廃校図書館、3099年夜 このページをアンテナに追加

2018-10-12

日記

10月9日、
最近、いろんな楽器の音が好きになってきている。以前はあまり意識していなかった楽器たちだ。例えば、クラシックで使われるトランペットの音が好きだ。それからクラリネットやフルート、オーボエトロンボーンバスーンファゴット)なんかも、それぞれ個別に聴いてみている。ソロやピアノとの独奏(?)で。ギターとは、何だか腐れ縁みたいだ。ギターよりいい音がする楽器がいっぱいあるような気がする。……チューバも、何だかメロディラインがもやもやするとは言え、あったかくて好き。フレンチ・ホルンとアルト・ホルンの違いはいまいち分からない。ホルンの独特の音色って、まだ分からない。

いずれ、みんな死ぬんだ、と思う。元気なときは、いずれ死ぬからこそ、生きていて大切なものがある、と思う。儚いものたちが、つまり自分の命も含めて、愛おしくなる。けれど、殺伐と、空っぽな気分のときに「何もかも、いずれは死ぬ」と考えると、何もしたくなくなる。何故生きる?

未明(0時半)、少し気分がましになった。アーム付きのギターが欲しいな、と思う。やっぱりストラトキャスターだろうか? ジャズマスターは、一応アームが付いているけれど、ヴィブラートを少し効かせるのに使う、というイメージしか無い。アームを使ったときの音程の揺れ幅が、ストラトよりも小さいからだ。トム・ヨークも、たしか常時アームを取り外してジャズマスターを使っていたはず。けれど、ストラトはあんまり好きじゃないんだよな。あんまり、格好良くないと、個人的には思う。テレキャスターの方がずっと格好いい。けれど、悔しいけれど、ストラトはやっぱり一番完成されたギターだと思う。けれど、ギター弾きにはひねくれものが多い印象で、第一にギターなんていう制約の多い楽器を選ぶところからしてひねくれていると思うのだけど、その中で、ストラトキャスターという癖の少ない楽器を選ぶことは、ひねくれ者の心理に反している。ジャズマスターは、癖があって、使いにくそうで、そこが格好いいと思う。音も汎用性が無さそうなんだけれど……。

エレキギター、アコースティックギター、クラシックギター。エレキベース、ジャズベース、プレシジョンベース、ダブルベース、ピアノ、ラップトップ、シンセサイザー、……。

パソコンのディスプレイが壊れてしまった。仕方がないので家にあった液晶テレビに繋いで書いている。解像度が頗る悪い。

もし適うなら、抽象的なことを考えていたい。


10月10日、
昨晩から半日以上眠った。こんなにぐっすり眠ったのは、十日ぶりくらいだろうか? 昨日はたしかギターを弾いたはず。怠くても、一日に一回はギターを弾くようにしてる。今日は、朝の十時過ぎに起きた。身体がぎしぎししてたけど、気分は軽やかだった。

五日間書こうと思いつつなかなか書けないでいたメールがやっと書けたので、今日送った。そしたら、多分アドレスが変わっていて、届かなかった。少し寂しい気持ちになる。でも不思議なもので、届かないのは届かないとして、書いただけで、ある程度満足出来てしまう。気持ちの一部が整理されるからだろうと思う。


10月11日、
朝からとても涼しい。2000年後、3000年後のことを考える。遠い気持ちになる。一体、何が残るだろう? 100億年後のことを考えると、消えてしまうからこそ残るものがある、ということが確かなことに思える。普遍的なものだけが最初からあって、最後まで残るだろう。暗いものだけが残るだろう。光も、内面の光だけが残るだろう。
全ては消えていく。時間の流れに関係の無いものだけが残る。

