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- きみ、そこはきみの家ではないのだよ - ミラン・クンデラ


03-12-2008

[]   - kom’s log を含むブックマーク   - kom’s log のブックマークコメント

デリダの差異遅延(Defarence)の理論は多くのポスト・コロニアリストたちのよって引用され、西洋優越主義的なユニバーサリズムの脱構築、そして相対化に援用されてきました。しかしデリダ自身と彼の哲学は、その脱構築の結果として現れたポストモダン的な相対主義(relativism)に決して組みするものでは無かったようです。彼の晩年のエッセイに当たるこのコスモポリタニスムに関するエッセイにおいて、彼はユニバーサルな人間理解の可能性を考察しています。

ユニバーサルな共通理解、たとえば歴史的理解、を構築しようとする努力にに対する相対主義者たちからのよくある批判として、’現在の価値基準で当時の事実を断罪する’というのがあります。つまり、今と昔では事情が違い価値観も違うのだから、今の我々の価値基準では過去の人々の行動についてとやかく言うことは出来ない、というものです。たとえば、かつては帝国主義・植民地主義は列強国間において規範であったのだから、そのことによって、日本のアジアにおける侵略行為を非難することは出来ない、とするものです。しかしこれは明らかな、はてな、詭弁です。

2004-10-20 On Cosmopolitanism and Forgiveness

@土着コスモポリタン宣言 - Rooted Cosmopolitanism

猫屋猫屋 2008/12/03 06:41 日本(はてな)での論争内容は分からないのですが、一昔前には日本の大学の歴史科一年目必読書だったという「EHカーの歴史とはなにか」を読むことからはじめたらいいんじゃない?とか思います。明解な本のうえ良訳だし、おすすめです。

kmiurakmiura 2008/12/08 12:23 ありがとうございます。今回の話題は典型的な歴史学論争(ポストモダンという意味で)なようで、まあ、結論はみえているというか。典型ではあるのですが、本来ポストモダンの思想家がスルーしてはいけない内容のなずなので、ちょっと残念というか。

14-10-2008

[] 金融の在り方  金融の在り方 - kom’s log を含むブックマーク  金融の在り方 - kom’s log のブックマークコメント

IMFは昨年の信用収縮を待たずに、特に資本収支について自由化推進の立場を修正していた。IMFの元主席エコノミスト、ケネス・ロゴフ氏を中心とするグループの研究によると、貧困国における金融グローバル化の効果にはプラスとマイナスが混在している。

米国流自由主義の落日

金融市場開放の“チアリーダー”は引退

2008年10月14日 火曜日 FINANCIAL TIMES

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20081009/173350/?P=2

利子・証券のない社会は提唱されたりもしているけど私は反対。投資自体はわるいことでないと思う。だけどだからといって働かないで工学的な利子の操作だけで儲けるような仕事には反対。リーマンCEOの8年間で600億円の給与って円高で450億円に目減りしたけど、”殴られ代”として考えてもあまりに異常だと思う。また、金融のグローバリゼーションによって富の分散が行われたのは事実であり、正しい効果もあったと思う一方で、たとえば上に報告されているバブルを許容するような中国の政策継続はおろかだなあ、と思う。今後しばらくは金融緩和・ブロック経済に関する判断をめぐって闘争が展開するのだろうけれど、世界は「中くらいの政府」と人とモノの移動を制限しない国際社会を目指して欲しいと思う。ネットの発達もあるから、物質の移動が国際的に保障されることがなによりも重要な経済活動の基礎にいずれはなるのが必然なのだろうけど。

11-09-2008

[] 浄化  浄化 - kom’s log を含むブックマーク  浄化 - kom’s log のブックマークコメント

 一九世紀以降の戦争には、人種戦争という側面がつねにつきまとっていた。好ましくない人種を破壊することは、われわれという好ましい人種を再生させるための一つの方法である。われわれの人種の中から排除され、摘出される「汚れた部分」の数が多いほど、われわれはさらに純粋になる。戦争とは、ある意味では人種浄化運動なのである(旧ユーゴスラビア内戦では、兵士のレイブによる他民族の「汚染」の試みと人種浄化の原理が重要な役割を果たしたことを思うと、フーコーのこの指摘の先見性に驚かされる)。

 戦争だけでなく、犯罪者、精神障害者、狂人、性倒錯者についても同じような浄化の論理が適用される。優生学とは、生物学的なコントロールによって、「汚れ」を除去し、人種の浄化を図る学であり、生の原理によって人々に死をもたらす学問であるとすると、生‐権力とは優生学を原理とする権力だと言うことができる。

フーコー入門(ちくま新書) 孫引き 

via id:D_Amon:20080909:p1

浄化と汚染が対になっているところに注目。ただし21世紀以降の戦争は総力戦の軍事国家型ではなく散在戦の警察国家型に変容してあらゆる街角で突発的に起きるようになっている。これに対応して都市・街・住宅街・住宅・身体は排除に重きをおいた構造に変容しつつある。一方でそれぞれの外部では汚染がおこなわれる。局所的に秩序をつくり、外部に無秩序をつくると全体のエントロピー増大の速度は上がるから実に熱力学法則に則ったメソッドなのだが、それを人間がよしとするか否かは別の話。

