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2005-11-28

・ Game Consumers Conference 2005 TOKYO(http://d.hatena.ne.jp/matakimika/20051126#p2)、

 略して「げーおた宴会」になぜか出頭を命ぜられ、参加してまいりました。

 ゲーム界隈アルファブロガーたる「また君か。」にお誘い受けて断れるほど

 私の肝は太くない。

・ここで私に期待される立場としては

 「アクションSTGといったマニア向けも嗜みつつ

  ファミ通を毎週読んで『ドラクエ』『FF』が出れば必ず買う」

 という「普通のゲーマー」といった役どころか、と。

 今回はそういう筋のお話でひとつ。「普通のゲーマー」の「普通」とは何か。


・ちなみに今年一番遊んでいたのは『エムブレム』でなく

 『天外3』(http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20050712)かもしれない。

 思わず虚飾、それとも忘れたい記憶というやつですか。

[][]当世ゲーマー事情徒然 当世ゲーマー事情徒然を含むブックマーク 当世ゲーマー事情徒然のブックマークコメント


21世紀。一口に「ゲーム」と申しましても様々あるのでございます。

 PS2NDS携帯アプリ。アーケードゲームPCアダルトゲーム

 結局、盛り上がるのはファミコンスーファミ話だったり、

 『バーチャファイター2』全盛期のゲーセンの話だったりする。

 それはそれで楽しいんだけど、何だかなぁ。

 

