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KAZUO Nakajima 間奏

2017-12-06

津村喬の江藤淳「フォニイ」批判とその後

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 かつて津村喬は、江藤淳の「フォニイ」論について、次のように批判した。

ここにこそフォニイ論が投げつけられるべき土壌があったのだが、江藤淳のまがいもの批判には「正統」と「成熟」を至高とする度し難い上昇志向がみられた。それは一言にしていえば、うしなわれつつある「国=語」の側に立ってフォニイを裁こうとした、反動的な試みであった。だが批判された側にも一人としてまともな反論ができた者はいなかった。(「もう一つの言文一致――写生通信文学についての序論」一九七五年)

 いわゆる「フォニイ論争」とその展開については、小谷野敦現代文学論争』に詳しい。そこで小谷野も言うように、「フォニイ論争」は、「形を変えた「純文学論争」であり「私小説論争」であった」。津村の言葉で言えば、江藤は、「国=語」(=言文一致)の上に立った純文学を「正統」と見なし、その保守を「成熟」、そうでない「フォニイ」を「まがいもの」として、後者を退けようとする「反動」であった、と。

 だが、江藤の「成熟」は、平野謙の「青春=人民戦線」への批判であり、平野のいう「純文学」とは実はプロレタリア文学のことであった(拙稿「なし崩しの果て」「子午線」vol.5参照)。それをふまえないと、純文学論争の本質も、論争で交錯する江藤と平野の関係のジグザグもともに見落とし、議論単線的になってしまう。津村の議論も今読み返すと、江藤のこともフォニイ論争のことも捉え損なっていると思われるが、今は措く。仮に津村の主張を受け入れたとして、ではその先に何が待ち受けているのかを、ここでは問題にしたいのだ。

 津村は、江藤のフォニイを本質的に批判し得た例として、山口昌男の「フォニイ礼賛」(一九七四年)を挙げる。

山口は、書かれたものは本来語られる言葉のフォニイだとするプラトンの立場をとりあげ、だからこそ形式の遊戯によって現実を遠くこえることができるのであることをナボコフからキートンまでをとりあげつつ論する。(中略)フォニイ論を読者論との関わりで展開する視点を人類学者から与えられねばならなかったことを、文学者は多少とも恥じ入るべきだろう。文学本来の力とは、この犯しの力にほかならなかったし、そして「悪場所」の力はもともとフォニイと不可分なはずであった。

 こうした「フォニイ礼賛」は、「文壇位階秩序」を「解体」したアメリカのニュージャーナリズムを想起させもするし、あるいはその戦線の「起源」には柳田国男正岡子規の「旅行記=通信文学」(写生)があって、そこには「国=語」に回収されない「もうひとつの言文一致」の可能性があったのでないか、というわけだ。だが、柳田の「旅行記=通信文学」は、クロポトキン地理学さながら(柳田がクロポトキン主義者だったという発見については、すが秀実+木藤亮太『アナキズム民俗学』参照)、国土という「不死の身体」の植民地的な拡張にほかならなかった。

 津村は、(大石修平論文を引きながら)言文一致を「旧き猜賢瓩、その外延の前線に、――自己革新として、あたらしき犖性瓩魍容世靴胴圓海Δ箸垢襦弉當と言う。だが、地理学的な「通信文学」は、まさに同様な過程によって生まれた、さらに「もう一つの」段階の言文一致ではなかったか。言文一致が国家の「領土化―脱領土化」の運動だったとしたら、「通信文学」は「脱領土化―再領土化」のそれだった。

 山口昌男―ニュージャーナリズム柳田国男正岡子規)という参照先からも明らかなように、津村の江藤批判は、政治から文化へのカルチュラルターンそのものだった。もちろん、当時それは毛沢東主義文化大革命という「政治」に依拠していたのだ。

 いわゆる「下部構造の上部構造への進駐」である。だがこれが、結局は当初の意図から遠く離れて、下部構造を括弧に括ることにしかならず、やがて括ったことも忘れられた骨抜きのサブカルチャーへと帰結したことは、今となっては誰もが知るとおりである。

