2ペンスの希望

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今は昔‥銭湯と温泉 スーパー銭湯

映画は銭湯に似ている とずっと思ってきた。
愛惜されながらも廃れつつあるところ。客は減りながら、レトロ趣味と相俟って建物が登録有形文化財に指定されたり、タイル絵が愛でられたり、熱烈なファンが多いところ。などなど。
数日前に、若い映画好きと話した。彼は言った。「温泉はハレの日のイベントだが、銭湯は日常だ、僕は映画をもう一度、日常の生活の中に蘇らせたい」と。時代や社会が変わったことは百も承知である。その上で思いを語る、その意気や良し、と思いながら、フツーの人のことを考える。年に何回か温泉に行く人はかなりいる。しかし、内湯がありながら日常的に銭湯を利用している人となるとどうだろうか?地域差もあるだろうが、ガタンと減るのではないか。わざわざ映画館に行かなくとも、DVDで見るからいいよ、ホームシアターの方が煩わしくなくて快適だ。そんな層が確実に増えている。
1990年代半ばからスーパー銭湯が普及した。映画で言えばさしずめシネコン(シネマ・コンプレックス)だろうか。衛生的で設備も整っている。メニューも豊富・選りすぐりと言うのが謳い文句。
しかし、何かが違う。そんな思いがぬぐえない。
いわれなき偏見だと謗られることを承知でいうのだが、シネコンは映画館ではないような気がしている。デジタル化がすすんで、同時中継が可能になれば、出し物は映画に限らなくても構わない。必定、客が集まるものなら何でもいい、ということになる。(それが悪いというのではない。経済の論理からいえば理の当然だ)

十年後、映画は何処にいるのだろうか?