そういえば先日のシンガポールの死刑制度の話もこれに繋がる話である。

http://d.hatena.ne.jp/kmiura/20080716#p1

gengen 2008/09/11 11:36 ぷぷぷ。確かにせこい。
しかし「3銭でも犯罪は犯罪だ」と善良な市民は語る・・・なんちゃって。
みんながみんなパブリックエナミー化してますね。ううう。
先日知人と話していたら
「公共施設で充電しているのを見ると腹が立つ」
と言ってたので、あちこちで起こっているのかも。

kmiurakmiura 2008/09/11 19:02 そのうち暑いときに銀行とか郵便局にちょっと入って涼んでいるだけで、警察呼ばれたりとかね。クーラーの無断使用罪とか。

odakinodakin 2008/09/12 04:00 窮屈で嫌ですよね。空港や大学食堂の(おそらくは掃除用の)コンセントとかみんな普通にPCで使ってたと思うけど。欧州だと(知らんけどたぶんアメリカでも)わりと、誰でも持っていけるところに置いてあるものは誰でも持って行って下さいという意思表示と見なされる、さらには大事なものを誰でも持っていけるように放置し誘惑して罪人をつくるのは罪深い事だ、というような感覚がある気がします。そういうのも倫理観の違い(どっちが上とかじゃなく)と関係しているのかもしれない。

kmiurakmiura 2008/09/12 10:05 なんか古典的な話になってしまうけど、日本で「ウチ」と「ソト」すなわちヨソサマしか社会空間の分類がないというのがまずいのかなあ、と思ったりします。以前の宮台氏とかは第三空間なんてことをいっていましたが、縁側的な機微が社会から失われているのではないでしょうか。欧米に縁側はもちろんないのだけれど、変わりにパブリックという意識があったりする。

kmiurakmiura 2008/09/12 10:10 ちなみに、ドイツの建築家は日本のいにしえの縁側的な空間性をハーフ・パブリックと規定していました。パブリックほどではない、ということで。

rnarna 2008/09/12 18:48 宮台氏のは第四空間ですね(家庭、学校、地域社会、の外の空間)。元ネタは磯村英一の第三空間らしいですがそのあたりはよく知りません…
http://miyadai-terminology.g.hatena.ne.jp/keyword/%E7%AC%AC%E5%9B%9B%E7%A9%BA%E9%96%93

路充電の追記の件、正直通報者にはちょっと黒さを感じますが、じゃあ自分で注意しろよと言えるかというと、難しいです。注意する必要すらないとまでは思えないし。
通報者は道徳的コミュニケーションを望んでいるのだけど(その動機自体には僕は肯定的です)、その不成立を予期して次善の手段として法的コミュニケーションに横滑りしているのだと思います。
絶対評価として、そういう社会はよくないとは思いますが、横滑りせずにいかなるコミュニケーションも発生しないのとどっちがマシかというと。。。

kmiurakmiura 2008/09/13 00:47 ”第三空間”の訂正ありがとうございます。

トピックに関してですが、公共の場所で自由に携帯ないしはラップトップを充電させることは、前向きに考えてもいいんじゃないか、そのような社会のほうが生きるうえでラクだろう、というのがまず私が思ったことです。次に、勝手に駅で充電を行うことは現行の法律では確かに窃盗という犯罪に相当するのだろうな、ということもわかります。だとしたら、法律を換えてこれこれのワット数の携帯・ラップトップの充電は公共利用空間においてコンセントがあるかぎり、また業務に支障をきたさないかぎり自由です、ってなことにしてもいいんじゃないでしょうか。あるいはそうした公共サービスを自明のものとするように努力する。簡単にいえば現行の社会の取り決めはこの点においてマイナーアップデートすべし、ということです。
こうした社会の取り決めの問題をふまえた上でなのですが、rnaさんが指摘しているコミュニケーションのパスの問題について。国家権力を介してでもコミュニケーションのパスは確保すべし、ということなのですが、私からすると、上にあるような理由でそもそもナンセンスな部類の社会の取り決めなのではないか、とおもうのです。社会を窮屈にするだけで、生きやすい社会をつくるためのルールではない。つまりそのパス自体がなくてもいい、と思っている(つまり、道徳的コミュニケーションの部分がすでに不必要)。世界的にながめてこのような細かいことで警察沙汰になるというのは異常とはいいませんが、きわめて偏執的だと思う。先日イタリアで日本人学生旅行者による落書き事件がありましたが、これもどこか同じような事件に思えます。そのために学生がわざわざ謝罪にいって泣いたり、とか教員が訓告を受けたり、あるいはネットリンチに近い状態になったり、というのはまさにナンセンスなのです。もちろんそれが日本の文化なのだ、我々はそれが心地よいのだ、というのがマジョリティならばいいのですが、本当にそうなのだろうか。
今回の件が意味をもつとしたら、そうしたナンセンスな取り決めを杓子定規にあてはめて警察に通報する人がいることが私には私にはわかったということ、そしてそうした人がいることを踏まえて、細かい法整備を検討したほうがいいんじゃない、ということです。黙認でいいんじゃない、というのが本音ですが。

23-07-2008

[] 「オマエは『在日』か」  「オマエは『在日』か」 - kom’s log を含むブックマーク  「オマエは『在日』か」 - kom’s log のブックマークコメント

 「オマエは『在日』か」、すごい言葉ですね。今日もめちゃくちゃ考えてしまいまいた。ある意味で、「啓蒙的」な言葉なのかも知れません。でも、私の経験からいって、この言葉は、自分自身を「啓蒙」する言葉であるハズなんですけどね。この言葉を使っている人があまり、「啓蒙」されている姿を見たことがないのは、なんでなんやろう?

