メフメット・ムラート・ソマー“The Prophet Murders” (2008, Serpent's Tail)

 前に紹介した本の感想を書く。いつも以上にレビューのクオリティが低いのは、きっと残念賞だったから。

 トルコの、あるミステリシリーズが08年末から続けて英訳されている。著者はメフメット・ムラート・ソマー*1(Mehmet Murat Somer, 1959-)。現地では2001年から刊行開始したもの。
 ソマーは工科大学卒業後、ソニーのエンジニアとして就職。この頃から小説を書くことを志すが、当時はいいアイディアが浮かばず、書けないままCitibankに転職する。しかし90年代半ば、ソマーは健康上の問題で2度の大手術を経て療養を余儀なくされることになる。この機会を利用し、彼は執筆活動を開始した。
 彼の好きな小説家はバルザック、それからカポーティ、クリストファー・イシャーウッド。また、パトリシア・ハイスミスの『リプリー』と『ヴェネツィアで消えた男』、それからオルハン・パムク『わたしの名は紅』などを愛してやまないという。60年代から西洋文化がトルコへ流入し、英米ミステリ・ハードボイルドが読める環境が形成されたが、ソマー自身は幼少期はどぎつさが苦手であまり好まなかったそうだ。(参考:英語版Wikipedia)
 果たしてどんなものか、第1巻を読んでみた。

 舞台はイスタンブール。名が語られることのない「主人公」はプログラマ業を片手間に、いわゆるオカマクラブのママをしている。自分のところの店子ではないものの、若い女装娘(クィア)たちが連続して死んだ。警察は街娼同然だった彼女たちの捜査をまともに行わず、当初は事故として処理する。ところが死んだクィアたちは皆、本名がコーランに出てくる預言者*2と同じだった。偶然にしては出来すぎている一致。更に死体が発見されるにあたり、主人公の知人や店子も大パニックに陥る。かくして事件を解決しようと、彼は探偵の真似事を始めるが……。

 主人公はしいて分類するならば、女装好きのゲイ。店の若いクィアたちと違い、性転換する気はない。好きなタイプはきちんとした服装の年上の男で「男相手も女相手も試してはみたが、どうもタチ役は駄目みたい」とのこと。男性の服装をしているシーンも多い。
 著者はまだ性的マイノリティが主人公のミステリが少なく、世間でのおかまへの悪印象も根強いことを払拭すべく本シリーズを書いてみたそうだ。

 作品自体の評価だが、良くも悪くもとにかく軽い。読みかけを長らく放置していたのだが、本腰を入れて読み始めたら薄さも手伝ってか、残り3分の2以上を4日もかからず片づけることができた。各章は非常に短い。
 本書の問題は、おもに登場人物の大半があまりに頭を使わず、直感で行動するところにあると思う。フィクションにリアリティを求めすぎるのは野暮というものだが、いくら何でもキャラクターを無鉄砲な行動に走らせすぎだろう。たとえば「主人公」は捜査の第一歩として、異性装者が集うネットのフォーラムで、いち早く事件を知り女装者の死は神罰だと繰り返し書きこんだユーザーをハッキングし、彼の所在を突き止める。そこまではいいのだが、主人公はここでいきなり彼を事件関係者と疑って特に準備もせず自宅に突撃してしまう。ちなみに、荒らしの正体は先天的に歩くことができず、車椅子生活を送っているプログラマの若者で、主人公の熱烈なファン。ひそかに主人公のPCをハッキングさえしていた。この男、腕前はいいのだが、重度のマゾヒストのため情報を与える対価として主人公に殴ったり蹴ったりしてもらおうとする!

 ※ここからネタバレあり、注意。
 中盤以降はさらに無軌道になり、主人公が<ネタバレ>独断で犯人に目星をつけて証拠を集め、どんでん返しもないまま、やっぱり犯人だったと判明する</ネタバレ>残念な展開である。さすがにもう少しひねってもよかったのではないか。いくら謎解きには重きを置かない本だとしても、犯人をロックオンしてから解決に至るまでの長さはなんだったのかと思わざるを得ない。

 主人公の長年の知人ポンポンさん(本名ゼケリヤ=聖書ではザカリア)が連続見立て殺人に怯え、彼の自宅へ転がりこんでくる。リーダビリティにも大いに貢献してくれる、お節介好きのなかなか強烈なキャラクターだ。しかし肝心の物語がここまで一本道だと、さすがに部分部分のユーモラスなシーンだけで支えきれるものではない。クライマックスでさえ主人公はピンチに際して無力なので、悪党が逮捕されても今ひとつ爽快感がないのも痛いところ。

 以上、読みやすさとエキゾチックさでおまけしても、5段階中3というところだろうか。「ミステリ風味」のロマンスか日常の物語といったほうがよく、ちょっと期待していた方向と違った。日本で一番近い作品はきっと西澤保彦森奈津子もの。あれからファンタジック要素と実在作家ネタを引いて、プロットを平板にするとこんな感じ。ネタ的にも。

 ちなみに本シリーズは、トルコでは《Hop-Ciki-Yaya》*3シリーズ、英語圏では《Turkish Delight*4》シリーズと呼ばれている。本国では既刊7巻、以下続刊予定だそうだが、英訳されているのは現在のところ3作目まで。なお著者自身は「友人たちに散々疑われたがヘテロ」だという。

The Prophet Murders (Hop-ciki-yaya)

The Prophet Murders (Hop-ciki-yaya)

*1:ソメルと読むのだろうか。とりあえず、ここでは英語読みで。

*2:キリスト教と共通のもの

*3:チアリーダーの掛け声、転じてオカマ・オネエを意味する死語だそうだ。

*4:「トルコの悦楽」の意味だが英語でぎゅうひ菓子のこと。トルコの作品であること、水商売にまつわる話であることを暗示するこの命名はうまい。