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kom’s log


- きみ、そこはきみの家ではないのだよ - ミラン・クンデラ


13-08-2008

[] IT生物学  IT生物学 - kom’s log を含むブックマーク  IT生物学 - kom’s log のブックマークコメント

来週フィンランドである某国際ミーティングに呼ばれて1時間話すことになっているのだが、そろそろパワーポイント作ろうかと思ってプログラムながめてちょっとびっくり。私が話す午後以外は生物学の話がほとんどないのである。前後のタイトルのリストを眺める限り、「インド・ヨーロッパ間のビジネスモデル、オフショアとニアショア」とか「知へのチャレンジ」だとか、「ソフトウェア開発における競争の利点」、「サービスベースのソフトウェアビジネス」だのなんだの。いわゆるIT。ネットジャーナルとかによくある感じ。えー。私のトピックはぜーんぜん違うのである。呼ばれたんだから勝手に喋らせてもらおうとは思っているが、ITやっている人達って、生物学のどんなことを聞きたいのかな。どうやってビジネスにするか、ということなのだろうけど。

o-tsukao-tsuka 2008/08/15 18:56 さすが協会の組手は殺伐としてますね……先日わたしも久々に組手をしたのですが、緑帯の元キックボクサーにボコられ唇切りました。

kmiurakmiura 2008/08/15 19:13 いやー、あんまり殺伐とはしていないはずなのですが、当たるとやっぱりすごい威力だなと思います。

元キックボクサーですか。それだけで反則な気が。

05-03-2008

[][] 科学リテラシーに関する文章の翻訳ボランティア募集中  科学リテラシーに関する文章の翻訳ボランティア募集中 - kom’s log を含むブックマーク  科学リテラシーに関する文章の翻訳ボランティア募集中 - kom’s log のブックマークコメント

Science For All American勝手に翻訳プロジェクト、協力者募集のお願い@幻影随想

Science For All Americans翻訳プロジェクトが始動しました@sivadさん

私は目下あたふたしていて翻訳できるような平常心にないので手伝えないのですが、とても面白い企画だと思います。科学に興味のある方全般に是非参加オススメ*1。関連しますが、戸坂潤さんの科学教育に関する文章を最近目にして、これも面白いな、と思ったのでリンクします。a-geminiさん@Liber Studiorumのご紹介です。

「現代科学教育論」戸坂潤

抜粋の抜粋になりますが以下のあたり名調子だしまさに科学リテラシーの話。

専門科学教育の壇上から科学的教養を考えて行くと、一切の衆生は専門家の下に立つ極めて至らない不完全者に過ぎなくなる。夫はまるで現役の将校が、一切の国民を自分の部下の兵卒に過ぎぬと考えるように妙な事で、職業意識の戯面[#「戯面」はママ]なのだが、こういうアカデミシャン意識のカリケチュアは、色々と尤もな形のナンセンスとなって現われるだろう。例えば科学的啓蒙と云えば科学を易しく素人に教えるためのポプュラリゼーションだと思い込んだり(之は何と退屈な通俗化ではないか)、或いは逆にそういうジャーナリズム(!)は科学の敵だと思ったり。――専門の科学という存在がもし民衆のためのものなら(アカデミシャンの神聖文化でないなら)、科学教育の問題は大局に於て素養乃至教養としての科学の教育から考えられて行かねばならぬ。

*1:いや、ない人もか

a-geminia-gemini 2008/03/05 22:10 はじめまして。a-geminiと申します。
ブログに言及していただき、ありがとうございます。Science For All American翻訳プロジェクトの方、私はアカデミズム外の人間で、英語の能力もないので協力できませんが、今後の進展を注目させていただきます。

blackshadowblackshadow 2008/03/05 22:21 こんばんは。幻影随想の黒影です。
プロジェクトをご紹介下さりどうもありがとうございます。
権利関係などで不透明なところがあるこのプロジェクトですが、完訳まで投げだすことなく続けていこうと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。

kmiurakmiura 2008/03/06 02:49 a-geminiさん、はじめまして。リンクされていた全集、拾い読みしましたが、とても楽しめました。ありがとうございます。

