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- きみ、そこはきみの家ではないのだよ - ミラン・クンデラ


08-10-2012 フランクフルトの税関 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

このところフランクフルトの税関で立て続けに演奏家のバイオリンが課税対象になってその場で払えない高額であるため没収された、という件が話題になっている。

http://matome.naver.jp/odai/2134941753199027401

http://nofrills.seesaa.net/article/296070497.html

あららー、と思っていたら10日前私が日本からドイツに戻ってきたとき、見事にフランクフルト空港ターミナル1の税関で引っかかった。私は近年税関で捕まることは滅多にないのだが、今回はいかにも移民風な安い布製のでかいスーツケースにボロい小さなボストンバックだったんで、怪しい、と思われたんだろうな、と捕まった瞬間に思った。以前はかなりヨレヨレの格好していたからよく捕まっていたものである。

とはいえ今回なにが問題になったかというと、スーツケースに一杯入っていた両親から無珍先生へのおみやげ(なんとそれだけでいっぱい)でもボストンバックに入っていた私の洗濯物でもなく、バックパックのMacBookPro。2年半前のモデルだった。

その金髪の女性税関職員が「これどこで買った?」というので、研究所の予算で買ったものであると答えた。

「領収書は?」

「そんなもの持っているはずがない。二年半前のものだ」

「税金払ってもらいます」

「え。」(厳しくなったってほんとだったんだー)

「こっちにきなさい」

というわけで、オフィスに連れて行かれた。

オフィスにて。

「これいくらでしたか」

「7000ユーロぐらいだったかな」

「でも二年半前だから安くなっているはずですね」

「まあそうだろうけど、そんなこと私には関係ない」

ごちゃごちゃごちゃごちゃ。10分ほど議論。

で、ラップトップを持って行ってしまった。眺めてたらオフィスのコンピュータでebayにアクセスして中古の値段を調べている。もどってきて

「今ただちに消費税払ってもらいます」

「研究所のものだから、私は絶対払わない」

「証明書がないじゃないですか」

「ある。これは研究所の予算で買ったことは後で証明できる。ラップトップ没収していいですよ。あとで書類持ってきます」

「それだと書類作成が面倒なんですよ」

「面倒でもいい。明日は時間がない。あさってにでも書類持ってくるから、これ置いていきます。さあ、没収してください。今週ワークショップで教えるんでこまりますが、研究所に事情は話します。受講者たちにも説明します。だから没収の書類を早速つくるように」

「困りましたね。払ってください。」

「冗談じゃない、困るのはこっちだ。没収してください。絶対払わない。」

「… じゃあ、まあ今回はよしということで。次回からはかならず領収書を持参するように」

とまあ、こんな感じである。この税務職員は実に意地の悪い感じの人であった。こちらが怒ってようやく、という展開である。まあ、事実私に落ち度はないわけで、その強みもあった。

とはいえ以上のような状況は、私がドイツに在住しているから起きる話である。この場合、ドイツに在住している人間が、国外(ドイツ国外)でなにか買ったらドイツで消費税を払え、というのがドイツの税務署の言い分になる。関税というより消費税の話なんだよな、これ。

というわけで日本に在住している人がドイツへの往復でラップトップを所持している場合にはどうすればよいか(いちばん一般的に問題になりそうなのはバイオリンではなくラップトップだ)、EU非在住であること、機器が職務上必要であることを書類で示せることに注意すればよいだろう。なにしろ書類が重要な国である。なかったら書類はつくってでも持っていく。会社の備品ならば会社の財務にその旨英語で書いてもらってサインをもらう、とか。

  • EUに住んでいないこと、短期滞在であることをフライトチケットで証明する。
  • 日本で購入した証明をするため、日本語でもいいから領収書を所持する。値段だけでなく型式がプリントされているとなおよい。日本語キーボードのラップトップだったらまず問題ないだろう。
  • ラップトップが職務上必要であることをなんらかの形で示せるようにする。学会参加の登録書類、訪問先とのやりとりのメールなど。
  • 遊びでラップトップ持っている場合は、うまくいくかどうかわからんが「旅行中にネット情報にアクセスすることが必須である」とか、理屈を用意しておく。

− 落ち度がないのならば譲らない。

あとは、バゲッジクレームの税関のゲート通るときに、目を皿のようにしている意地悪そうな係員がいたら、「申告なし」の緑ゲートではなく「申告あり」の赤ゲートで自分から係員に話しかけ「ラップトップありますが」と申告すること。で、仕事で使う、日本に持って帰る、日本に住んでいる、といえば良い。ドイツの役人は現場の裁量が大きいので、係員の性格で処分が大きく左右される。この点ご注意を。まあ、なんかバイオリンはやはり狙い撃ちだろうな。

[追記]

研究所の財務にきいたら予算で購入したときの書類をPDFを用意してくれた。ラップトップ自体に保存しておけば今後忘れることもないだろー。

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01-10-2012 2012年9月28日夜 霞が関 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

日本でワークショップの講師をするため5日ほど出張した。時間をみつけて金曜の官邸前のデモに参加するつもりだった…のだが、山の中にカンヅメになっていた出張先からの移動に遅れて20時には間に合わず、それでも官邸前まで足を伸ばしたのだが、交差点の向かって左側の門で主催者らしき人々が撤収しているのをみかけただけだった。なんともさびしいなあ、などと思いながら、警察の護送車の車列をながめながらぶらぶら歩いていたら、財務省の前で映写会らしき集会を行なっている一群がいるのを見つけた。近づいてみると、「ふくしま集団疎開裁判」のグループだった。

ちょうど歩道の扇状になった部分を集会の空間にしている。より中心に近い部分の人々は座り込み、扇の中心部分はすこし高くなっていて、そこに立っている人からチェルノブイリの汚染状況と健康への影響の短い解説があったあと、NHKの特集の映写が行われた。電気はどこからきているのだろう、などど実に些細なことが気になって眺めると、携帯用の発電機らしきものなどもある。形から見てホンダのやつかな、などとくだらないことが気になる。

人数はおよそ60人ぐらいだっただろうか。はじっこに立って眺めていると、以前、お誘いをうけて早稲田の焼肉屋で一緒に飯を食ったことがある植松氏が飛び回って活躍しているのを発見した。映写の担当らしく邪魔をするのもなんだし、ということで声をかけないようにした。見回していたら、写真だけで見たことのあるアクティビストの園良太氏(はてなのブロガーでもある)がさらに忙しく動きまわっているのを発見した。リアルで見たのは初めてであるが、オーウェルが「アナーキストの顔」と表現したような顔はこんな顔なのかな、と私はなぜか「カタロニア賛歌」を思い出したのだった。思弁的で柔和な趣の植松氏とは対照的になにか、切迫したもの、闘争的なものを感じさせる人であることは確かである。

ETVの特集などはドイツにいてもながめることはできるが、そこに居ることが重要である、という持論にしたがって、人々を眺めながら私はかれこれ一時間ほど位置を変えながら参加した。扇状の一番外側の縁には警官たちが囲み、どんどん増えていった。

