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- きみ、そこはきみの家ではないのだよ - ミラン・クンデラ


16-01-2009

白リンが皮膚に付着したときにおこること 白リンが皮膚に付着したときにおこることを含むブックマーク 白リンが皮膚に付着したときにおこることのブックマークコメント

白リン弾の人体に対する影響に関して、白リンの酸化反応で生じる煙がほぼ無害である、という記述ばかりが日本語では目立つ。2005年にファルージャで米軍が白リン弾を利用したときに、それが化学兵器か焼夷兵器か、はたまた単なる煙幕弾なのか、ということで激しい議論がおきたため、こうしたことになっているらしい(なお、米国政府は当時「化学兵器ではなく焼夷兵器」としている)。たしかに、「煙幕弾」ないしは「発煙弾」、「照明弾」として白リン弾が使用されているという軍による「人道性」を説く解説を素直にうのみにする方々からすれば、煙の人体に対する影響こそが関心の的となるのかもしれない。しかしながら目下ガザ地区で行われているイスラエルによる白リン弾の投下は、幾多もある写真、ビデオから明白なように住居地区に対して行われている。たとえば、ガザ地区で救急隊員を手伝う仕事をしているエイドワーカーは今月11日月曜に次のように報告している。

Mo has just been speaking to his sister, his family were receiving the phosphorous bombs all night last night, in Khuza’a, east of Khan Younis, she said the bombs smell like sewerage. She said just in their area there were 110 injuries from the phosphorous.

モーはたった今まで彼の姉(妹)と話していた。カーン・ユーニスの東にあるクーザーにいる彼の家族は昨夜一晩中リン爆弾を受けて、爆弾はドブみたいな匂いがするといっている。彼女は彼女たちの近所だけでも110人のひとがリンで怪我をした、といっていた。

http://talestotell.wordpress.com/2009/01/11/sun-11-watching-the-phosphorous-fall/

わたしたちは煙の人体に対する影響よりも、白リンが住民の人体に接触したときにどのような損傷を与えるのか、ということを知る必要がある。「人道的であるか否か」ないしは「白リン弾はジュネーブ条約に違反しているか否か」といった議論は、住民に降り注がれる白リン弾が彼らの人体にどのような影響を与えるのか、ということが共有された上でなされるべきである、と私は考える。そこで以下に簡単に人体に対する損傷の過程を眺めてみる。

白リン(P4)は空気に触れると常温(>摂氏30度)で酸化反応を開始し自然着火し、白い煙を上げる[#0]。摂氏44度が融点なので、空気に触れた表層部分の燃焼と共に熱で液状になった白リンはどろどろの飛沫になって皮膚にまとわりつく。脂溶性なので水で洗い流すのは困難である。弱火にかけて溶けたラードを体に浴びることを想像すればよいのだが、より悪いことに、白リンは体温程度の温度で自然発火する物質である。水をかけることで鎮火するが、乾いた部分から再び自然発火する。容易な再着火と、熱による乾燥速度の上昇が相補的にはたらき、消火活動は難航する。皮膚はII度からIII度の火傷を受ける [#1]。一方、酸化反応の結果として生じる五酸化二リン(P4O10)は白い粉末状である。水と熱を発しながら反応し(脱水作用)リン酸になる。白リンの燃焼によって生じた五酸化二リンの一部は煙(アエロゾル)として空気中に飛散する。一部は皮膚に付着しつづける。後者は特に火傷によって露出した皮下組織と激しく反応し腐食を起こす。皮膚を腐食する薬品として有名なものには強酸、強アルカリなどがあるが、五酸化二リンの場合はその強烈な脱水作用が腐食を引き起こす([#2]、なお、薬品瓶は通常腐食性危険物としてラベルされている)。皮膚に付着して燃焼を続け生じた火傷のその場所で同時に脱水による腐食が進行する。以上のことから白リン弾の投下によって不幸にも白リンを浴びた人間は煙幕弾としての効果だけではなく、(a)対人焼夷兵器としての燃焼効果 [反応式1] および(b)対人化学兵器としての腐食効果[反応式2]の被害を同時に受けることになる[#3][#5]。全身症状は特徴的であるがなぞが多い。体表面積の10パーセント以上に白リンによる皮膚の損傷を受けると、火傷が生じた一時間後から低カルシウム血症と高リン血症がみられ、肝機能障害、突然死を引き起こす[#3][#4][#5]。

反応式1 P4 + 5O2 → P4O10

反応式2 P4O10 + 6H2O → 4H3PO4

#0 大学の講義で使っているらしいリンの酸化反応のビデオはこちら。http://boyles.sdsmt.edu/phosox/oxidation_of_phosphorus.htm