私は、「在日」非社交的社交人です。

日本とドイツを往復する飛行機の中で眠りふと目が覚めたときに、自分がドイツに向かっているのか日本に向かっているのかわからなくなってしまい、およそ0.5秒だけすごい不安になることがある。アイデンティティが宙吊りになるリアルな瞬間っていうのかな。そのあいだだけ帰る場所がどっちだかわからなくなっている。この文章を読んでそのことを思い出した。

なおこの方の次の文章で紹介されている「モジ ヲ ヒロウ」という表現の深さは凄い。

落字拾い

10-07-2008

[] <無知の涙>批判  <無知の涙>批判 - kom’s log を含むブックマーク  <無知の涙>批判 - kom’s log のブックマークコメント

「永遠の嘘をついてくれ」――「美しい国」と「無法者」の華麗なデュエット

http://d.hatena.ne.jp/toled/20070726/1185459828

http://d.hatena.ne.jp/toled/20070727#1185459989

ちょうど昨年6月から同じようなことを考えていたのでほぼ一年後の今この文章を発見して、おー、と思った。この数日の「ニコニコ現実」という現実を先取りする形での自覚的無知ポジションのあぶり焼き、という内容なのだが、力技が見事に成功しているその中間部分を割愛しつつ最後のところだけ。

アナベスは、ジミーによって庇護される対象である。平時において彼女は、「永遠の嘘」の中で「無知」の役割を与えられている。だが、自分がやってしまったことの重さに耐えかねて「永遠の嘘」を放棄しようとするジミーを前にして、彼女は「無知」を娘たちに転移させることによってほころびを取り繕う。我々は、『メメント』の主人公のような便利な「コンディション」を持っていないかもしれない。だが、自ら「無知」でいることができなくなっても、こうして「無知」を他の誰かにアウトソーシングすることで「永遠の嘘」の危機を乗り切ることができる。*14

 彼女が歌い終わると、二人はまぐわう。このまぐわいにこそ、「永遠の嘘」の真実がある。歴史修正主義者がケロッと妄言を吐き、大衆がコロッと「騙される」時、深いレベルにおいてこの会話とまぐわいが行われているのだ。コミュニケーションがこのようなレベルで成立していることを見ないで、「簡単に騙される人々」を憐れんでいるオメデタイ「宥める左翼」にこそ、リテラシー教育が必要である。

教導批判ということで従来の左翼的なところに(かつそのリテラシー批判をしながらも)まとめられてしまう、のだろうか。なお今日という時点からながむれば「ニコニコ現実」すなわちまぐわい、ないしは乱交であろう。

ronin2008ronin2008 2008/07/11 10:47 気象衛星の予算がないという話は、打ち上げ当初から常にある。気象庁に圧力をかけて、何かを引き出そうとするたくらみ。財務当局も予算なくてあがりませんではすまないことがわかっていますから。

o-tsukao-tsuka 2008/07/11 13:44 バチカンの神父たちが、何かヘマをしでかしたらアリゾナ送りになるぞ、と脅えるような漫画を青池保子に描いてほしい。

kmiurakmiura 2008/07/11 19:58 ronin2008さん
>何かを引き出そうとするたくらみ
そうなんでしょうね。気象衛星なしくずしに取りやめというのはちょっと想像しがたい。観測所の方も外圧を期待、みたいなところもあるのかも。

o-tsukaさん
バチカンの神父が秘術をつくしてアリゾナの砂漠で悪辣保安官と対決、とか。そういえば、クリント・イーストウッドが神父の役の西部劇があったような。現実にはローマの雑踏で暮らしてたらたまには人のいないアリゾナ住んでみたいんじゃないかな。

バチカンは大学みたいに科学のいろいろな分野を専攻している人達がいて、研究所みたいなものらしいです。そのなかに歴史ある天文学もあるのだとか。

gengen 2008/07/12 12:26 この映画見たいなー。でもアマゾンで調べたら中古でしかも高いので、買うのもなんだか嫌だな。
しょうがないので、ケビン・コスナー監督および主演の『ポストマン』でも見て紛らわそうっと。
ところで、ランボーの最新作素敵です。
現在地元で上映中で、月曜に見に行って、あまりのすごさに昨日も見に行きました。
未見なら見たほうがいいよー。

kmiurakmiura 2008/07/12 21:45 学生のころうちで見なかったっけ?
録画したビデオだったと思う。

11-06-2008

[]敵はトヨタか? 敵はトヨタか? - kom’s log を含むブックマーク 敵はトヨタか? - kom’s log のブックマークコメント

原油高に伴う派遣社員切捨てがその背景にあったのでは、といういっしゅの内部告発でもある次の記事。

【秋葉原無差別殺傷】人間までカンバン方式

http://d.hatena.ne.jp/boiledema/20080610#1213114352

加藤某が働いていたトヨタの自動車工場の劣悪な労働環境は同じ青森県出身の鎌田慧さんの潜入ルポで有名になった話である。トヨタが敵、というのはわかりやすい。その先に原油高があるならもっとわかりやすい。でも、敵をそこに収斂させてしまうのはどうなのかな、と思う。原因をより詳細に吟味する上で、特定の名前を挙げることには確かに意味があるが、もうすこし問題を広く捉えたままで、考察をすすめていく必要もある。トヨタが消滅しても問題は解決するわけではない。トヨタに限らずあらゆる方面で鎌田慧的な言葉で使えば「人間の疎外化」は進行しているのだから、トヨタという名前を挙げることで溜飲をさげてしまうのは、本来の敵を見据える機会を逃すことになる(それは”空気だ"などと主張するつもりも毛頭ないが)。