 そういえば「ゲーマーの最先端がイメージできなくなった」

 「ゲームは発展から拡散に向かい、ついには雲散霧消するのでは」みたいな意見

 複数のサイトで見かけたような気がする(※)が、

 確かにゲーマー個人の実感としてもそれはある。

 みんなそれぞれコアな何かは持っているけど、それがクロスしない。

 ゲーマー同士が孤立し、ゲームが個々人の中で完結しているようにも思える。

  9bit confusion(http://gmk.9bit.org/note/20051112-jirou.htm)より

・「ゲーマー最先端」。

 こかた今年のゲーム売上リスト11月13日まで)。

 マルガの湖畔 http://homepage3.nifty.com/TAKU64/rank2005.htm

 さあ最先端はどこだ。

・ご家庭で『グランツーリスモ4』『ウイニングイレブン』『nintendogs』。

 街へ出て『三国志大戦』『ムシキング』『バーチャファイター5』。

 その隣でアダルトメンツにお子様も混じり、タバコ片手にメダルゲームも大盛況。

 一方秋葉原では『アイドルマスター』『Fate/stay night』に同人ゲーム

 ネットオンライン。『ラグナログオンライン』『FF11』『リネージュ2』でRMT

 それとも一周回って「ファミコンミニ」がお手軽路線で最先端、

 いやいやもっと面倒、

 「カジュアゲーム」(参照;http://d.hatena.ne.jp/hally/20041117)で充分です。


・これら全てを遊んでいるひとは、今や、自ら持して「ゲーマー」の中にすらいない。

 時間が足りない。方向が違いすぎる、だから興味が持てない。

 あまりに「先端」が広がりすぎて、多様に広がりすぎて

 『マリオ』『ドラクエ』を遊んでいれば皆と話が通じた昔とは違うのだ。





・「大好きなゲームの話をするのは、大好きなゲームを遊ぶのと同じくらい楽しい」。

 『ゲームの話をしよう』 (ISBN:4757710941)の巻頭言。

 まったくその通りです。

・けれど今、

 「大好きなゲームの話をするのは、大好きなゲームを遊ぶのよりも楽しい」。

 そうなっているように、自分を「普通のゲーマー」と持するひとには見えるのです。

・それはゲームが多様になったから、

 誰も追いつけなくなるほど広がってしまったことによる諦めと割り切りの他にも

 ゲームを楽しむ作法も変わってきた、ということによりましょう。



・「ゲームの楽しさ」。

 大勢で遊ぶだけで大概のゲーム楽しい。楽しさを共有するからより楽しい

 ひとりで遊んでも楽しい

 アクションや「音ゲー」のリズムに乗る楽しさ。

 パズルゲームシミュレーションゲームの発想、思考する楽しさ。

 レースゲームSTGの試行錯誤してより良い答えを追う楽しさ。

・抑圧と開放、そういう原理的快感だけでなく

 そのゲームに乗って、理解して、攻略していく楽しさはどのゲームにもある。

 それは言葉にするのは難しい、攻略本を読んでも解らない、けれど

 ゲームを一度遊べば、誰にでも感じられることなのだ。


・「ゲームの面白さ」。

 ゲームの「どこが」「なぜ」面白いのだろう、そもそもゲームとは何だろう。

 このゲームシステムはどうだこれとくらべてどうだだからあれはどうなのだ。

 そうして、ゲームというものはこういうものだ、という答えを出していく。

・けれどそれで面白いのは長弁説の当人と一部だけ、

 見ているこちらは、

 ゲームでないから面白くない。ゲームの楽しさがないではないか。


ゲームの楽しさを語るのは、実は結構難しい。

 『スペースチャンネル5』の楽しさを言葉で説明するのは難しい。

 遊べばすぐわかる。話をする同士が遊んだことがあれば頷きあえる。

 理解しあえてそれがすごく楽しい。けれど

 なぜ面白いのかを、それを知らないひと言葉で説明することは

 なぜかこんなにも難しい。

 こういうシステムであれがもとになってこうだからこうなのだ、といわれても

 それは興味あるひとにあるいは面白くとも、楽しくはない。



・面白さをゲームの仕組みで語ろうとすると

 「従来と比較して何が新しいか」「全体の調整は取れているか」

 この2つしかありません。


ゲームは常に新しくなる。

 ゲーム製作者は常に次の、そのまた次へ

 まだ誰も見たことのない新しいゲームを追い求める。

・例えばこちら。

 Classic 8-bit/16-bit Topics「テトリスの10年」http://d.hatena.ne.jp/hally/20051126#p1

 パズルゲームではこれは当たり前のこと。

・今年の10月SCEから発売された『マワザ』(ASIN:B000AMCV3W)(http://kyoichi.mods.jp/ps2/soft_05/puz/mawaza.html)。