デモの状況のことはあまり知らないのだが、夕方8時までの金曜デモを主催している「首都圏原発連合」からは、彼らの20時撤収という指示に従わないので疎まれている存在らしい。私の認識としては「三々五々に勝手に集まってきた人々」なのであるから、「帰ってください」と頼むのもまた勝手であるが、帰らないのもまた勝手な話だ。勝手な同士で議論して、互いに納得出来ないならば「じゃあご勝手に」とそのまま別れるのが正しい姿だろう。党派的に分裂したり対立するのは、批判されている国家や官庁にとっては願ったり、のそのものだろう。官邸に向かって原発の稼動に対する抗議の声を上げること、ふくしまの子供たちの福祉を守ろうとすること、それぞれ具体的な目標がある。対立は無益である。

仕事の方のワークショップはきわめて盛況、というか、久々に日本の院生やポスドクと集中的に何日か過ごした。日本の若者たち、実に優秀である。彼らが日本のアカデミズムという書式システムに潰されないとよいのだが。目一杯科学を楽しめ、とは言葉でいわなかったが、たぶん、身をもって示せたのではないかと思う。

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18-09-2012 ケンカのイロハ このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

東京都の副知事である猪瀬直樹が一ヶ月前に次のような発言をしている。

泳いで来るのだから、こちら側から蹴りを入れれば一発だよ。水に顔を突っ込み、参ったかとやりグロッキーにして上陸させず来た船に帰してやればよかっただけのことだよ。こんなもん、ケンカのイロハだ。

2012年8月19日 - 10:57

そうこうしているうちに中国では抗日デモが21世紀最大の規模で盛り上がり、満州事変勃発の日である本日9月18日には1000隻の中国の漁船が尖閣諸島に到着する、とのことである。10隻に満たぬ日本の海上保安庁は「お手上げ」とすでに申し出ている。中国のこうした激発は「想定外の事態」であったらしい。原発事故や外交問題は事務手続きではない故、書式システムには想定しがたいのは確かだろう。野田政権は海上自衛隊の艦船をさきほど尖閣諸島に移動させ始めたとのことである。

英語の記事を眺めたところ、この事変の評価はおおよそ次のようなことになる。7月に起きた中国の艦船の尖閣諸島海域への侵入という事件が一度収まった後にタカ派にして挑発的な発言を繰り返すことで中国に悪名を轟かせている東京都知事石原慎太郎が、日本国内の右派に募金を呼びかけ個人の所有であった尖閣諸島を都が購入する計画実行に及んだ。この計画は上の副知事の発言にあるように実に軽薄な動機に基づくものであった。日本のネット右翼や右派は石原や猪瀬をやんややんや、あるいは「毅然たるどうのこうの」と持ち上げ、彼らはさぞ政治家としての溜飲を下げたことであろう。

この挑発に刺激された中国ではネット右翼(憤青)を中心に尖閣諸島は我々のものであるとする激発的な行動が起こり、目下繰り返されている日系企業・デパート・自動車会社・レストランの襲撃に発展している。背景には内政問題を中心とする中国共産党の支持もある。棚上げすることで問題を先送りにしてきた中国・日本国境の歴史的な係争地域がもはや後戻りできないほどの一触即発の状態にある(以上、参照にしたのはこのガーディアン記事及びこのフォーブスの記事)。

実に残念なことであるが、日本がその一触即発の場に軍隊を移動し始めた先程の時点ですでに賽は投げられた、と私は受け止める。軍隊を移動する、というのはそのようなことである。まさか、その意味を理解していないほど今の日本内閣が惚けていないだろう。なにしろ目下の防衛省大臣は、自衛隊出身者の武官・森本其なのである。これは、中国に対する重大な軍事行動のメッセージにほかならない。

さて、ご希望どおりのケンカになった。猪瀬直樹はさっそく迅速に尖閣諸島に移動し、泳いでくる漁民や人民軍を待ち構えてケンカのイロハ、テニスとジョギングで鍛えた健脚で得意の蹴りを世界に披瀝すべきだろう。できることならば石原慎太郎も同行し、日本の若者を極力危険にさらさぬよう、しっかり闘って欲しいものである。

事変にあたり、「理性的対応」を呼びかける声もある。評判を眺めると「そうだ、冷静に」「毅然たる態度で日本の民度を示そう」などといった声が多数みられる。「理性的対応」の内実は以下のようなものである。

何より考えるべきこと

 血が流れるかもしれません。

 もう、中国本土で日本人が怪我をしているようですが…。

 さまざまな情報が流れて心が揺さぶられ、無力感に苛まれたり、無思慮に行動したくなる衝動に囚われるかもしれませんが、主権を守る、領土を守る戦いは局地戦が間違ってでも発生してしまったらそこで終わる可能性はむしろ低くなります。

 戦争にならないように願いましょう。外交や、国民としての態度をもって、領土を譲る以外のあらゆる平和的、外交的手段が講じられるように、礼を失さず日本人として然るべき態度で中国人と接し続けることを誇りとしましょう。

 危機が去ってから、教訓を得て国民全体で議論しましょう。

 それまでは、これは有事であると弁えて、問題に対処する人たちの妨害とならぬよう、国民一人ひとりが考えて行動しましょう。

中国に対して理性的な態度を取るといっても、どう取ったらいいのか分からない人のために

http://kirik.tea-nifty.com/diary/2012/09/post-6e06.html

「戦争にならないように願いましょう」と書かれてはいるが、私の判断するところではこれは戦時動員の思考にほかならない。このようなことを書くと「非国民」と真顔で糾弾されたりするような状況にまたたくまになることも不思議ではないだろう。こんなものに同意してはいけない。さらにいえば、今の日本では交戦状態になっても「これは戦争ではない」「冷静に」と互いに頷き合って納得しそうな勢いでさえある。せめて、ファシズムとはなにか、ということをあらためて振り返ってもいいかもしれない。

「永遠のファシズム」ノート

願わくば日本の人々の心と言葉と体があらんかぎり、自由であらんことを。

私は祈らずにはいられない。

TakaTaka 2012/09/18 09:13 いつか来る道だったよ。早いか遅いかだけ。
竹島、北方領土と、
日本の借金と、同じ。
みんなが、いままで、見てみぬふり
してだけ。
いままで、真剣に考えたコトありましたか?

SinSin 2012/09/18 12:56 戦争が一部の者だけで起こすものでないことが、よく分かりました。

eijieiji 2012/09/18 15:25 >礼を失さず日本人として然るべき態度で中国人と接し続けることを誇りとしましょう。
結局これ、「俺たちは中国人とは違うんだ。」という動機の、理性とはかけ離れたものに見えるんですが…
ちなみに新大久保を中心にそんな悠長なこと言ってられないと思うのですが住んでる国が違うんでしょうか?

