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- きみ、そこはきみの家ではないのだよ - ミラン・クンデラ


17-12-2012 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

自民党が大勝だったそうである。

これから20年で原発段階的に廃止だと50%くらいの確率で次の事故が起こる。

この事故の確率の見積もりは私が適当に書いているわけではなくて、国家戦略室の発電コスト推定が前提にしている。

http://jun-makino.sakura.ne.jp/articles/811/note022.html

確率は50%である。サイコロを投げるようなことを再び日本の人々は選択した。福島で難民が大量発生して放置されているが、同じことがまた半分の確率で起きるわけだ。最悪の原発事故に懲りていない人々がほとんどらしいが、これを読んでいる方々は、少なくとも次の事故に備え、もっとも近くにある原発への距離ぐらいは知っておくべきだろう。

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秋葉原で自民党支持者が暴走!君が代熱唱し「朝鮮人を海外に追放しろー!帝国憲法、万歳!インフレ起こせー!」

…というわけでなんとなく清沢洌の暗黒日記を注文した。ちくま学芸文庫の古本三冊。紹介は例のごとく松岡さんとか。日記より氏の抜粋。

◇(正宗白鳥氏は)日本国民は戦争の前途にたいして不安を持っていないと話していた。そうだろうと思う。暗愚なるこの国民は、一種のフェータリズムを有しているのだ。

◇不思議なのは「空気」であり「勢い」である。米国にもこうした「勢」があるが、日本のものは特に統一的である。この勢が危険である。あらゆる誤謬がこのために侵される。

◇いわゆる日本主義の欠点は、国内の愛国者を動員しえぬことである。思想の相違を以て、愛国の士をも排斥することである。

◇モラールの問題だ。日本は全く行詰まったのだ。

なお、フェータリズムとは運命論のことである。

暗黒日記〈1〉 (ちくま学芸文庫)

暗黒日記〈1〉 (ちくま学芸文庫)

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大阪の瓦礫受け入れ問題で活躍していたモジモジ氏(id:mojimoji)が二ヶ月前にJRの営業を妨害した、とのことで拘置所に拘束されている。個別の問題であるが、より大きな文脈の一部であるような気が強くしている。署名したりカンパしたりしている。まだご存知でないかたは次のリンクを参照されたい。

下地さん声明文

http://blog.goo.ne.jp/garekitaiho1113/e/79c68fd4e86da4ec02b2e01a5188052b

放射能拡散に反対する市民を支援する会

http://keepcivicactivity.jimdo.com/

目下の支援は下地さんのゼミ生を中心に行われているとのことである。英文の署名サイトをフェイスブックにリンクしたところ、例のカルヴィーノ関係のイタリア人の友達が署名してくれた。

dempaxdempax 2013/01/10 05:11 お久しぶりです


碧猫さん(アズリューさん)が亡くなられたそうです


http://akiharahaduki.blog31.fc2.com/

→1月9日記事

kmiurakmiura 2013/01/10 07:06 驚きました。お知らせありがとうございます。

みなで共同作業をしていたころが懐かしいです。スマートで柔らかな知性には幾度も助けられました。その後もずっと何かを書くとなにかと彼女らしい暖かいコメントを頂いていました。もはやお礼の述べようもない。

碧猫さんの安らかな眠りを祈ります。

04-11-2012 マッチ擦るつかのま庭は黴むせて このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

イギリスの東海岸の

あれはどこだか忘れてしまった


  ジットリとした

  ヒンヤリとした

  ムシムシとした


台所のドアをそっとあけて

音をたてずに外にたってみる


暗い雲に空気はいよいよ淀んでいる

寒いはずの空気

じめっとしたワイシャツがなにやらまとわりつき

蒸した空気を胸に感じる

いっそのこと脱いだほうが


空気はどことなく冷たく

わたしはそこにしゃがんで

澱のような潮の匂い

湿ったレンガや

カビやら

隣家の生ゴミやら

やりきれない

あの匂いをかぎながら

あの歌をつぶやく


マッチスル

ツカノマウミニキリフカシ

ミスツルホドノソコクハアリヤ


  爆発的事象

  計画的避難

  冷温停止

  放射線管理区域

  風評被害

  県民健康管理調査

  原子力規制庁

  民主主義

  ケンカのイロハ

  復興予算


空虚な言葉が貨物列車に満載だ

しょぼしょぼと雨の降るドイツの冷たい秋に

あのイギリスの黴の匂いが一瞬鼻先をかすめる

身捨つるほどのコトバはありや


死に際し心拍モニタは止めましょう


そういわずに医者はのびあがり

手を伸ばしてモニタを止めようとした


とめないでください


医者はおどろいたように手をおろしむきなおり


こんな機械はもうみたくないでしょう


医者は小さな声でいった


わたしは首をふり


数字にはなれっこなのです

わたしは数字で生命を扱います

職業なのです


とめないでください


生命さえリアルにあらず

身捨つるほどのコトバはありや

26-10-2012 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

歳をとった人間は人相について語り出す。私はそれがどうしてもキライだった。人相で人のことは判断できない。そう考えてきた。外見で人を判断するなんて、なんてダメな判断力。そう考えてきた。