 ステージクリア、課題クリアのモードしかなく

 エンドレスや対戦がないため深みに欠ける、

 またズケイを壊す目的評価がわかりづらい、など練りこみ不足も感じられますが

 三角をつなぎ合わせて多角形を描いていく過程は実に斬新で面白い。

 課題も理解の助けに充分に考えられていて、リトライ繰返しレスポンスもよく、

 リズムを損ねない丁寧な仕上がりが光る佳作パズルゲーム

・このゲームは間違いなくファミコンでも、20年以上前ゲーム機でも製作できます。

 けれど20年以上誰も思いつかなかった。

 そしてこれは特別特殊な例でなく、幾らでも無限にあることです。

 575はパターンのひとつでもそこに意味は失われないし

 それを組み合わせていくことに限界はないのだから。


・もうひとつの、それを楽しく遊べるように出来ているか。

 ロードは短くテンポを損ねないか。

 難易度は理不尽に難しくなく、また簡単であり過ぎないようにあるか。

 それを解いていく過程に破綻や無理はないか。


ゲームの「楽しさ」でなく「面白さ」は、そういうようにできている。


・うむ、これを面白くないというのは難しい。

 なぜならこのサイトの芸風ですからねえ。

閑話休題。ところで閑話休題で『るろうに剣心』をけなすのは心が狭い。

 司馬遼太郎『竜馬がゆく』リスペクトとして暖かく見守りましょう。


・けれど、それを作るのは難しい。芸術ではなく工業製品であるのだから。

 まず売れなければならない。

 売れるゲームとは何か。買い手が求めるゲームとは何か。

 良いゲームだ。面白いゲームだ。楽しいゲームだ。それは何だ。ゲームとは何だ。

 アカデミックに考えるにせよ、産業進化理論をぶつにせよ、

 結果を出さなければ、無料ネットでしか拍手は貰えない。


・それを楽しむ側はどうか。

 多様化して追いきれなく広がったゲームというもの。

 言葉では言い表せない伝えられないその価値「楽しさ」。

 そうして選んだ方法は、攻略するゲームの忌避。

 頭を使って思考すること、時間を使って経験を培うことで

 ゲームは理解し解くことが出来る。

 しかしそうするにはゲームは複雑になりすぎて時間が掛かりすぎるのだ。


・今やゲームは多様で複雑。

 単純明快は過去だけに許される美徳。新しさこそ常に新しい最先端の価値。

 あるいは単純さこそ新しい価値なのか。

ゲームの楽しみ方。大好きなゲームの話をする楽しさを、今、味わうには

 語りにくくかつ複雑なゲームの面白さを介すより

 努力し時間をかけてそのゲームを理解するより

 そのゲームのことについて語るだけであるほうが易くある。

 そのゲームの話、キャラクター世界観

 あるいは商品としてのとしての価値だけであっても。


・『マリオ』の攻略法。『ドラクエ』の攻略法。

 『スト2』について話すこと。そのキャラクターについて話すこと。

 『FF7』について。『カノン』について。『ワンダと巨像』について。

 そのゲームについて語ることは、難しい。

 そのゲームがどのようなゲームといったら伝わるか。

 そのゲームの楽しさはどのようにすれば共有できるか。

 それは、そのゲームについて皆が良く知らないほど語りやすいのだ。

 

・深く知る必要はどこにもない。

 すぐに次の新しいという高い価値を持つものが現れるのだから。


・情報誌を読む。より新しく。

 ネットの情報サイトを見る。より新しく。

 フライングが売りの個人運営の情報サイトを見る。

 発売されたらば即座に消化。攻略は共有してすぐ消化。

 Amazonレビューを見てPlayStation mk2(http://psmk2.net/)を見て

 2chという世間の空気を読み、ファミ通はやはり当てにならないと安心する。

 終了。発売日前に片付くのが望ましい。

 なぜなら次の、次のまた次の新しいゲームが待っているからだ。

 お金も掛からず時間も掛からず皆とゲームの話が出来る、

 すごく楽しく良いことだ。




・現在、ゲームの最先端はどこにあるとも言えないですが

 中心は『ファミ通』にあります。

 発行部数公称80万。

 先のランキングで今年80万本以上売れているのは3作品だけ。

・実際どれくらい売れているのか存じませんが、立ち読みを含めて

 少なくとも毎週何十万人かが、このゲーム雑誌を熱心に読んでいる。

 もちろん『ファミ通』を読んでいなくともゲームを買うひとがいて、その逆もいます。

 けれど、売れるゲームはどこにあるか。

 それは『ファミ通』に攻略情報が載るようなゲームである。それが事実でありましょう。

・「ゲームのココロ」という連載コラムなどを見るに

 本当にファミ通は良くできた雑誌と感を新たにします。

 任天堂は素晴らしい。大人です。

 けれどネットメディアは、まだその作りも使うひとも共に

 『ファミ通』にも劣っています。

 『ファミ通』が騙しているなら、騙されているのは自分なのだ。



ゲームをするひとはどこにいるのか。

 ゲームは誰がいつ何のために買って遊ぶのか。

・多様です。

 暇つぶしに。ゲームの話を共有するために。同じゲームを繰返しに。

・テレビよりも、誰かとの話についていくためよりも、ひとつのゲームをやり尽くすことよりも

 優先してより多くのゲームを遊ぶべく勤める「ゲーマー」は

 明らかに数の上で「普通」ではない。

 「普通のゲーマー」とは多様に広がったそれぞれの情報を交わして楽しみ、

 そして、他の何にも優先せず、ファミ通の攻略情報と共に数少なくゲームを買うのが

 現実のゲームを楽しむ「普通のゲーマー」であるのでしょう。


ゲーム消費者、今、ゲームを楽しむ人は、

 ゲームの話をするためであっても

 「ゲーマー」であることに、こだわりを持ってはいない。


ネットの普及で一億総批評家

 けれどゲームは楽しむには良くとも語るに向かないものであることが

 いずれ結局ゲームの首を絞めることになるのでしょうか。

 それとも今もう既に。

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2005-11-23

kodamatsukimi2005-11-23

[][][]洋風3DアクションゲームGod of War』 洋風3Dアクションゲーム『God of War』を含むブックマーク 洋風3Dアクションゲーム『God of War』のブックマークコメント


