宇多田とサンボと……

そんな感じで前回のBe My Lastに続いて今週発売の新曲『Passion』の感想。
やはり、今年の宇多田は何かが違う。
みんなクリスマスソングを歌って大もうけする時期にこの新曲、やってくれましたよ。一般受けはしないであろう地味な曲ですが、kobachi的にググっとくる歌詞を発見。
それは曲の終盤今までの地味なムードが一変、した時のこの歌詞!!


ずっと前に好きだった人
冬に子供が産まれるそうだ
昔からの決まり事を
たまに疑いたくなるよ
ずっと忘れられなかったの
年賀状は写真付きかな
わたしたちに出来なかったことを
とても懐かしく思うよ


あぁ、なんだろね。なんだか切なくなる歌詞だよね。例えるなら、NHKにようこそ四巻において主人公がヒロインに無理強いされてデートしている時、高校時代好きだった先輩が婚約者と一緒にラブラブしている時を見た無常観、そして耐え切れなくなって観覧車から飛び降りるとき感じ。kobachiも小学校の時好きだった女の子とその彼氏に道でばったり会って、「し、お幸せに……」なんて事しか言えないくらいテンパった事を思い出します。過去への邂逅、虚無感、叶わなかった羨望が見えます。
今回の新曲はPassion辞書を引くと「激情; 激怒; 熱烈な情愛; 情欲; 熱情, 熱心 」なんて熱い言葉だけど、歌詞を通して感じることは「青空」「僕ら」「未来」ポジティブな言葉が何度か繰り返されるけど、ありきたりに思えるほど白々しい言葉なんだよね。自分が生きてきて手に入れられなかったモノを端から数えているようにおもえるくらい。トラックのシンプルさと歌詞の複雑さが絡み合って、ただの地味な歌として片付けられないものだと思います。paasionというタイトルは自分に無いものとして題付けられた、一種の皮肉に思えます。


昨日、とある本で読んだのですが、人間の所持できるものは一定量らしいです。両手をいかにうまく使えど一口分しか水を掬えず、砂を強く握れども指の隙間から零れ落ちるように。すべては右から左に。一生所持できるものなんて存在しないらしいです。でも、人間様はアホなので永遠なんてカッコいいモノを求めてしまいます。欲求はどこまでも貪欲に猛進します。別にそれを否定はしません。その欲望が科学の進歩と人類の進化に必要なものでしたし、いまさら猿と同じ生活が出来るほどガッツはありません。『いばらの王』という漫画でマッドサイエンティストが世界を混乱させる装置を作った理由をこう述べてました。『人がゲームに飽きるのは死ぬ事が少しも恐れていないからだ。死に対するリアリティーがまるでない。闇を恐れない。』と、そうですね。確かに今の人は死ぬ事を確かに軽視しているというか、TVに映る不条理な死を他人事、いや異世界の事と感じ現実世界に転換して恐怖することはなくなってますよね。
皆さん、忘れないでくださいよ。
人間いつか死ぬんですよ。それが天寿を全うできれば嬉しいですが、ふとした事で不条理に理不尽に死ぬんですよ。
もしかしたら明日死ぬかもしれないんですよ。いいんですか?このままで。悔いが残らず死ねますか?天国に行けますか?
そんな事を思えば今年は感じて生きてました。
最初は「いつか死ぬ」という恐怖で立ちすくむことしか出来ないこともありましたが、今は覚悟を持って生きていかなくてはいけないと強く願うことに変わりました。
サンボマスターの曲で山口隆は「俺たち何時か何処かで死んじまうんだぜ」と叫んでいました。
日本橋ヨヲコは短編集で「声に出していわなくちゃ、明日死んでしまえばただの肉塊」と描きました。
椎名林檎は「明日くたばるかもしれない。だから今だけ振り絞る」と歌ってました。






あんたそれで本当にいいのかい?

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