廃校図書館、3099年夜 このページをアンテナに追加

2018-12-12

日記

12月10日、
……(鬱気味だった。)


12月11日、
未明。まずいな。精神の均衡が崩れかけてる。

この頃毎日MTRで遊んでいる。といっても多重録音は殆どしていない。MXLのコンデンサーマイクを付けて、ギターを直接レコーダーに繋いで、適当に弾き語りをしている。それにリヴァーブをかけて、モニターヘッドホンで聴くと、何だか異様にいい音がする。実際弾いている音よりいい気がする。声も、いつも自分で聴いている自分の声より、数段いい声である気がする。マイク越しの自分の声をヘッドホンで聴くのは初めてなので、それが思ったよりいい特徴のある声なので、興味深く聴いている。マイクのレベルを上げると、ロックっぽい声になるのもいい。

ここ数日、ちょっと精神が波立っている。静かな気持ちになれない。あれもこれも何にも無くていいんだ、という心境になりたい。急いだ心からは何も産まれない。凪いだ心には、何もかもが面白い。何もかもが面白いときには、何もかもが上手く行く。悪いことも悪いことと感じない。

体調が悪い。暗い気分だ。


12月12日、
お腹が痛い。

『白い街の断章』という詩を書く。あまりうまく書けなかった。でも、書きたいと思ったことは書けた。内容は悪くない。でも、流れが良くない。心がざわついていたからだと思う。明日からは精神状態が良くなる予感があるので、また書けると思う。そろそろ短い詩を書こうかな。短歌を書く気分ではないので、五行詩程度の長さの。それともソネットにするか……。

今は何にもしたくないな。明日には、何もかもが面白い、という心境が戻ってくればいい。

おやすみなさい。

2018-12-09

日記

12月6日、
雨が降っている。悪くない気分だけれど、若干憂鬱。


12月7日、
吐き気。

詩を書けるのは本当に嬉しい。美しい時間だ。

三日前の、友人からのLINEのメッセージ(というか散文)に、すぐ返そうとしたのだけど、自分のこの頃の考え方を、なかなか言葉に表せない。考え方、というより、気分の変化、というべきか。今は、生きてきて、いろんなことを楽しめている。僕はまだ、自分が楽しい、ということに慣れていない。


12月8日、
朝、母に、この頃書いた詩を見せたら、「全然分からん」と言われた。「現代詩手帖の選者か、よっぽど教養のある人向けだね」と言われて、僕は悄気てしまった。実はと言うと、大絶賛されると思っていたのだ。母は「だったら、もっと簡単に、分かるように書き直してよ」と言う。……まあ、いいや。悄気てても仕方が無いし、まず自分が満足出来ていればそれでいいし、冷静になれば、母に、あまり読む気が無かったのだろう、と今は思う。それに、まだまだ書ける、と思う。

昼、母に言われたことは、全く気にならなくなる。ゆっくり生きていこう。

夕方、この頃百人一首を読んでいる。一応全部の歌に目を通して、意味も分かるようになった。ほんの少し前まで、ついひと月くらい前まで、僕は古典には全く興味が無かった。言ってることがくだらないと思っていたからだ。でも今は何故か惹かれる。音楽みたいだと思う。


12月9日、
朝、ずっと起きている。空が白み始める。書きたいことがものすごく沢山ある気がするし、実際に書くことは、ほんのちょっとでいい気もする。

三時間眠る。

心が落ち着かないと何にも出来ない。おまけに何だかお腹の調子も悪い。

夜、不思議な気分になる。毎日、僕は良くなっていると思う。

おやすみなさい。

2018-12-05

日記

12月4日、
午前3時、起きる。殆ど眠っていないと思うのに、夢ばかり見ていた。
子供の頃の頭の回転の速さが、というか精神的な活発さが、戻りかけてきている。でも、戻らないかもしれない。薬をやめた方がいいのかもしれない、と時々考える。