・今回は「Extendead」(http://gameplay.jp/~ext/index.html)で絶賛されていた『God of War』。

 紹介 5月16日http://gameplay.jp/~ext/diary/200505.html#16

 感想 8月2,3日http://gameplay.jp/~ext/diary/200508.html#02


 公式サイト(音注意)http://www.capcom.co.jp/gow/

 Hotwiredレビュー  http://hotwired.goo.ne.jp/news/culture/story/20050407206.html

 PlayStation mk2   http://kyoichi.mods.jp/ps2/soft_05/act/gow.html


・ソニーコンピュータエンタテイメントアメリカ製作。日本版はカプコン

 なぜに。

 同じくSCEヨーロッパ製作の『The Getaway Black Monday』も

 セガが日本版を出しているし

 昨今の世情に配慮してハードメーカーは18歳以上推奨のゲームなど出せないからなのか、

 単に売上の問題か。手間か。めんどうだからか。

・アメリカ製作18歳以上推奨であるだけに血の雨が降る傾向、

 画面は大概、夕日でなくて真っ赤に染まっておりますが

 お話しがからっとしている、湿っぽくなく良い意味B級ハリウッドアクション大作風味、

 アメリカンギリシャ神話。むしろ笑える内容で

 ナレーションの選定を見るにカプコンのローカライズも

 そのあたり実にわかっていて良い仕事でございます。


・とにかく、とても良く出来たゲームです。

 ロードは先読みでほとんどなく、グラフィックはきれい。

 アクションは多彩で、かつシンプル軽快操作性良く。

 謎解きも程よく悩ませて、手掛かりは親切に提示されており理不尽に難しくない。

 適度の長さ一周7時間程度。マップ構成も良く練られていて厭きさせない。

 トラップに掛かり穴に落下してやり直し、という場合も復活ポイントが実に親切。

 戦闘難易度調整も良く、イージーは誰でもクリア可能、ベリーハードでは手に汗握る熱い展開。

 これといった欠点がない。

 素晴らしく良く出来ている。


・なのに何かものたりない。

 エンディングをみて、映画のようなメイキング集を見て、チャレンジモードを片付けて

 思わずそのまま2周目を始めてしまうものたりなさ。

 イージーでクリアし、次はベリーハードでと2周しました。

・ああものたりない。

 遊んでいるときは確かに面白いのに。


・そのようなゲームです。

 しかし本音を言うと、最後までプレイしたところで微妙に物足りない感じを受けたのも事実

 ただこの感情は、例えば『PoP』を遊んで大喜びした数年後に『PoP2』を遊んでみたが

 なんか想像してたよりつまんなかった、みたいなもののような気がする。

 要するに過剰に期待しすぎた、というやつだ。

 最近の例だと、個人的に『ソウルキャリバーII』がそうだったな……

 悪いゲームではないんだが、

 1作目はこれでもかこれでもかとばかりに面白い要素が詰め込まれたゲームだったのに、

 2作目は妙にこじんまりとまとまった感じを受けたのだ。

 