夜、寒いのでストーブを出してくる。まだ電源は入れてない。


10月12日、
朝方までストーブを付けてだらだらしていた。書きものに集中出来ない。
多分、明るくなる頃、六時くらいに眠った。

昼の三時に起きる。寝過ぎだ。身体がぎしぎしする。

怠い。何もする気が起こらない。けれどやはり音楽は聴けて、楽しい。ジャズを中心に聴いている。今は、リー・モーガンのトランペットを聴いている。トランペットっていい楽器だな、と思う。少し音域は高いけれど、優しい裂け目があるような、ざらついたような音。たった三つのキーを使って、どうしてこんなに自由に吹けるのだろう? トランペットを吹いてみたいと思うけれど、音程をほぼ口の形で変化させなくてはならないみたいで、とても難しそうだ。音程がずれることは無いのだろうか? それから自由に吹けるキーがいくつか決まっていて、どんな曲でも流れるように吹けるわけではないみたいだ。でも、そのような制約を差し引いても、トランペットの音色は素晴らしい。

段々、また調子が良くなってきている。良くなってはいるけれど、うんざりするような遅い速度でだ。

2018-10-09

日記

10月7日、
明るくなる頃(六時くらい?)に寝て、九時前に起きる。

眠いので、11時前から12時半過ぎ頃まで眠る。

不安だし、すぐ疲れる。何だか居心地が悪い。蒸し暑いのだろうか?

夜、三時間ほど眠る。起きると大分不安と疲れが緩和されている。


10月8日、
何もしたくない。ひどく怠いし、憂鬱だ。

気分がもやもやしている。何故か立ち眩みがする。

何もしたくなくて、これと言って何もしない内に一日が終わってしまった。

明日はもう少し楽しいことがあるといい。
憂鬱だけど、ギターだけは毎日弾いている。
けれど、全然上達しなくて、ギターを抱えたまま、ただぼんやりしている時間が長い。

明日はもう少し、気が晴れますよう。

2018-10-06

日記

10月5日、
日付が替わって少しして眠って、二時間ほど眠る。

夜まで何となく怠かった。音楽を聴く以外、特に何もしなかった。

夜、少し風が吹いている。カーテンが揺れている。何にも書けないなー、と思うけど、焦ってはいない。何せ読書量が少なすぎるので。

今日は怠い日だった。明日は良くなりますよう。

おやすみなさい。


10月6日、
気持ち悪くてうまく眠れなかった。
気持ち悪さは一時間ほど続いた。それで、何となく、寝るタイミングを逃してしまった。

朝になって、数時間眠る。怖い夢を見る。夢の中でも雨が降っていて、しかも血の雨が降っていた。窓の外でドレスを着た少女が笑っていた。
街中に、地下の、広大な遺跡があって、数え切れないくらいの頭蓋骨が並んでいた。頭蓋骨同士は、背骨か大腸かで繋がっていた。そこから一番新しい骨を拾ってきて、呪いの人形みたいなのに捧げるか何かしなければならなかった。それで呪いが解けたと思って、みんなめでたしめでたしだったんだけど、その夢から覚めると、窓から風が吹き込んでいて、血の雨が降っていた。

今日も一日怠かった。ビタミンCの錠剤が切れたからかな?
何にもする気になれない。食欲だけは無闇にある。

夜、風が止んで、怠さも緩和した。
でも、椅子に座っていたら、すぐに疲れた。

うーむ。明日はいい日になるといいんだけど。

おやすみなさい。

2018-10-04

日記

10月4日、
今日は昼になってやっと起きた。長い長い夢を見ていた。世界が滅びる夢だ。起きると身体が痛かった。昼間だというのに(いや、普通昼間鳴くのか?)鹿が遠くで鳴いていた。この頃大分涼しい。早速バーバリーの厚手のコートを出してきて着てる。もう、16年目だ。16年間、秋から春にかけて、殆ど毎日着ている。叔父さんに貰ったコート。さすがにあちこち糸がほつれたり、生地が薄くなったりしてきているが、それでもまだまだ着れそう。まだ、あと15年は着れる。
今日は、本当に久しぶりに、音楽が楽しかった。安物のステレオで聴いても、やっぱり楽しくて、でも安物のステレオはBOSEのにやっぱり買い換えたいと思ったけど。麻薬的に楽しい。何かが変わった。音楽を聴くということが、今までとは全く別の何かである気がする。ううん、これが多分、普通なのだ。僕は十歳の時から音楽無しでは生きていられなくて、それなのに24歳頃から音楽を殆ど聴けなかった。殆ど、一年に一枚も、アルバムを買わなかったのではないかしら? 音楽を聴けなかった間に、ビョークは三枚アルバムを出した。そのどれも、僕はまだ一度も聴き通していない。それ以前のアルバムは、どれも本当によく聴いたのに。

