マッスルハウス10 〜マッスル坂井、負けるから即引退させてくれSP〜
- 出版社/メーカー: 角川エンタテインメント
- 発売日: 2008/12/19
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「プロレスは台本のあるショーだが、皆がそうではないという演技をしている」という一般的な認識に対し、
「「プロレスは台本、演出、演技ありき」という前提の下なら、どこまで「プロレス」の枠は広がるのか?」を問うのがマッスル。
そういう意味では、この興行自体が主宰であるマッスル坂井の引退試合なのである。
「絶対に笑ってはいけないプロレス最終興行」
坂井が僕等に提示した最後のコンテンツは「絶対に笑ってはいけないプロレス最終興行」だった。
正直、企画にひねりはない。
ただし、ダウンタウンが綿々と積み上げて来ている「絶対に笑ってはいけないシリーズ」同様のクオリティを要求される。
とりあえずネタの中心は、NOAHを追い出されてしまった大ベテラン、「火の玉小僧」菊地毅である。
誰かが「菊地は荒く使うべきです!」と主張したせい?か、往年は"怪物"ジャンボ鶴田に毎度ボコボコにされても向かっていく係を務めており、
今やどことなくろれつが回らない感じになっているのだが、会場で募金活動をしたりと好人物として知られる。
そんな菊地さんを中心に据えて天丼を繰り返す。
最初は坂井との対戦に破れ引退し、翌日復帰を表明した高木三四郎復帰戦の対戦相手だった。
そこから中国4000年の歴史を持つ新北京プロレスが解散したり、趙雲子龍が引退したり、何故か趙雲に送られたビデオレターに菊地さんが映っていたり、
マスクマンのMr.マジックが途中から二代目に入れ替わっていた(たぶんキン肉マンネタ)ことが判明したりと色々あり、
最後は「所属レスラー引退ランブル」に「究極Mr.マジック」として菊地さんが登場し、
「メイドレスラー」佐藤光留にマスクを奪い取られ、彼がかぶっていたストッキングをマスク代わりに対戦するという超展開。
複雑な感もあるが、NOAH時代は誰もがお手上げ状態だった菊地毅をここまで輝かせたのは単純にすごい。
結局のところは、どう演出すればよいか、どこまで演出すればよいかの幅がマッスルにおいては非常に広かった。
そして臆面もなくコンテンツとして提供した。それが菊地さんを輝かせた。
誰でも出来るように思うことだが、菊地さんの扱い一つを取っても非凡な事であると僕は思う。
「ガチのプロレスのスパーリング」
後半戦は打って変わって、坂井と付き合いの長い?5名との「ガチのプロレスのスパーリング」。
いずれも短時間で決着がつく、一般的なプロレスのセオリーからは外れた戦い。
いわゆる「リアルファイト」だったのではないかと思われる。
もちろん皆プロレスラーだから、自然とロックアップはするし、沼澤はわざわざパイプ椅子まで持ち出したし、
アントンと坂井の対戦中にはいきなり二人で歌いはじめたり、そんなことはするが、
基本的にこれは「ただひたすらに、3カウントフォールまたは相手のギブアップを求め合う」そんな戦いだった。
今まで「プロレスの向こう側」を追い求めてきた坂井が、
最後に望んだのは「プロレスの内側に秘められたもの」を生々しく描き出すことだったのかもしれない。
見る見るうちに坂井はヘトヘトになり、五人がけを終えてリングに大の字となりながら、
「最後にもう一人、戦わなければならない、勝たなければならない相手がいる」
と坂井は言った。
坂井の後方から素早く登場し、青コーナーを背にして立ったのは「ドラマチック三銃士」の盟友である男色ディーノ。
さながら外伝に描かれた「キン肉マンvsテリーマン」を思わせる光景である。
「キン肉マン」外伝ではついに両者はシングルで戦わぬまま終わりを迎えたが、
この戦いは坂井の敗北に終わった。
現実は非情である一方、時として物語以上にドラマチックだ。
メインイベント
引き続くささやかな引退セレモニーの最後に、かつて「マッスルハウス4」で戦った鈴木みのるからのビデオレターが届いた。
「マッスルといえばスローモーション」というお約束に最後まで付き合わず、坂井をプロレスに向き合わせ、
そのくせ最後は美味しいところを持っていった「世界一性格の悪い男」である。
ビデオ越しにみのるは語る。
「どうせ辞めちまうんだから、最後にもう一試合やってけや。」
そして後楽園ホールに流れる「風になれ」(中村あゆみ)。
これが正真正銘マッスル坂井最後の試合、本日のメインイベントだ。
試合は途中から「エトピリカ」(葉加瀬太郎)がかかり、スローモーションになる。
マッスル坂井が四天王プロレスを見ながら感じていた「フィニッシュに近づくにつれ、時の流れが遅くなるような感覚」を
端的に表現した、マッスルを象徴するムーヴである。
今度は、鈴木みのるもスローモーションに乗ってきた。
「お前のすべてをぶつけてこい!」
モニターに流れる鈴木みのるのメッセージ。
「この場を借りて報告するのも難ですが、私マッスル坂井は、入籍しました。子供も授かりました。」
「だから絶対、負ける訳にはいかないんだ!」
スローモーションのまま、スタンプの打ち合い*1から、坂井はみのるに対してバーディクトをしかける。
持ち上げられたみのるはそのまま背中の方向へ抜けだし、再びモノローグ。
「坂井、お前は一流じゃなかったけど、ちゃんとプロレスラーだったよ。
奥さんと子供、大事にしろよ。
生まれてくる子供が俺にそっくりでも、まあ、気にすんな♪」
「ちょ、何すか今の!」
試合はスリーパーホールドから、ゴッチ式パイルドライバーで鈴木みのるの勝利。
物語の終わりに
マッスルには夢があった。武道館大会の開催だ。
前述の「マッスルハウス4」の頃、後楽園ホールは超満員札止め(現在のプロレス界では珍しいことになっている)であり、
テレビ埼玉で番組の放送も決まっていた。
当時はDDTの両国大会さえ実現しておらず、一インディ団体の一ブランドが目指す夢としては大きすぎるものだったが、
現実になってもおかしくないと思わせるものがそこにはあった。
だがそれから、プロデューサーでもある坂井自身が行き詰まりを露呈するようになり、
二年前「マッスルハウス8」の終わりにはリング上で坂井を吊るし上げる事態に発展した。
当然に武道館という夢は遠のき、遠のいたまま坂井は実家の金型工場を継ぐ事になった。
「皆さん、僕から提案するのも何なんですが・・・
結婚して、子供を作ってください。
今いる人数が3倍、4倍になって、その増えた人数で、
20年後、武道館大会をやりましょう!」
約束の空手形として、来場者には当面、2030年に開催される「マッスルハウス11」のチケットが配布された。
丁寧に席番まで打たれている念の入り用だ。
少しまえに「たま」が「FCツアーでの「10年後にライブをする」という約束を果たす」といって再結成ライブをしたが、
それと同じように20年後、再びマッスルという物語を見ることができるのだろうか。
今はまだ、分からない。
分かっていることが2つある。
マッスルは最後の最後にまたプロレスの向こう側へ、かつてない速さで飛び去っていったということ。
もう1つ。
未来は僕等の手の中だ。
終わりのないのが、終わり。
*1:要するに足の踏み合い