なお、鎌田慧さんの今回の事件に関するコメントをちょっと探したら、通信社が配信しているらしい。京都新聞、河北新報などに掲載されたとのこと。

地元紙・河北新報の一面コラムは「事件の背景に格差社会の存在を指摘する専門家がいるが、どうだろう」「惨劇の原因を社会のせいにされてはたまらない」と結んでいます。ところがその裏、二面に載ったルポライター鎌田慧さん(青森県出身)の寄稿は違います。1968年に連続射殺事件を起こした永山則夫元死刑囚のことから書き出し、今は「時代はもっと悪化し、夢や希望を若者に見いだせない下層化が深刻になっている」としています。鎌田さんは自動車工場で季節工と働き、そのルポルタージュで名をあげたライターですから、同じような経歴の容疑者へ寄せる思いは強い。「秋葉原の事件は、労働者を憂き目に遭わせてきた?つけ?ではないか。(中略)社会構造を変えないと犯罪は起き続ける」と現代社会を断罪しています。コラムニストとルポライターの見解がこうも違うと、読者は戸惑うばかりでしょう。

 落第コラムニストだった私自身は、一定の収入と安定が保証されているサラリーマン・コラムニストの見解よりも、鎌田さんの説に与したい。ただし、下層化が永山元死刑囚や鎌田・元季節工のころより進んでいると見るのはどうなのでしょう。容疑者は時給1300円、月収約30万円と社会面にあります。手取りがいかほどだったのか、わかりませんが、若く気楽な一人暮らしなら、最下層の生活でもなさそうに思えるのです。

http://blogs.yahoo.co.jp/aka59mahi/archive/2008/06/10

「月収約30万円と社会面にあります … 若く気楽な一人暮らしなら、最下層の生活でもなさそうに思えるのです」とあるが*1、昨日書いたように、貧困の定義はよく考える必要がある。所得に基づいて貧困を定義するのは、単に所得は計測・比較しやすいから、という理由だ。たとえば健康状態を計るのに、体重の変化はひとつの指標となる。しかし血液の成分分析をしたほうがより精密に体の状況を知ることができる。血液成分を分析するのが困難であるからより容易に計ることのできる体重変化をもってのみ健康を判断することにする、という理屈は可能であるが、その判断が不十分なものであることは誰にでもわかるだろう。

10日付けの京都新聞で「ルポライター鎌田慧」氏がコメントしていた。

社会派のルポライターであるだけに、今回の事件についても表層だけを見ていない。

その一部を紹介する。

「・・・・加藤容疑者はわたしと同じ青森出身で、地元の名門高校を出たが派遣労働という底辺で働いてきた。・・・しかし時代はもっと悪化し、夢も希望も見いださせない若者の下層化が、深刻な問題になっている。加藤容疑者は自動車工場に派遣されていたという。・・・派遣は季節工よりも労働条件が劣悪だ。必要な時にしか雇われない。そして食うのが精いっばいの不安定な生活を強いられる。収入が減ると家賃も払えない。追いたてられるような切迫感、どうにもならない焦燥感があったのではないか。

自動車製造は塗装工程などではロボツト化が進んだが、加藤容疑者が担当していたという検査工程は集中力を要する仕事で、精神的に疲れていた可能性も考えられる。自動車工場における「人間疎外」の実態は、わたしがいた当時とあまり変わらない。派遣労働者へのケアはさらに少なく、工場の同僚と酒を飲む憂さ晴らしさえできない。

犯行現場の秋葉原はIT産業の中心地で、加藤容疑者には羨望(せんぼう〕と反感があったと思う。秋葉原の事件は、労働者を憂き目に遭わせてきた「つけ」ではないか。永山(19歳連続射殺事件ー死刑執行※引用者補足)事件の時代は事件を社会問題と扱った。最近は事件をすべて個人の心の間題に帰結させる傾向があるが、社会構造を変えないと犯罪は起き続ける。

事件は労働者問題、格差問題を再考するよう、現代社会に突きつけりれた警告と考えたい。」

http://blog.goo.ne.jp/maetetsu1128/e/7c05fec04d45b08a35851a8e4c0a5b0e

「あらゆる人格を目的として扱い、決してたんなる手段として取り扱うことのないように行為せよ」 実践理性批判 カント

Act in such a way that you always treat humanity, whether in your own person or the person of any other, never simply as a means, but always at the same time as an end.

This is The Formula of the End In Itself. Kant is stating in this that it is never right to treat a human being as simply a means of working towards some end, but always an end in themselves. Kant described humans as "holy" because of this. It can never be right, therefore, to use any group of people for your goals, or to categorise any group as a minority that doesn't matter. This principle upholds the ideal of no discrimination based on creed, gender or age.

http://everything2.com/e2node/Categorical%2520Imperative

[addentum]

上で所得に基づいて貧困を定義するのは、単に所得は計測・比較しやすいからという理由だ、と書いた部分の補足として、以下の抜粋を加える。

所得格差に関する分析は,所得に関するデータを眺めていればよいが,不平等に関する分析はまず「何の平等か」,すなわち何を「焦点変数」とするかに関して答えを持っていなければならない。不平等を論じるためにはまず何の平等について論じているのかを明らかにしなければならないという点は,センが強調するところである(この点については本書2 〜3 ページでも触れられている)。同様に,貧困も低所得と見なすのであれば,所得に関するデータを眺めていればよいが,貧困を人々の生活や福祉(well- being )という観点から見ようとすれば,所得は全く不適切な指標でしかない。この点は,本書の分析がはっきりと示している。不平等や貧困の指標としてセンが提案するのは「潜在能力」(capability )である。しかし,一般にセンの潜在能力アプローチに対する批判は根強く,「特定の機能にかんする情報を系統的に収集することは,往々にして,所得・消費データの収集以上に難しいし,また機能が多層的な概念である以上,具体的にどのような機能の組み合わせを評価対象にすべきかという困難さがついてまわる」(3 ページ)と批判される。そのように批判する人たちは潜在能力アプローチの重要性については申し訳程度に認めておきながら,結局,所得によって貧困や不平等は捉えられるのだと開き直ってしまうのが一般的である。容易に得られるという理由で所得概念に逃避しているのかもしれないし,あるいは,そもそも何が本当の不平等であり貧困であるかに気がついていない,つまり何を焦点変数にすべきかという答えを持っていないだけなのかもしれない。

