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kom’s log


- きみ、そこはきみの家ではないのだよ - ミラン・クンデラ


30-01-2008

[] 路上の英雄  路上の英雄を含むブックマーク  路上の英雄のブックマークコメント

1928年から36年まで東京に暮らしたキャサリン・サンソムによる『東京に暮らす』というなかなかおもしろい本がこのところの食事中の本なのだが、次のような一節があった。

そば屋の小僧が自転車で出前のお昼をあちこちの客に配達する姿ほど面白い光景はありません。上に向けた手の平で、お重と丼をいくつも高く積み重ねたお盆を支え、もう片方の手で自転車を操りながら自動車の間を縫って走り、角を曲がるときには体を傾けてバランスをとり、停まる時にはまるで的に当った矢のようにすとんと止まります。自動車の間に割り込んでいくので運転手たちからよく怒鳴られていますが、路上の英雄は自転車の漕ぎ手です。自動車が入れないところもスイスイと走り抜け、陽気に口笛を吹いたり歌を歌いながら走っていきます。(P77)

東京に暮す―1928~1936 (岩波文庫)

東京に暮す―1928~1936 (岩波文庫)

サンソムはこの自転車の出前の様子がとても気に入っていたらしく、上のページのすぐ後だけでなく、本の最後にも、マージョリー西脇(西脇順三郎の妻)による自転車出前の挿絵が加えられている。最近では出前といえばスーパーカブでバランサーのついた荷台の出前ばかりだけれども、私が子供のころにはまだ自転車で出前をしている姿はよく見かけた。ガニ股で重そうな黒い自転車のペダルを漕ぎ、片手でいかにも器用に蕎麦をかついでいる姿は実に魅力的で、確かに私にとっても路上の英雄だった。なにやら懐かしくなってグーグルで自転車出前の写真がないか探してみたのだが、昭和初期のものしかみつからなかった。下の写真は驚愕するような積み上げぶり。ここまでのは自分では見かけなかった。

f:id:kmiura:20080131105356j:image

昭和初期のものですが、あまり高く積み上げて、ビルの谷間を走り回るので、当時の新聞や雑誌によく取り上げられたそうです。

 残っている写真で一番たくさん持っているものは,1番下に肩当として『もちや』を2枚重ねた上に大台より大きかったのでバカ台と呼ばれた出前用の長方形の台を乗せ、その台に『もちや』を2列に7段、小計14枚 さらにその上に12枚、代のあいているところに八合入りの徳利4本を置き また、ふたの台をして今度は半サイズの『もちや』6段に徳利4本、総計で『もちや』28枚をかついでいたそうです。

 この『もちや』というのは縦39cm、高さ7.5mmの底のあるしっかりした朱塗りの箱で、空でも1枚1kgですから、そばが入ると3kgにもなり、28枚で90kg以上になります。高さは7.5cmのものが23段ですから1.8m、地面かだと3mは楽にありました。一度かつぎ出したら、肩が痛いからかつぎ変えるなどということは、到底できませんでした。

http://www.izushi.jp/kogetudo/sub07sobanotisiki.htm

私が見かけたのは、この下の写真ぐらいの感じ。真似をして転んだりしたこともある。上の方の写真は、東京のオフィス街だから部署ごと全部といった事情もあっただろうし、見栄の張り合いで競争になっていたんだろうな、と勝手に推測。なお、本に描かれた挿絵では、蕎麦13枚、丼を8杯重ねている。

f:id:kmiura:20080131105354j:image

http://www.yurindo.co.jp/yurin/back/409_2.html

昭和15年

本に描かれる日本はたかだか70年前の日本なのだが、実に異国情緒にあふれている。今の世界、どこにいっても私はこの本が持つような新鮮な異国情緒を感じることができない。

hizzzhizzz 2008/01/31 12:20 どこからどこに出前しているのかわからないのですが、新宿駅南口前のひとがぎちぎちにごったがえしている中を、ちりんちりんとぬけていく白衣の兄ちゃんをたまに目にしますよ。量はせいぜい3〜4枚といった感じ。外国人がまさに目をまるくして驚愕してる様子も面白いですが。

kmiurakmiura 2008/02/01 02:39 おお、まだ生き残っているんだ。

そういえば新宿は南口方面だけ妙に生活感がありますね。

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29-01-2008

[] 専門家の役割  専門家の役割を含むブックマーク  専門家の役割のブックマークコメント

専門家の仕事内容に関して見かけた記事。

治療の副作用・合併症に関する医学論文が昨年6月から10月の間に激減した(医学論文の割合で15パーセントから3パーセント程度に*1)理由について

現場レベルで言うなら医療事故調査委員会発足が問題なのではなく、プライバシー保護で院内の倫理委員会がうるさくなったため。

臨床現場に出ていない人が適当にまとめるとこんな結論になる。

症例報告のたびに患者さんに説明して同意をとって報告するだけの外来時間がないし書類申請が面倒。

あと国内誌の症例報告も箔付けにもならないし。

ただでさえ介護保険認定書類などどんどん書類ものが増えていき診察後の残業が続くのに残業代も出ずモチベーションもあがらない。

残業も診療ならまだ患者さんのためと割り切れるが、書類の山を裁可するためにこの仕事を始めたわけじゃない。

本質がわかっていない@ AnonymousDiary

この例は本来専門家の存在をサポートするべきアドミニストレーションが逆に専門家にストレスをかけてさらにはその活動を抑圧したという実にアホな話である。理由はもちろん、アドミニストレーションがその本来の存在意義とは無関係になっていることを意味している。

医者や弁護士といったそもそも社会的な委託・信頼が前提になっている仕事は、”自己責任”が強調されるようになるとどんどん効率が悪くなる。仕事に携わる側の人間としては面倒でやってらんねえ、ということになる。学校の教師に押し付けられる過大な責任や雑事も似たような現象ではないか。