とはいえ、東京都知事とか副都知事、すなわち石原慎太郎とか猪瀬直樹の顔を見るにつけ、なんてダメな顔、軽薄な顔なんだろう、と思う。このような人間が、隣人を侮辱し戦争を煽り、自らは安全地帯で墓の目前。私はよくよく、人相は手相血液型はさておきよっぽど確からしい、と思いはじめる。

まあ、私も歳をとったのだろう。

原子力発電についてどうしても一言書いておきたい。「これがなければ日本はダメになる」。そういって必死になっているのは、かつては隠居であるべき人々ばかりである。なおかつその日本の本来の文化であれば隠居であるべき人々が「継続せよ、原発せよ」と画策している。

これは間違っている。2011年3月11日に日本は決定的なパラダイムの変換を経験した。近代的な意味ではなく、これまでにも日本に繰り返しあった、絶大なる自然現象を起因とするパラダイム変換である。年寄りにはそのことは理解出来ない。彼らにとって今まで通り、が最善の道だからである。しかし、不可避的に、非可逆の歴史的転換が起きてしまった。それは厳然としておきた。そのことを感じるだけの感受性を持ち合わせていない人間が、「原発継続すべし」「経済が」と唱和している。「またいつもみたいにやろうよ」。この人々は、100年後のことを考える知性がないのだろうか。死んだあとのことを考えないのか。

無念。ぶっこわれたものを前に「またいつもみたいにやろうよ」。ぶっこわれたその最大の理由が、あのいつも、であったはずなのに。

o-tsukao-tsuka 2012/10/29 10:38 最近では、幹事長になって出番の増えた石波の目つきの悪さが印象に残りました。

15-10-2012 ドイツの税関に電話してみた このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

先日フランクフルト空港の税関のことを書いたら、数万のアクセスがあったので、結構気にしている人が多いことがわかった。そこで、多くの人が一番気になるであろう「ドイツ国外からラップトップを持ってドイツに滞在する場合」について税関に電話して聞いてみた。

日本在住者がドイツを訪問する際に個人の所持品は課税の対象には当然ならないのだが、問題はその物品がおよそ4万円以上の価値のある物品である場合(例えばラップトップやカメラなど)、それが個人の所持品であって贈り物や販売品ではないことをいかに証明するのか、という点にある。

電話での私の最初の質問は、「ラップトップをドイツ国外からドイツに持ち込むために、フランクフルト空港の税関で何をすべきか」。

回答は、「通常これは問題にならないはずである。もし緑のゲートを通るときに捕まっても、ラップトップの領収書をもっていれば大丈夫。」

引き続き質問。「とはいえ、買ったばかりのラップトップだったらどうするのか。たとえ領収書があったとしても税関の職員がその新品のラップトップをドイツ国内で売るかもしれない、と疑うこともあるだろう」

回答。「わはは(心配しすぎですね、という感じ)。レアなケースではあるが、あるかもしれない。そのような時には、その場で課税されますが、再びドイツを出国するときにその課税の領収書を使ってお金はすべて返金されます」。

質問。「それで緑のゲートを通っていたら、罰金もありますね。ということは赤いゲートで申請するのが一番いいでしょうか」。

回答。「そうですね。赤いゲートで申請し、規定の課税額を払って、出国の際に全額返金してもらう、というのがもっとも確実ではあります」。

… というわけで、もっとも正しいのは、赤いゲートをとおって金を一度払いあとで返金してもらう、という方法だそうである。支払いの際にはなにも書類を作る必要はなく、単に課税の領収書が発行されるだけだそうである。電話した先は「そこまでやる必要はないですよ」というニュアンスだったが、たまにいる意地悪な(あるいは糞真面目な)税関職員のことを考えれば、新品のラップトップを持ち込む場合、なおかつ領収書がないならば*1、少々時間はかかるが赤いゲートで一度金を払い、出国時に返金してもらう、というのが確実な方法であろう。

私の場合はいちいち赤ゲートで申請するのは面倒なので、ラップトップの領収書PDFをラップトップに保存し、緑のゲートを通過、捕まって聞かれたらやおららPDFの書類を表示、という手段にすることにした。さらにゴネられたらそのときはそのとき、なんとかする、ということで。過去16年、100回以上ドイツから出入りしていると思うがかくなる作戦を立てるのは初めてである*2

なお次のリンク先に英語で質問できるドイツの税関の電話番号がある。丁寧な対応なので自分でもなにか聞いてみたい人はどうぞ。

http://www1.zoll.de/english_version/customs_info_center/index.html

*1:領収書がない場合には値段を聞かれる。あるいは税関の職員が勝手に見積もることになる。この見積りは先日の私の経験だと、職員は製品番号・製品名からネット検索で調べている。なお、「なぜ領収書が必要なのか」と疑問を持たれている方がいる。ドイツ国外に在住の場合には、領収書は値段の見積りが簡単になることと、購入日がわかるので、新品かどうかを判断できるからである。ドイツ国内に在住している人に関しては、ドイツで消費税を払ったかどうかを確認するため、になる。