 この下部構造なき上部構造としてのサブカルチャーの浸透に対して、最もナーバスにその危機を察知していたのが、大塚英志なども指摘するように、ほかならぬ江藤淳であった。江藤ほど、カルチュラルターンに、そしてその帰結たる「成熟」から遠く離れた幼稚化と動物化に、本気で「おびえ」ていた者もいない。

 私は、津村が言うように、江藤に「「成熟」を至高とする度し難い上昇志向」があったとは思わない。おそらく、江藤にとっても、「成熟」がすでに「喪失」されていたことは自明だった。にもかかわらず、スターリン批判以降、平野の「青春」も賞味期限切れとなり、誰も処方箋を見出せなくなっていく、そのなし崩しの総「転向」の渦中で、「成熟」と言って耐えるほかなかったのだろう。今は、とても動物化などとはしゃぐことのできなかった江藤に、むしろリアリティを感じる。

中島一夫

2017-10-24

散歩する侵略者(黒沢清)

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 「侵略者」たちは、地球人の身体を乗っ取り、次に彼らの思考の言語化である「概念」を盗み取る。心身ともに地球人となることで、地球を侵略してしまおうというのだ。概念を抜き取られた地球人は、それにまつわる思考を失ってしまう。その姿は、まるでまだその概念を知らない子供のようでもある。

 侵略者たちはほぼ地球人と見分けがつかない。いったい誰が侵略者で、概念を盗む犯人なのか。彼らは「散歩する侵略者」、すなわち群衆に紛れるベンヤミン的な「遊歩者」(フラヌール)だ。散歩しながら犯行に及ぶ「犯人」である彼らは、同時に散歩しながら仲間=同志を探し出そうとする「探偵」でもあろう。

 

 彼らが盗む概念は、「家族」「仕事」「所有」「自分」といったもの。明らかにこれらは、資本制社会を形成するコアとなる「概念」だろう。ドゥルーズは、哲学者とは概念を創造する者だと言ったが、この侵略者たちは、資本制社会を成り立たせている諸概念を、逆にひとつまたひとつと差し引いていく存在なのだ。いや、概念を奪い去ることで「オルグ」(初期から見られる黒沢作品のテーマだ)する存在と言うべきか。彼らは哲学者というより、反資本主義的な活動家である。

 だから、必然的に国家と衝突する。厚生労働省の役人とその部隊は、侵略者たちを新種のウィルスを持ち込む者たちとして捕獲、除去しようとする。確かに、資本主義が「ウィルス」(ポランニー)なら、反資本主義は新種のウィルスか。ウィルスを無化するウィルス?あるいは、ウィルスの上書き?

 いまだ地球人のことがよく分からない侵略者のための「ガイド」として、「王殺し」の下手人たるジャーナリスト長谷川博己)が選ばれるのも、したがって必然だろう。もともと彼は、横田基地で、米軍自衛隊に何やら不穏な動きがあることをつき止め、独自に取材をしようとしていた。作中に「米軍は帰れ!」という立て看板が見えるように、基地住民にとっては米軍も「侵略者」に見えよう。少なくとも、とうに終わっているはずの「占領軍」の名残とはいえる。

 彼らは、占領=侵略しているにもかかわらず、「平和」と「民主主義」という「概念」をウィルスのように日本に持ち込んだ。占領=侵略されたにもかかわらず、米軍が「トモダチ」と見なされているゆえんである(むろん、作品が示すように、基地周辺ではその矛盾が露呈する。ちなみに、「自分」という概念を奪われた刑事(児島一哉)は、「みんなトモダチだよね」とつぶやく)。当初は、日本を民主化する「解放軍」と見なされたわけだ。同様に、この侵略者たちも、ひょっとしたら資本主義からの「解放軍」かもしれない――。