潜在能力に関するデータを得にくいから所得を用いるというやり方は安易である。所得では捉えられないところに不平等や貧困があるにもかかわらず,所得を眺めていたのでは本当の不平等や貧困を捉えることはできない。効用を最大化する人間観がいつの間にか所得を最大化する人間観に変わり,そんな人間観に慣らされてしまうと,そこから抜け出すのは難しい。だから,不平等や貧困というと,単純に所得に結び付けてしまう。

『アジア経済』XLV ‐5 (2004.5)池本幸生

書評: 佐藤宏著 『所得格差と貧困』(シリーズ現代中国経済7 )

www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Ajia/pdf/2004_05/bookreview_ikemoto.pdf -

*1:hazamaさんのブックマークでの指摘「ニュースウオッチ9の報道によれば、加藤の月収は手取りで約12万。少ない月で10万を切ることもあったそうだ。」。おしらせありがとうございます。

10-06-2008

[] 貧困の日本  貧困の日本 - kom’s log を含むブックマーク  貧困の日本 - kom’s log のブックマークコメント

人間関係なんて重荷でしかない、行政に一任せよ、というひともいるけれどその究極の姿である孤独が上のような犯罪者だろう。それは格差ではなく単にすさまじい貧困の結果だ。カネがあるかどうかという貧困ではない。言葉がない、自分を表象する手段がない、人間関係がない、という貧困だ。自己表現手段の獲得、人間関係の習得・維持は社会が子供に教育すべき重大なサバイバル・トピックである。でもその切捨ては、日本において特にその貧困なる層にをターゲットに続いている。泣きっ面に蜂とはこのことか。

子どもの貧困 親の格差 策通じず連鎖

(08年5月28日付け朝日新聞朝刊、松原隆一郎「論壇時評 子供の貧困 親の格差策講じず連鎖」からの引用、孫引き、ここからも。)

日本の子供の貧困率(中位可処分所得の50%未満)は、14.3%で、OECD※加盟25カ国中10位。ひとり親世帯の子供の貧困率はじつに57.3%、 2位の位置にある。大阪府堺市の生活保護世帯を対象とする調査では、保護を受ける世帯の7割が「低学歴」、しかも保護の世代間継承が4割に達する。

 このように劣化した子供の環境に関し、国はどのような対策を取ってきたのか。88兆円(05年)の社会保障給付費はもっぱら高齢者に向けられ、子供向けは約4兆円、対GDP比ではアメリカと並ぶ小ささである。教育への公的支出はギリシャに次ぐ世界最低水準であり、私費負担が大きく、親の所得格差が教育に反映される仕組みになっている。しかも子供のいる貧困世帯への所得移転の効果はほぼ皆無で、これは世界に類をみない現象だ。

<…>

開発経済学者のA・センも強調するように、貧困は金銭の移転だけでは解決しない。したがってセーフティーネットによる再分配を実際に機能させるのは『社会資本』、各人の存在を無条件に受け入れ、向上する意欲をかき立て、そのための知恵も授けてくれる、家庭や学校、地域や友人などの人間関係である。

ひきつづきいくつかクリップ。

ひとり親世帯のこどもの貧困率、57.3%@Apes! Not Monkeys!

「あかはた」によればOECD 平均は21.0%。なお子ども全体の貧困率だと日本は14.3%で25カ国中10位、OECD平均は12.2%とのことだから、一人親世帯の数字が際立つ。OECD平均でも一人親世帯の子どもの貧困率は全世帯の子どもの倍近くになっているが、日本の場合は4倍にも達するわけである。母子家庭と父子家庭の数はケタが一つ違うので、これが男女間の賃金格差に大きくよるものであることは明らか。

「自己を確立する」という近代プロセスの欠落@ネタのタネ

年収200万円に満たない貧困層の増大の中身は、全体所得悪化の中でも温存された男女格差の玉突きのハテに位置する無配偶女性=独身女性の所得悪化の増大に起因する。

貧困対策より先に税・社会保障制度保全が先走り、後期高齢者医療制度ではビンボー老人は規定範囲医療でガマンして死んでけだし、一人前になるまで手がかかりすぎる文句たらたらな怠慢な連中なんかほかして、ガッツある働き盛りな移民1000万人「直輸入」して税金稼いでもらいますわと、、、なんだかまったく違う方向へ政府はいこうとしている。

・・・なんて問題はわかりきっているのにそのうち”狭義の貧困””広義の貧困”なんて定義が跋扈しはじめるのだろうな。広義の貧困は自己責任です、てな具合で。ひとつの大きな明らかなる原因は家族というユニットの解体と遷移。日本の行政は家族というユニットの構成変化においついていない。たとえば次の記事は参考になるだろう。