*2:「なんて面倒なんだ!」と前回コメントしている人がたくさんいた。たしかに面倒。ただ、ドイツ人は税金の使われ方に対してもとても厳しい。日本の人たちはこの点どーなってんの、というか、復興税の名目で税金を徴収してその使い道は「北海道と埼玉県の刑務所の受刑者訓練」とか「日本原子力開発研究機構の研究費」とか「自衛隊の銃弾購入費」、こちらの追い剥ぎぶりのほうにもっと怒らないものか、と思う。復興税で「官庁の耐震改築120億円」にいたっては、まあ、なんというか。うち12億は税金徴収実務にあたっている税務所自身である。公共投資で経済を活性化、というのはわからんでもないが、東北で文字通り路頭に迷っている人を助けるのが先決ではないのか。

08-10-2012 フランクフルトの税関 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

このところフランクフルトの税関で立て続けに演奏家のバイオリンが課税対象になってその場で払えない高額であるため没収された、という件が話題になっている。

http://matome.naver.jp/odai/2134941753199027401

http://nofrills.seesaa.net/article/296070497.html

あららー、と思っていたら10日前私が日本からドイツに戻ってきたとき、見事にフランクフルト空港ターミナル1の税関で引っかかった。私は近年税関で捕まることは滅多にないのだが、今回はいかにも移民風な安い布製のでかいスーツケースにボロい小さなボストンバックだったんで、怪しい、と思われたんだろうな、と捕まった瞬間に思った。以前はかなりヨレヨレの格好していたからよく捕まっていたものである。

とはいえ今回なにが問題になったかというと、スーツケースに一杯入っていた両親から無珍先生へのおみやげ(なんとそれだけでいっぱい)でもボストンバックに入っていた私の洗濯物でもなく、バックパックのMacBookPro。2年半前のモデルだった。

その金髪の女性税関職員が「これどこで買った?」というので、研究所の予算で買ったものであると答えた。

「領収書は?」

「そんなもの持っているはずがない。二年半前のものだ」

「税金払ってもらいます」

「え。」(厳しくなったってほんとだったんだー)

「こっちにきなさい」

というわけで、オフィスに連れて行かれた。

オフィスにて。

「これいくらでしたか」

「7000ユーロぐらいだったかな」

「でも二年半前だから安くなっているはずですね」

「まあそうだろうけど、そんなこと私には関係ない」

ごちゃごちゃごちゃごちゃ。10分ほど議論。

で、ラップトップを持って行ってしまった。眺めてたらオフィスのコンピュータでebayにアクセスして中古の値段を調べている。もどってきて

「今ただちに消費税払ってもらいます」

「研究所のものだから、私は絶対払わない」

「証明書がないじゃないですか」

「ある。これは研究所の予算で買ったことは後で証明できる。ラップトップ没収していいですよ。あとで書類持ってきます」

「それだと書類作成が面倒なんですよ」

「面倒でもいい。明日は時間がない。あさってにでも書類持ってくるから、これ置いていきます。さあ、没収してください。今週ワークショップで教えるんでこまりますが、研究所に事情は話します。受講者たちにも説明します。だから没収の書類を早速つくるように」

「困りましたね。払ってください。」

「冗談じゃない、困るのはこっちだ。没収してください。絶対払わない。」

「… じゃあ、まあ今回はよしということで。次回からはかならず領収書を持参するように」

とまあ、こんな感じである。この税務職員は実に意地の悪い感じの人であった。こちらが怒ってようやく、という展開である。まあ、事実私に落ち度はないわけで、その強みもあった。

とはいえ以上のような状況は、私がドイツに在住しているから起きる話である。この場合、ドイツに在住している人間が、国外(ドイツ国外)でなにか買ったらドイツで消費税を払え、というのがドイツの税務署の言い分になる。関税というより消費税の話なんだよな、これ。

というわけで日本に在住している人がドイツへの往復でラップトップを所持している場合にはどうすればよいか(いちばん一般的に問題になりそうなのはバイオリンではなくラップトップだ)、EU非在住であること、機器が職務上必要であることを書類で示せることに注意すればよいだろう。なにしろ書類が重要な国である。なかったら書類はつくってでも持っていく。会社の備品ならば会社の財務にその旨英語で書いてもらってサインをもらう、とか。

  • EUに住んでいないこと、短期滞在であることをフライトチケットで証明する。
  • 日本で購入した証明をするため、日本語でもいいから領収書を所持する。値段だけでなく型式がプリントされているとなおよい。日本語キーボードのラップトップだったらまず問題ないだろう。
  • ラップトップが職務上必要であることをなんらかの形で示せるようにする。学会参加の登録書類、訪問先とのやりとりのメールなど。
  • 遊びでラップトップ持っている場合は、うまくいくかどうかわからんが「旅行中にネット情報にアクセスすることが必須である」とか、理屈を用意しておく。