 だが別に『GoW』がダメってわけではないし、

 名作かと問われれば名作だと答えるのも間違いない(これは『PoP2』『キャリバーII』の両方にも言えるが)。

                      「Extendead」'05年8月2日より

 同感です。

・確かに良く出来ている。

 1週目を始めたときは間違いなく傑作、今年のベスト1はこれに決まりだと確信する出来。

 しかし今、これを書いていながら思うのは、なぜこんなにものたりないのか、

 また何度でも遊びたいと思うのに、なぜ手放しで褒める気になれないのか、

 ということ。

 とても不思議。とても違和感があります。




・理由として思いつくのは、

 どこかで見たような要素ばかりで新しさがないから。

 そして「洋ゲー」であるからによる違和感。


・『God of War』は3Dアクションゲーム

 間違いなく『ゼルダの伝説 時のオカリナ』の影響を色濃く受けています。

 キャラクターや背景を『ゼルダ』のものに変えたならば『God of War』はどのように映るか。

 何も違いを感じません。

ダンジョンの仕掛け、ボス戦闘の駆引き、3Dアクションゲームとしての基本骨格部分は

 まるで同じ。

 その他の要素も目新しくなく見たことのあるものばかり。

 『ゼルダ』に『NINJA GAIDEN』の戦闘を足して

 カメラ目線を上から覗くように、『ICO』のように固定して。

 ついでに『シェンムー』のQTEを自然に格好良く。

 最期のやつは何か違う気もいたしますが。


・昨年、『プリンス・オブ・ペルシャ 〜時間の砂〜』について書きました。

 『プリンス・オブ・ペルシャ 〜時間の砂〜』http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20040904