社会を成立させる専門家への委任システムがゆらいでいる=大まかには代議制(representation)の崩壊。上の例で言えば、そもそも医師免許は、信頼を委託するシステムであるはずなのに、それが意味をなくしている、ということかもしれない。

下は専門家ではなくとも為せる仕事の負荷ために、その能力が効率的に発揮されていないという話。なんとなく上に共通している部分があるなあと思ったので一緒にクリップ。

売春業の人達の生活をサポートする団体の話

しかしこの団体、あまりに効率が悪い。例えばこの弁護士はこういう弁護士ならではの仕事をするだけではなく、交通手段を持たない女性を送り迎えしたり、コーヒーを作ったり、クライアントと世間話をしたりと、その活動のほとんどを一人でやっている。弁護士という特殊な能力・資格のある人の時間は、ほかの使い方をすればもっと大勢の人のために使えるだけに、残念な気がする。しかし、彼女の他にフルタイムで関われるスタッフを持たず、ボランティアもうまく使えない状態では、団体の全てを把握している彼女が何もかもやらなければいけない。それに、もし運転は運転係、食事の準備は食事係、という具合に役割分担ができてしまったら、この団体の良さである包括的に何でも面倒を見てくれるという部分が失われてしまうだろう。

反売買春系フェミニスト団体観察記録、パート2@macska dot org

[] 上の記事に関連し、”医療事故委員会”情報追加  上の記事に関連し、”医療事故委員会”情報追加を含むブックマーク  上の記事に関連し、”医療事故委員会”情報追加のブックマークコメント

少々記事など漁ってみて、”医療事故委員会”ってのは厚生省の医療利権確保・拡大と天下り先候補ですな、という感想。国が管理するのではなくて、地域で管理すべし、という対案に私は賛成。なお、各病院レベルでの医療事故委員会は事故が起こると設置されることがあるらしいので、ウェブでサーチするとヒットする。これらは厚生省が計画している組織とは別モノ。

医療版「事故調」創設へ 厚労省検討会が初会合(2007年04月20日、asahi.com>健康>医療・病気> 記事)

 医療行為中の患者の死因などを調べる医療版「事故調査委員会」の制度創設に向け、厚生労働省の検討会(座長=前田雅英首都大学東京法科大学院教授)が20日、初会合を開いた。医療関連死の調査は現在、刑事事件や民事裁判の中で行われることがほとんどで、迅速な原因究明や再発防止のためには課題が多い。検討会は約1年かけて調査委のあり方や事故の届け出の義務化などを論議、新法の制定も視野に、早期に新制度をスタートさせたい考えだ。

 検討会のメンバーは医療団体の代表や弁護士、大学教授ら14人。03年に医療ミスで子どもを亡くした母親も加わった。法務省と警察庁からは担当者がオブザーバーとして参加した。

 新制度の創設は、医師が相次いで刑事責任を問われて危機感を強める医療界が、厚労省などに要請してきた。検討会では、調査によって医師の過失がはっきりした場合の行政処分や、医師が刑事訴追される可能性がある場合の調査結果の取り扱いなどが焦点となりそうだ。民事紛争への調査結果の活用についても話し合う。

 医療機関が届け出る事例の範囲や、「異状死」を警察に届け出ることを医師に義務づけている現行の医師法との整合性についても協議する。

 厚労省の試案では、解剖医や臨床医、弁護士らで構成する「調査・評価委員会」を地方ブロックなどの行政機関ごとに設置。解剖結果やカルテ、関係者への聞き取りなどから治療内容などを評価する。作成した報告書は医療機関や遺族に交付するほか、個人情報を除いて公表する。

 この日の検討会では、日本医師会の木下勝之委員が「(医師の)刑事処分の方向に歯止めをかけ、安心して医療に取り組める制度にしてほしい」と発言。これに対して前田座長が「制度によって医師が事故を隠せると国民に思われたらマイナス。そうした議論が出てこない形にしたい」と指摘した。患者を支援するNPO理事長の辻本好子委員も「国民が納得できる、という視点を忘れないで議論してもらいたい」と注文をつけた。

(google キャッシュより)

医療事故調査、現場に即して! (@ 医療介護CBニュース)

更新:2008/01/25 

 厚生労働省が公表した診療関連死の死因を究明する第三者機関の概要を盛り込んだ「第二次試案」が、医療関係者の間に波紋を広げている。制度の仕組みが医療者個人の責任追及に結びつく懸念があるためだ。医療者・患者の双方にとって望ましい第三者機関とはどのようなものか、また医療紛争を解決するために必要なこととは何か。このほど開催され、活発な議論が交わされたシンポジウムからは、現場の関係者たちが医療の安全性の向上を図ってその答えを強く求めていることが分かる。シンポの報告を通じて、現状と展望を探った。(金子俊介)

.....