>問題に対処する人たちの妨害とならぬよう、国民一人ひとりが考えて行動しましょう。
この部分になんだか異様な気持ち悪さを感じてしまうんですよね、「国民ひとりひとり」がなんだか国の評価のための構成パーツというか。
まぁ全体を見ても「何より考えるべきこと」と称して抽象的なことを並べ立てて「日本人っぽいことを自分で考えろ」としか
書いてないようにしか見えないのですがこれを賞賛してる人々は本当に何か考えて行動してるんですかね…
「理性的な態度をどう取ったらいいのか分からない人のために」と称しながら
曖昧模糊に「理性的な態度をとろう」としか結局書いてない文章だと思うのですがなんでこれがうけてるんだろう…

あと、民主党がどうこう言ってますが「国有化」に動かざるをえなかった事情はどう考えても
石原都知事の蛮勇が原因でしょうにそれを指しおいて「 民主党は気に入りません。本当に馬鹿ばっかりで困ります。」だの

「鳩山さんや菅さんじゃなくて良かった、とあとから思えるような、決断をして欲しいと切に願うところです。」という
自分の政治的思想を無意識的に垂れ流してる時点でもうぶっちゃけ本人が一番理性がぶっ飛んでそうですが。

なめこなめこ 2012/09/18 16:34 切込隊長氏は「願う」と言いました。
あなたは「祈る」と言いました。
結論はそれほど変わらないように思います。
ネット右翼であろうが、インテリはてなーであろうが、
わたしたちには同様にどうせ何もできないのです。
なるようにしかなりません。

なめこなめこ 2012/09/18 16:55 前回の東京都知事選のとき、インテリはてなーの間では
「絶対に石原を再選させてはならない」と血気盛んな言論が並びました。
結果、石原は高い得票数で再選されました。
昨夏、2chやまとめサイトで反韓流キャンペーンが繰り広げられ、
フジテレビ前でネット右翼たちのデモがおこなわれました。
結果、フジテレビは特段ダメージを負うことなく、普通に放送しています。

わたしたちは社会を変えることは出来ません。

なめこなめこ 2012/09/18 17:08 海外であれば、ウォール街デモが記憶に新しいところでしょうか。
あれも結局標的があやふやなまま、何も変えることなく収束しましたね。

kyouhu_23kyouhu_23 2012/09/18 18:07 >「戦争にならないように願いましょう」と書かれてはいるが、私の判断するところではこれは戦時動員の思考にほかならない。

あのブログの話の内容は「無責任に煽るな」ということじゃなくて、「野田内閣の政策を支持せよ」ということでしたからね。戦時動員の思考というのはしっくりくる表現だと思います。

とおりすがりとおりすがり 2012/09/18 23:18 日本国内で「人を殺したくてうずうずしてる優秀な日本人」を集めて
ミャンマー国境から侵入させて攻め込めば勝てる

06-09-2012 フィンランドの国際化 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

フィンランドのことでメモしておくべきことがある。2007年に教えたときと、今回2012年の大きな違い。学生の構成である。教室にやってくる学生は、院生からポスドクたちなのだが、2007年の時点ではそのほとんどがフィンランド人だった。留学生というと、スウェーデン人、イギリス人、ドイツ人がちらほら。日本人もひとりだけいた。フィンランド人の学生って日本の学生に良く似ているなあ、と思ったのは、講義の途中でなにか質問は?と聴くと、シーンとしている一方、では終わりますといって、廊下にでると小走りで追っかけてきて、すみません、ちょっと質問が、とすまなそうな顔をしていいに来るところだった。まあ、そんな感じだったのである。

5年後の2012年、教えに行ってみたらなんと半分以上、70%が留学生だった。ヨーロッパの留学生、というよりもインド人、中国人、アラブ人、ペルシャ人、アフリカ人。正直言って、あんなにたくさんのアフリカ人を教えたのは初めての経験だった。昼食などはインド人の学生やポスドクに囲まれて毎日食べることになった。トゥルクの大学は5年の間に物凄い勢いで国際化したのである。先方の教授にその感想を述べたら、ああ、そうだよ、フィンランドは変わったんだ、とこともなげに答えていた。よくよく街で観察してみると、バスの運転手が英語をベラベラ喋るアラブ人だったり、真っ黒なチャドルのおばさんが子供を何人も連れて買い物をしていたりする。道行く若者も中東や黒人の若者が結構な数であった。

2007年ごろ、というとちょうどそのトゥルクの大学の教授たちがうちの研究所に視察に来たあとだった(そのときにうちで教えてくれ、と頼まれてフィンランドに飛んだのだった)。かれらの目的は「大学の国際化」だった。当時、日本もシンガポールも、国策で産業構造を知的産業ベースに転換しようと画策しており、どこも国際化ですなあ、などと思っていたものだが、フィンランドはアイデアとネットワークで、シンガポールは途方もない規模の予算投下でそれを実現しつつあるように思う。

サンフランシスコに15年いて2年前に帰ってきたというフィンランド人の教授と雑談しているときにその話になったのだが、「以前のフィンランドだったら私はサンフランシスコに逃げ帰っていたかも」と笑っていた。彼女の意見では「ノキアがフィンランドを変えた」とのことである。これは2007年もそうだったが、フィンランド人はものすごく頻繁にケータイで電話をかける。電話するほどのことか、というようなことでも次々に電話で細かく段取りが出来上がっていく。ノキア以前は、人と人のコミュニケーションは遥かに疎であった、と彼女は言っていた。ケータイが社会に登場したことと、物凄い速度で起きた国際化の関係はよくわからない。とはいえ、社会のこれほどあからさまな変化を実感したことは私にとってまれな経験である。

27-08-2012 ボルドー断章 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

7月から8月半ばまで、夏だというのに申請書だの原稿だのフィンランドのプログラムだの〆切がいろいろあって、ドタバタしていた。技術関連のミーティングに登録したら、会議の紀要に論文を書くことが必須なのだという。生物系だと概要だけ書いて発表なので勝手が違う。理系でも分野による作法の違いは著しく。このあたりの差が、複合分野の場では申し合わせのなかった不測のあれこれを引き起こして慌てたりするのだが、まあ、なんというか、ある分野で常識と思っていることは他の分野では非常識だったりするわけである。違う文化。

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ドタバタしていたのはこれまでほとんど出張との組み合わせでしか休暇を取らなかった私には少々難度の高い家族旅行という〆切もあったからである。あらかじめの用事もなくスクラッチから旅行を考えるのは久しぶりだった。行き先は今や貧乏画家のフランス人の友人が住むボルドー。彼は「政治にまみれた科学」に失望しポスドクを辞め美術学校に入りなおした人である。ドイツから片道1000キロの道のり、フランスの延々と続く農作地帯を抜ける。元物理学者の彼は予備校で数学を教えて生活費を稼ぎ、国から芸術家向けの助成金をもらって家賃を払っている。長年女ができないという非モテな悩みを抱えていた自尊心過剰かつ恥ずかしがりやの彼も、今や美術学校で知り合った若い恋人と二人で暮らしている。熱波でとてつもなく暑い中、蚊にさされつつ、自作の画が全面に描かれた壁のあるバルコニーで涼をとりながらボルドーワインを次々と空けた。2009年の葬式の夜には、貧乏美学生なのに全財産はたいて飛んできてくれた彼だけを家に招いて、二人でほぼ黙ってグラッパを飲んだ。ゆっくり話したのは何年ぶりだろうか。彼は今でもピュアな科学者だった。