黒影さん、なにもできないので、せめて紹介ぐらい、と思って応援しているつもりです。手を挙げられた心意気に拍手したいと思います。

02-08-2007

[] 亜州科学  亜州科学 - kom’s log を含むブックマーク  亜州科学 - kom’s log のブックマークコメント

アジア方面の科学が世界の中で強くなりはじめてますね、というネイチャーの記事。

An Asian research community worthy of the name would be a formidable entity. And Asia-Pacific researchers have steadily increased their share of the scientific papers monitored by ISI, the Philadelphia-based citation service, from fewer than 15% in 1990 to 25% in 2006.

Asia on the rise

Nature 447, 885 (21 June 2007)

・・・なんだけど、問題は政治的な不安定さ(たとえば最近の政治的な意味での慰安婦問題とか、台湾の科学者が中国にいけない、とか)が障害になっている、という点と、ネットに情報がなさ過ぎる、という点が指摘されている。あと次のような話も面白い。

The problem is sometimes exacerbated by the commonness of some family names. Around one-fifth of Koreans have the last name Kim, for example. In recognition of the same problem in China, where 1.3 billion people carry only about 100 family names, the government is considering measures to get people to adopt the practice of taking their mother's name as well as their father's.

要するに金さんとか李さんばっかりなので、個人の識別がややこしいということ。これはあるなあ*1。Kim, Leeなどといったアルファベット表示の名前は確かに固有名詞として覚えるのにどうも不都合。論文に漢字表記もできるようにしたらいいのにな、と思う。もちろんこれは欧米のほとんどの人には意味がないかもしれないけれど。

なお、記事は全体に公平な雰囲気だけど、人によっては黄禍論を連想するだろう。

[追記] NSFにグラフがあったので、下に掲載する。

http://www.nsf.gov/statistics/nsf07319/content.cfm?pub_id=1874&id=5

f:id:kmiura:20070804024553g:image

出版された論文の地域ごとの変動。

f:id:kmiura:20070804024653g:image

これは、アジア域内の話。引用される文献の国ごとの割合。

今日付けのサイエンスの記事にもこんなのがあった。米国の伸び悩む出版数、伸びる欧州・アジアに関して。

"We don't have a smoking gun," says Rolf Lehming, who oversees NSF's biennial compendium of leading scientific and engineering indicators and has been tracking the phenomenon since the late 1990s. The trend is especially surprising given the growth in funding, personnel, and other research inputs over the 1988-2003 period being analyzed, he notes. It also deviates from the pattern in the European Union and in emerging Asian nations, where the output has continued to grow. As a result, their scientists can claim a rising share of global publications.

U.S. Output Flattens, and NSF Wonders Why

*1:なお、この点に関しては反論、というか補足の読者投稿がある。"The 'hundred surnames' of China run into thousands" Nature 448, 533 (2 August 2007)

24-07-2007

[][] 高校生のインタビュー  高校生のインタビュー - kom’s log を含むブックマーク  高校生のインタビュー - kom’s log のブックマークコメント

夏の学校とかで、高校生が20人ぐらい研究所にやってきた。出身国はドイツ、日本、イスラエル、フランス、ベラルーシ、ポーランド、イスラエルなどなど。広報の人に頼まれて、彼らとのディスカッション。こちらがわは7人ほど。

「ボクはいろんな興味があるんで、科学に人生をささげるなんてできそうもないんですが、それでも理系にいっていいのでしょうか」という質問をドイツ人がしていた。もちろんいいです、と答える面々。博士課程を取ったあとに広報の仕事でサイエンスライターみたなことをしている人が、私がその例です、と博士課程の研究と、現在の仕事の説明。まあ、でもこれには国によって事情がちがって、フランスや日本は博士をとったらオーバースペックでつぶしがきかない、と私とフランス人が補足。