 日本では、医療事故などによって患者が死亡すると、医師法第21条に基づいて異状死として警察へ届け出し、刑事事件として扱われる。しかし、このような現状では真の死因究明やそれに基づく再発防止を行うことができないとする指摘があった。

 これを受けて政府・与党は、警察とは別に事故を調査する第三者機関の創設の検討に着手。厚労省は昨年10月、新しい組織の概要を示した第二次試案を発表した。試案によると、医療・法律の専門家や遺族の代表らで「医療事故調査委員会」(仮称)をつくり、医療機関による事故の届出を義務化。解剖や聞き取りなどの結果をもとに委員会が調査報告書を作成し、再発防止を図るという。

 だが、多くの医療関係者らは、この仕組みが医療者個人の責任追及に結びつくこと、「萎縮医療」につながるおそれがあることなどから疑問の声を投げかけている。そのような流れの中、全日本民主医療機関連合会(肥田泰会長)は1月 19日、「医療事故を取り扱う第三者機関の設立をめざす1・19シンポジウム」を東京千代田区で開催。望ましい第三者機関の在り方や医療紛争の解決をめぐって議論を深めた。

 シンポでは、まず、全日本民医連で副会長を務める小西恭司氏が基調報告した。厚労省の試案について、制度の目的が当事者の処分を含んでいることや、委員会の報告書が刑事手続きに活用できることなどを再考することを求めた。

 その上で、小西氏は、医療機関・患者双方から相談を受け付ける相談窓口や、事故から学んだ教訓を全国へ発信する仕組みなどの整備を挙げ、「第三者機関には総合的な機能が必要。いま検討されている調査委員会はその一部分」と指摘。被害者の救済制度の創設や人材の確保・育成についても言及し、広い視野からの制度構築のため、国民的な議論を呼びかけた。

 続いて、専門家らが第三者機関の設立に向けてそれぞれの考えを訴えた。

 現場からの医療改革推進協議会・医療事故ワーキンググループ代表の上昌弘氏も厚労省の試案を批判し、医療紛争については「患者の願いに答えることが最優先」と独自の対案を紹介。調査は、死亡例に限らず、遺族が納得せず真相究明を望む例を対象にすることを挙げるとともに、国が新たな組織をつくるのではなく、地域のネットワークを最大限使い第三者の意見を聞ける仕組みを提案した。

 日本ヒューマンファクター研究所の渡利邦宏氏は、国土交通省に設置された「航空鉄道事故調査委員会」の沿革や活動を紹介しながら、事故調査の在り方を意見。「事故当事者から客観的で有益な情報を得るには、はじめから被疑者扱いする警察の捜査や、悪意のない過失行為にも大きな責任を問う現行刑法について考え直さなければならない」と語った。

 また、東京女子医科大学病院で起きた心臓手術事故の被害者家族で、歯科医師の平柳利明氏は、裁判に持ち込まずに当事者らで解決を図る同病院の「院内ADR(裁判外紛争処理)」の取り組みを紹介しながら、「患者との信頼関係構築のために医療者側が歩み寄ることが大切」と主張。さらに、淀川キリスト教病院の統括事業本部事務長の柴田康宏氏も、院内ADRなど医療者側の誠意ある対応を重要視し、「すべては信頼関係。自浄の努力と取り組みを理解してほしい」と国の制度設計について要望した。

 報告を聞き終えた会場からは、「調査委員会(仮称)をつくってもマンパワーが足りないため、現状では機能しない。国の機関に丸投げせず、院内ADRがきちんと機能することが重要」とする意見や、警察への通報に関して「何人も事故に不利益な供述を強要されないという憲法38条に触れる恐れがある」という懸念の声が上がった。

 このほかの意見として、院内ADRを重要と認めながら、人材や経費の面から困難であることを指摘し、国の支援を求める人もいた。

 厚労省の検討会は、公平中立な第三者機関の設立を目指すという点では一致し、新しい死因究明制度に関する法案を通常国会に提出するべく議論を進めているが、各論部分ではいまだ着地点を見出せていない。シンポにおける報告は、制度設計をする上で、現場の視点に立つことの重要性を伝えている。

いわゆる医療事故調査委員会に関する厚労省試案に対する疑問

雑誌「世界」の2008年2月号特集「医療崩壊をくい止める」出月康夫氏の文章。問題がまとめられている。事故調査委員会の目的は何なのか?@ある町医者の診療日記経由。

 すなわち、この案による事故調では、運営方法の如何によっては第3者機関とは名ばかりで、委員の人選から運営まで厚労省の意向によって左右されかねない。また、法律関係者や遺族の代表が加わることによって、事故原因の探求という本来の目的から外れて審判や裁判機能を同時に持つ複雑なものとなりかねないのである。第2次試案の序文に明記されている事故の再発防止と医療の安全性の向上がこの調査委の設置の目的であるならば、事故調はあくまで専門的な立場からの事故原因の究明に徹するべきである。事故調査の段階から司法関係者や遺族側代表を関与させることは、事故原因の客観的、科学的解明を初めから放棄することになりかねない。

*1:なお、この調査をした東大医科研の探索医療ヒューマンネットワークシステム部門は、なかなかおもしろい活動をしている。

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28-01-2008

[] ギムナジウムの制服  ギムナジウムの制服を含むブックマーク  ギムナジウムの制服のブックマークコメント

萩尾望都の創作の功績を汚したいとはおもわないが、おそらく多くの日本のマンガ読みが誤解していること。ドイツの通常のギムナジウム*1に制服があったことはいまだかつてない。いわゆる平服で高校に通っていた。これはヨーロッパの中でも特筆に値することで(ナチスの時代でさえ、制服がなかった)、イギリス(GB)やフランスの高校の制服好きとは異なっている。ケストナーの”飛ぶ教室”とかがなんとなく古きよきギムナジウムのモデルになっているのかもしれないけど、本を読んでみたらわかるように制服は無い。

...なんてことをあえて書こうと思ったのは直下の自分の記事に関連することもあるが、以下の記事をみかけて。ギムナジウムカフェかよー。実態を写真にとってアップしたくなる。ひでーぞ。

男の、男による、男のための! 「男子校カフェ」体験取材記

*1:ゲザムトシューレという特殊ともいうべき最近流行の私立高校はどうなっているのかしらないが、知る限りでは制服は無い。

o-tsukao-tsuka 2008/01/28 14:44 ショックだ!