同性愛者が作る、英国の新しい家族の形@小林恭子の英国メディア・ウオッチ 

http://ukmedia.exblog.jp/9017569/

01-04-2008

[] 自律的移動の保護   自律的移動の保護 - kom’s log を含むブックマーク   自律的移動の保護 - kom’s log のブックマークコメント

生きる場所を自由に選択できるようにするためには国家に依存しない社会保障システムを考えないとダメだと思う。今あるその手のシステム(国家と関係のない医療保険、年金システム)は全部金持ち向け。法制の問題ではないのだよな。

 事務所に戻ると、深夜に、ある19歳のコロンビア人の女の子(もと女子高生、母は送還済みで、彼女は逃亡中)からメールが来ました。そこには“nos vearamos porque quiero que usted me ayude....ya me canse de estar de ilegal en este pais...quiero vivir tranquila y ser legal como toda persona...(助けてほしい。もうこの国でイリーガルで生きるのに疲れたから。他の人みたいに静かに生きたいの)”と書かれていました。

 「マルチチュードにふさわしい場所を決定するもの、それはまさに自律的移動である。」というのは、その人がお金持ちだからではないでしょうか。「パスポートや法的文書では、国境を横断する現代の移動はますます規制できなくなっている。」ようにみえるのは、その人が先進国の旅券を持っているからではないでしょうか。

 この事件の特異な経過から、現実の世界にはノマドもエクソダスもないことを知った人々には、そんな声にならない声こそ、すくいあげて欲しいと思います。

ネグリ来日中止のてん末+“Jicotea”の意味、いずれも判明

 移動の自由を守ることだけが、移動の自由を実質的に実現することだけが、まさにそれだけが大切である。それだけが正義である。正義とはそのことだけである。それだけが革命である。革命とはそれだけのためのものである。施設への大監禁(フーコー)が間違えているのは、人間から移動の自由を奪うからである。国家が悪しきものであるのは、戦争が許し難いのは、人間から移動の自由を奪うからである。

・・・

 移動に悲惨や不幸は付き物である。現状では不可避である。だからといって、移動の自由を阻害してはならない。移動の自由には、悲惨や不幸を補って余りある可能性が宿っている。革命家から学ぶべきは、移動の自由の行使である。フィンランドの寒地からロシアへ、フランスから山脈を越えてスペインへ、日本から漁船で中国へ、シベリアを横切ってヨーロッパへ移動した革命家たち。ところが、現在、自由に移動している者は誰か。統治者、外交官、軍人、私兵、企業人、インテリ、専門家、そんな連中だけである。民衆が同等の自由を獲得するなら、民衆自身の力で世界はまともになる。大事なのは、交渉・交流・交際・交通よりも、移動・渡世・渡り・流れである。あなたが遠くに支援に出かけていけるのに、どうして遠くの民衆はこちらに来ることができないのかと問うべきなのだ。

移動の自由

http://d.hatena.ne.jp/desdel/20080324

o-tsukao-tsuka 2008/04/01 12:31 まさに空気を読むことの危険を予知するべきですね。KYKY。

kmiurakmiura 2008/04/01 22:19 空気使いから1ステージ上げて稲田メソッドとでも呼んだ方がいいかもなあ。これ確信犯ですよ。

良識の星良識の星 2008/04/02 00:34 稲田議員のおっしゃっていることは筋が通っているのではないでしょうか。ただ単に助成するにふさわしいかどうかを確認し、本人はふさわしくなかったと思われただけでしょ。何をごちゃごちゃ言う必要があるのでしょうか。映画館にしたって内容にもともと問題があると思っていたから上映中止にしたんじゃないの。問題なかったら上映するでしょ。

rnarna 2008/04/02 01:30 >良識の星さん リンク先の記事をよく読みましょう。「内容にもともと問題があると思っていた」なら最初から上映しません。今回中止を決めたのは「公開日の4月12日からの上映を決めていた映画館5館」ですよ? 前売りも発売しています。そのうち1館は実際に「街宣車などの抗議を受けた」とありますね。
稲田議員については、助成の妥当性が問題なら映画の公開前に「確認」すること自体が筋違いなのです。公開されたものを見て議論すればよい。確信犯でないとしたら頭が悪いと考えるしかありません。

25-03-2008

[] 西向け、西! 多民族国家の神話形成過程   西向け、西! 多民族国家の神話形成過程  - kom’s log を含むブックマーク  西向け、西! 多民族国家の神話形成過程  - kom’s log のブックマークコメント

チベット動乱へのマクロな視点、という点から一連のワタクシ・スレッドとしてクリップ。いずれちゃんと書き直すかも。

反復された西部開拓、という視点。

Just like America, China is building a multi-ethnic empire in the west

http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2008/mar/25/china.tibet

Tibet and Xinjiang today set the stage for the birth of a multi-ethnic empire in ways that resemble nothing so much as America's frontier expansion nearly two centuries ago. Chinese think about their mission civilatrice much as American settlers did: they are bringing development and modernity. Asiatic, Buddhist Tibetans and Turkic, Muslim Uighurs are being lifted out of the third world - whether they like it or not.