イスラエル人の男の子が、「研究に対する情熱はどこからわいてくるんですか?」。これは答えがいろいろだったなあ。「科学はおもしろいのだ!」と断言する人もいたのだけれど、答えになっていないな、と思って私は「最初から情熱を持つやつなんて珍しい。対象と関わっているうちに情熱はだんだんと醸成されるのだ。されないことだってある。相性があるからね」と言ってみた。質問した高校生は少々不満そうだった。その顔をみながら「この情熱ってのは一目ぼれの恋愛とちがって結婚みたいなものだと思うよ」といったら、あー、そうなんだ、と納得した顔をした。

フランス人とイスラエル人が交互に「基礎生物学を研究することの意味は?」と質問。これにはイスラエル人の仲間が間髪をいれずに「医学への応用」みたいなことを喋り、ポーランド人の仲間がスピンオフのベンチャーの話など。これまた高校生は不満そうだった。実は私も不満。「お金の話ではなくて」、とフランス人高校生がいいかけたので、私は、そもそも科学的思考というのは君の国のデカルトが方法化したもので、その還元主義に乗っとって物事を筋道立てて考えるのはとても強力な論理ツールなんだ、といった。実は”科学的に考える”というのは生やさしいことではない。還元主義的になにかを考える、というのは時間のかかることだし、焦らないことが重要だ。その訓練をするのが大学院だし、基礎科学の研究者はその方法をプラクティスしている、という存在そのものが非科学的な思考が蔓延するこの世の中では意味あることだと思っている。

と、自画自賛のごとき説明をしたのだが、考えこむフランス人高校生の顔を眺めながら、事実上今の大学院は「搾取される若者たち―バイク便ライダーは見た!」にほとんど似たような構造の労働搾取のような面もあるし、断片化されるプロジェクトや、短いパブリッシュのサイクルに駆り立てられる研究生活はそもそも息の長い思考をするための訓練になっているのだろうか、とか、研究者にしたって実際には政治家がおおいし、などと心の中で思っていた。今の科学の状況を説明し、なおかつそれでもやることに意味はある、と説明するには時間が足りないな、と思った。あとで一緒に座っていたポーランド人が「還元主義だけではだめだ、自己組織化はどこいった、エマージェンスはどうした!」などと文句を言いにきたのだが、高校生にそんなこと説明するのは詐欺っていうか、なんていうか。まずは還元主義、が科学だろう。

搾取される若者たち―バイク便ライダーは見た! (集英社新書)

搾取される若者たち―バイク便ライダーは見た! (集英社新書)

バイクやガソリン代は自腹で、「荷物を何個届けたか」のみで支給される歩合制の報酬のために、バイク便ライダーたちは命を削るような働き方をしているという。さらに不幸なことに、それを「おかしい」と感じ取る知識や経験にも乏しい。著者は同じような搾取の構造が、SE(システムエンジニア)や介護士の世界にも存在すると指摘し、本書を通じて彼らに情報交換の重要性と連帯を叫ぶ。

teruyateruya 2007/07/26 11:13
こういう意見はどうでしょうか。

「Black Google」は地球を救う - あるSEとゲーマーの四方山話
http://finalf12.blog82.fc2.com/blog-entry-87.html

kmiurakmiura 2007/07/26 19:51 はじめまして。
リンク、ありがとうございます。
項をあらためてお返事しました。
http://d.hatena.ne.jp/kmiura/20070726#p1

19-07-2007

[] ウェブ論文  ウェブ論文  - kom’s log を含むブックマーク  ウェブ論文  - kom’s log のブックマークコメント

生物学の秘匿主義というのはパラノイックなんだけど、問題はピアレビューの不透明さ(たとえば、大御所が若い研究者の論文をレビューイングの過程で潰すことがよくある)。ギリギリまで隠して、根回しして、それから発表する。物理学に比べるとまあ、病気というかなんというか。そこで

Free market science

Information exchange in biology has already been enriched by online-only journals, databases, blogs and conference webcasting, but now Nature Precedings, an open access document sharing tool, aims to bring the community in line with the physical sciences, which have long used preprint servers.