kmiurakmiura 2008/01/28 22:21 イギリスの私立高校と混同したんだろうなあ、と思います。でも映画Kill Billに描かれたむちゃくちゃな日本が笑えるのとおなじ感じで、妄想の世界は世界で純粋培養させるのも面白いと思います。

ついでに各国の高校制服事情についていろいろききましたが

フランス 50年代でほぼ絶滅
スペイン ミッション系では今でも制服がある
トルコ 高校生まで全員制服

だとか。

odakinodakin 2008/01/28 23:56 ギムナジウムといえばヘソ出しGパンの体格の良いドイツねーちゃんが煙草吸いながら通うイメージが記憶に残っている

kmiurakmiura 2008/01/29 03:26 空手の稽古で使っているギムナジウムの更衣室が女子用の更衣室なんですが、その猥雑さと過激さにいつも感心しています。日本じゃここまでの説明的表現ありえないよなあ、とか。

o-tsukao-tsuka 2008/02/07 02:41 真面目にレスすると、日本の例のモノのイメージソースはフランス映画『寄宿舎』(ビデオ版は『ポールとアレクサンドル』だったか)なのでございます。つまり、癪ですが『風と樹の歌』は正しかったのかも知れません。

o-tsukao-tsuka 2008/02/20 11:54 『悲しみの天使』が1965年公開時のタイトルで、ビデオ版が『寄宿舎/ジョルジュとアレクサンドル』でした。

aa 2009/04/28 07:26 昔キリスト系の中高に通っていて
坊ちゃんが多くてギムナジウムとよばれていたのでキリスト系の学校をギムナジウムというんだと思ってた。
そーなのか
キリスト系だから薔薇が禁断で引き立つのかと思ってたよ

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25-01-2008

[] ドイツの教育格差  ドイツの教育格差を含むブックマーク  ドイツの教育格差のブックマークコメント

空手の先輩がウルグアイに月末に引っ越すので家に呼んで夕食を供した。ギムナジウムの物理の教師なのだが、それを3年ほど休職してウルグアイの私立高校で、ドイツ語で物理を教えることにしたのだそうである。海外に一度住んで別の文化の中で自分がなにを考えるのか体験してみたい、とのこと。

ウルグアイの私立高校は金持ちの子供が通うウルグアイの上流社会だから、なんかやりにくかもなあ、クレームとかすぐにくるそうだし、という話からドイツの中等教育状況の話になった。ドイツの子供は4年間の小学校を終えた後に、3種類の進路からひとつを選ぶ。ギムナジウム、ハウプトシューレ、レアルシューレの三種である。ギムナジウムは大学に進むことになり、ハウプトシューレとレアルシューレは前者が専門学校、後者が実業学校という感じで、たとえば職人や銀行事務員になる。10歳で進路を決めてしまうドイツのシステムは日本でも「能力に応じて誇りをもつことができるシステム」などという感じで結構有名だと思うのだが、30年前の事情と今の事情はかなり違っている。30年前、ギムナジウムに進むのは学年の10パーセント程度だったが、今や50パーセント。かつてはギムナジウムに進むのは特別な一部の人間で、専門学校や実業学校に進むのは普通のことだった。しかし今ではギムナジウムに進むのが普通になって、専門学校生や実業学校生に対する「劣等生」「落ちこぼれ」という意識が今のドイツにはある。特に実業学校には移民の子供が多く、こうした意識に拍車をかけている。ギムナジウムに行く子供が増えたのはドイツ政府の方針なのだそうだが、先生をやっている先輩の側からしたら、学級あたりの生徒数が増え、さらにかつてはギムナジウムにいなかったような物分りの悪いのがどんどん増えて、生徒の能力に幅ができてしまって教えにくくてしょうがないのだそうである。先輩のこのコメントを聞いて、能力差が自明なんだなあ、と私は思った。日本の高校の先生だったらあまりいわなそうなコメントである。

彼が見るドイツの中等教育の将来は、私立学校が増加して、階層化が進むとのこと。この将来像はまさに今の日本なのだが、要するに一般化したギムナジウムのさらに上級版が私立学校として開設され、金持ちの子供だけが行くようになるだろう、とのこと。これはまずいんだよ、中世以来の歴史の中でようやく一般化した格差のない教育システムが壊れようとしているんだ、という先輩に、いやー、日本のほうはもうなかば壊れちゃっていてねえ、という説明をした。というわけでいわゆる先進国はどこも教育の機会に格差が再び生まれつつあるのである。

一緒についてきた同僚だという数学の女の先生が、10時半ぐらいになって「採点があるんでもうかえらなきゃ」と家に帰っていったのだが、1時ごろ先輩がこれまた「採点がまだ残っているんで帰る」と家に帰っていった。研究者だと「実験があって」「明日朝早くにセミナーで」といったことをぶつぶついいながら帰る。「採点があって」というのは妙に新鮮だった。

[追記] フランスに関しての情報。

フランスでは、親の社会階層にかかわらず、子供の教育機会を増やすことで社会的流動性が高まり、平等な社会が実現するという平等化政策が採られてきた。しかし、本書は様々なデータを基に「教育の長期化」が実は不平等をもたらすと警鐘を鳴らす。例えば、1950年に5%であったバカロレア(大学入学資格)保有率が95年には66%に達したが、管理職の父親をもつ男子の53%が管理職に就いたのに対して労働者の父親をもつ男子では11%に留(とど)まっている。

 その原因として、著者は形式的には平等な教育の機会が与えられていても、実際には親の階層によって子供が受ける教育の程度が異なることを指摘する。例えば、教職や自由業の親をもつ生徒の21%がエリート校であるグランドゼコールに入学したのに対し、単純労働者の親をもつ生徒では1%未満に過ぎない。

 また、教育の長期化により多くの高学歴者が生まれたが、それに見合う雇用が創出されず、学歴インフレが起きている。このため、親世代より高学歴な子世代が親世代と同等の社会的地位を獲得できないことになる。