− 落ち度がないのならば譲らない。

あとは、バゲッジクレームの税関のゲート通るときに、目を皿のようにしている意地悪そうな係員がいたら、「申告なし」の緑ゲートではなく「申告あり」の赤ゲートで自分から係員に話しかけ「ラップトップありますが」と申告すること。で、仕事で使う、日本に持って帰る、日本に住んでいる、といえば良い。ドイツの役人は現場の裁量が大きいので、係員の性格で処分が大きく左右される。この点ご注意を。まあ、なんかバイオリンはやはり狙い撃ちだろうな。

[追記]

研究所の財務にきいたら予算で購入したときの書類をPDFを用意してくれた。ラップトップ自体に保存しておけば今後忘れることもないだろー。

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01-10-2012 2012年9月28日夜 霞が関 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

日本でワークショップの講師をするため5日ほど出張した。時間をみつけて金曜の官邸前のデモに参加するつもりだった…のだが、山の中にカンヅメになっていた出張先からの移動に遅れて20時には間に合わず、それでも官邸前まで足を伸ばしたのだが、交差点の向かって左側の門で主催者らしき人々が撤収しているのをみかけただけだった。なんともさびしいなあ、などと思いながら、警察の護送車の車列をながめながらぶらぶら歩いていたら、財務省の前で映写会らしき集会を行なっている一群がいるのを見つけた。近づいてみると、「ふくしま集団疎開裁判」のグループだった。

ちょうど歩道の扇状になった部分を集会の空間にしている。より中心に近い部分の人々は座り込み、扇の中心部分はすこし高くなっていて、そこに立っている人からチェルノブイリの汚染状況と健康への影響の短い解説があったあと、NHKの特集の映写が行われた。電気はどこからきているのだろう、などど実に些細なことが気になって眺めると、携帯用の発電機らしきものなどもある。形から見てホンダのやつかな、などとくだらないことが気になる。

人数はおよそ60人ぐらいだっただろうか。はじっこに立って眺めていると、以前、お誘いをうけて早稲田の焼肉屋で一緒に飯を食ったことがある植松氏が飛び回って活躍しているのを発見した。映写の担当らしく邪魔をするのもなんだし、ということで声をかけないようにした。見回していたら、写真だけで見たことのあるアクティビストの園良太氏(はてなのブロガーでもある)がさらに忙しく動きまわっているのを発見した。リアルで見たのは初めてであるが、オーウェルが「アナーキストの顔」と表現したような顔はこんな顔なのかな、と私はなぜか「カタロニア賛歌」を思い出したのだった。思弁的で柔和な趣の植松氏とは対照的になにか、切迫したもの、闘争的なものを感じさせる人であることは確かである。

ETVの特集などはドイツにいてもながめることはできるが、そこに居ることが重要である、という持論にしたがって、人々を眺めながら私はかれこれ一時間ほど位置を変えながら参加した。扇状の一番外側の縁には警官たちが囲み、どんどん増えていった。

デモの状況のことはあまり知らないのだが、夕方8時までの金曜デモを主催している「首都圏原発連合」からは、彼らの20時撤収という指示に従わないので疎まれている存在らしい。私の認識としては「三々五々に勝手に集まってきた人々」なのであるから、「帰ってください」と頼むのもまた勝手であるが、帰らないのもまた勝手な話だ。勝手な同士で議論して、互いに納得出来ないならば「じゃあご勝手に」とそのまま別れるのが正しい姿だろう。党派的に分裂したり対立するのは、批判されている国家や官庁にとっては願ったり、のそのものだろう。官邸に向かって原発の稼動に対する抗議の声を上げること、ふくしまの子供たちの福祉を守ろうとすること、それぞれ具体的な目標がある。対立は無益である。

仕事の方のワークショップはきわめて盛況、というか、久々に日本の院生やポスドクと集中的に何日か過ごした。日本の若者たち、実に優秀である。彼らが日本のアカデミズムという書式システムに潰されないとよいのだが。目一杯科学を楽しめ、とは言葉でいわなかったが、たぶん、身をもって示せたのではないかと思う。

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18-09-2012 ケンカのイロハ このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

東京都の副知事である猪瀬直樹が一ヶ月前に次のような発言をしている。

泳いで来るのだから、こちら側から蹴りを入れれば一発だよ。水に顔を突っ込み、参ったかとやりグロッキーにして上陸させず来た船に帰してやればよかっただけのことだよ。こんなもん、ケンカのイロハだ。

2012年8月19日 - 10:57

そうこうしているうちに中国では抗日デモが21世紀最大の規模で盛り上がり、満州事変勃発の日である本日9月18日には1000隻の中国の漁船が尖閣諸島に到着する、とのことである。10隻に満たぬ日本の海上保安庁は「お手上げ」とすでに申し出ている。中国のこうした激発は「想定外の事態」であったらしい。原発事故や外交問題は事務手続きではない故、書式システムには想定しがたいのは確かだろう。野田政権は海上自衛隊の艦船をさきほど尖閣諸島に移動させ始めたとのことである。