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樹上生活者が発見される。木の枝を伝いながら家族で生活している。歩き始めたばかりの子供が危なっかしい足取りで細い枝をつたって母親を捜している。「危険ではないか、そんなところで子供を育てるなんて」と近所の人々が口々に非難する。「お前らが落ちてきて我々が圧死したらどう責任をとるんだ」「ゴミを落とすな」などと詰め寄るものまで現れる。しかし樹上生活者は樹上でしか生活できない。地上は彼らにとってあまりに異世界であり、地上に降りると、愛着ある樹上を離れたストレスに苦しむのだ。そこで「樹上で安全に暮らす方策を彼らと共に考えよう」と言い出す地上の人間が出現する。樹上生活者に優しく語りかける。「重力について一緒に考えましょう」「それはもう、そこにあるのです。位置エネルギー、知ってますか?高所であればそれは線形に増加する。高いところであればあるほど危険なのです」。「でもあなたの住んでいるところだったら、大丈夫、それになにしろそこがいちばんあなたが安心するところなのですから」。近所の人々の糾弾に困惑していた樹上生活者は、ある者は安心し、ある者は「ではどのぐらいの位置エネルギーだったら?」と困惑する。あるいは、「樹上に住みたいわけではないけれど、すみかを追われてここにしか住めないのです、どうにかしてください」と訴える。

思えばかつて霊長類はいつのまにか木を降り、二足歩行をはじめた。

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差別は差があるから差別が起こるわけであるが、差そのものは否定すべき対象ではない。差別があるから差を隠蔽する、あるいはよりポジティブには無化する、という手段を反差別の手段として採用する人もいるわけであるが、これは差別をなくすことにはならないだろう。それは隠蔽である、差はあるではないか、という人間が必ずでてくるからである。それは差であるか、差でないか、という議論は延々と終わらない。あるいはシンタックスとしての言葉狩りに終始することになる。結局私が思うのは差を単に認めること、差はあるのである、とするしかないことである。しかし、それは差が生じることを積極的に肯定することも含むのであろうか?究極的にはそれは死の積極的な許容、それもまたアリ、という立場にもなる。例えば放射線被曝は多かれ少なかれ、突然変異の確率を上昇させる。あるいは死ぬ確率も上げる。差の認知という理性が差の生成、死の積極的肯定を含むのであれば、差を奨励する立場を一貫し大いに放射線を浴びるべき、ということになる。あるいは死という絶対的とも思える差を全面的に認めることでしか究極の差別は無くならない。…しかし私は死に対して日々無意識に抗っている。

差は、自然だろうか。理性だろうか。

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自然を眺める科学者という立場を考えれば、この地球がいくら放射能まみれになろうが知ったことではない。あるいはそのために人類が滅びようが、あるいは他の種が絶滅に瀕しようがそれもまた自然なことなのである。人類を死滅させるような放射線の元で生き延びる進化をとげた生命システムなり、あるいはより極端には全くことなる月面のような荒涼たる自然がそこには豊かに息づくことになるだろう。恐竜の絶滅を思って寂しく思う人間はいるかもしれないが、泣く人間は殆どいない。異性愛、家族愛、博愛、人類愛と愛はレベルづけされているが、自然愛がもっとも広汎かつ過激であり、環境保護とは全くの対極に位置する。ピュアな科学者とはそのような神の視点の困った存在である。

11-08-2012 トゥルク・フィンランド このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

最初にトゥルクに来たのは2007年だった。60人乗りの小さなプロペラ機で到着した飛行場でスーツケースが出てくるのを待つ。ベルトコンベアがぐるっと回っているその真ん中に、巨大なムーミンが手を広げて立っている。そういえば5年前も4年前もこのムーミンは同じ格好で立っていたよな、と思い出す。やがて出てきたスーツケースを持ってタクシー乗り場に向かうとこれまた以前のように、タクシーがいない。なにしろ待っているタクシーはいつも数台しかいないのである。私より先に出た他の乗客が乗ってしまって、次が来るのをまたなければいけないのだ。

まあ、そのうちやってくるだろうと、やたら静かな田舎の駅のような飛行場の軒先のタクシー乗り場のベンチに一人で座る。大きな虫が何匹も北の短い夏を生きいそぐような凄まじい勢いで飛び回っている。こんなでかいのに刺されたら困るな、と思いながら電話を取り出してホテルの予約の確認などをしているうちに、もう一台のタクシーがやってきた。

街へ向かう道のりはどこか見覚えがある。二度も通ればなんとなく覚えているものだ。街のはずれにさしかかり、あっ、と思った。街のはずれにある、遠距離バスのターミナル。楕円形のきれいな建物がチケット売り場で、彼女が気に入って何枚も写真をとっていた。あの建物だ、と思い出す。2007年の夏、今回と同じくトゥルクの大学院生に向けた講義と実習で私は初めてこの地を訪れ、仕事が終わる頃に彼女はやってきた。一人で街の中をあちらこちらを彼女は探検した。仕事が終わった次の日、このバス停につれてこられた。これだというバスに乗り込み、はるか遠方のアルバー・アアルトが設計したというパイミョオのサナトリウムを見物に行ったのだった。キオスク兼食堂があるだけの終点でバスを降り、そこからタクシーで森の中にあるサナトリウムに向かった。真っ白なファサードが眩しかった。

彼女が残した写真はたくさんある。なんらかのデザインを撮影したものばかりである。次々と眺めていると、彼女がなにを大切にしていたのか、なんとなくわかるような気がする。トゥルクのバスターミナルは、彼女がなんていっていたのかも思い出すことができる。「このまるっとした感じがきれい」。まるっとした感じ、かあ。と私は2012年の今、つぶやいてみる。

トゥルクでいつも逗留するホテルから通勤していると、あちらこちらに彼女の影を発見する。あ、そういえば、あそこのイッターラのアウトレットの店がいい、っていっていたよな。

あの教会には先に彼女が行って、おもしろいから中を見なよ、と勧められて二人で見に行ったよな。

この図書館には入り込んでみて、片面が前面ガラスになっていた。光がきれいだねえ、とため息をついた。

川岸のレストランでは、店から流れ出るにんにくの香りにふたりとも気がついて、次回来たときにはこのレストランだなあ、と、どちらからともなく話した。

街の中にどこにでもある「ヘスバーガー」というファストフードの店。まずそうな店の名前だなあ、といいながら、なんか笑ったような気がする。なんで笑ったのかどうしても思い出せない。そう思っていたホテルでの夜、スカイプでドイツにいる無珍先生と義理の妹と話した。「街中にヘスバーガーってのがどこにでもあるんだ」と話した。義理の妹は言った。「モスバーガーみたい、あはは」。そうだ、彼女も「モスバーガー」ってまぜっかえして笑っていた。さすが姉妹だ、と私は妙に感心する。

シベリウス・ミュージアムの横を通り過ぎる。2007年、招待してくれた教授がシベリウス・ミュージアムで開いてくれた教授の娘の小さなピアノコンサートでは、シベリウスの曲を披露してくれたその小さなピアニストと並んで座って彼女はなにやら話し込んでいた。