Nature Cell Biology - 9, 721 (2007)

doi:10.1038/ncb0707-721

という試みには諸手を上げて賛成。

http://precedings.nature.com/

なお、上で引用したネイチャーCBの社説は全文無料で読むことができる。

こちらの記事もどうぞ。

Calling all biologists: free market science

http://blogs.nature.com/nautilus/2007/07/calling_all_biologistsfree_mar.html

11-07-2007

[] 喫煙とパーキンソン病  喫煙とパーキンソン病 - kom’s log を含むブックマーク  喫煙とパーキンソン病 - kom’s log のブックマークコメント

喫煙するとパーキンソン病になりにくいそうです。「タバコは百害あって一利なし」とか言う医者がいたら、「いやー、一利はあります」と反論しましょう。

Results We confirmed inverse associations between PD and smoking and found these to be generally stronger in current compared with former smokers; the associations were stronger in cohort than in case-control studies. We observed inverse trends with pack-years smoked at every age at onset except the very elderly (>75 years of age), and the reduction of risk lessened with years since quitting smoking. The risk reductions we observed for white and Asian patients were not seen in Hispanic and African American patients. We also found an inverse association both for smoking cigars and/or pipes and for chewing tobacco in male subjects.

Ritz et al.(2007) "Pooled Analysis of Tobacco Use and Risk of Parkinson Disease " Archives of Neurology Vol. 64 No. 7, July 2007

新聞記事はこちら。

Smoking wards off Parkinson's disease

結構まえからいわれている話らしいが、”抵抗勢力”が多いんで上の論文は1万人以上を解析の対象にしたとのこと。

Smoking, coffee, and Parkinson's Disease

11-04-2007

[] スーパースロウDrコース  スーパースロウDrコース - kom’s log を含むブックマーク  スーパースロウDrコース - kom’s log のブックマークコメント

スーパーDrコース:北陸先端科学技術大学院大が新設へ

大学院を迅速に終えることができる、というのは確かにメリットがあるだろう。分野によってはひらめきと勢いで通常の研究者をはるかに凌駕するような結果をだすことも可能だから。数学とか情報科学なんてそうだろうなあ。とはいってもゆっくりやったほうが面白い研究がでてくる可能性がある分野もいろいろある。私自身が8年間博士課程の院生だったからいうわけではないのだが(いやそれもあるかな)、徒手空拳の院生を息長く続けることができるかどうかもまた能力ではないか。たとえば、教授に与えられた”確実に結果がでる”テーマで博士課程やるのだとしたらまあ、速くてエライ、であたりまえ。一方で”テーマ自体を設定する”ないしは”系を立ち上げる”といった仕事だったら速くやるよりきっちりとあせらずに長時間かけてやったほうが50年ぐらいのスパンで研究を眺めたときにはその人にとって大きな意味があるし、そもそも科学のためですな。しかもこれはできる人とできない人がいる。というわけで「速くやるのがエライ」という新幹線な発想で特にサポートするだけではなく、長時間テーマを継続できる人も特にサポートします、ということにしたどうだろう。あるいは本格的な実験科学なんてねばりづよさがほとんどその要諦なんだから、それができる人をないがしろにするのはいろいろな能力のありかたを切り捨てることになるんじゃないの、と目下実験を離れて計算ばかりしている私は思ったりする。

猫屋猫屋 2007/04/12 07:28 こっちのパスツールでバイオロジー研究者をやってる女性(バカロレアから大学10年30代手取り1500ユーロ)、今でも学生のステイタスだから長期計画立てられないし社会保険なくて子供作れない、とぼやいてました(TVでの紹介)。パリのグラン・ゼコールでバイオロジーやってる若い知人がいるんだけど、専門はワインにしたいって言ってた。勉強一直線でやってきて、結果は確かに企業のほうがペイするよね。サイエンス系でさえこうなんだから、文系の苦労はさらにだし。。と、テーマに関係ない話でゴメンナサイ。

kmiurakmiura 2007/04/12 09:41 フランスの涙ぐましい状況はいろいろきいています。なーんか、ほとんど国でてしまってますよね。うちの研究所にも「帰れない」ってマジでいっているひとが何人もいます。フランスに比べたら日本はましかな。