 その後、「洋ゲー」は遊びましたか、

 というと実はあまり遊んでいなかったりする。

 XBOX大分埃を被っているし、いろいろ買ってはいるものの

 『バーンアウト3』くらいしかまともに遊んだといえないでございます。

 XBOX360は既にあちらで発売されてしまいましたがどうしたものか。

・他の「洋ゲー」と比べてどうなのか、とは何もいえません。

 けれど『God of War』は昔の「洋ゲー」とは違う、とは思いました。

 親切丁寧。自分の失敗以外でストレスの溜まる所が無い。

 その見た目を除いて「洋ゲー」であるといえる所は有りません。

 これは『時間の砂』も同じ。

 日本のメーカーカプコンコナミセガなどが海外向けに作ったと言われて違和感ない。



・もうひとつ挙げるとすると、ボス戦闘が少ないこと。

 「ボス百連発は男のロマン」と豪語するトレジャーあたりに慣れた向きとしては

 難易度ベリーハードでも工夫のし甲斐が少ない、

 敵に距離を取って行動を読み遠巻きに削るパターンの繰返し、

 アクションゲームにとって重要な、自分が上達したという感を受けにくい構成です。


・『時間の砂』もそうでした。共通するのは、ハリウッド映画のようなつくりであること。

 観客の感情盛り上げ曲線が、ゲーム全体で考えられているように見えます。

ストーリーの流れ、マップ構成、雑魚敵配置、ここでムービー、ボス戦闘。

 全体の時間配分を考えて、最初に見た目引き付ける要素を持って来、

 場面転回してさらに引き付け、飽きさせずに次につなぎ、

 最期の最期にもっとも興奮させて、あるかも知れない次回作引きを感じさせつつ締める。

 だからボス敵が頭と要所と最期にしか出てこない。

・2、3時間でクリアできるならばそれで良いかも知れない。

 けれど1日にクリアするには長過ぎるのに、ゲーム全体をとって構成している。

 実際に遊ぶ場合は途切れ途切れ、何度も何度も同じ場面を繰り返したりするのだから

 そこに齟齬が生まれる。

 盛り上がるはずが、むしろ物足りなく感じてしまう。

 それが従来アクションゲームと比しての違和感ではないか。


・これは「洋ゲー」の特徴であるというのでなく

 たまたま両作がそうであったというだけですが

 2週目以降のおまけ要素がなく、難易度による違いも少なく

 1度目1周目で全ての要素が見れるという構成も

 あるいはそれを裏付けているのかとも思います。


・それに伴いあるのが

 誰でもエンディングが見れて感動し次回作を買ってもらうべくある、親切な構成が

 簡単過ぎる、と感じさせている面。

 簡単ではないです。理不尽ではなくアクションとして良く出来ている、が

 攻略する、何度もクレジットを注ぎコンティニューを繰返して上手くなっていく喜びが薄い。

 あっさりクリア出来てしまう。 

・そこがアクションゲームとして違う。間違っているとは言えないけれど違う。

 今までと違う。

 これは3Dアクションであるがゆえの違いであるのか。

 3つめとして、「ゲーム性の違い」というのもありますね。

 たとえば、剣で敵と斬り合うゲームの場合、3D画面で作るとすれば、

 刀を一振りするだけで周囲の敵を一掃できるといった、豪快なゲームデザインが似合います。

 だけど、ぼくはやはりドット単位で敵の攻撃を見切るような、

 2Dゲームらしい緻密な遊び方に親近感を抱いてしまうんです。

  (『スクリューブレイカー』公式サイト内コラム 杉森建のときどき更新されるれろ

   その2「2Dゲームのおもしろさ」http://www.nintendo.co.jp/n08/v49j/column/index3.htmlより)


・例えば『スト2』『バーチャファイター』の違い、となると必ずしもこの通りではないでしょうが

 一般に「アクション」と言われるジャンルにおいての

 「ドット単位で敵の攻撃を見切るような2Dゲームらしい緻密な遊び方」というゲームはわかるところ。


SFCまでの『マリオ』と『マリオ64』の違い。『時のオカリナ』以降の3Dアクションゲーム

 そこにある明確な違い、それは、従来の上手くなっていく楽しさを切り捨てるものだったか、

 というと、違います。

・『リンクの冒険』にあって『時のオカリナ』にないのはそれかも知れない。

 けれど、例えば『どろろ』には確かにそれがあります。

 (『どろろ』http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20041009

  関連;立体チャンバラ大活劇『Kunoichi』http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20050417


・3Dだからではない違いがある。

 従来と違う構成のアクションゲーム

 個々に区切ってひとつひとつを見れば良く出来ていて面白い。

 けれど全体を、アクションゲームの難易度曲線、徐々に上手くなっていく喜びを味わえる

 「ステージ」構成になっているかといえば違う。

 映画の「場面」構成であるのが『God of War』。




・『God of War』はどのようなゲームなのか。

 良く出来た3Dアクション

 『ワンダと巨像』(http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20051106)に有る、

 自分より圧倒的に巨大な敵との戦い、という

 その作品であることの独自要素、「何か新しいことの無い」ゲーム

 そして旧来アクションゲームとはステージ構成が異なる「映画のような」ゲーム

 何度も遊ぶゲームでなく、最初の一度に完成度を求めるゲーム


・「洋ゲー」を遊んでいない私は思います。

 『時間の砂』もそうであったけれど、今の「洋ゲー」は

 良いゲームを集め組み合わせて、より良く洗練させるゲームであるのか、と。

FPSは違うのでしょう。

 そして、そもそも日本にローカライズされるべく選ばれたゲームであること、

 そして、それを2つ3つと遊んだだけで何がわかるわけでもない。

 そもそも「洋ゲー」と分ける意味はどこにある。


・『God of War』は良く出来ています。面白い。

 けれど、確かに面白いのに何かある違和感。

 もう少しあちらのゲームを遊んでみなければなりますまいと

 興味の湧くゲームでありました。  

2005-11-22

kodamatsukimi2005-11-22

[]『美女で野獣 第7集』に寄せることば 『美女で野獣 第7集』に寄せることばを含むブックマーク 『美女で野獣 第7集』に寄せることばのブックマークコメント

  ISBN:4091571670

 「美女で野獣」を楽しめる選ばれしひと http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20050125