教授の娘は今や18歳の北欧美人になっていた。半年ほど政府の助成を受けてシカゴにピアノの勉強で留学して帰ってきたところだという。トゥルクから一時間離れた、古い農家を改造したレストランで、再び小さなコンサートが開かれた。彼女はアメリカの曲と、フィンランドの古い民謡を交互に弾き、ドビュッシーのアラベスクを弾いた。20時半なのに美しい日の光のなかで、白いドレスを来た美しい娘が奏でるメロディーを聴きながら私は夢を見ているのかもしれない、と思う。

すごかったね、いや、ほんとに素晴らしかった、と教授の娘にお礼を言った。にこっとしながら、ありがとう、と流暢な英語で彼女が答える。黒いリボンを腰に巻いている。「ピアノのブラックベルトだね」というと、彼女は声をあげて笑った。

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20-07-2012 官邸前の難民 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

タイミングがあうとうちの車に同乗するヒッピーのような長髪の宇宙物理学のドイツ人に「ヒッグス粒子もりあがっているねー、パーティーはどんな感じ?ノーベル賞だね」と今日聞いてみたら、「いやはや、残念なことだ、見つからない方が面白いのに」などと斜めな事をいうんでニヤニヤしてしまった。彼はたぶん「ノーベル賞は自分がとる」と思っているのである。

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原発事故によってその土地を奪われた人々は古典的な定義にしたがう真性の難民である。土地を失いすみかと慣れ親しんだ生活を捨て、持てるものだけを持ってあてどもなくさまよう、というのが難民だ。私もまたホンモノの難民の孫であり子供であるから、難民がどのようなものであるかを幼少の時から何度も聞いている。祖母の小さな引き出しの中に入っていた、背景がきりとられ人物だけが人型になっている数葉の家族写真は私の原体験でもある。

官邸前のデモの人々を私は写真や断片的な動画で眺めるしかないのだが、その姿にはどこか難民の趣がある。20時になればいつものねぐらもどるデモの人々は難民というには豪華すぎるのは確かであり、この想起は本物の難民に申し訳ない気もするが、趣、である*1。プラカードを手にし、「再稼働反対!」と声を上げ、太鼓をたたき、日の丸や白い風船を手にする。闘争というイメージからは程遠い。警察の誘導にすなおに従い、鉄柵と何台もの護送車に囲まれて、場所を譲りあいながら抗議をしている。困惑し、不安であり、怒っているが、柵をけとばすことはない。

難民のイメージが私の中に湧き上がるのは、ひとまずそこに老人や子供や母親がいるからだろう。難民という集団はあらゆる年齢層で構成される。そして非力さ。警察というむき出しの暴力を前にして従順に並ぶ人々は、何ごとかをえんえんと待ち続け長い行列を作る難民にどこかしら近しい。なによりもそこにあるのは、なにかを大きく失ったこと。官邸前の”難民たち”、彼らはなにを失ったのか。私の心に浮かんだのは、「国に捨てられそうである」あるいは「捨てられた」という意識なのだということだった。捨てるなよこの野郎、あるいは捨てやがったな、と、官邸国会及びその周辺の歩道に金曜の夕方やってくるパートタイムの難民*2

捨てられる、という感覚の根拠は別に原発の再稼働に限った話だけではないだろう。Baatarismさんが、消費税増税後の日本という記事で、経済成長率がマイナスになる暗澹たるフィギュアを丁寧に論じている。消費税増税はすでにいわゆる官僚用語でいう「日程に乗っている」からして、ほぼ確実に起きることである。それを駆動するのは原発の再稼働を駆動した力と同一である。あるいは、貧困化がこの何年も問題になっている。孤立した難民は日本国内に増大しており、餓死したり貧困の中で子供を死なせてしまうといった事件が起きているが、全ては「自己責任」と解釈するように世論は誘導されている。民間の努力のみがそれを下支えしようと頑張っている。が、国策で経済成長率をマイナスにすることが日程に乗っているわけであるから、なんとも大変敵を相手にしてしまっている。

なぜそんな馬鹿げた政策がまかり通るのだ、というなかれ。原発にしてもその危険性が90年代に「原発震災」という言葉で明確に警告されてきいたにもかかわらず、対策は考慮されることがなかった。あるいは国会事故調が指摘した問題は、2000年に出版された高木仁三郎さんの『原発事故はなぜくりかえすのか』にはっきりと書かれ批判されている。

なのに事故が起きた後の今でも新たな安全策は導入されず、事故当事者たちが以前の日常を継続し、指摘された問題は他人事である。雑駁な結論になるがこれらの状況から推察されるのは決定的に土地と人間が根こぎになり、世界に汚染をさらに広げ、科学技術が衰退し、人口が減り、経済をどん底に陥れるにいたるまで、おそらくこれらの愚行は続くということである。したがって、来るべき大多数の(そしてなによりも自ら)のフルタイム難民化という最悪を粛々と想定し、その後を見据えることがどうしても必要である。

いかに次の社会を再構成しうるのか。思うに官邸のみならず日本の各地に広がったデモは再構成の基礎演習にあたる。孤立した難民ほど弱い存在はいないだろう。しかし難民は集まることで集団となり、社会を形成することができる。デモを単なる抗議活動と捉えるなかれ。あるいはそれを目配せとどこかに消えてしまう共感で終わらせるなかれ。集まることはコミュニティを形成することなのだ。思えばこの数十年の日本において、日本の人々は日本という国とむき出しの個人として向きあう状況が亢進し、中間集団が解体する過程であった。動員されずに集まることは、大きな反作用点のポテンシャルを持つ。隣人と仲間の再発見である。

原発事故はなぜくりかえすのか (岩波新書)

原発事故はなぜくりかえすのか (岩波新書)

*1:避難民の人たちも参加しているので一部は本物の難民である。

*2:アクティビストの心性をもつ人間が金曜のデモに参加してみて「なんじゃこりゃ」と思うのは、その実態が難民的なものであるにもかかわらず、運動として捉えているからではないか。

redkittyredkitty 2012/07/21 12:57 所属先としての「地」や「血」や理念などを持たない人々、あるいは所属先はあってもそれらはもうどうでもよくなった人々が、「隣人と仲間」を「再発見」すること。
 それが、先日の6月16日「愚弄の追認」のコメント欄で書かれていた「誇りや『地』、あるいは『血』」に「吸収されてしまう」方向との分岐点になる気がしています。

kmiurakmiura 2012/07/21 17:21 同意です。自明視される絆からまずは少し距離をおき、実態としての社会をありのままにみとめる、というような感じでしょう。なかったことにする、ぎゃくにあるののないことにする、というのはいろいろな場面でみかけますね。

05-07-2012 表象と代議制 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

無珍先生は10までは数えられる。なおかつ58だけはゴジュウハチと知っている。いつも駐車する場所が58番だからである。で、隣に59という数字が壁にかかれていたので無珍先生に「あれいくつ?」と聞いたら、ちゃんとゴジュウキュウ、と答えた。「無珍先生は天才だ!」と誉めたら「無珍は天才じゃないよ、無珍は無珍だよ」不満そうな顔で反論した。なにかそれに類する話。