英語の記事を眺めたところ、この事変の評価はおおよそ次のようなことになる。7月に起きた中国の艦船の尖閣諸島海域への侵入という事件が一度収まった後にタカ派にして挑発的な発言を繰り返すことで中国に悪名を轟かせている東京都知事石原慎太郎が、日本国内の右派に募金を呼びかけ個人の所有であった尖閣諸島を都が購入する計画実行に及んだ。この計画は上の副知事の発言にあるように実に軽薄な動機に基づくものであった。日本のネット右翼や右派は石原や猪瀬をやんややんや、あるいは「毅然たるどうのこうの」と持ち上げ、彼らはさぞ政治家としての溜飲を下げたことであろう。

この挑発に刺激された中国ではネット右翼(憤青)を中心に尖閣諸島は我々のものであるとする激発的な行動が起こり、目下繰り返されている日系企業・デパート・自動車会社・レストランの襲撃に発展している。背景には内政問題を中心とする中国共産党の支持もある。棚上げすることで問題を先送りにしてきた中国・日本国境の歴史的な係争地域がもはや後戻りできないほどの一触即発の状態にある(以上、参照にしたのはこのガーディアン記事及びこのフォーブスの記事)。

実に残念なことであるが、日本がその一触即発の場に軍隊を移動し始めた先程の時点ですでに賽は投げられた、と私は受け止める。軍隊を移動する、というのはそのようなことである。まさか、その意味を理解していないほど今の日本内閣が惚けていないだろう。なにしろ目下の防衛省大臣は、自衛隊出身者の武官・森本其なのである。これは、中国に対する重大な軍事行動のメッセージにほかならない。

さて、ご希望どおりのケンカになった。猪瀬直樹はさっそく迅速に尖閣諸島に移動し、泳いでくる漁民や人民軍を待ち構えてケンカのイロハ、テニスとジョギングで鍛えた健脚で得意の蹴りを世界に披瀝すべきだろう。できることならば石原慎太郎も同行し、日本の若者を極力危険にさらさぬよう、しっかり闘って欲しいものである。

事変にあたり、「理性的対応」を呼びかける声もある。評判を眺めると「そうだ、冷静に」「毅然たる態度で日本の民度を示そう」などといった声が多数みられる。「理性的対応」の内実は以下のようなものである。

何より考えるべきこと

 血が流れるかもしれません。

 もう、中国本土で日本人が怪我をしているようですが…。

 さまざまな情報が流れて心が揺さぶられ、無力感に苛まれたり、無思慮に行動したくなる衝動に囚われるかもしれませんが、主権を守る、領土を守る戦いは局地戦が間違ってでも発生してしまったらそこで終わる可能性はむしろ低くなります。

 戦争にならないように願いましょう。外交や、国民としての態度をもって、領土を譲る以外のあらゆる平和的、外交的手段が講じられるように、礼を失さず日本人として然るべき態度で中国人と接し続けることを誇りとしましょう。

 危機が去ってから、教訓を得て国民全体で議論しましょう。

 それまでは、これは有事であると弁えて、問題に対処する人たちの妨害とならぬよう、国民一人ひとりが考えて行動しましょう。

中国に対して理性的な態度を取るといっても、どう取ったらいいのか分からない人のために

http://kirik.tea-nifty.com/diary/2012/09/post-6e06.html

「戦争にならないように願いましょう」と書かれてはいるが、私の判断するところではこれは戦時動員の思考にほかならない。このようなことを書くと「非国民」と真顔で糾弾されたりするような状況にまたたくまになることも不思議ではないだろう。こんなものに同意してはいけない。さらにいえば、今の日本では交戦状態になっても「これは戦争ではない」「冷静に」と互いに頷き合って納得しそうな勢いでさえある。せめて、ファシズムとはなにか、ということをあらためて振り返ってもいいかもしれない。

「永遠のファシズム」ノート

願わくば日本の人々の心と言葉と体があらんかぎり、自由であらんことを。

私は祈らずにはいられない。

TakaTaka 2012/09/18 09:13 いつか来る道だったよ。早いか遅いかだけ。
竹島、北方領土と、
日本の借金と、同じ。
みんなが、いままで、見てみぬふり
してだけ。
いままで、真剣に考えたコトありましたか?

SinSin 2012/09/18 12:56 戦争が一部の者だけで起こすものでないことが、よく分かりました。

eijieiji 2012/09/18 15:25 >礼を失さず日本人として然るべき態度で中国人と接し続けることを誇りとしましょう。
結局これ、「俺たちは中国人とは違うんだ。」という動機の、理性とはかけ離れたものに見えるんですが…
ちなみに新大久保を中心にそんな悠長なこと言ってられないと思うのですが住んでる国が違うんでしょうか?