 美女で野獣 第5集 http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20040620

・私が現在一番好きなマンガであるところの『美女で野獣』最新刊が

 11月18日にようやく発売されました。

 やはりやはりとてもとても面白い。


・このマンガについて感想を書くのは難しい。

 マンガの上手い下手、良し悪しという見方をすれば

 優れた作品というつもりはございません。

 ただ好き。好きだから面白い。そうとしかいえない面白さ。

 こんなところで公表することではないかもしれませんが、

 私が漫画を描くうえでの優先順位は

 1.自分がキモチいい

 2.作品が書店に並ぶ

 3.読者にウケる

 です。今までこれを曲げたことはありません。

 もちろんコレもサイコーキモチいいです。

 読んでくれたあなたにとってもキモチいいともっと嬉しいです。

     『美女で野獣 第7集』カバー裏 作者コメントより

・私にとって実に気持ち良いマンガです。

・マンガに上手い下手はあります。

 『NANA』『ONE PIECE』は間違いなく上手い。

 優れた作品が、売上という形で正当に評価されていることは良いことです。

 売れていなくとも優れたマンガは沢山あります。

 けれど、それはゲームほどではない。

 雑誌連載という枷はあるけれど、優れたものが埋もれにくい点

 マンガは優れた表現媒体でありましょう。

・そして、その繁栄のお陰で、優れていない作品、読者を選ぶ作品も

 世にでることが出来る。

 『美女で野獣』は間違いなく面白いですが

 それはアニメ化されてベストセラーになる面白さでなく

 街に立ち、あたりを見渡したとき、そこに無数に転がるもの、

 それらに興味がもてるのかどうかにあるもの。

 そういう表現作品もあって、それが楽しめるのは素晴らしい。




・『ファイナルファンタジー』の竜騎士アビリティ「ジャンプ」が好きです。

 洞窟の中だろうともまるまる1ターン落ちてこないほど上空にジャンプ。竜はどこにいる。

 アクセサリーが「エルメスの靴」だろうともジャンプ。ヘルメスか。

 その間、敵の攻撃はラスボスだろうがメガフレアだろうが完全封殺。

 それだけ高く飛んでいるのにダメージはたったの2倍。

 ああ素晴らしい。

・特に良いのが『FF9』。

 降り立つときのワンステップおいての元の位置に戻る

 きーん、ずがっ、しゅたっ、たっ、というアクション

 何度見ても何度見ても実に素晴らしい。

・『FF7』はリミットブレイクしないと使えない。微妙

 『8』はジャンプがない。駄作。

 『FF12』はジャンプがあるのだろうか。

 『FFT』『FFTA』のSRPG風ジャンプもあれはあれで好きなので期待。

 何より『FFT』の竜騎士は忍者と互角を張れる強いジョブですから。

 その場から一歩も動かず近づく敵をジャンプで殲滅。素晴らしい。

 「『FF4』ビックバーン ジャンプ全回避」(http://ultimagarden.net/ultima/novel.cgi?1=103080224533=&page=0)は

 まさに神技。究極。素晴らしい。

 ああジャンプって本当に良いものですね。


・と、私は心から思っているのですが多分理解していただけないでしょう。

 『FF4』と『FF9』は常にジャンプし続けています。




日傘が好きです。

 雨の日は濡れるから良くない。晴れた日差しの強い日に必要に駆られて広げる傘が良い。

 ゲームでいえば『ソウルハッカーズ』の中ボス「マヨーネ」のCOMP傘。

 テクマクマヤコンラミパスラミパスルルルルル。実用性抜群の傘。マニア垂涎の一品。

 だからといって傘をみだりに本来の使用方法に用いて良いわけではない。

 『カービィ』とか『スーパープンセスピーチ』は傘であって傘ではない。

 パラソルというと微妙。『迷宮組曲』はパラソルであってアンブレラではない。

 いや日傘パラソルアンブレラは雨傘なのですが語感として。

 ちなみに当然『バイオハザード』は却下

 『斬紅郎無双剣』の緋雨閑丸による番傘は質実剛健で良い。

 『戦国無双』出雲阿国の傘も頑丈だ。

 『東方萃夢想』のどう見てもやわそうで折れない傘も是非欲しい。

 格闘ゲーム傘はどれも神秘の品。

 『スピカアドベンチャー』(http://www.taito.co.jp/gm/spica/)は

 可動しているのを見たことがない。(9bit confusion http://gmk.9bit.org/note/20051115-dennourinri.htmより)

 これは良さそうな傘。是非一度手にとって確かめてみたいものですね。

 そしてもちろん『逆転裁判3』の傘も装飾に徹している意味で良いと申せましょう。

 実用だろうとも装飾だろうとも良いものは良いのです。  


・と思うのですが、これを理解していただけるとは思えない。

 