 最初は半信半疑だったジャーナリストも、侵略者に「どっちにつくの? そろそろはっきりした方がいいよ」と「オルグ」=促され、ついには侵略者たちの側に立つことになる。そして、ラスト近くでは、巨大なアンテナを通じて、侵略への最終兵器たる新種のウィルスを撒き散らそうとするだろう。思えば、その登場からして彼は、巨大なアンテナを屋根に積んだTV局のライトバン取材をしていた。どのみち、米軍自衛隊の機密情報をウィルスのように電波で流し、国家と衝突するのは時間の問題だったのかもしれない。

 だが、すでにアンテナから発信され、最終的な侵略が始まっていたにもかかわらず、それは貫徹されずに中止される。今まで、どうしても盗めなかった「愛」の概念を、ついに侵略者(松田龍平)が、妻(長澤まさみ)から奪い取ることに成功したのが理由らしい。いくら教会の牧師に説かれても、一向に「愛」が盗めなかったのは、スピノザ的に言えば、「愛」は、万人に通用する同一性である「概念」ではなく、個人の心に思い浮かべられた「観念」だからだろう。

 「愛」は一般的、共同体的に語れない。常に「この」単独的な愛(長澤から松田へ)だからだ。なぜ侵略が中止されたか尋ねられた侵略者=松田は、「宇宙人も一つ賢くなったということではないでしょうか」と答える。地球人が概念だけではなく、「この」観念を抱くことを知ったということか。

 だが、それは反資本主義的な闘争=侵略からすれば「転向」だろう。これでは、消えゆく媒介者として死んでいった同志の侵略者たちが浮かばれない。愛は地球を救ったが、一方で革命を挫いたのである。

中島一夫

2017-08-16

ローサは密告された(ブリランテ・メンドーサ)

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 主演女優のジャクリン・ホセが、東南アジアの女優では初めてカンヌ国際映画祭主演女優賞2016年)を受賞したことでも話題となった作品だ。

 フィリピンマニラスラム街。その片隅でサリサリストア(雑貨屋)を営む夫婦には四人の子供がおり、生活は貧しい。現在のフィリピンは、80%が貧困家庭だという(この監督は、彼らこそフィリピンを「代表」しているとカメラを向け続けている)。彼らは、子供たちには教育を受けさせ、何とか階級離脱をはかろうとしている。それゆえであろうか、家計の足しにと麻薬の売買に手を染めている。貧困と麻薬が分かちがたく結びついているのだ(だからこそ、この後麻薬撲滅を選挙公約にドゥテルテ政権を誕生させた)。

 冒頭で、一家の母ローサ次男を乗せたタクシーは、彼らの住むスラム街の奥にまで入っていくことを拒む。二人は土砂降りの中、大荷物とともに降ろされてしまう。マニラ中心部に隣接した一角に位置していながら、この「路地」は露骨に色分けされた地域なのだ。

 時に互いに軽くぶつかりながら、所狭しと路地を行きかうのは、スラムに住む人々が日々の営みのために引いて歩くリヤカーであり自転車である。だが、ある週末の夜、この路地に猛スピードで二台の警察車両が侵入してくる。一気にあたりが不穏な空気に包まれる。ローサが「密告された」のだ。後に明らかになるが、密告者は、よく顔を見知っていた同じスラムの住人だった。

 全編手持ちカメラで、固定カメラの静的なショットは一切ない。ここでは、動的なカメラだけが、人々の生きる姿を活写できる。だから、本作が見つめようとするのは、貧困と麻薬が結びつくありきたりな状況ではない。密告した者やされた者ばかりではなく、警官たちもその中で生きざるを得ないフィリピン社会の動的な構造そのものである。

 ローサが連行された警察署の実態は驚くべきものだ(本作は、ほぼ聞き取りによる実話のようだ)。ローサと夫のネストールは、手錠をかけられたまま車で署に運ばれるが、彼らはなぜか正面玄関には入らない。その脇を通り過ぎ署の裏手の小部屋へと連れられていくのだ。「なぜこっちに」とローサはいぶかしがるが、警官らは耳を貸さない。部屋の中には「おネエ」と呼ばれる少年が一人、留守番をしていた。マニラ警察署には、ちょっとした盗みで捕まり、だが住所不定で家族もいないので、そのまま署内に留まって小間使いをしている子供が大勢いるのだ。