>問題に対処する人たちの妨害とならぬよう、国民一人ひとりが考えて行動しましょう。
この部分になんだか異様な気持ち悪さを感じてしまうんですよね、「国民ひとりひとり」がなんだか国の評価のための構成パーツというか。
まぁ全体を見ても「何より考えるべきこと」と称して抽象的なことを並べ立てて「日本人っぽいことを自分で考えろ」としか
書いてないようにしか見えないのですがこれを賞賛してる人々は本当に何か考えて行動してるんですかね…
「理性的な態度をどう取ったらいいのか分からない人のために」と称しながら
曖昧模糊に「理性的な態度をとろう」としか結局書いてない文章だと思うのですがなんでこれがうけてるんだろう…

あと、民主党がどうこう言ってますが「国有化」に動かざるをえなかった事情はどう考えても
石原都知事の蛮勇が原因でしょうにそれを指しおいて「 民主党は気に入りません。本当に馬鹿ばっかりで困ります。」だの

「鳩山さんや菅さんじゃなくて良かった、とあとから思えるような、決断をして欲しいと切に願うところです。」という
自分の政治的思想を無意識的に垂れ流してる時点でもうぶっちゃけ本人が一番理性がぶっ飛んでそうですが。

なめこなめこ 2012/09/18 16:34 切込隊長氏は「願う」と言いました。
あなたは「祈る」と言いました。
結論はそれほど変わらないように思います。
ネット右翼であろうが、インテリはてなーであろうが、
わたしたちには同様にどうせ何もできないのです。
なるようにしかなりません。

なめこなめこ 2012/09/18 16:55 前回の東京都知事選のとき、インテリはてなーの間では
「絶対に石原を再選させてはならない」と血気盛んな言論が並びました。
結果、石原は高い得票数で再選されました。
昨夏、2chやまとめサイトで反韓流キャンペーンが繰り広げられ、
フジテレビ前でネット右翼たちのデモがおこなわれました。
結果、フジテレビは特段ダメージを負うことなく、普通に放送しています。

わたしたちは社会を変えることは出来ません。

なめこなめこ 2012/09/18 17:08 海外であれば、ウォール街デモが記憶に新しいところでしょうか。
あれも結局標的があやふやなまま、何も変えることなく収束しましたね。

kyouhu_23kyouhu_23 2012/09/18 18:07 >「戦争にならないように願いましょう」と書かれてはいるが、私の判断するところではこれは戦時動員の思考にほかならない。

あのブログの話の内容は「無責任に煽るな」ということじゃなくて、「野田内閣の政策を支持せよ」ということでしたからね。戦時動員の思考というのはしっくりくる表現だと思います。

とおりすがりとおりすがり 2012/09/18 23:18 日本国内で「人を殺したくてうずうずしてる優秀な日本人」を集めて
ミャンマー国境から侵入させて攻め込めば勝てる

06-09-2012 フィンランドの国際化 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

フィンランドのことでメモしておくべきことがある。2007年に教えたときと、今回2012年の大きな違い。学生の構成である。教室にやってくる学生は、院生からポスドクたちなのだが、2007年の時点ではそのほとんどがフィンランド人だった。留学生というと、スウェーデン人、イギリス人、ドイツ人がちらほら。日本人もひとりだけいた。フィンランド人の学生って日本の学生に良く似ているなあ、と思ったのは、講義の途中でなにか質問は?と聴くと、シーンとしている一方、では終わりますといって、廊下にでると小走りで追っかけてきて、すみません、ちょっと質問が、とすまなそうな顔をしていいに来るところだった。まあ、そんな感じだったのである。

5年後の2012年、教えに行ってみたらなんと半分以上、70%が留学生だった。ヨーロッパの留学生、というよりもインド人、中国人、アラブ人、ペルシャ人、アフリカ人。正直言って、あんなにたくさんのアフリカ人を教えたのは初めての経験だった。昼食などはインド人の学生やポスドクに囲まれて毎日食べることになった。トゥルクの大学は5年の間に物凄い勢いで国際化したのである。先方の教授にその感想を述べたら、ああ、そうだよ、フィンランドは変わったんだ、とこともなげに答えていた。よくよく街で観察してみると、バスの運転手が英語をベラベラ喋るアラブ人だったり、真っ黒なチャドルのおばさんが子供を何人も連れて買い物をしていたりする。道行く若者も中東や黒人の若者が結構な数であった。

2007年ごろ、というとちょうどそのトゥルクの大学の教授たちがうちの研究所に視察に来たあとだった(そのときにうちで教えてくれ、と頼まれてフィンランドに飛んだのだった)。かれらの目的は「大学の国際化」だった。当時、日本もシンガポールも、国策で産業構造を知的産業ベースに転換しようと画策しており、どこも国際化ですなあ、などと思っていたものだが、フィンランドはアイデアとネットワークで、シンガポールは途方もない規模の予算投下でそれを実現しつつあるように思う。

サンフランシスコに15年いて2年前に帰ってきたというフィンランド人の教授と雑談しているときにその話になったのだが、「以前のフィンランドだったら私はサンフランシスコに逃げ帰っていたかも」と笑っていた。彼女の意見では「ノキアがフィンランドを変えた」とのことである。これは2007年もそうだったが、フィンランド人はものすごく頻繁にケータイで電話をかける。電話するほどのことか、というようなことでも次々に電話で細かく段取りが出来上がっていく。ノキア以前は、人と人のコミュニケーションは遥かに疎であった、と彼女は言っていた。ケータイが社会に登場したことと、物凄い速度で起きた国際化の関係はよくわからない。とはいえ、社会のこれほどあからさまな変化を実感したことは私にとってまれな経験である。