ジャズが好き。グランジが好き。メタルは、やっぱりあんまり好きじゃない。一部のテクノが好き。エイフェックス・ツインが特に。音楽が楽しめなかった間、けれどいろんな音楽を聴いてみた。その殆どはやはり楽しめなかったけど。それで、かなりの、新しい音楽を知った。特にクラシックを多く聴いて、知ったのは、大きな収穫だ。聴けなかった、と言いながら、まあ、聴くには聴いていたんだけれども。
ロックが好き。ギターの、ディストーションが好き。温かい音が好き。

この頃指が震えないのも本当に嬉しい。キーボードを叩くのも気持ちいいし、ギターも自由に弾ける。手書きで書くのも、精密に書ける。

ああ、今日は音楽が楽しいばかりで終わってしまった。明日は読書も楽しめるといいな。眠りながら……横になりながら、いろんなことを考えよう。

おやすみなさい。

日記

9月29日、
5:10、サクレを食べる。おいしい。
秋の虫が鳴いている。コートを着ている。扇風機を浴びていると、それでも寒いくらいだ。六月くらいからせっせと日記を書いていたけれど、この頃は抽象的なことしか書いていなかった。

雨が降っている。出来る限りシンプルに生きていきたいと思う。

人生や世界について考える。それからギターを弾く。

夜、オイルサーディンを食べる。サクレを食べる。


9月30日、
14:20分、サクレを食べる。おいしい。

あまり何もしなかった。ギターもあまり弾かなかった。気分は上々。


10月1日、
十月だ。

いろんなことを考える。自分の好きなものをひとつひとつ思い出して、メモ帳に書き留める。好きなものは、心を温めてくれる。少しずつ、好きなものを増やしていけたらいい。

sus2とsus4の音が、胸が苦しくなるくらい好き。

五度の関係の音が好き。

今生きていること、そしていずれ死ぬこと。(くだらないことに関わっている暇は無い。)

この安物のステレオを通して、遠い時代と繋がっている。
でも音があまり良くないから気に入らない。BOSEのオーディオが欲しい。
このステレオの音は、不完全燃焼しているような感じなんだ。


10月2日、
今日は怠くて、本当に何にもしなかった。食べて、寝ただけ。


10月3日、
未明、鹿がしきりに鳴いていた。

どこの世界に落ち着けるだろう?

どうして不安な感情って在るのだろう?

もっと生きなきゃ分からないのかもしれない。歳を取らなきゃ分からない、とは思わない。ただ、僕の個人的問題として、もう少し生きてみなければ、もう少し考えてみなければ、分からないことが沢山ある、と感じるのだ。