 いったい、この部屋は何なのか。最後まで明確にはならないが、どうも警官たちがチームを組み、普段は使われていない部屋を、勝手に自分たちだけの「分署」に仕立て上げているようなのだ。机やイスはもちろん、テレビやパソコン、尋問のための奥の部屋まである。見ようによっては、まるで映画のセットのようだ。本作の撮影には、本物の警察署が使われ、実はそこにいた警官たちは、撮られようとしている映画の内容までよく知っていたという。にもかかわらず、自分たちの「腐敗」のことだとは全く感じていなかったようなのだ。自分たちが腐敗しているとすら思っていないほど麻痺しているということか。

 ローサと夫は、売人の情報か金と交換に釈放をもちかけられる。金のない彼らに選択肢はない。やがて、彼らのタレコミでつかまった売人が「分署」へと連れてこられ、従わなかったために暴力をふるわれる。

 その一部始終を見させられた夫婦は、結局その後金まで請求され、子供たちは親族に無心して回り、家のテレビを売り、体まで売るはめになる。老婆が路地に捨てた洗濯の水で、娘が滑って転ぶシーンが印象的だ。この路地では、お互いがお互いを転ばせあっている。だが、娘は文句ひとつ言わずに歩き去るだろう。互いにそれが生活なのだ。

 最終的にテレビを買ったのは、何と警察署の正面窓口にいる警官だった。そのテレビは裏手の「分署」に新たに設置されるのだろうか、はたまた正面の署内か。また、事態を腐敗とみるべきか、スラムの住人も警官も生活基盤を共有していると捉えるべきか。いずれにしても、その売り上げは「分署」にわたるのだから、金も物も警察に納まったことになる。

 ローサ夫婦がそうであったように、ガサ入れは週末に行われる。なぜなら裁判所は週末閉まっており、「交渉」のために48時間の猶予が出来るからだ。警官らはウィークデイには制服で正面玄関から入り、週末にはそれを脱ぎ捨て、「分署」で貧困層から麻薬の売り上げを吸い上げる。

 制服姿の警官、私服の警官、小間使いの少年、売人、その家族、……。手持ちカメラは、この正面玄関と「分署」の間の廊下を何度となく往復し、行きかう人々を映しだす。この細く薄暗い道こそが、フィリピン社会全体の出口のない腐敗を、構造的に表しているのだ。

 こうしたなか、ローサの顔に激しい感情が表れないのが印象的だ。汗や雨に塗れたその顔は、生きるのにせいいっぱいで感情を表している余裕などないと語っているかのようだ。、良いも悪いも後悔も諦めも言っている暇はない。そう主張するように、ローサはひたすら街を歩いていく。

 だがラスト、屋台のリヤカーを引く、同じスラムの住人であろう家族の姿を見たとき、ローサは初めて感情を露わにするように涙ぐむ。いったいそれは、どんな涙だったのか。

 協力しあって屋台をしまう家族の姿は、ローサが戻りたくないより大きな貧困か、あるいは「手を染めてしまった」彼女には、もはや手の届かない「平穏」か。貧しくても幸せそうな家族を目にしながら、彼女の耳には「ローサ、アイスある?」という、スラムの仲間たちが隠語で麻薬を求めてくる声が聞こえてくる。ローサの目と耳は引き裂かれていて、それらが幸福な一致をみることは、もう二度とないのだ。

中島一夫

2017-08-10

君の膵臓をたべたい(月川翔)

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 すでに盛んに言われているように、本作は(少なくとも映画版は)、『世界の中心で、愛をさけぶ』(小説2001年、映画版2004年)と似ている。だが、本当に目を引くのは、むしろ類似ではなくその差異だ。