30-01-2007

[] 科学者・技術者連盟  科学者・技術者連盟 - kom’s log を含むブックマーク  科学者・技術者連盟 - kom’s log のブックマークコメント

id:sivadさんがもっともな指摘をしている(id:sivad:20070129#p1)。日本には科学者・技術者を代表してロビーイングする団体がない、という点。sivadさんの提言は「理系人の地位向上」にフォーカスしているのだが、そうしたロビーイングをする団体がないのは、歴史的、文化的な背景もあるだろうな、と思う。

欧米を考えると、特に米国ではいまでも科学は思想運動である。旧約聖書の創造紀を学校でおしえる、とか進化論を学校で教えてはいけない、とか主張する原理主義的な人々がそれなりの影響力があるので、科学という世界観の流布は一種の思想運動的な色彩をいまだにおびている。だからロビーイング、なのだ。一方で日本においては似非科学、というカテゴリーはあるものの、世界観の対立にはならない。日本では宗教がとても曖昧な存在であり、世界観の対立があまり現実的ではないということもあるだろう。あえて主張するまでもなく科学・技術、なのである。そこにロビーイングという発想はでてこない。

さらにいえば、歴史的には欧米で科学が発達し、それを技術として輸入したのが日本である、ということもある。輸入したものであるからその体系をどこか無機質なものとしてみてしまう。世界観ではないのだ。そこにある体系の内側で工夫したり、発展させたりするだけで、その体系が生成する、ほろびるという可能性が考慮されないことになる。あるいはそもそも体系の栄枯盛衰などどうでもいい、という日本的な感覚もあるのかもしれない。だからそれを育てる・守るという感覚は”科学的思考の危機”というよりも、即物的に”科学技術立国の可能性・危機”として扱われることになる。

以上、科学と技術という本来まったくことなるカテゴリーを、コンベンショナルな”理系”というひとくくりにして書いた。科学と技術、という二つの異なる思考法がごっちゃになっているところが、上のようなロビーイング団体の欠落の背景にもなっていると思うのでもうすこし丁寧に考えていく必要がある。とはいえ、ひとまず私はsivadさんの意見を支持する。

15-11-2006

[][] プロとガチンコ  プロとガチンコ - kom’s log を含むブックマーク  プロとガチンコ - kom’s log のブックマークコメント

id:svnseedsの最近の記事におもしろいコメントがあった。彼の書いた内容が「ワタクシの書いた論文の内容の一部にこの記事は酷似しており、リファーするかどうにかしろ、さもないと告訴も辞さず」とのことで、プロの方からコメントがあったのである。はたからみれば、ネットに載っているデータでなにごとかの相関関係を考察する行為なのだからその材料でなにを料理しようが勝手だ、と思うのだがそう思わない人もいるらしい。プライオリティが問題になるようなトピックなのかな、そもそもこれって。なお、コメントしたプロの方はすごい勢いでsvnseedsの足りない点を指摘していて、下手な大学に授業料はらうより勉強になるだろうという状況である。

なんて思うこともいろいろあるのだが、実はこれは私の関連する分野のこれからのプロとアマの関係を考える上でもなかなか興味深い現象である。というのも”ゲノムプロジェクト”と称してさまざまなモデル生物の遺伝子やたんぱく質の情報がネット上にゴロゴロただでころがっている。こうしたデジタル化されたデータを利用して、そこからなんらかの傾向や生物システムのありかたを考察するプロの情報学者などがこれまたどんどん増えてきているのだが、あまり深く考えるまでもなくこの「データをダウンロードする」部分は誰にでもできることだ。プロの研究者はクラスターなんぞをつかい、複雑なモデルをデザインしてすさまじい量の計算をするけれど、アマチュアが家の古いPCをいくつか並列化して気長にいろいろ計算してプロットする、なんてことも可能なわけだ。でも、「その解析すでにやっているからネットでパブリッシュせんでくれ」とはいわないだろうなあ。むしろ結果を比較して再現性がある、ないしは別の角度からも似たような結論が、ということでそうしたアマチュアの趣味を推奨するのではないか。

