廃校図書館、3099年夜 このページをアンテナに追加

2016-10-05

メモ(in rainbows)

僕は我が儘で分裂症で躁鬱のナルシシストだ。

やはりB(シ)の音の耳鳴りがして、疲れてて動けない。

いずれ全ては滅びる。いろんな種類の奥行きがあるのではない。海の表面のざわざわした世界で、僕はいろんな出会いをする。そのために産まれてきたようなもの、と思う。結局は大丈夫なんだ。僕はざわめきに参ってしまっている。あまりに長いこと中心から離れて生きていて、呼吸も出来なくなっている。中心の方から表面を見たい。現実の情報が現実の現実性を左右しているかのように思えてしまう。壁が壁の振りをしている。自分自身を救いようのない詐欺師だと思う。僕はすごく急いでいる。波に呑まれてて、そのまま沈んでしまいたくなる。
けれど、凪はあるはず。

'Time has told me, not to ask for more. For someday our ocean will find its shore.'
「時間が教えてくれた。もう何も求めなくていい。僕たちの海は、いずれきっと岸に辿り着くから」

苦痛……???

細かさがとても大事。私たちは細かい生物。骨が私にいくつあるか私は知らない。「ひとつの健康な身体だけで十分」という昔の東洋の健康的な考えは、今の時代、余程人里離れてスタンドアローンな自給自足の生活を営む人にしか、本当には実感を持って言えないだろう。生理学や、病理学や、解剖学を、大真面目に暗記しても、それが直接命の理解に繋がるとは思えないけど、大事なのは宇宙の真理ではなく、いいお家を建てることだ。真理は無に等しい。私たちの問題は、自分のための場所だ。そのためにはシンプルで上等な道具が要るし、正直に誠実に頑張るだけでは家は建たない。どちらかというと神経質で頑固じゃないと、そしてしかも繊細じゃないと。(しかし、首が熱を持っている。)

安川奈緒さんの詩を読んでいて“Because we separate,”の三語が出てきて、レディオヘッドを聴いていたのかな、と思った。Reckonerという曲の中間部分の“in raaaaaaaainboooows,,,raaaaain-bows”と重なって歌われるところの歌詞。違う歌詞が重なっていて、ものすごく綺麗な和音。

(評価を徹底して徹底的に排していくのは骨が折れる。)

(安川さんの詩を「死に魅惑されている」というのは少し違うと思う。彼女は死に親しみがあると思うけれど、生の否定の要素は全くないから。ネガティブなものに惹かれてたのではない、と思う。死というものが存在しないことの不思議さに魅了されている、という気はする。名前も生年月日も没年もどこにもなくて、扇風機がなっていて、水の流れる音がしてる。死んだ人と生きている人の中間地点みたいな場所を感じていた、と思うのだけど、指図や挑発などの、言葉の尖った部分を、とても明確に、注意深く扱っている、という感じがする。彼女はおそらく命令形を使うことを躊躇わずにはいられなかった人だと思う。)

(目に見える自己改善は、始めてしまうと、やめるのが難しい。じっとひとりで何か作るのは、とても寂しいことだけど、その寂しさ故に、ひとりよがりになってはならない。不安の解消に他人を必要としてしまうと、ひとりでしかいられない。)

(自分が扱う素材そのもののリアリティを過信するのは、危険なことかもしれない。日本語の研究をしても、それで書いたものは、死ぬ前には全部燃やしたくなるし、どうでもいい。嬉しいときに嬉しいと言って、悲しいときに悲しいと、日常の中では言えない。かと言って感情論だけを身に纏って死ぬわけにもいかない。現実は理論によって変化したりしないし、明日には消えてしまうような感情で揺さぶられて壊れたりもしない。思った通りに言いたいことが伝わることは殆ど無いし、書いても歌っても「自分の思い」なんて伝わらない。だからといって伝わることだけに思いを絞る訳にもいかない。みんな楽しくやればいいよ、と思う。
精神的な苦痛は点滴のある病室と、栄養のある食事と、愛情と適度な距離感のある人間関係で、多分半分くらいは良くなると思う。僕の場合、だけど。でもお金がかかる。自分が迷惑な存在だと考えて、身を引いて人間不信になって、また自分が嫌になる。
みんな思い思いの素敵な時間を過ごして欲しいと思う。僕にはあまり自信が無い。僕自身もかなり醜い存在だ、と思うけれど、世界が醜いもので満ちているとは全然思わない。……安川さんはとても真面目で、温かい人だと思う。愛されることを拒否しきれなかったような。)

(重く扱ったり、軽く扱ったりしても、世界は少しも、重くなったり軽くなったりはしない。けれど社会では「これは重要」「これは些細」とかなり細かく分けられていて、自分の感情と態度が殆ど分裂してしまう。体裁だけ合わせるだけでも、疲れて動けないし、しかも、感じて、生活の中で反応したことを、もう一回自分の中で全て洗い直す作業を、止めることは出来ない。損をしたくはないので、有耶無耶なことを、いっぱい考えて言っても、必ず目敏く言質を取られてしまう。何も言わない方がましになる。ところで、言葉を扱う人は、言葉に特殊な評価基準を託している訳ではない。新しいアングルを示す場合もあるし、全然示さない場合もある。)

ねこ1「ぼくゾンビねこの、ようだ。ねこだけど、ゾンビなので、遅い。鳴き声、に、濁音が入っている。でも…、ゾンビだ、けれど、ねこなの、で、気にしない。跳び越えようとしてて、て、鉄の、柵柵に引っ掛かって死んだ、ねこは、ぼくは、未知のねこゾンビウィルスが感染した、記憶が、その一方があ、ある。生前の習性、にいる、保って、ていてて、昼寝をしてる。ねている間も、ぼくは、恐るべき未知のねこでんぱが出ていてて、浴びたら、眠くなる」
ねこ2“What?”

いつも嘘を吐いている気がする。


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