#1 "TOXICOLOGICAL PROFILE FOR WHITE PHOSPHORUS" by Sciences International, Inc.(1997), Prepared for: U.S. DEPARTMENT OF HEALTH AND HUMAN SERVICES Public Health Service Agency for Toxic Substances and Disease Registry, http://www.atsdr.cdc.gov/toxprofiles/tp103.pdf (accessed on Jan. 16, 2009)

皮膚に対する影響

Dermal Effects. Dermal effects have resulted from white phosphorus-induced burns during pesticide manufacture and from incendiary munitions explosions (Konjoyan 1983; Song et al. 1985; Summerlin et al. 1967; Walker et al. 1947). Many white phosphorus-induced burns are second and third degree. Burn damage to the skin tissue is believed to result not only from heat but also from the corrosive action ofphosphoric acid and the hygroscopic (moisture-absorbing) properties of phosphorus pentoxide, which isgenerated by the oxidation of white phosphorus (Ben-Hur and Appelbaum 1973). Severe whitephosphorus burns also tend to heal more slowly than other types of third-degree thermal burns.

白リン弾の成分、反応機構などについて

p163

The U.S. Army uses at least two phosphorus-based smoke/obscurants for training and testing activities (Shinn et al. 1985). One such agent is white phosphorus/felt (WP/F), and the other is red phosphorus/butyl rubber (Spanggord et al. 1985). WP/F consists of 75-80% white phosphorus solidified into a cellulose (felt) matrix (20-25%). When WP/F is burnt, besides unburnt white phosphorus, the smoke consists primarily of oxidation and hydrolysis products of phosphorus. For example, when white phosphorus burns in air it produces oxides of phosphorus including phosphorus pentoxide (P4O10, and phosphorus trioxide (P406). These oxides react with moisture present in air to form a number of phosphorus-containing acids, such as orthophosphoric acid (H3PO4), pyrophosphoric acid (H4P2O7), orthophosphorus acid (H3PO3), hypophosphorus acid (H3PO2), polyphosphoric acid of the general formula Hn+2PnO3n+1, where n=2-8, and a homologous series of linear and cyclic P6-P16 polyphosphates (Spanggord et al. 1983; Tolle et al. 1988). The composition of white phosphorus smoke will change with time(Spanggord et al. 1988). In the absence of stoichiometric quantities of oxygen, phosphine (PH3) may formin WP/F smoke from the reaction of unreacted phosphorus with moisture in air (Spanggord et al. 1983).

#2 五酸化二リンはその強力な脱水作用ゆえに、有機化学の実験などでデシケータに入れて乾燥剤として使われる。食べ物の袋に入っている乾燥剤はシリカゲルであって全く別のものだ。その強力な脱水作用を知るために、実験室での失敗談を次に引用しよう。

某企業の研究所に入りたてのとき試薬棚の整理を任されました。その棚の奥に、かなり昔のしかも未開封の五酸化二リンがあり、それを開封して中身を見ようとしたときにこぼしてしまいました。それを拾ってごみ箱に捨てたところ、いきなり煙が出てきました。さらにたちの悪いことに燃え始めたと思い、水を入れたところすごい音を立てはじめ、実験室をパニックに陥れてしまいました。結局、乾いたガラスのビーカに移し、外に持っていき研究所の裏の土の中に埋めまして一件落着となりました。五酸化二リンは水と反応することを知らない故におきた事故でした。

http://www.bio.eng.osaka-u.ac.jp/sfbj/wakate/btf/4th/chemical.html

” たんなる乾燥剤”ということで食品に添付される乾燥剤のごとくその物質的な安全性を謳う「白リン弾」関連の解説もみかけるが、シリカゲルに比較して脱水能力にしておよそ100倍から1000倍ほど高い。通常は実験室でそれなりの手順を踏んで使用されるべき薬品であるが「白リン弾」の無害性を強調するために「たんなる」という修飾になるのだろう。なおこうした恣意的な記述の悪しき影響をみかけたので、メモしておく。「人力検索はてな」において次のような質問があった。