そもそもアマチュアのそうした趣味の研究のほうが、プロの研究よりも信頼できるんじゃないか、という気さえする。データ捏造のニュースをよく耳にするけれど*1そうした生活と昇進欲に駆られた行為はアマチュアであれば想定しにくいからである。あ、名誉欲はあるか。でもそれだけである。ともかくもそんなわけで、趣味のバイオインフォマティックス、みなさんも自宅でいかがでしょうか。

*1:そういえば、先日うちの研究所で講演したNature Cell Biologyの編集長がすごいこといっていた。100人分の患者のデータを捏造した医者がいたそうである。

anzuanzu 2006/11/16 09:53 >賛成しているひとたちに、実際には日教組は弱体化していますよ、ほうっておいても組織率は減りそうです、と教えることは反対している側にとってひとつの重要なポイントなんじゃないだろうか。

「教師の問題=日教組=戦後民主主義」の図式が欲しい人たちだけが、自分の都合のいいように日教組の力を意識・無意識に過大評価していると思うのですが、、、

atat 2006/11/16 11:24 本質的でない問題を目下最大の問題であるかのように喧伝する。
あるいは、取るに足らぬ勢力を諸悪の根源であるかのように喧伝する。
ここ5年ほど流行ってる国内仮想敵の最新版。

crfcrf 2006/11/17 10:34 >賛成しているひとたちに、実際には日教組は弱体化していますよ、ほうっておいても組織率は減りそうです

これに対して予想される反論としては、
率は減っても、日教組の多い世代が重要な役職に就くようになったから問題なのだ、というものでしょう。

geragera 2006/11/21 01:20 反論にもなってない。子供を育ててりゃ,イデオロギーベースで教育する教師が一人でもいたらたまらんことがわからんかね。
組織率とか意味不明だよ。

kmiurakmiura 2006/11/21 01:25 愛国心教育が”イデオロギーベース”でない理由を明確に述べていただけますか。あと”イデオロギーベース”なる不可思議な造語についても定義していただけるとありがたいです。

synonymoussynonymous 2006/11/21 17:58 出身中学にも左翼教員はゴロゴロいたが、俺は左翼にならんかったなぁ。君らもそうでしょ? と反論してみる。

13-10-2006

[] 系譜  系譜 - kom’s log を含むブックマーク  系譜 - kom’s log のブックマークコメント

ミュンヘンの教授から、ちょっと解析のヘルプがいるとメールがあったのでとても久しぶりに電話した。すでに退職しているはずなのだが、いまだに授業をしたり研究をしているそうで前と変わらないという。なんともはや。元気な人である。ハーバードのあとカルテク、という米国科学エリート街道な経歴で、そのあと欧州に来てそのまま職を得て現在にいたっている。カルテクではマックスデルブリュックの元で仕事をしており、当時のデルブリュックやファインマンのコミュニティの生き生きとした日常の昔話を聴くのが私はとても好きだった。デルブリュックといえばT4ファージで分子生物学のコンセプトを作った3人のうちのひとりである。しかしながら、興奮のさなかにあった分子生物学の初期の段階で「分子生物学は終わった」と言って、環境応答の仕事に鞍替えしている。上記のミュンヘン教授は、言葉の端々から察するにこの鞍替えが理解できなかったらしく、そのことでデルブリュックとの関係がうまくいかなくなったようだ。穿った見方になるかもしれないが、彼がヨーロッパに来た背景にはそうしたこともあったのかもしれない。私がその教授の研究室で(研究室といってもいくつものサブグループからなるでかいグループなので実際には彼の指導は受けないが)これがやりたい、と研究室の方針とは少々違った環境応答の仕事を始めたときに、やれ因果応報みたいなことを何度か私にしみじみと言い、デルブリュックが最期の病床で交わした言葉などを話してくれたが、その真意らしきものを理解したのはデルブリュックの伝記を読んでからだった。

分子生物学の誕生―マックス・デルブリュックの生涯

それにしても、話すことが重要なんだなあ、と思う。私のような弟子世代と話すことでなんとなく安心し喜ぶ老境の教授、という経験をこのところ何度かした。まあ、だけどそれが大学の先生であるということの本質なのだろう。科学あるいは学問は一世代で終わる話ではないからだ。