よがあけて

2018-04-05

備忘録 YAMAHAのウクレレの型番と発売年月

09:41

No.60A 1,200円 発売1963年03月

No.60C 1,200円 発売1963年03月

No.90 2,000円 発売1963年03月

No.170 1,700円 発売1963年03月

No.220 2,200円 発売1963年03月

No.300 3,000円 発売1963年03月

No.400 4,000円 発売1963年03月

No.1000 10,000円 発売1963年03月

備忘録

YAMAHAウクレレの型番と発売年月

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jl6paljl6pal 2018/04/06 10:00 昭和38年製やな!3月やったら、高校1年生、ウクレレなんて全く縁がなかったな。よく調べたね。

2018-03-22

伊勢「アジア・オセアニア地区ボッチャオープン」観戦記

12:25

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伊勢アジアオセアニア地区ボッチャオープン」観戦記

伊勢市の県営サンアリーナで開かれていたボッチャの国際大会アジアオセアニア地区ボッチャオープン」を観戦するために、伊勢に行った。

正確には、地元のボッチャ競技の選手たちがこの国際試合を観戦することを介助しに行ったという表現が正しい。

雨模様のJR伊勢市駅に降り立った19日午後、福祉タクシーで会場となった三重県サンアリーナへ向かった。

地元では見られない大規模な会場で、どこから観覧席に入っていいのか戸惑っていると、「このエレベーターから3階に上がれます」と流暢な日本語で教えてくれたのは、チャイニーズ台北の選手だった。

3階の入り口では、高校生のボランティアと思しき受付のお嬢さんたちが笑顔で迎えてくださり、見え易い場所へと案内してくれた。

車椅子専用の3階観覧席は2ヵ所12席しかなく、既に埋まっていたので、1階から試合を観ることになった。

ニュージーランド香港、日本、韓国マレーシア台湾オーストラリア国旗が掲げられ、煌々と会場を照らす照明。

会場は熱気に包まれ歓声が響き渡る・・・という典型的なスポーツ観戦ではない。

それは、ボッチャという競技がとても繊細であることの現れなのか、それは日本のボッチャ競技の特異性なのかは、国際大会が初めての観戦である私には分からない。

誰かの咳や、カメラマンのシャッターの音、電動車いすのモーターの走行音でさえもが敏感に聴こえるのは、天井の高さや円形のスタジアムのせいではない。

しかしながら、選手がファインプレイの際に咆哮する声には観客も一体となって拍手を送り、短くとも熱い声援を送る。

おそらくは観客の大半は、ボッチャのプレイヤーであったり、関係者であったりするために、その心情を理解しているのであろうと想像した。

スポーツに分類されるモノの観戦で、これほどまで静まりピンと張った緊張感の漂うモノを私は他に知らない。

投球前の息を飲む空間には、湾曲した天井照明の電源から発せられるブーンというハム音が延々と聴こえる。

カトマンズ行の飛行機を待つ17時間を昆明の空港で高い天井の照明を見上げながら過ごした空気感を思い出した。

黒い布を頭に被ったシンガポールからの女性の選手はムスリムだろう。

オーストラリアの選手の黄色と緑のユニフォーム。

ボールを転がすランプと呼ばれる器具の国による違いは、地域性なのか先進性なのか。

イスラムの選手用にハラルの食材は用意されたのか。

コートとコートを分けるためのパーティションには、スポンサー企業の名前が入っている。

誰もが知っている大企業の名前がパンフレットにも連なり、身体障がい者の社会進出を支援することへの美辞が印刷されている。

地方の大会では見たことがないディスプレイ、タイムキーパー、スタッフのお揃いのユニフォーム、首から下がるID、高速のWi-Fi 環境。

地元のボッチャ協会の人たちの笑顔と声掛けには、三重県県民性だろう穏やかな温かさを感じた。

19日から21日まで3日間の観戦となった。

知人でもある選手の技術の向上の為の観戦のお手伝いとして、車椅子の介助という立場でその場にいたからこそ感じられたことがあった。

それは健常者(この言葉は好みではないが敢えて歩くことができる人という意味で)の立場で行っても気が付くことができなかったであろう気付きであった。

まず、車椅子での観覧席が圧倒的に少ない。

世間一般にボッチャという競技がそれほどに知名度があるとは言い難い現状で、車椅子での観覧を希望する人の割合が、健常者よりも少ないと予想するのは、健常者の視点でしかない。

国内で初めて行われるボッチャの国際大会ならば、国内のボッチャプレイヤーを観客として想定するのが理の当然ではないか。

歩行に困難があり、車椅子での移動をする人には、視覚にも難がある人も当然にいる。

車椅子競技している人たちのスポーツを観覧しに来た車椅子の人たちのスペースが圧倒的に少なく、しかも遠い3階席。

近くに設けられた1階席は斜めからで本当に見たいボールアクションが見えない。

しかもボールのオーバーランのために設置された枠の高さのために車椅子の観覧者目線からは肝心なボールの位置がほとんど分からない。

障がい者スポーツを観戦する障がい者の観戦を、スポンサーのボードが妨害している。

一方、スポンサー用に用意された真正面のVIP席はほぼ空席。

半分でも車椅子の観覧者に分けようという臨機応変さはないものか。

競技者の背景には、競技者の不正な情報伝達を防止し、競技の公正を図る為なのか白いパーティションが端から端まで連なる。

そのプラスティックな無機質が参加国のオセアニアの豊かさや温かさを見事に消し去った。

マレーシアには色鮮やかな染色技術のバティックがあり、オーストラリアにはアボリジニアートがあるではないか。

初日には、見えにくさを解消するCGモニタがあったが2日目には早々に撤去されていた。

試合のモニタリング技術の現場検証ができたので十分だったのは分かるが、それでは東京パラリンピックの開催運営のシステムチェックにしか思えない。

『国内初開催の国際大会で、日本は個人と団体で計6個のメダルを獲得した。選手たちは「地元開催のプレッシャーもある中で一定の成果を残せた。2020年の東京パラリンピックでの金メダルにつなげたい」と決意を新たにしていた。』

毎日新聞三重版、2018年3月22日付けにある。

会場に足を運ぶよりも、インターネットで動画を見る方が詳細が分かり易いというのは仮想現実が現実に勝るということだろうか。

会場から駅へと向かうタクシーの窓から、雨の中を歩くボランティアの高校生の一団を見た。

彼女たちは雨の降る外からの入り口、濡れたフロアを雑巾で這いつくばって拭いていた。転倒の危険を防ぐ為だろう。

会場を案内してくれた男性は「3日間もありがとございます」と声を掛けてくれ、顔を憶えてくれていた。

観覧席とスタッフを隔てる低い壁が、車椅子から観覧する者にとって高い壁になっていることが、スポンサー控え室にいるネクタイの人に伝われば、彼らボランティアの人たちの労苦も報われて、みんなが笑顔になれると思うのだが難しい話だろうか。

そういうスポンサーの提供する商品ならばユーザーになりたいと心から思った。

何かと苦言を呈したが、国内初の国際大会を企画運営された関係各位には敬意を表したい。







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