 さらに、高い社会的地位に就くために高学歴を求める学校の手段化が進行し、生徒が成績や進学、学位といった功利性以外の動機では勉強しなくなったと著者は嘆く。

フランスの学歴インフレと格差社会―能力主義という幻想 [著]マリー・ドュリュ=ベラ [掲載]2008年02月24日 [評者]小林良彰(慶應大学教授・政治学)

http://book.asahi.com/review/TKY200802260113.html

kimucokimuco 2008/01/25 22:44 最近、ギムナジウムでは古典語は必修じゃなくなったらしいですね。十数年前にあったドイツ人(ダブリンの大学でエラスムス)は、そらで「ガリア戦記」をペラペラと言っていたのに、昨年短期間ハウスシェアをしたドイツ人(ダブリンの大学に半期留学)は、「そんなのやってないよ」とのことでした。ドイツの学校システムは素晴らしい、となんとなく思っていたのですが、日本と同じ状況になるようなんですね、残念です。日本の場合は、移民の数が比じゃないくらい少ないのに、ドイツよりもひどくなっているのが悲しくもありますが(学力が全体的に落ちてる感じは大学院から小中校生を教えている塾に至るまで感じられます)。

kmiurakmiura 2008/01/25 23:43 こんなこというと非難を浴びそうだけど、私立の中等教育を禁止するぐらいじゃないとダメなんだろうな、と思います。というのも、高校(やギムナジウム)が全入になるにつれて、教育に格差を求める需要がでてくるから、ほうっておいたら、隔離化した文化資本の再生産の流れができるのは必然的(親バカの法則)なのだな、と私は思うのです。長い教育の歴史の中でそれはまずい、という反省があるのだからこれは介入しなければいけないことなのだと思う。

古典語のことですが、細かい話をすると、ギムナジウムの中でもエリート校みたいのがあるんだな、と以前ベルリンのギムナジウムの状況をきいていて思ったことがあります。住んでいる地区で行く高校がきまるので、エリートが住んでいる場所の高校は優秀、という結果になるわけです。で、住民票をうつして越境入学したりする(そういえばこれはアメリカの公立高校でもあったし、日本でも一中だの日比谷高校だのとかでよくきいた話だ)。この手のエリート校出身者は今でも理系でラテン語の猛者、とかいたりする。あと友人のネットワークがすごかったり。まあ、だから古典語の素養だけみて教育全体の動向を推察するのはちょっと難しいかも。

学力が下がった、という日本の話はよく聞くのですが実際に自分は小学生や中学生を長期にわたってモニターしているわけではないので、ちょっとわからないのですが、知識が減った、という感じなのでしょうか。大学生に関して言えば、コメント用紙をもらったりして一年に一回以上はサンプリングしていることになりますが、覇気がなくなっているなあ、という印象を別にすればそんなにかわっていないのではないか、と思ったりします。院生のレベルが下がっているというのはよくわかりますが、これは大学院重点化後の定員増で平均が下がったということだな、と思っています。

svnseedssvnseeds 2008/01/26 01:53 いやー違うと思うよ>「私立の中等教育を禁止するぐらいじゃないとダメ」。禁止なんかしても意味ないよ。誰も守らない。インセンティブで考えないと。

要するに「格差の無い教育」を考えるにあたり、それが親等の経済環境による「格差」なのか、自身の能力による「格差」なのか、が混同されちゃってるのが問題なんだと激しく思うが如何。

もちろん無いのが望ましいのは前者であって後者ではない(そもそも後者を無くすのは不可能だろう)。でも日本も恐らくドイツも、後者の「格差」を縮めようと余計なことをやってきたんじゃないかと思うんだけどどうかな(米国はちょっと違う気がする)。

後者の「格差」を問題にする人たちに、例えばいわゆる人的資本という概念を持ち出してこれを重要視する傾向が見られるように思うけれども、そうした人々は、後者の格差を解消するってことは結局全体のレベルを下げることに他ならないわけで、大局で見たら問題はむしろ悪化していくことに気付くべきだと思う。これは旧社会主義国の失敗とまさに同じ話。

私立学校なんてのは、もし公立学校が能力別クラス分けを徹底してやれば、ほとんどつぶれるか公立に行けない生徒専用になるよ。地域によってばらつきがある米国なんかは別だろうけど。

ちなみに今の日本は教育による恩恵を受けられなかった人々が親になりつつあるので、かつての英国のような最悪な状況になりつつあるんじゃないかと思っている。南無南無。

kmiurakmiura 2008/01/26 03:27 svnseedsにほぼ賛成だが、私立学校に払うお金を公立に税金という形で投入するという考え方が広まるという見込みが必要。放置したらうまくいかないだろうというのが私の見方。だから禁止しろ、と思う(中等教育に関してに限るが)。なお、社会主義国の生き残り、キューバは教育がとてもうまくいっていて、あちらこちらの教育行政官が視察にいくほどだし、旧東ドイツの人もよく西の教育はダメだとかいう。社会主義だから教育がだめだったとはいえないだろう。

親等の経済環境による「格差」
-->税金を使った公教育を徹底することでなくなる。

自身の能力による「格差」
-->日本の戦後教育は能力の違いを格差ととらえて平準化しようとした。目下はこれむりですね、という本音ちらちら。私も無理だと思う。
--> かつてのドイツの場合は、これが能力の格差ではなく能力の違いとして認識。しかしながら目下は上の日本の戦後教育に近い状況になりつつある。