2012年6月29日金曜日夕方に日本の首相官邸前で数万人規模の大飯原発再稼働反対デモが行われた*1。再稼働阻止という目標は達成されなかった。

前回述べたようにデモに参加することの第一の意味は個人的なものであるからして、かくなる人数の人間がおそらく人生初となる社会体験を行ったというのは、まあ、なんかそれだけで凄いことだ。加えて、表象と代表制という点において重大な意味がある。表象と代議制というと飛躍しているように思われるかも知れないが、英単語で考えると分かりやすい。表象はrepresentationである。代議士はrepresentative。ワタクシという一人の人間を表現representする手段はさまざま可能である。絵を描く、詩を読む、競技に参加する、楽器を奏でる、測定する、演ずる、踊る、睨む、叫ぶ、泣く、喋る、佇む、座る。これらのモロモロは表象であるが、代議制における代議士もまた、ワタクシの表象である。それはワタクシを表現する多様な手段の一形態に過ぎない。

先週述べたような書式システムの専制は、個人の表現手段の一つである代議制を弱体化させている。かくなる状況下にあるときに個人を近代社会という文脈で表象させる古典的な政治的手段がデモなのである。代議制の代わりに官邸前に立った、という表象。弱体化した代議制という表象に我慢できなくなり、官邸前に出現するという表象行為を行い、それが群衆という形に可視化されたことは、個人の表象の豊かさと創造性を圧倒的に示した・自覚したという点においてなによりも高く評価すべきなのである。これはヘレン・ケラーがはじめて水に触って「水!」とサリバン先生の掌中に何度も文字を書くことによって表象を発見した、という故事に呼応している。水はただの水である。が、水という表象は個人において常に発見される対象である。

こうした個人から社会へ、という立場で世の中をまず眺める私からすると、「官邸に突入すべきであった」「警察に迎合的であった」「主催者が自主解散した」といった、といった批判は的はずれである。まあ、私のアンテナが感応する点が「おお、ヘレン・ケラーにサリバン先生!」と上のようにズレているだけからかもしれんが、日本でもドイツでも警察に面と向かって殴られて呆然とした経験から鑑みるに、プロフェッショナルな国家暴力の実務レベルでの冷酷さに対していかにもナイーブだなあ、と思ったりする。できることならそれは避けるべきことなのだ。とくにデモを表象と捉える立場からすればわざわざ殴られるようなことはしないのが正しい。それを敗北と捉えるマッチョな向きもあるかもしれないが、60年代以降の学生運動にこりてセンチメートル単位で道路の幅を計測して群衆管理をシミュレーションしてしている警察を前に「とりあえず突入」はひとまず愚策であろう。

主催者が解散を呼びかけたことも問題ではない。なぜならば、やってきた人たちは動員された人間ではない。代議に失望し直議のために自分でやってきた人たちだからである。呼びかけに応じた、という事実は単に呼びかけ人の判断が受け入れられたということを示す以外のなにものでもない。あるいは「シングルイシュー」呉越同舟の問題。スローガンは確かに「再稼働反対」に集約される。が、実相においてひとりひとりが表現していることを眺めれば、シングルイシューという言葉では捉えることが不可能な多様な個人の表象が析出している。私はガーディアンの写真集を見て、この思いを深くした。かくなる実態を眺めれば「シングルイシュー」呉越同舟批判は、これまた的はずれである。イシューの実態は個人レベルまで分裂している。代表制への異議申立て、個人が国家に直接対峙する中抜き否定の表象、4万人ならば4万イシューズ、あるいはnイシューズという解釈に回収するほうが、より正しいのではないかと私は考える。集団がその個々の意見のあり方において無限に分裂していることで連続体を構成している、とでもいおうか。

代議制とデモが表象という行為において一元化されるということがより自明のものとなるには、やはり多くの老若男女がデモに参加すること、それが単に群衆としてなんども出現するということがキーになるだろう。書式システムの自壊を促すには代議制にダメだしをする個人の直議が街路上の占有体積として暴力的であるほどに多数であることを繰り返し示すべきなのだ。最近私は自分のパソコンのハードディスクをクラッシュさせた。諸々の書類はクラウドのどこかにあるので実害はなんだったのだろう、と逆に失ったものはなんであったのか思いあぐねるというなにをしているのかよくわからんことになった。官邸もしかり。官邸を壊して暴れたところでなにかがかわるわけではない。平和なデモの参加者にこんなことをいうと、「暴力ではない!」と怒られそうだが、群衆は存在自体が暴力的なのであり、国家暴力とバランスをとりうる力である。代議制とデモの一元化的理解はこのバランス下において自然なものとなる。

蛇足になるが私はどちらかというと代議士である田中康夫や河野太郎がその代議士という表象を超越する場においてウロウロしていたことのほうがなんかなあ、という気分になった。ネットに挙げられるニュースで眺めただけなので他にも代議士はいたのかもしれない。なんかなあ、という気分になったのは、ヘレン・ケラーとサリバン先生の水の発見シーンの横におっさんがゴソゴソとあらわれて「レッドブルもありまっせー」とドヤ顔でのべているような気がしたから。もちろんこれは彼らの政治活動の内容に対する批判ではない。彼らはがんばっている。「私も一人の個人です」というならばまあそうだろうけどデリカシーの問題。

*1:デモ参加者数の推定においてかなり自信があるという往年の闘士にして「科学の子」矢作俊彦氏の推定数は4万人。私にはわからん。

bulletbullet 2012/07/05 22:18 >代議士である田中康夫や河野太郎がその代議士という表象を超越する場においてウロウロしていたことのほうがなんかなあ、という気分になった。
自分も、「おー、来てくれたんだ」と感じた一方で、「そこに居ていいんだ?」と、一瞬過ぎるものがありました。
デモが
>代議制にダメだしをする個人の直義
という側面を持つからには、そのデモの趣旨に賛同しているか否かにかかわらず、
代議士の立場にある人は危機感を持っておかしくないと思うので(危機感を遥かに上回るほど「書式システム」が堅牢なことも確かですけれど)。

ただ、河野議員に関しては、ジブリの「熱風」に寄稿したデモ論の中で、
「国会議員が誰も行われていることすら知らないようなデモに、原発政策を変える力はありません。」
「直接、地元の国会議員に事務所に押し寄せて、あなたの思いを伝えてほしいのです。」
と基本、消極的に見ていた人なので(http://d.hatena.ne.jp/bullet/20120219)、
その河野議員にわざわざ顔を出させたほどのデモだった、という見方もできるかもしれません。

kmiurakmiura 2012/07/06 18:10 コメントありがとうございます。

リンク先のbulletさんの2月の記事を読みました。代議士が代議制を問う直接行動に参加することについてちゃんと書いていらっしゃるので、同じような感覚を持つ人がいるのだなあ、と思いました。

また、ナルホドー、というか、議員がだれもしらんようなデモはムダ、と河野さんがいっていたというのははじめてしりました。逆にいえば河野さんの参加は「これには気がついています」ということのメッセージかもしれませんね。

関係ないけど「直義」って「直議」と書くつもりだったので間違いなので後ほど訂正するつもりです。

kmiurakmiura 2012/07/06 18:53 付け加えると、警察がそこにいることに対して疑問を感じる、警察を排除せよ、という感覚は代議士がいることに違和感を感じる延長線上にある。暴力もまた表象である。暴力を国家の暴力装置に信託するのが近代国家であり、警察や機動隊は我々の暴力という表象のrepresentしている。

