にはもはや整合性は見られません。

また、定年を廃止することと併せて採用や退職、賃金の決定等についても年齢的要素を排除する必要があり(ある意味においてはアメリカの職務給的運用)、何よりも現行の解雇規制に手を加えることが必須であると思われます。

年齢差別を廃止し、20歳でも80歳でも能力があれば正当な評価を受けて活躍できる、それは反面、定年までの雇用保証というものはもはやなく、本人のパフォーマンス次第では退場を余儀なくされることも当然あり、しかし不当な解雇・雇止めはもちろん許されず、そして流動性のある労働市場が存在する、そのような社会にするために果たして「40歳定年」が必要なのでしょうか。



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2011-10-09

定年制復活は何を意味するのか


マクドナルドの定年制復活の記事は目を奪われた方も多かったのではないでしょうか。

マクドナルドが当初定年制を廃止したのは、実力主義の意識を高めることが目的でした。

年功序列を廃止し、その一環として定年制を廃止することによって、会社が実力本位であることを社員に明確に示すことになり、若手のモチベーションを高めることができると考えたようですが、実際は思惑通りにはいかず、ベテラン社員が自身の成果を優先してしまい、結局は若手をうまく育成できなくなってしまったとのことです。



ここから先は一般論として話をしたいと思います。

高齢者雇用安定法の改正にともなって定年制を廃止した企業は2.8%といわれていますが、日本で定年制を廃止して業績を向上させていくことは絶望的に難しいと思います。



定年制をなくすということは年齢差別をなくすことにほかなりません。賃金の決定や採用・退職に関して年齢的要素を一切排除するということです。年功序列は当然に廃止です。

そして前提となるのが、定年制が廃止されれば何歳になっても働ける反面、定年までの雇用が保証されないということです。

何歳になっても働けるというのは、年齢に関係なく実力があれば60代・70代になっても退職する必要がないということであり、裏を返せば実力のない者は20代でも30代でも退場を余儀なくされるということです。

これらの事項が担保されなければ、会社が実力本位であることを社員に示し、実力主義の意識を高めるという結果にはつながらないと考えられます。


しかしながら、日本においては判例の積み重ねで確立された解雇権濫用法理によって解雇が厳しく制限されており、労働者の能力や成果を理由とする解雇のハードルは相当に高いというのが実情です。一方で日本の雇用慣行は現在でもまだまだ新卒一括採用、終身雇用年功序列を基本としている部分が多く、労働市場の流動性は極めて乏しいといえます。

前述の実力主義の意識を高めるための定年制の廃止という考え方は、日本の雇用システムにおいては相容れないものであり、結果的には全社員の雇用契約がエンドレスで続いていくことになり、採用活動を通常通り行えば毎年恐るべき額の人件費が加算されていくのは火を見るより明らかです。定年制廃止のハードルは極めて高いものといえます。



なお、いったん廃止した定年制を復活させることは労働条件の不利益変更にあたると考えられますので、定年制の廃止を検討する場合はこの点についても注意が必要です。



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2011-05-20

人事制度に手をつけないリストラは失敗に終わる


景気低迷が続く昨今、経営者がリストラの判断を迫られる場面は珍しくありません。


以前の記事でも触れましたが、解雇は日本ではかなり厳しく規制されています。
JALが昨年末に行った整理解雇についても不当解雇で提訴されていますが、あれだけ追い込まれた状況下で綿密に手順を踏んで行ったと予想される整理解雇であっても、訴訟リスクをゼロにすることはできません。


整理解雇を正当化する要素の1つとして、解雇回避努力の程度があげられますが、実際には希望退職の募集が重要視されることが多いといえます。


希望退職とは、退職を希望する社員を募って会社都合の合意退職にもっていくことです。通常、割増退職金や有休買上げ、再就職支援などの条件をパッケージ化して一定期間募集をかけます。



ところがこの希望退職、本当にうまくいった会社があるのだろうかと疑うほどいい話は聞きません。


会社はほぼ確実に、ターゲットとなる辞めさせたい社員と、何としても会社に残したい社員をあらかじめ決めています。希望退職の募集と平行して全社員と個人面談を行い、辞めさせたい社員の退職勧奨、残したい社員の慰留を全力で行うのです。


お分かりかもしれませんが、結果的には全く逆、辞めさせたい社員は1人も辞めず、何としても残したかった社員がゾロゾロ辞めていくパターンが多いといわれます。

会社が残したいと思う社員は通常、有能で市場価値が高く、再就職への不安もありません。加えて、賃金制度・人事考課制度に対して実力主義的要素を強く求めます。もしも有能で市場価値の高い社員が会社の既存の人事制度について不満を抱いていた場合、有利なパッケージで希望退職の募集があれば、転職の背中を押されたようなものです。

会社は一時的に人件費が減って窮地を脱したかと思いきや、予想以上に生産性が下がり、根本的な問題は解決されないまま、またいずれリストラの判断を迫られる日がやってくるのかもしれません。



希望退職の募集は単なるコストカット・人員削減ではなく、人材戦略の一環と考えるべきです。


賃金・退職金制度、キャリアパスは会社の人材戦略にマッチしているのか

会社の求める人材像は評価制度に反映されているのか


会社の求める人材を会社に残すためには人事制度改革は必須といえるでしょう。




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2011-04-27

年功序列という1つの時代の終焉


ご存知のとおり年功序列は崩壊したと言われています。



1990年代後半まで当たり前のように運用されてきた年功型の人事制度(厳密には職能資格制)。
様々な問題を抱えていましたが、決定的だったのは給料(基本給)を下げられなかったということでしょうか。

職能資格制において評価の対象となる「職務遂行能力」は本人の保有能力であるため、そもそも下がるという考え方がありません。



さらに法的な観点からも、給料の引き下げは容易ではありませんでした。
多くの企業において、給与規程に以下のような文言が記載されていたはずです。

「第○条(昇給) 昇給は毎年4月に、基本給について行うものとする。」

この条文には「降給」の文字がありません。
まさかと思われるかもしれませんが、この規定では会社は一方的に給料を下げることはできません。




そして、バブル崩壊後、経済は停滞し、組織の成長はストップ。
若年層が少なくなる一方で、高齢者層が急増し、全体の労働量が落ちているのに、企業が支払う人件費総額は増加するという頭の痛い状況。

企業は膨れ上がる人件費を何とか抑制したい、何かいい案はないかと考え、
「業績に応じて給料を上げ下げできる成果主義という制度がアメリカにあるらしい。早速導入してみよう。」
となりました。


結果はうまくいかない企業が多数でした。
理由も様々言われています。



しかしながら、年功序列からの脱却は時代の要請です。
成果主義がうまくいかなかったから、やはり元のやり方に戻そうというわけにはいきません。




はっきりしていることは、

  • 大規模企業において、日本的システムである職能資格制を維持することは困難だった
  • 成果主義シフトの潮流は今後もなお変わらない
  • 中小企業については、必ずしも上記の前提があてはまるとは限らない。より柔軟な対応が必要である

ということであり、
これからの時代に勝ち残るための人事制度の模索は続いていくでしょう。




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