猫屋猫屋 2008/01/26 06:04 元来は、教育は国の仕事って考えが基本だったフランスでも学校格差がしだいに広がっていて、特にサルコが学区制枠を取り外す、また大学と企業のつながりを強めるからなど決めたから、これからますます有名校に“でき”のいい生徒と教師があつまるのは明白です。ここの問題点をいくつか挙げてみる。
・大学は登録さえすれば、入学できるからバカロレアさえ取れば入れる。ただ、昔のようにバカロレア取れるのは高校生の20パーセントではなく、今は85ぐらいだから、はっきり言って講義理解能力・文章筆記能力のない学生が大学を占めることになった。まあ、マスターまで進めば質はよくなるけど、そこまで行くのが大変。
・平行してグラン・ゼコルがあるんだけど、最近のマネージメント系エコルはみんな非国営で結局年間6000ユーロとかかかる。最近知ったけどハイレベルのエコノミー・スクール用予備校(プレパ)ってのが仏国にもあって、2年間の地獄の特訓代は国立ではただ。私立だと7000以上で高いけど流行ってる。
・日本では昔からそうだけど、結局は教育の産業化が進んでるってことだと思う。同時に“いい仕事”につくための競争が激しくなった。フランスでもこの5年ほど家庭教師派遣会社がどんどんできてる。また、米国資本系私立グラン・ゼコルが学生を集めている。むかしのエリートはENAとか出て、高級官僚や哲学者になったけど、今のエリートは給料少ない研究者や人文系教授にならないで、いいMBA取ってシティやウォールストリートのトレーダーや、スタートアップで大型ボーナス狙う。あるいはペイのいい医薬品会社の研究所とか。。

ちょっと本題から外れちゃたんで、すんません。
ところで、こちらでは宿題もテストも相変わらず論文式だから、採点が大変そうです。よくメトロとかでやってる高校の教師見かけます。

kimucokimuco 2008/01/28 10:47 教育格差の話は日本でも出てますよね。塾で働いているとまざまざと考えさせられます。よくできて更に経済的に恵まれている子供は国公立の上位校、ちょっと落ちると私立の上位校(地域・年齢によってこれは逆転しますけど)、出来が悪くても経済的に恵まれていればどうにかしてそれなりの学校に入る、ことは可能になってますし。
ただ、後者の場合は基本的に塾に丸投げ、という感じがして、その後に不安の残る子供が多いことも実感としてあります。
>知識が減った、という感じなのでしょうか。
それもありますが、知らないものを知りたい、という意欲が皆無というか。受験にしてもすでに戦争からはほど遠いほど子供の数が減っているので、貪欲さに欠けているんですよね。そして「できない」「知らない」ことを恥とせず、または新しい知識を手にできるきっかけになることに気づかず、「そこはちょっと違うんじゃないか」というとフリーズして思考停止してその「攻撃」が去るのを待つ、というか。最後の話は院生(特に修士)に多いですね。それで「苛められた」と感じで学校辞めちゃう子もいるぐらいですし。

kmiurakmiura 2008/01/29 03:22 猫屋さん

予備校、かなりの学費ですね。そういえば、知り合いのフランス人が一昨年研究者から予備校教師に鞍替えしていました。予備校産業はかならずしも悪いとは思わないのですが、大学そのものが産業化するのはいいかげんにしてほしいな、と思います。医者、弁護士、教育はそうしたところから一線引かないと。

kimucoさん

好奇心が別の形でみたされているのかなあ、と思ったりします。なにもしないでも情報が入ってくるのだったら、自分から動きませんよね。そうなると知る・知らないの勝負じゃなくて、情報の扱い方が勝負の土俵になる。そこで、これまでの知識蓄積型のシステムは好奇心の対象にならないということではないかと思います。
批判ができないとなると、大学院はではなにをやるのだ。というか、大学院は自我をギリギリまで崩壊させる場所なんだけどなあ。

kmiurakmiura 2008/01/29 07:58 >貪欲さに欠けている
を補足するような記事をみかけたので、リンクしておきます。
http://d.hatena.ne.jp/tt_clown/20071208/p1
学歴社会批判が荒っぽくなりすぎた結果、知そのものを軽視したり愚弄するような世相になっていることが学習に対する無気力の背景にあるのではないかな、思ったりします。これは上でも議論がありましたが、格差の平準化が無差別に行われた結果かもしれないなと思います。

hizzzhizzz 2008/01/29 18:39 英語や外国語なんではなくって、現国(日本語)にリスニングが取り入れられてますです。しかし、その設問自体の意味が解釈できないということもおこっているような。。。>http://www.asahi.com/life/update/0127/TKY200801260304.html

kmiurakmiura 2008/01/29 19:52 うわー、これは私、あかんかもしれん。つまらない話だと一瞬にして白昼夢の世界に自動に切り替わってしまうので。

nogunogu 2008/02/04 13:25 地方都市では私立は公立落ちた馬鹿が行くんだよ。
俺のように。

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21-01-2008

[] そういえば思い出した。  そういえば思い出した。を含むブックマーク  そういえば思い出した。のブックマークコメント

9月に日本の大学で学部生向けに講義したあとで、女子学生が質問にやってきた。

「独創的なものの見方ができるようになるには学部の間になにしたらいいでしょうか」

ありえん。なんつー質問だ。独創性育成マニュアルなどというものがあるのならば、独創性そのものが疑われる。100万光年先の人間が目の前にいるような気分でしばし絶句。だが答えた。

「料理をしなさい。オリジナルなものを作ってみて、成功か失敗か即判明するのは料理です。」

我ながらあほかとおもいながら答えたのだが、予想に反して

「はい、わかりました、がんばります」

満足したのか馬鹿にしたのか、素直に去っていったのだった。

o-tsukao-tsuka 2008/01/22 04:23 学部2年の時だったか、教授に「オリジナリティはありえるのか?」って質問したことがあります。恥ずかしい過去です

kmiurakmiura 2008/01/22 05:58 わはは。私も哲学の先生に懐疑主義をとことんためしてみたことがあります。今から思えば実に申し訳ない。とくもまあ、付き合ってくれたものだと思います。