 いちいちストーリーは追わないが、まず本作『キミスイ』は、『セカチュー』的な「余命もの」を真っ向から裏切っている。おそらく、「余命」という発想が、もはやリアリティを欠いているのだ。災害テロ原発事故、過労、ストーカー……。誤解を恐れずに言えば、別に大病でなくても、「明日死んでしまうかもしれない」という不安や、未来への信頼喪失は瀰漫しているといってよい。したがって、本作の病気に対する軽視に見えるものは、あまりに体感治安が悪化していることのあらわれなのだ(そう捉えてはじめてラストが腑に落ちるだろう)。

 『セカチュー』は、白血病のヒロイン「亜紀」と、詩人萩原朔太郎にちなんで名づけられた程度にはその名が卓越性を持つ「朔太郎」との純愛ストーリーだった。亜紀の余命が尽きそうになるにつれ、二人の恋は燃え上がり、また二人の世界の閉鎖性は純度を増していく。

 その閉鎖性を表していたのが、深夜ラジオへの匿名の投稿や、それを模したお互いへのメッセージを吹き込んだ二人だけのカセットテープ交換である。そして、そのテープの交換を媒介していたのが、大人になってから朔太郎の恋愛相手となる、当時小学生だった別の少女だった。

 すなわち、互いに特別な存在同士による特別なメッセージは、その媒介をしていた者までも特別な存在となるよう二人の関係に巻きこみながら、求心的に同心円を描くように機能していくのである(だからラストは、朔太郎と(元)少女の二人が、朔太郎と亜紀にとっての「世界の中心」に並び立たねばならないのだ)。世界の「中心で」愛をさけぶとは、この求心力にほかならない。

 一方、『キミスイ』においては、ついに「愛」は語られない。というか、この作品では、明確に恋愛が拒絶されている。膵臓に病を持つ「桜良」は、「僕」を「仲良し君」としか呼ばないし、「僕」も桜良を「君」としか呼ばない。「君の膵臓をたべたい」というタイトルにおいて重要な言葉は、ホラーチックな「膵臓」でも「たべたい」でもなく、実は「君」なのだ。

 これは、いくら親密になっても、お互いを「君」と呼び続ける距離を保ち、いかに恋に落ちずに友愛を維持し続けるかという二人の物語なのである。セカチューが、お互いに特別な存在である二人による求心的な物語だったとしたら、キミスイは、二人が決して特別な存在に昇華しない、言いかえれば一つの「中心」に回収されないというところに、作品のモチーフが賭けられている。本作は、セカチューを拒み続けようとする物語だと言ってもよい。

 これはいかなる事態なのか。おそらく背景には、恋愛への不信とリアリティの喪失があろう。恋愛は面倒くさいものであり、結婚に至るまでの夾雑物となりつつある。それは現代においては、リスクが高すぎる行為なのだ。できれば恋愛をすっ飛ばして「いきなり結婚」したい?(結婚は、ダブルインカムになるし子は宝なので、あいかわらず必要)。

 代わって相対的に浮上してきているのが、「友達」であり「親友」である。今や異性の恋人ができることは同性の親友を失うことを意味する。桜良の親友の「恭子」が、「僕」に嫉妬し攻撃的であり続けるというのは、現在の若者にとっては不自然ではないことなのだろう。

 したがって、キミスイにおいて、メッセージは特別な存在の恋人同士ではなく、桜良から僕へ、また桜良から恭子へと送られるのであり、しかもメッセンジャーになるのは僕自身なのである。桜良のメッセージを受けた僕が、恭子に「僕の友達になってください」と伝えるとき、本作が徹頭徹尾、「恋愛」ではなく、実は「友達=君」をめぐる物語であることを告げている(映画のもう一人のキーパーソンである、ガムを友達になるためのコミュニケーションツールとして使う「ガム男」に、妙に存在感があるゆえんだ)。