だとしたらそれが国家に対峙する直接行動の場にあるのは、直接行動の側からすれば「喧嘩売ってんのか、われ」となるのは不思議なことではない。このあたりから「解放区」という考え方がでてくるのですが、この観点からだと私の議論は解放区を自らの身体という空間に限定しています。

29-06-2012 官邸デモと書式システム このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

官邸を包囲するデモが毎週金曜日の夕方に行われ、週を経るごとに参集する人数がどんどん増えているのだそうである。私も東京にいたら出かけることだろう。デモというのは体感しないとわからないことがある。この点に関して5年前に書いたことがあるのでリンクする。

排除体積効果について

その場に存在することが、単にある一定の体積を占めるということにおいて意味を持つ、というこの状況はやはり体感しないとわからない。上の文章で書いたネオナチ締め出しの話は、排除体積効果として物理的な意味を持っていたが、そこまで科学的に美しい結果とならなくとも、抗議のその場に一定の体積を占めて一人の人間が存在することは、シュプレッヒコール連呼やさらには暴徒化といった存在を主張する行動以前にもっとも本質的で強力な抗議形態なのである。そこにいるだけで意味がある、というと、なにやら恋愛に目が眩んだ人間が口走りそうな台詞になるが、デモに参加する体験の意味は実に私的で直感的で肉体的なことだと私は思う。

官邸前で行われているデモの旗印は「原発の再稼働反対」である。この特定の点に関して私は官邸前のデモは何万人があつまろうがあまり意味を持たぬであろう、と思う。政治家の大部分、官僚、役人といった人々が、書式システムでしかなくなった行政と立法を駆動させることに恐るべき勤勉さで取り組んでおり、その駆動はもはや社会存続の価値とは無関係ではないか、と思えるほどになっている。別のいいかたをすれば、書式を埋め、書式システムを完遂するという行為において、そこに独自の観念的な社会が長らく運営され先鋭化しており、行政システムの担当者たちはその閉鎖された島宇宙の維持にコミットしている。彼らはそれを「現実」と呼んでおり、彼ら個人が「まずいな」と思うことがあったとしても、おそらくそれとは無関係に手続きは維持され先鋭化し自走している。

原子力行政もまたそうした書式システムの一部でしかない。書式システムの細かい穴埋めを行う上で、原発の再稼働は行政にとって手続き上必然なのであって、それ以外にはありえない。そのためにはどうしても原発は安全であり必要であるという判断が要請され、了解となり、「現実」となるのである。安全の実態がどうであるか、ということは無関係である。判断が逆転しているのだから。したがって何万人もの人がデモをし、たとえその情熱と存在が書式を埋める責務をおった人間の感情を動かしたとしても書式と書式システムの駆動とそのことが要請する手続きの「現実」はほぼ無関係な勤勉さとして進行する。それが原発事故のような形で人々の生活に本物の危機をもたらしても、書式システムは粛々と確実に駆動する… というのがこの一年私が目にしてきたことであった。

書式システムを別の角度から眺めよう。以下松岡正剛さんによるジョン・ラルストン・ソウル『官僚国家の崩壊』の読解から引用する。

iそもそも民主的な政府と合理的な行政が結びついたからこそ、ほぼこの2世紀のあいだに社会的なバランスが劇的に改善されたのである。jとはいえ、その過程で、なぜどのようにしてこの両者が提携するようになったかという実際的な認識が失われてしまった。その結果、両者の役割が逆転することになった。k管理することがしだいに目的と化し、民主政治の指導者はそれにしたがわざるをえないと思うようになった。

lその結果、民主政治の機能が衰えて、単なる手続きに堕してしま(った)。m効果と速度という技術的な道具のほうが価値があるとされるようになったのである。n合理的なメカニズムがこれほど容易に18世紀の哲学者の意図と正反対のことをするのに使われている。o言いかえると、社会全体のコンセンサスといった理念がむしばまれてきたのである。

p一つの国家で、また多くの国家間で、富と倫理がこのように操作されることに加え、完全にそれと平行する世界がのしてきた。金融世界である。qこの管理を欠いた書類上の経済がもたらしてきた影響は、社会に催眠術をかけるようなもので、それは企業買収の世界にあらわれている。

r現在は大いなるコンフォーミズム(体制順応主義)の時代である。西欧文明の歴史において、これほど絶対的なコンフォーミズムの時期はまずほかにないだろう。s精神、欲望、信仰、感情、直観、意志、経験――そのどれもがわれわれの社会の営みと関連していない。そのかわり、失敗した、罪をおかしたと言うと、われわれはそれを無意識のうちに非合理な衝動のせいにしている。

(しかしながら)t人間を全体的な存在としてとらえるわれわれの意識――つまり意識的な記憶――は徹底的に粉砕されたので、われわれはいかにして公の法人組織である当局をしてその行動の責任をとらせるかについて、何の考えももてない。(こんなことではおそらく)u詭弁と偽善の現代文明は、これからの10年間でその真価を問われるだろう。(そうでないのなら、せめて)v文明の真髄はスピードではなく、考えることに向かわなければならない。

(これまでは)w現代の解決策は、憲法と法律によって基準を設定することだった。xだが、憲法や法律は、われわれには容認しがたいほどに、それを管理する人の意志に支配される。(そこで、これからは)y社会全体として必要なのは、道徳を多様化することではなく、それを抽象化することである。zわれわれはいま、われわれ自身の過ちのなかにいるのだ。

そのようなわけで、私はデモが具体的に再稼働の決定を転覆させる、という点に関してペシミスティックである。再稼働の決定は、上に述べたような、あるいはジョン・ラスト・ソウルが「かんがえろ」と述べる自滅型システムの片鱗でしかない。昨今耳にする消費税増税という判断やら、科学者の人数だけは増大したのに2005年以降ガタ減りした出版論文数やら(大学にいる研究者たちが書式を埋めるのにますます忙しくなったという話をかねてより耳にする。彼らが書式システムの一部に併呑されつつある、というようにしか私には思えない)、私には同じこと、すなわち手続きが自己目的化したことの様々な側面であるように見える。自走する書式システムはそれが自壊するまで継続するだろうし、すでに変更可能な分岐点はすぎてしまった、と考える。もし変更を望むなら、デモは高度に戦略的である必要ーつまり真に政治的である必要ーがあるが、そうした戦略も見えない。

とはいえ。たとえ最悪の道が選択され国家がガタガタになり破綻したとしても、日本列島という土地に住んでいる人間は生活を継続する必要があり、その場を再建してゆく。この点においてデモというただそこに存在し一定の空間を占め社会を構成するという個別における本来の社会条件の実感は、粉砕されてしまった『人間を全体的な存在としてとらえるわれわれの意識』を少しでも復活させ、荒野となる社会を生き抜きながら何十年後かのもうすこしまともな社会を構成してゆく上で大いなる糧となるであろう、と私は思う。