ちなみに教授の答えはなんでしたか。

o-tsukao-tsuka 2008/01/22 12:37 「何をもってオリジナリティとするかにもよるが、一般論としていえば勿論ありうると思う」という、至極ごもっともなお返事でした。

chazukechazuke 2008/01/23 23:34 はじめまして(でしょうか?)
たずねた女子学生をあんまり責めないでやってください。
あまりにも何も知らないのでたずねただけの気がします。
ごく普通の子供は質問してみたくても、先生を仰ぎ見るだけで
何も言えずに終わる気がします。
もちろんそれだけでは世界をになうことは出来ないのですけれど。
先生がその学生に何を言ったのかたずねた内気な学生はきっといると思います。
その学生からひょっこり芽が出る可能性もあります。
どうも失礼しました。

kmiurakmiura 2008/01/24 20:29 よくわかります。

質問はなんでもこい、という顔は一応していますので、本人は私の困った内心はわからないと思います。

ただ、講義の内容そのものからかけはなれた「どうやっていきたらいいんですか」というような質問は、やっぱりどきっとする。ちゃんとこたえなきゃいけないと思う一方で、ちょっとかんがえさせてよ、みないな感じです。

なんか飲み会とかでやってくれたら語り合うことができると思うのですが、常勤ではない私にはちょっと難しいな、と思います。

chazukechazuke 2008/01/24 21:26 上記の非常に失礼なコメント、どうも申し訳ありません。
真摯なお答えをありがとうございます。
学生は何もわかっていないことすらわからない、
そして何を聞くべきなのかも理解できない、
その情けなさがわがことのように身にしみました。

いつも勉強させていただいております。
唐突のコメント、重ね重ねお詫びいたします。

kmiurakmiura 2008/01/25 23:13 滅相もありません、ご遠慮なく!またいつでもコメントください。

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20-01-2008

毎年正月に日本からこちらに帰ってくると病気になる。二種類のウィルスに感染したのち、ようやく治った。アイルランド人のタバコ仲間にこれってSuper Infectionっていうんだってさ、という話をしていたらぶつぶつなにやら独り言をいっていた。よく聴いてみたら「ワンツー、ワンツー、アッパーカット」。

[] 実践あるのみ、というか。  実践あるのみ、というか。を含むブックマーク  実践あるのみ、というか。のブックマークコメント

例えば、最近ニューヨークに移住した友人と、格差社会における持たざる者の相互扶助の重要さと、ボランティアの根付き方の日米の圧倒的な違いについて話していて、「日本では、地縁血縁や同郷出身であれば扶助するが、まったくの赤の他人に手を差し伸べるのは何やらむしろ失礼、というような考え方があるような気がする。地域共同体がすでに解体している状態でこれではますますヤバい」「なんとなく孤立している人たちの方にも、「自分の方から物欲しそうに他者にアピールするのははしたない」って感覚が、歴史的な美観として根付いてたりするから難しい」といった話になったのだけれど、僕たちはこぼれ落ちないよう日々努力しながら、同時に切り捨てているものや、こぼれ落ちるもの、つまりこうした生き方の限界を意識するよう同時に努力するしかない。

http://d.hatena.ne.jp/bakuhatugoro/20071224#p1


わかるなー。4年前に同じようなことでflapjackさんのところで議論した。

http://d.hatena.ne.jp/flapjack/20031211

コメント欄とか。このときにカンリョーって絶望的と思ったものだ。なお、このときの議論は気分のうえでは私の中でまだ継続している*1

隣にいる人間が困ってれば助ける、なぜなら、お互い様だから(ここが重要、「情けは人のためならず」の本来の意味だ)、という考えが今の日本で広まらないということは、共同体への危機意識もまだまだ、ということなのだろうか。

http://d.hatena.ne.jp/gaikichi/20080119#p2

目の前で餓死者が出ても危機意識がないのだから、ヤバイと思う。

http://d.hatena.ne.jp/Talpidae/20071209/p2

このテキストはジャーゴンだらけだが、私からしたら別の角度からの同じトピックへの言及。

[] 物欲  物欲を含むブックマーク  物欲のブックマークコメント

先週のジャイルスのラジオショーの

Billy Swift Trio – ‘Daydreaming’ (JazzMan Promo)

http://www.bbc.co.uk/radio/aod/radio1_aod.shtml?radio1/peterson

12分30秒目あたりから。

とても気に入ったんだけど、まだ出てないみたい。出たら買う。

*1:関係ないけれど、4年の間にブログ空間はこういった議論をする場ではなくなりつつあるなあ、と慨嘆。

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16-01-2008

[] 平熱で仕事したいものである  平熱で仕事したいものであるを含むブックマーク  平熱で仕事したいものであるのブックマークコメント

正月が終わって日本から帰ってくるとどうも調子が崩れる。昨年は胃潰瘍だったが今年はひどい風邪。加えていろいろ締め切りが1月のうちに羅列渋滞しており、熱で朦朧としつつも仕事、挫折、仕事、逃避して本、よろよろとまた仕事、逃避してお茶、足湯。しかも今月は送別が多く、これまた難所である。