五酸化二リンの粉末の入ったビーカー(100ml・乾燥剤として用いました)を片付けようとして、誤って流しで水を加えてしまいました。とたんに白煙が生じて上昇し、部屋の天井付近へたまりました。あわてて換気をして、五酸化二リンの溶解したタライの水はアルカリで中和して流してしまったのですが、MSDS を調べてみたところ、五酸化二リンおよびリン酸は人体・環境にかなり有害とのことで、どうしたものか、非常に不安です。慌てていて意識していませんでしたが、おそらく白煙を吸引してしまったと思います。そこで、?身体への影響がどの程度のものなのか、どのような症状がでるのか、また?河川など環境への影響はどの程度のものなのか、教えていただけないでしょうか。ネット上で、兵器として「白リン」なるものが使われていて非常に有害という情報も発見したもので、おびえています。よろしくお願いします。

http://q.hatena.ne.jp/1204390932

この質問にたいしてとある回答者は、”白燐弾 - Wikipedia の中の五酸化二リンの項目”を引用しながら、”「乾燥剤としてごく普通に使用されている物質である。」・・・ 何も問題は無いと思うんですけど?”と述べている。製薬会社がつけてくれるMSDSを信じないでウィキペディアを信じるというのがそもそも妙な話であるが、当のその日本語ウィキペディアの白燐弾の項目がもっぱらその安全性(”ただの発煙弾”)という立場から書かれているため煙の無害性が強調されているのみで、上に説明したような皮膚に付着した際の腐食性を知ることができない、という結果になっている。

#3 Burns, Chemical, Mahlberg et al., eMedicine (Medscale's continually updated cliinical reference) http://emedicine.medscape.com/article/1089490-overview (accessed on Jan. 16, 2009)

White phosphorus

o White phosphorus is used in weaponry, manufacturing of various insecticides and fertilizers, and fireworks. It is a frequent cause of chemical burns in military personnel.

o White phosphorus has unusual physical properties, melting at temperatures greater than 44°C (111.2°F) and autoigniting at temperatures greater than 30°C (86°F). When it ignites, white phosphorus spontaneously oxidizes, forming phosphorous pentoxide. With contact with skin, white phosphorus continues to oxidize until debrided, neutralized, or consumed as it is converted to phosphoric acid. Cutaneous damage results from corrosion caused by phosphoric acids, thermal effects of the chemical reaction that produces phosphorus pentoxide, and the hydroscopic activity of phosphorus pentoxide.

o Clinically, white phosphorus produces a combined chemical and thermal burn. Active burning yields a yellow flame and dense white smoke. Contact with skin yields a painful, necrotic, yellow chemical burn with a garlic-like odor. Embedded white phosphorus, which should be removed, can be identified with a Wood lamp.

o Systemic effects include hypocalcemia and hyperphosphatemia and are present as early as 1 hour after the burn is induced. High fat solubility can result in hepatic necrosis or renal damage. Burns over greater than 10-15% BSA have caused sudden death.

#4 T E Bowen, T J Whelan, Jr, and T G Nelson, "Sudden death after phosphorus burns: experimental observations of hypocalcemia, hyperphosphatemia and electrocardiographic abnormalities following production of a standard white phosphorus burn.", Ann Surg. 1971 November; 174(5): 779–784. http://www.pubmedcentral.nih.gov/articlerender.fcgi?tool=pubmed&pubmedid=5113459 (accessed on Jan. 16, 2009)

#5 Davis, Kurt G "Acute management of white phosphorus burn". Military Medicine., Jan 2002

http://findarticles.com/p/articles/mi_qa3912/is_200201/ai_n9022610 (accessed on Jan. 16, 2009)

猫屋猫屋 2009/01/20 19:55 パリの猫屋です。もうご覧になったかとも思いますが、英ガーディアン紙がガザ市に落とされた白リン弾の「残り」が消えずに落ちているところの映像と関連記事をアップしていたので、URL貼っておきます。
Gaza film shows white phosphorus from alleged Israeli attack/Palestinians try to put out burning chemical banned as a weapon under United Nations convention
http://www.guardian.co.uk/world/2009/jan/20/gaza-white-phosphorus

ni0615ni0615 2009/01/22 18:09 kmiura さん 
お久しぶりです。Apemanさんのところからやってきました。
すばらしいレポートですね。

火傷がリンの燃焼作用と五酸化二リンの発熱を伴う脱水作用の2つの複合だということを教えていただいて、ようやく明快になりました。

また、以下はファルージャの報告「体の内側から溶かす」が決してデタラメでないことを示しているかに思いました。
High fat solubility can result in hepatic necrosis or renal damage.
高い脂質可溶性は肝臓の壊死や腎臓の損傷の原因となりうる。(意訳)

猫屋さん
guardianの動画を拝見しました。教えていただいてありがとうございました。ああやって子供たちが踏みつけているとリンの火粒も可愛らしく見えますが、背中と肘に火傷を負った少年は気のどくですね。kmiura さん のレポートに寄れば、もし白りんによる熱傷だとすると、内科的な合併症も1?時間後には併発するそうで、ほんとうに医師は大変です。なお、その少年のスチル写真は別のところで見つけましたのでお知らせしておきます。
http://t-t-japan.com/bbs2/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=6264;id=sikousakugo#6290