27-08-2012 ボルドー断章 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

7月から8月半ばまで、夏だというのに申請書だの原稿だのフィンランドのプログラムだの〆切がいろいろあって、ドタバタしていた。技術関連のミーティングに登録したら、会議の紀要に論文を書くことが必須なのだという。生物系だと概要だけ書いて発表なので勝手が違う。理系でも分野による作法の違いは著しく。このあたりの差が、複合分野の場では申し合わせのなかった不測のあれこれを引き起こして慌てたりするのだが、まあ、なんというか、ある分野で常識と思っていることは他の分野では非常識だったりするわけである。違う文化。

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ドタバタしていたのはこれまでほとんど出張との組み合わせでしか休暇を取らなかった私には少々難度の高い家族旅行という〆切もあったからである。あらかじめの用事もなくスクラッチから旅行を考えるのは久しぶりだった。行き先は今や貧乏画家のフランス人の友人が住むボルドー。彼は「政治にまみれた科学」に失望しポスドクを辞め美術学校に入りなおした人である。ドイツから片道1000キロの道のり、フランスの延々と続く農作地帯を抜ける。元物理学者の彼は予備校で数学を教えて生活費を稼ぎ、国から芸術家向けの助成金をもらって家賃を払っている。長年女ができないという非モテな悩みを抱えていた自尊心過剰かつ恥ずかしがりやの彼も、今や美術学校で知り合った若い恋人と二人で暮らしている。熱波でとてつもなく暑い中、蚊にさされつつ、自作の画が全面に描かれた壁のあるバルコニーで涼をとりながらボルドーワインを次々と空けた。2009年の葬式の夜には、貧乏美学生なのに全財産はたいて飛んできてくれた彼だけを家に招いて、二人でほぼ黙ってグラッパを飲んだ。ゆっくり話したのは何年ぶりだろうか。彼は今でもピュアな科学者だった。

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樹上生活者が発見される。木の枝を伝いながら家族で生活している。歩き始めたばかりの子供が危なっかしい足取りで細い枝をつたって母親を捜している。「危険ではないか、そんなところで子供を育てるなんて」と近所の人々が口々に非難する。「お前らが落ちてきて我々が圧死したらどう責任をとるんだ」「ゴミを落とすな」などと詰め寄るものまで現れる。しかし樹上生活者は樹上でしか生活できない。地上は彼らにとってあまりに異世界であり、地上に降りると、愛着ある樹上を離れたストレスに苦しむのだ。そこで「樹上で安全に暮らす方策を彼らと共に考えよう」と言い出す地上の人間が出現する。樹上生活者に優しく語りかける。「重力について一緒に考えましょう」「それはもう、そこにあるのです。位置エネルギー、知ってますか?高所であればそれは線形に増加する。高いところであればあるほど危険なのです」。「でもあなたの住んでいるところだったら、大丈夫、それになにしろそこがいちばんあなたが安心するところなのですから」。近所の人々の糾弾に困惑していた樹上生活者は、ある者は安心し、ある者は「ではどのぐらいの位置エネルギーだったら?」と困惑する。あるいは、「樹上に住みたいわけではないけれど、すみかを追われてここにしか住めないのです、どうにかしてください」と訴える。

思えばかつて霊長類はいつのまにか木を降り、二足歩行をはじめた。

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差別は差があるから差別が起こるわけであるが、差そのものは否定すべき対象ではない。差別があるから差を隠蔽する、あるいはよりポジティブには無化する、という手段を反差別の手段として採用する人もいるわけであるが、これは差別をなくすことにはならないだろう。それは隠蔽である、差はあるではないか、という人間が必ずでてくるからである。それは差であるか、差でないか、という議論は延々と終わらない。あるいはシンタックスとしての言葉狩りに終始することになる。結局私が思うのは差を単に認めること、差はあるのである、とするしかないことである。しかし、それは差が生じることを積極的に肯定することも含むのであろうか?究極的にはそれは死の積極的な許容、それもまたアリ、という立場にもなる。例えば放射線被曝は多かれ少なかれ、突然変異の確率を上昇させる。あるいは死ぬ確率も上げる。差の認知という理性が差の生成、死の積極的肯定を含むのであれば、差を奨励する立場を一貫し大いに放射線を浴びるべき、ということになる。あるいは死という絶対的とも思える差を全面的に認めることでしか究極の差別は無くならない。…しかし私は死に対して日々無意識に抗っている。

差は、自然だろうか。理性だろうか。

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自然を眺める科学者という立場を考えれば、この地球がいくら放射能まみれになろうが知ったことではない。あるいはそのために人類が滅びようが、あるいは他の種が絶滅に瀕しようがそれもまた自然なことなのである。人類を死滅させるような放射線の元で生き延びる進化をとげた生命システムなり、あるいはより極端には全くことなる月面のような荒涼たる自然がそこには豊かに息づくことになるだろう。恐竜の絶滅を思って寂しく思う人間はいるかもしれないが、泣く人間は殆どいない。異性愛、家族愛、博愛、人類愛と愛はレベルづけされているが、自然愛がもっとも広汎かつ過激であり、環境保護とは全くの対極に位置する。ピュアな科学者とはそのような神の視点の困った存在である。