”微熱が”とかふらふらぶつぶついっていると、”何度?”ときかれ”37度少々”と答えると、ご冗談をあっはっは、という扱いをうける。ヨーロッパ人にとって平熱というと37度なのである。日本の小学生の常識として平熱36度と教わったと思う。水銀体温計の発熱を示す赤字が37度であるのもビジュアル記憶に焼きついている。とはいえ、触ったときに1℃の差があったら感覚としてかなりの違いがあると思うのだが、ヨーロッパ人に触って熱いなと感じたことはあまりないので、1℃も差はないのかもしれない。ひとつの可能性は、体温計の計り方。近年でこそ電子制御の体温計が普及しており、測定の終了は電子音で告知されるが、かつての水銀体温計はカップめんを待つのと同じような感じで、せっかちな人間は早目に体温計を取り出してしまうので体温は低めに出る。全体として低い平熱であるという常識は実はこのせっかちさの反映だったりするのかも。なにはともあれ研究者が比較したデータとかあるといいな、と思うのだが、ちょっと見たところではウェブ上ではみかけない。

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09-01-2008

[] まれびときたりて  まれびときたりてを含むブックマーク  まれびときたりてのブックマークコメント

滞日中に飲んだ人々が、ほぼ誰も「覚悟を決めてのみに来ました」という感じで飲みまくるんでうれしいやらなにやら。前回もふくめれば、あっちでもこっちでも明日有給をとったと言われて、ありゃー、そこまで覚悟きめるか、という感じでした。誰がいったのかわすれたが”まれびと”状態。

沖繩の民間傳承から見ると、稀に農村を訪れ、其生活を祝福する者は、祖靈であつた。さうしてある過程に於ては妖怪であつた。更に次の徑路を見れば、海のあなたの樂土の神となつてゐる。我が國に於ても、古今に亙り、東西を見渡して考へて見ると、微かながら、祖靈であり、妖怪であり、さうして多く神となつて了うてゐる事が見られるのである。

祖先であつたことが忘れられては、妖怪・鬼物と怖れられた事もある。一方に神として高い位置に昇せられたものもある。我が國のまれびとの雜多な内容を單純化して、人間の上に飜譯すると、驚くべく歡ぶべき光來を忝うした貴人の上に移される。賓客をまれびとと言ひ、賓客のとり扱ひ方の、人としての待遇以上であるのも、久しい歴史ある所と頷かれるであらう。

どちらかというと妖怪だなあ。つきあっていただいた方々、ありがとうございました。そういえば、新宿で飲んだみなさま、”はてなメガネだし”やってもいいのかなあ。一日の間、異論がないようでしたら勝手にやります。>id:svnseeds, id:hachi, おやっさん

うりかねぐんうりかねぐん 2008/01/09 12:38 ども。こないだは楽しく呑みました。
はてなメガネだし、そんな話もあったような...ちっくら恥ずかしいです。他の二人がどんなふうにさらされるか様子見様子見。

kmiurakmiura 2008/01/09 19:28 どうも。でも所詮めがねですよ、めがね。

svnseedssvnseeds 2008/01/09 22:46 どもども。

kmiuraは僕にとっては完全にマレビトだねえ(笑)。また来日の際は有休とるので飲みましょう。

「はてなメガネ出し」の件、そんな話もしたね。僕はOK。でも写真撮るの面倒なんで掲載遅れるかも。とりあえず言いだしっぺからということでよろしく。

ところで今唐突に「はてなウエストサイズ出し」という企画を思いついたのだけどこれはやはり顰蹙を買わざるべからずであろうか。わはは。

kmiurakmiura 2008/01/10 01:36 めがねだけの写真焼肉屋で撮ったんだけど、いかがでしょうか。あとでとりあえずf.hatena.ne.jpにアップするんで見て頂戴。

ウェストサイズは嘘つき続出しそう。

kmiurakmiura 2008/01/10 01:39 ”はてな眼鏡出し”で実は2004年からの長きにわたる伝統があること今知りました。うーむ。

04-01-2008

あけましておめでとうございます(もう4日ですが)。投稿頻度が以前にも増して低下しそうな2008年ですが、細々続けていこうと思っています。今年もよろしく。

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弄ばれるナショナリズム―日中が見ている幻影 (朝日新書 27)

弄ばれるナショナリズム―日中が見ている幻影 (朝日新書 27)

ざらっと読んだだけなのだが、日本の嫌中、中国の反日を並行して分析していてなかなかよい本。二つの国にいるフラクショナルながら声だけはでかい人々の煽りについて。上のアマゾンレビューに” あまりに素朴な「日中友好論」”なる投稿がある。本に書かれている内容をどうもちゃんと読んでいないらしいのだが、こうした人間自身が分析の対象になっている。で、感想が「聞き飽きた」、だもんなあ。

[追記]

読み通してから感想を少々長めに書こうと思っている。2004年に書いた

"中国における「反日教育」について。"

http://d.hatena.ne.jp/kmiura/20040812#p1

の補足になるような内容も盛りだくさん。

[] を含むブックマーク のブックマークコメント

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正月は白河から山に入った甲子温泉。雪がすごかった。

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今回の滞日中、これまでで食っていちばん感動したのは大根。日本の大根はテクスチャーにしろ色にしろ、まったく芸術品。八百屋の軒先に並べられた大根の美しさに足が思わず止まって見とれてしまう。

wachthaiwachthai 2008/01/04 17:21 本年も飲食ネタの時のみ割込みます。何卒宜しくお願ひ致します。
大根は一寸他に類似の食品が思ひ付きませんよねえ。(蕪ですら違ふし。)併し大根は引抜いてみると意外に長かつたり逆に此れで良いかと勢ひ込んで手を掛けるとアッサリ抜けて後ろへ転んだり、と騙されることの多い根菜です。土がスケルトンになつて居て呉れたらば、と漬物用の大根を抜く度毎に思ひます。石英粒の中へ種蒔いてみようか知らんとか。厭ですが。

kmiurakmiura 2008/01/09 04:54 大根は水耕栽培とかできないんでしょうかね。お返事遅れましたが、今年もよろしくおねがいします。

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