チベット関連のあちらこちらのコメント欄でも漢民族らしき投稿者による”おまえらだってやっただろ”という投稿をみかける(だから正当化されるなどという屁理屈を論理と呼ぶ中日韓のネトウヨはそろってオツムが弱い)。

片や”多民族国家”は在外アジア人という形でゆるいネットワークがある。

アジアでの戦争体験を携えた新移民たちが続々とアメリカへ流入してきたことで<アジア問題のアメリカ化>が進んでいることは確かだ。そのために、アジア系の抗議運動も誰の差別に誰が抗議するか、様相はさらに複雑化しつつある。

収容所体験を持つ日系人も、日系二世の元兵士も、韓国独立運動の闘士の子孫も、旧日本軍に親を惨殺された中国系やフィリピン系も、あるいはかって鬼畜米英を叫びながら竹槍を手にした戦争花嫁も、今はアメリカに住む広島と長崎の被爆者も、かっての戦争体験を語り継ぐべき「アジア系アメリカ人」の一員としてある。アメリカのマルチ・エスニック社会とは、かように多様な声が立体交差する社会のことでもあるのだ。

村上由美子『アジア系アメリカ人―アメリカの新しい顔』

hizzzさんのところからの孫引き(id:hizzz:20080315#p3

そしてその反日感情の淵源を探った著者は、江沢民政権が中国共産党の「抗日戦争」を「反ファシズム戦争」の一環として取り上げ、アメリカや台湾の国民党の融和を打ち出したことと(その裏には台湾との平和統一を目指す意図もあります)、それに呼応したアメリカ国内の華僑華人社会の動きを指摘しています。

この在米華僑華人社会は必ずしも親共産党ではなく、中には共産党の迫害を逃れた人やその子孫も多いのですが、大陸と台湾との平和統一という一点で共産党と結びつきました。そしてその過程で「抗日戦争」や日本の中国侵略について学んだ結果、「南京大虐殺」や「従軍慰安婦」の問題について積極的な運動をするようになったようです。

baatarismさんの『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』 遠藤誉著のレビューから抜粋。

id:Baatarism:20080323:1206251384

かくなる連鎖を見ていると、200年前からの西部開拓運動は実はシェラネバダから太平洋を飛び越え、日本の満州侵略を経て中国を西に横断したのであろうか、などと思い始める。チベット人虐待・虐殺はネイティブアメリカンの虐殺や満州侵略と軌を一にして西進しているということになる。cf. 20世紀初頭の日本による大陸侵略は大陸に文明開化をもたらした、などといった言説は今でも大声でいう人間が日本にいる。あるいはアメリカだってそうだ。そして目下の中沿岸部の小金持ち漢民族がそのようなことをいったりしている。なお、中国共産党によるチベットへの侵略が日本による満州の侵略に似ているという点は内藤朝雄さんや、nomore21さん、ガーディアンに掲載されたPankaj Mishraによる秀逸な論評が指摘している。

チベットに関する内藤朝雄さんのメッセージ@−いじめと現代社会BLOG−

id:izime:20080321:p1

チベット問題と人権問題@ノーモアのコメント録

id:nomore21:20080322:1206147728

At war with the utopia of modernity

http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2008/mar/22/tibet.china1

かくなる状況でくりかえし私の意識にのぼるのはその東端フィラデルフィアで行われた先日のオバマの演説なのだった。id:kmiura:20080319#p1

ivicaivica 2008/03/26 06:04 引用や例が不適切ではないでしょうか。
満州国は日本が建国した既に存在しない国です。
例に取り上げるのならば現在日本に占領されている『琉球』や『アイヌ』が適切ではありませんか。
又イスラエルのガザ侵攻も人権問題ですが取り上げないのは何故ですか。

kmiurakmiura 2008/03/26 09:11 コメントありがとうございます。取り上げるべき対象、ということでそういえば西郷隆盛とかもそうだな、と思いました。ラジカルに担ぎ上げられてそれでも西南戦争に大将として参戦した西郷隆盛はどこか今のダライラマを思わせます。

上に書いたような形で扱うならば、琉球やアイヌもまた確かにその潮流の中で位置づけることができるかもしれません。また、イスラエルもそうでしょう。加えて国家論ということでネーションステートと辺境とはなにか、またこうした統治形態における植民地とはなにか、といった形で論は深めることができるかもしれません。ivicaさんがそうした形でより完全にまとめられることを期待します。

hizzzhizzz 2008/03/28 00:01 「モンゴロイド」が太平洋諸地域をぐるっと渡っていった経過が氷河期時代にあるのですが(「先史モンゴロイド集団の拡散と適応戦略」)、も少し最近?のものとして古代〜戦前の日本列島を取り巻く流動性イメージのひとつとして、80年代に網野善彦が提唱した「環日本海圏」という生活圏があります。>http://www.near21.jp/center/map1.htm

19-03-2008

[] Obama Speech: 'A More Perfect Union'  Obama Speech: 'A More Perfect Union' - kom’s log を含むブックマーク  Obama Speech: 'A More Perfect Union' - kom’s log のブックマークコメント

2008年3月18日、フィラデルフィアの憲法センターで行われたバラク・オバマの37分の演説。人種差別の歴史を持つことをアイデンティティとして読み替えよう、という実に感動的な内容。もったいないのは、選挙戦なのでこれがアメリカに限られるということなのだけれど、歴史の中にそうした人権侵害をめぐる問題があったということを無視するのではなく、見つめなしてさらにそれこそが我々という歴史的存在の現実であり、意義であり乗り越えるのだ、という力強い宣言は、世界のどの文化に対しても訴求力のある内容だ。

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トランスクリプトはこちら

[追記] 冷泉彰彦さんの評

トラブルとして面倒なことになっていたのはオバマの方です。オバマがシカゴ郊外で地盤を固めて行く中で世話になったジェレミー・ライトという有名な黒人教会の牧師について、その「過激反米発言」が徐々に明るみに出される中で、「オバマはこんな人間と同類なのか」とういうような非難が日増しに強まっていたからです。このライト牧師は、一万人以上の信者を集める黒人メガチャーチの元指導者で、典型的な反人種差別のリベラルという枠組みから外れる人ではないのですが、ここへ来て「ユーチューブ」などでその「過激発言」がグルグル回覧される中、ABCテレビが執拗に取り上げたり、保守派のFMトークショーで問題視されたりしていたのです。