22-06-2012 理解という許容 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

われわれが避けねばならぬのは、「理解するよう努める」ということの罠である。つまり、低線量被曝の確率的な健康被害が決着のつかぬ議論となる主要な理由は、誰もがそれを「理解しよう」と努めることにある。そういった態度の紋切り型の一つに従えば、「何が起きているかを説明しようとすれば、少なくとも広島長崎のLSS調査の統計的な手法とその解釈を理解し、測定誤差や精度の理論、内部被曝の臓器モデルなどあれこれについて知識を得なければならない」ということになるが、放射線の健康に対する影響の「複雑さ」をこのように強制的に喚起させることが結局何に貢献するかといえば、健康被害に注がれる疫学的眼差し、つまりは集団レベルで記述された健康被害に対して観察者(同時に被害者)という個人が保っている距離を維持することに貢献するのである。言い換えるなら、福島原発の事故以後の出来事が証明しているのは、「理解することは許すことだ」というお定まりの知恵がもつ愚劣さなのだ。為さねばならぬのは、まさにその逆のことである。311後の日本においては、いわば逆転した現象学的還元を行ない、われわれに状況を「理解する」ことを許す夥しい科学的知見、意味の多様性を括弧に入れなければならない。「理解する」ことの誘惑にあらがい、TVの音を切ることと同じようなことを行なわなければならない。するとどうだ、声の支えを失ったブラウン管上の人物の動きは、意味のない馬鹿げた仕草に見えるではないか……。「理解力」のこのような一時的宙吊りを行なうことで初めて、311後の危機において政治的、経済的、イデオロギー的に問題となっているもの、すなわち、この危機を導いた政治的計算と戦略的諸決定の分析が可能になるのである。

「低線量被曝の健康に対する影響」というトピックはそれ自体が既にシニカルな距離を内蔵している。今日シニシズムはどのように機能するのか。フロイトはある手紙の中で、新婚者についての良く知られたジョークに言及している。自分の妻がどんな顔立ちで、どのくらい綺麗かを友人から尋ねられたとき、この結婚したての男は答えた。「そうだな、僕としては好きじゃないが、まあそれも趣味の問題だね」。この返答のパラドックスとはこうだ。ここでは主体が普遍性の観点を措定するふりをしているのだが、(にもかかわらず)この観点からみた場合、「好ましいということ」はある種の特異体質、ある種の偶然的な「病理的」特性として現われ、そのようなものとして、考慮に入れられていないのである。そして、言表行為を支えるこの「あるはずのない」場は、現在の「ポストモダン」人種差別においても同じく見出されるのだ。ドイツにおけるスキンヘッドのネオナチ信奉者は、外国人に対して暴力を振るう理由を尋ねられると、社会的流動性の減少、治安の悪化、父権の崩壊などを引き合いに出して、突然ソーシャル・ワーカーか社会学者か社会心理学者になったかのように語り始めるが、これこそ「メタ言語は存在しない」と言ったときにラカンが念頭に置いていたことである。スキンヘッドたちの主張することは、それが事実として正しいにも拘わらず、あるいはより正確には、事実として正しい限り、嘘なのである。犠牲者が自身についての客観的真実を伝えることが可能になる言表行為の自由で中立な場をスキンヘッドたちが占めるとき、彼らの主張は言っていることとは別のことを示すことになる。現代のシニシズムを特徴づけるのは言表行為のこのあるはずのない場なのであり、そこでイデオロギーは自分の手の内を見せ、それが機能する秘密を露にするが、それでもなお機能し続けるのだ。

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告白しよう。上の文章はジェジェクが書いた文章の一部を言葉を少々入れ替えて書きなおしたものである。元の文章はこちらにある。

『アンダーグラウンド』、あるいは他の手段による詩の継続としての民族浄化

http://www.ntticc.or.jp/pub/ic_mag/ic018/intercity/zizek_J.html

横暴な車の運転を行う人間に対して「やめてください」と注意したところ「あなたが事故に遭う確率はたったこれだけです」と反論され、なだめられたとしよう。あなたは理解するだろうか?さらにはそれを眺めていた第三者の歩行者が歩み寄り、「そうです、事故のリスクなんて実に少ないんですよ、実は私は保険会社の統計部におりまして」「あなたも車に乗るでしょう。便利でしょう。救急車がなかったら死ぬかもしれない」などとあなたを説得し始めたとしよう。あなたの心は「もしかしたら自分は間違っていたかも」と揺らぎ始めるかもしれない。

被害者を「ステークホルダー」と呼ぶことへの強烈な違和感が私にはある。放射線管理区域で生活するには放射性物質の健康被害に関する知識が必要である。が、その「理解」は危機を導いた政治的な状況に対する受容あるいは適応、すなわち「理解」=ステークホルダーという図式に容易に敷衍される。信念の対立、加害者と被害者という立場の絶対的な差を「カッコ入れ」によって可視化せねばならない。「カッコ入れ」をエセ科学と批判する向きもあるかと思うが、これは見当違いというしかないだろう。科学のカッコ入れは、科学の否定ではない。科学は厳密であればあるほど価値判断をすることが原理的に不可能になる。しつこいようだが、この点が理解出来ない人間がやまほどいるようだからもう一度くりかえす。科学のカッコ入れは、科学の否定ではない。「リスク」もそうだ。被害者として加害者にその行為の非道を昂然と指摘するならば、「リスク」を議論に含めてはいけない。

実戦的には次のようなことになるだろう。健康に対する影響やリスクはなるべく詳しく調べ、理解し、日々の暮らしにおける防護に活かせば良い。ただし、被害は被害である。たったこれだけしか死にません、としたり顔で言い募る加害者ないしはその翼賛者たちに対し、健康への影響の知見やリスクの多寡など知らないような涼しい顔で、「あなたは確かに加害者である」と主張すればよいのである。なお、ステークホルダーは日本語で「利害関係者」のことである。被ばく住民には原発事故による利はない。一方的な害を被るだけの被害者そのものである。さらには原発をめぐる社会の構造的な問題、たとえばその国内植民政策としての問題、あるいは原子力基本法の改訂によって先日から国の安全保障と名付けられることになった原子力という存在の問題に関しても、まずは「理解」を宙吊りにし個人の立場から憲法の定める生存権を侵害された被害者であることを明示することでしか根本的な批判ははじまらないだろう。

通りすがり通りすがり 2012/06/23 01:04 まったく本題とは関係ないことで申し訳ないけど、自動車が野放しにされているのは、本当にひどい問題。
北海道では冬には交通事故死は半分に減る(道路事情はより厳しくなり事故件数は増えてもだ)。つまり、車の最高速度を技術的に40キロに抑えるようにすれば、交通事故死が半分になることが十分に期待される。交通事故の原因は運動エネルギーなのだから当然の話だ。
交通事故を何とかしろというと、「江戸時代にもどれというのか」というようなオールオアナッシングのアホが沸いてくるが、僅かな利便性(利便性につながる速度は1次関数、リスクであるエネルギーは2次関数)とスピード狂のために、これだけの犠牲者を放置するのは許されるものではない。

gnegne 2012/06/24 18:13 全く本題とは関係のないことで申し訳ないけど、どうしてレースゲームで何度クラッシュしても乱暴な運転をやめない手合いいるのでしょう。さて本題に戻りますが一体誰を加害者と呼ぶのかが大切でしょう。折角威勢よく拳を振り上げても振り下ろす相手がいなかったら道化です。