出口の無い自己矛盾や内省的な苦しみが、いつかの幸せのために必要なものだとしても、やはり苦しみは嫌だ。

自由に書きたい。

2018-09-28

日記

静かに、孤独に暮らしたいと思った。

私は今、とても不完全だ。……爪が伸びている。今月の初め、多分一日に爪を切った。毎日書き込んでいるノートによれば、一日だ。まだ、右手は、ギターを弾くのに最適な長さまでには、爪が伸びていない。特に人差し指と中指は、毎日ギターを弾いているために、磨り減って、形が歪になり、なかなか伸びない。……爪やすりを使う。マニキュアをたっぷり塗る。……右手の爪をあまり伸ばさないギタリストも多いのだけど、僕は長く伸ばした爪で弾くのが好きだ。しっとりと硬く、粒だった音が出る。煌びやかな音が。悪く言えば神経質な音が出る。神経質、というのも誉め言葉かも知れない。聴くのはまた別で、例えば僕の大好きなクラシック・ギタリストのパク・キュヒさんは、多分そんなに爪を伸ばしていなくて、指先の肉を弦に軽く当てて弾いていると思う。とてもまるい音がする。でも、僕が自分で弾くには、尖った鉛筆のような音がいい。ギターのボディの、マホガニー製の金属質な音、と相まって、内気で、英国的な音が出る。雨のような。それが、僕にはとても合っているように感じる。というかそれはニック・ドレイクの音で、僕はニックの弾くギターの音をアコースティック・ギターの理想にしているのだけど。……さて、爪が十分に伸びるには、多分あともう一ヶ月かかるだろう。僕は、爪がすぐに煩わしくなって、切ってしまう。長い爪は、ギターを弾くとき以外には使い途がない。お皿を洗うときにも、お風呂に入るときにも、爪が割れないように気を使うし、左右で爪の長さが違う、って何かアンバランスな気がする。

生きていることに慣れていきたい。


9月25日、
人に何かを見せるために生きるのはやめたい。僕は大学生の時にはもう、誰にも見せない趣味なんか意味が無いと思い込んでいた。

“Parasite”の低音部は六拍子ではなかった。けれど音は一小節に六つだ。拍の通りに八音弾く方が弾きやすい。タタタタタタタタの拍を、ベース音だけタタータタタータのリズムで弾く。指が縺れそうになったけど、一回分かると耳で聴いて軌道修正出来るので、上達は早い。今ではかなり完コピに近い。

13:00、サクレを食べる。おいしい。

「考える」っていうことを、一時的にやめたい。

14:40、サクレを食べる。おいしい。


9月26日、
昨日から“Parasite”の練習をしていたら、ミスせずに弾けるようになった。最初低音部を発見したときは「こんなの人間が弾けるわけがない」と思って絶望的になったのだけど、今では普通に弾ける。弾いてて楽しい。いつの間に、僕はギターがこんなに上手くなっていたのだろう? 自分が弾くのを聴いてても、こんな難しいフレーズを自分の指が弾いているなんて不思議な感じだ。頭は譜面を理解していなくて、指がどう動いているのか把握していない。でも、親指をそれ以外の指から独立して、コントロール出来るようになった。歌いながらだと、まだ歌に気を取られて、うまくリズムを保てないけれど、歌詞をきちんと覚えたら弾き語りも出来るかも知れない。ニック・ドレイクの歌は、高い声を出す必要性が殆ど無いから好きだ。どちらかと言うと低音域が低すぎて歌いにくいことが多い。

未明、
数日間憂鬱だった。今も若干憂鬱だ。

この世界は何処に存在しているのか? 僕は赤い色を見る。赤い色は何故あるのか? 世界は何処にあるのか? こうやって世界がある。時間は何故流れるのか? 紀元前の昔から、疑問はまだ疑問のままだ。

新しい音は嫌いだ。最近のスタジオは臨床的過ぎて、音楽から体温を抜いてしまうのではないか?

少しずつ消えていきたい。書くことが消耗することだといい。

燃えていきたい。書くこと。ギターを弾くこと。歌うこと。楽器を弾くこと。音楽を創ること、によって。 もはや僕は何も持ちたくない。

今、自分が生きていること。ただ、在る、ということ以上には、何も必要ない。静かに、植物のように、生きたい。自分の世界が存在する。自分の世界を無価値だと感じること。

今、僕が存在していること。存在していること。
生きていること。単純なスタンス。

17:25、サクレを食べる。おいしい。

何でも出来る、と思ったり、何が出来ても仕方ない、と思ったりする。


9月27日、
11時頃に起きる。

何だか、怠くて、寂しいような感じ。

集中状態に入れない。書いていることや弾いていることの意味ではなく、それそのままを味わいたいのに。浴びたいのに。


9月28日、
朝、
しばらく前まで四時には明るかったのが、五時になってもまだ暗い。

言葉を掬い出したい。

ゆっくり、生きていきたい。光の中で。ただ当たり前のようにして生きていけたら。

大丈夫だ。息を整えて。