 このライト牧師の言動ですが、確かに過激な内容が含まれているのは事実です。例えば、黒人解放のためには暴力も辞さないという姿勢を取った伝説の指導者マルコムXの流れを組むルイス・ファルカン師と一緒に、リビアやレバノンを訪問したとか、セプテンバー・イレブンスのテロに際して「アメリカが世界へ向けて行ってきた暴力の報いだ」と述べるなど、なかなか筋金が入った感じです。勿論、60年代から70年代の激しい時代の記憶のある人には、それほど驚くことはないと思うのですが、右派だけでなく、こうした言動にふだん接することのない最近の若い世代からは「アメリカ人のくせに反米的」だとか「黒人の憎悪を強調しすぎて白人との分断を招くだけ」という反応が出ていたのです。

<…>

 今回のオバマに突きつけられた中傷は、一見すると「オバマが左寄りすぎる」とか「黒人の代表であって、白人への敵意を持っているのでは?」という白人保守派からの「懸念」にように見えます。勿論そうした側面もあります。ですが、オバマの選挙戦略の全体から見れば「オバマという『新しさ』の中に『古さ』が見えてしまう」という意味で明らかな危機だったというわけです。その意味で、18日の火曜日にフィラデルフィアで行ったオバマの「人種問題に関するスピーチ」は、ダメージコントロールとして完璧な対応だったと言えます。

 内容的には、自伝などで言っていたことの延長でしたが、自分で推敲を重ねたというだけあって、演説として見事なものでした。「ライト師は自分にとっては家族同様の存在だった」とハッキリ認めながら、「しかし彼の意見には賛同できない。特に人種の分断を招く内容には私は反対だ」とバッサリ切り捨てるところは切り捨て、その上で「だが彼の生きていた時代は、人種隔離というのが現実だった時代だった。その意味で、彼の言動は60年代の反映だとして理解するのが正当だ」ということで、突き放しつつ擁護もしています。

 この演説は全米でかなり注目されていましたから、TVのニュースではさんざん取り上げられたのですが、短く引用する場合にはこうした「ライト発言への対策コメント」よりも、オバマの十八番の部分、つまり「ケニア人の父を持ち、白人のシングルマザーによって育てられた自分にこうしたチャンスを与えてくれる国は、アメリカだけだ」であるとか、「(妻の)ミシェルは奴隷の子孫でもあり、同時に奴隷の所有者の子孫でもある(実際にチェイニー副大統領の遠縁に当たるのだそうです)」という部分が何度も何度も放映され、改めてオバマの弁舌の説得力をアピールした格好になっています。事前の解説では、ライト牧師を庇ってもダメ、突き放ちすぎても変節漢ということになるとして、オバマ最大の危機か、などという言われ方もしていたのですが、結果的には予想以上の名演説になったというのが、おおかたの見方です。

『from 911/USAレポート』第348回 「左右の対立、新旧の対立

冷泉彰彦

2008年3月22日発行

[] 愛国遺伝子  愛国遺伝子 - kom’s log を含むブックマーク  愛国遺伝子 - kom’s log のブックマークコメント

信じられないぐらい愚かな発言をみかけたのでクリップする。国のために命をかける意志は遺伝子に組み込まれている、そうである。

『遺伝子というのは極めて利己的で、自分だけ生き残るために全部できている。ところが、自分の属するある団体を守ることが自分の生存に意味があるとなってくると、自己を犠牲にしてもその団体を守るという遺伝子が埋め込まれているらしい。それでは、その団体が何であるかという、その単位が問題なんですけれども、結局は人類数千年の歴史では国家しかないんです。それは一人一人に聞いて見れば分かることで、「おまえ、何のために死ねるか」と。「東京都のために死ねるか」と言っても、おそらく死ねる人はいないですよね。地球人類のために死ねるかというと、口先だけそういうことを言っている人はいるけれども、命を賭けてないですね。やっぱり単位は国であって、これは放っておけば自ずから出てくるものです。』

愛国心―国家的に物事を考えること 岡崎久彦

平成15年6月25日(水) 13:30〜 憲政記念館ホール 「今こそ教育基本法の改正を!」 緊急集会を開催

http://www.kyouikukaikaku.net/new150625.htm

pr3さんのコメント欄(id:pr3:20080318:1205844056#c1205887292)経由。

[追記]

NATROMさんが上記岡崎発言に関してすでに詳しく言及しています。

http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20060620#p1

rnaさん、ありがとうございます。

rnarna 2008/03/19 22:58 NATROMさんがトンデモと断じたやつですね>愛国遺伝子
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20060620#p1

abesinzouabesinzou 2008/03/24 19:00 はてなりんぐ「歴史修正主義に反対します」の皆さんにコメントしています。
はてなキーワードに対して歴史修正主義者から攻撃がされています。是非幣ブログの事情を読んでご協力ください。
http://d.hatena.ne.jp/abesinzou/20080322
また議論に参加ください。
http://norevisionism.g.hatena.ne.jp/bbs/2
この「有名人」は数10万人に影響をおよぼしていると思います。

kmiurakmiura 2008/03/26 00:54 abeshinzouさん、お知らせありがとうございます。上記リンク先読んでみます。