 それは、お互いを「特別な存在=固有名」ではなく、「君」と呼び続けようとする、さらに言えば「君の」膵臓をたべたいと、なぜか相互に言い合う物語だと言ってよい。それは、「余命」を、劇的で特別な日々ではなく、凡庸な毎日の積み重ねとして「きちんと生活したい」という桜良自身の願いからくるものであった。

 「世界の中心」から「中心」の拒絶へ。あるいは、「特別」から「凡庸」へ。さらにはまた、固有名から「君」へ。恋愛のリアリティの喪失は、体感治安の悪化という市民社会の崩壊からくる不可避的な事態だろう。市民社会とは、「求心的」に恋愛(欲望)の三角形を形成するものだったからだ。そんななか、何か(それがここでは「膵臓」というだけだ)を等価交換しあう「親友=君」の希求こそが、今最も「さけばれて」いるように思える。

中島一夫

2017-08-01

22年目の告白――私が殺人犯です(入江悠)その2

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 東浩紀の新刊『観光客の哲学』とは、「必然性」の最後の領域と思われてきた「家族」にまで、「偶然性」を導入した「思想」にほかならない。

 世界は「偶然性=確率性」で覆い尽くされていると見なすこと。そこで言われる、「「まじめ」(必然性)か「ふまじめ」(偶然性)かわからないテロリスト」とは、まさにイスラム原理主義テロに「感染」した、本作の真犯人のような人間であろう。繰り返すが、確かに現代は、この「犯人」から逃れられない。この「犯人」の「時効」は成立し、その「思想」は野放しになっているのだ。

 だが、冷戦終焉以降(スターリン批判以降というべきか)、歴史の「必然」は崩壊し、もはやそれが作動していないならば、世界が「偶然性」で覆われると見なすことに、何か「思想」的な意義があるのだろうか。それはただ、世界の現状をそのままなぞっている「リアリズム」にすぎないのではないか。「偶然性」は、鉄のような歴史の「必然」が一方に強固にあり、そこからの「解放」を意味したからこそ思想的な意義があった。今やそれはただの現状肯定でしかない。「偶然性=確率性」の思想的な耐用年数は、とうに過ぎているのだ。

 むろん、今から歴史の「必然」を再建するのは不可能だろう。だから、未来は、偶然の「家族」(=観光客)の偶然の子供たちに、「ふまじめ」にまた「無責任」に託すほかないように見える。そうでなければ、本作の真犯人のような享楽的暴力か、またそれを薄めて「思想」化したような、テロリズムと踵を接した「あばれる力を取り戻す」アナキズム栗原康『現代暴力論』など)か。「観光客」と「あばれる力」は、コインの両面なのだ。

 だが、同じく歴史の「必然」の失効に立ち会い、享楽と無責任に接していながら、それを革命に転化していったのが「68年」ではなかったか。転化への道はか細く、今や見えにくくなってはいても、それは依然、重要な参照先としてある。

 「その1」冒頭の石原は、確かにスターリン体制下のラーゲリで「偶然性=確率性」の洗礼を浴びた。私が生きのびたのは、偶然によってでしかなく、だからこそ生き残ったことにはうしろめたさがつきまとう――。だが重要なのはそこからだ。石原は、決して自らの生が偶然性にさらされたことを、言葉にしたわけでも思想化したわけでもなかった。

だが、偶然であればこそ、一個の死体が確認されなければならず、一人の死者の名が記憶されなければならないのである。

 自らの生の偶然性=確率性ではなく、あるいは子供たちのそれではなく、あくまで自らの偶然の生の代わりに偶然に死んだ、一個の死の名を呼ぼうとしたのだ。そこに、享楽と無責任を、責任へと転化するか細い道がある。私にとって「68年」とはこの「転化」であり、コミュニズムがあり得るとしたらこういうものだ。

 生の偶然性=確率性を、自らや子供たちの生に見出すか、それとも死者の名を呼ぶ行為へと転化するか。そこに決定的な分岐点がある。私にとって、思想は後者にしかない。それだけが、本作の「犯人」の「時効」を、真に無効化することができるはずなのだ。

中島一夫