11-08-2012 トゥルク・フィンランド このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

最初にトゥルクに来たのは2007年だった。60人乗りの小さなプロペラ機で到着した飛行場でスーツケースが出てくるのを待つ。ベルトコンベアがぐるっと回っているその真ん中に、巨大なムーミンが手を広げて立っている。そういえば5年前も4年前もこのムーミンは同じ格好で立っていたよな、と思い出す。やがて出てきたスーツケースを持ってタクシー乗り場に向かうとこれまた以前のように、タクシーがいない。なにしろ待っているタクシーはいつも数台しかいないのである。私より先に出た他の乗客が乗ってしまって、次が来るのをまたなければいけないのだ。

まあ、そのうちやってくるだろうと、やたら静かな田舎の駅のような飛行場の軒先のタクシー乗り場のベンチに一人で座る。大きな虫が何匹も北の短い夏を生きいそぐような凄まじい勢いで飛び回っている。こんなでかいのに刺されたら困るな、と思いながら電話を取り出してホテルの予約の確認などをしているうちに、もう一台のタクシーがやってきた。

街へ向かう道のりはどこか見覚えがある。二度も通ればなんとなく覚えているものだ。街のはずれにさしかかり、あっ、と思った。街のはずれにある、遠距離バスのターミナル。楕円形のきれいな建物がチケット売り場で、彼女が気に入って何枚も写真をとっていた。あの建物だ、と思い出す。2007年の夏、今回と同じくトゥルクの大学院生に向けた講義と実習で私は初めてこの地を訪れ、仕事が終わる頃に彼女はやってきた。一人で街の中をあちらこちらを彼女は探検した。仕事が終わった次の日、このバス停につれてこられた。これだというバスに乗り込み、はるか遠方のアルバー・アアルトが設計したというパイミョオのサナトリウムを見物に行ったのだった。キオスク兼食堂があるだけの終点でバスを降り、そこからタクシーで森の中にあるサナトリウムに向かった。真っ白なファサードが眩しかった。

彼女が残した写真はたくさんある。なんらかのデザインを撮影したものばかりである。次々と眺めていると、彼女がなにを大切にしていたのか、なんとなくわかるような気がする。トゥルクのバスターミナルは、彼女がなんていっていたのかも思い出すことができる。「このまるっとした感じがきれい」。まるっとした感じ、かあ。と私は2012年の今、つぶやいてみる。

トゥルクでいつも逗留するホテルから通勤していると、あちらこちらに彼女の影を発見する。あ、そういえば、あそこのイッターラのアウトレットの店がいい、っていっていたよな。

あの教会には先に彼女が行って、おもしろいから中を見なよ、と勧められて二人で見に行ったよな。

この図書館には入り込んでみて、片面が前面ガラスになっていた。光がきれいだねえ、とため息をついた。

川岸のレストランでは、店から流れ出るにんにくの香りにふたりとも気がついて、次回来たときにはこのレストランだなあ、と、どちらからともなく話した。

街の中にどこにでもある「ヘスバーガー」というファストフードの店。まずそうな店の名前だなあ、といいながら、なんか笑ったような気がする。なんで笑ったのかどうしても思い出せない。そう思っていたホテルでの夜、スカイプでドイツにいる無珍先生と義理の妹と話した。「街中にヘスバーガーってのがどこにでもあるんだ」と話した。義理の妹は言った。「モスバーガーみたい、あはは」。そうだ、彼女も「モスバーガー」ってまぜっかえして笑っていた。さすが姉妹だ、と私は妙に感心する。

シベリウス・ミュージアムの横を通り過ぎる。2007年、招待してくれた教授がシベリウス・ミュージアムで開いてくれた教授の娘の小さなピアノコンサートでは、シベリウスの曲を披露してくれたその小さなピアニストと並んで座って彼女はなにやら話し込んでいた。

教授の娘は今や18歳の北欧美人になっていた。半年ほど政府の助成を受けてシカゴにピアノの勉強で留学して帰ってきたところだという。トゥルクから一時間離れた、古い農家を改造したレストランで、再び小さなコンサートが開かれた。彼女はアメリカの曲と、フィンランドの古い民謡を交互に弾き、ドビュッシーのアラベスクを弾いた。20時半なのに美しい日の光のなかで、白いドレスを来た美しい娘が奏でるメロディーを聴きながら私は夢を見ているのかもしれない、と思う。

すごかったね、いや、ほんとに素晴らしかった、と教授の娘にお礼を言った。にこっとしながら、ありがとう、と流暢な英語で彼女が答える。黒いリボンを腰に巻いている。「ピアノのブラックベルトだね」というと、彼女は声をあげて笑った。

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