隣県の病院に行っていた。朝から、夜まで。その間、ネットが一切使えないので不便だ。でも、慣れれば寧ろ快適かもしれない。存分に自分の空間に閉じこもれる。久しぶりにイオンに行ったら、人たちが歩いているのが新鮮で、自分が薄汚れた人間だと思って、何か、自分がまともな世界から切り離されている感じがした。でも、僕は一応お金を持っていて、客で、文無しの浮浪者じゃないから、身体も清潔で、清潔な服を着ている。でも、すごく嫌な気分になった。離人症みたいで、浮いてるみたいだから、気持ち良さに近いものも感じた。すごく疲労感を感じて、空気が粟立つ感じがした。よれよれの服を着ている自分も恥ずかしくなったけど、自分はこんなぴかぴかのクリスマス気分の中を、さもまともな人間の振りをして歩いてて……楽器屋に行くとレディオヘッドの『イン・レインボウズ』がシャッフル再生されてた。でも全然心に馴染まなくて、別に惨めでもないんだけど、何もかも馴染みがなかった。いや、うまく書けないな。……自分が醜いと思った。美しい人ばかりで。みんな着飾ってて。僕はひどい顔をしていた。誰にも話しかけられないだろう。でも、詩を書いたら、今見えるたくさんの人たちの、一人くらいは、それを読んで、悲しくて堪らなくなってくれるかもしれない。もちろん可能性の話。どこかの、誰か。それは、随分自分勝手に完結した感情だと思うけど。僕は自分が正しいとは思わない。……白けた世界。白けた、談合みたいな世界。時代とか、どうだっていいんだ。


12月5日、
1時30分、起床。レトルトのカレーを食べる。
2時、やっぱり寝る。

正午、起きる。寝過ぎた。非常に血なまぐさい夢を見る。

『世界』という詩を発掘する。大昔に書いて、現代詩手帖に載った詩で、記憶ではものすごくいい詩だったんだけど、今読み返すと、思っていたほどには良くなかった。けれど思い入れは強い。

今日は、とてもそぞろな気分だった。何も出来そうになかった。すごく不安だ。

なかなか眠れそうにないなあ。安定するといいけれど。

おやすみなさい。

2018-12-03

日記

12月3日、
午前10時、起きる。お腹の調子がすごく悪い。

悲しくて悲しくて悲しくて悲しくてならない。ポップなことって泣き笑いに似てるね。美しさはいつも私の中で色を纏っていて、風の切れ端のように過ぎていく。ものすごくポップな詩を書こうと思ったら、悲しくて、書けなくなった。悲しくなる直前くらいに随分生真面目な調子で書いた詩が『冬の街にて』という詩で、完成度は高くないけれど(ちぐはぐだから)、これは僕はすごく好きな詩だなあ、と思った。3までは昨日書いていて、すごく憂鬱になって中断していて、4は今日の夕方に書いた。本当は書き足りないけれど、悲しいときは、書くとべたべたに感傷的になるので、書かない。それに、未完成、とも言えないし。ものすごく悲しいことは、純粋な幸せかもしれない。部屋でぼーっと座っていて、僕がどれだけドラマチックに生きているか、多分家族は知らないだろう。涙は全ての感情のうたかたを洗い流してくれる。多分、家族は僕を感情に乏しいと思っているだろう。それもある意味では正しい。(おや、友人からLINEの通話通知が来ていた。珍しい。それから二日遅れの誕生祝い。ありがとう。)僕は薬で大体感情が鈍ってるし、常に混乱してもいる。
……

今日は疲れたので、もう眠ろう。何かが分かりそうな予感がする。ものすごく簡単なことが分かるのに、ものすごく時間がかかる。でも、分かりそうな、この感じ、を忘れないようにしよう。何かに近付けているかもしれない。何かが分かるかもしれない。生きているって嬉しいことだ。

おやすみなさい。

2018-12-02

日記

12月1日、
12月だ。好きな月。今日は僕の誕生日だ。

しかし調子はあまり良くない。

絵を描きたいと思っている。様々な画材を使って。抽象画を描きたい。
カメラも欲しいな。

しかし一番はギターだ。それから言葉。
マイクが欲しい。

今日は寝不足のせいか、創作はまるで出来なかった。でも、気分はいい。

ギターを少し弾く。楽しい。

友人からのメールが本当に嬉しい。思い出してもにまにまする。


12月2日、
詩がなかなか書けない。

昼過ぎ、詩を書き始めたのだけど、途中で急に鬱状態になる。
かなり強く混乱して、落ち込む。
これは持病みたいなものだ。

昨日、父が「誕生日おめでとう」と言ってくれたのに、僕は何か考え込んでいて「うん」と適当にしか答えてなくて、すぐ、そのことが非常に気がかりになって、ご飯の味も良く分からないくらいだった。でも、今日、僕は、廊下の電球を交換した。そしたら父と母が喜んでくれたので、僕の中で何かが回復された気がした。

今日はいろいろ考えたけれど、特に何もしなかった。

夜になって、大分気分は落ち着いてきた。