・好きなだけで、好きであることに特に理由のないことがら。

 『美女で野獣』もそうなのです。

 好きだから面白い。好きであることに理由はないのでございます。


・面白い。このマンガは面白い。

 すくなくとも私にとっては最高に面白く

 唯一、指折り数えて発売日を待つマンガであるのです。 

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2005-11-18

ゲーム語りRing(http://gametalk.ring.hatena.ne.jp/)に加わってみました。

 だからといって何が変わるわけでもございませんが。

[][][]育成シミュレーションRPG『雪道』 育成シミュレーションRPG『雪道』を含むブックマーク 育成シミュレーションRPG『雪道』のブックマークコメント


・朝晩すっかり寒い冬。そんな時、あえて暖房を入れず遊ぶに良いゲーム

 パラメータ・サンクチュアリRPG030『雪道』http://f8.aaa.livedoor.jp/~sanctuar/

 (「ステッパーズ・ストップ」http://www.geocities.jp/steppersstop/

   「失踪外人ルー&シー」(http://d.hatena.ne.jp/lu-and-cy/20051104#p1)より

・同人フリーゲーム

 恐ろしい。山とあるフリーゲームにまだまだこんなに良いゲームが埋もれているとなると

 お金を払ってゲームをする意味を問いたくなってしまいます。


・曰く「数字のやり取りをするのが楽しいゲーム」。

 (パラメータ・サンクチュアリ「思想http://f8.aaa.livedoor.jp/~sanctuar/text/thought.html

 とても実験的。けれど丁寧に考えられて作られていて

 分りやすく遊びやすく面白い。

 『洞窟物語』や『東方』のように市販品を越える完成された作品ではないけれど

 個人製作、小規模作品だからこそ成立するRPG


ゲームブックを辿るよう。解く過程は『ローグ』を思わせます。

 必要なのは、運と経験から来る知識。

 ステージマップは周回型の一本道。ぐるぐるまわって、いかに速くゴールにたどり着けるか。

・何よりの特徴は敵を倒して得られる成長能力値の配分方法。

 こここそが実に面白い。





・「娘」を育成するシミュレーションゲームプリンセスメーカー』は

 面白いけれど物足りない作品でした。

・娘の持つパラメーター、体力、知力、感性、容姿気品などの変数能力値を

 育て向上させていくゲーム

 お稽古ごとやアルバイトなどで能力は上がったり下がったりする。

 目標は万能数値のプリンセス

 けれど失敗して中途半端な数値に終わっても、それなりのエンディングが見られる仕組み。

・数値を上げ下げしていくだけなのに面白い。

 戦争SLGのように勝つか負けるかという、結果に対する明確な判定がないゲーム

 『リトルコンピュータピープル』、最近でいえば『千年家族』のように

 見ているだけであった対象に

 『シムシティ』のように手を出せるようになったゲーム。それだけで面白い。

・面白いけれど物足りないのは

 基本的に、能力値が最期のエンディング判定にしか使われないことです。

 途中はどうでも良く、最終的に良ければ良い。

 RPGボス敵がエンディング前に一体しかいないようなもので、育成過程に起伏がない。


・『ときめきメモリアル』は、より数値の上げ下げに意味を持たせた作品でした。

 目標学生生活3年間内に女の子誰かと仲良くなること。

 好感度合いを上げて仲良くなるための判定は

 『プリンセスメーカー』と同様の能力値がその際、一定値以上あること。

 また、デートを重ねて好感度を積み上げていく必要もある。

・育成が過程の全体で意味を持つこと。

 目標が数値高低そのものでなく、どのキャラクターを狙うかという等価のものであること。

 これらの点で『ときメモ』は『プリメ』に比べて

 より数値上げ下げに意味があり面白くなっています。

・いわゆる一般の見方とは違うかもしれませんが。




・そしてこの育成SLGの能力上げ下げをRPGに持ち込んでいるのが本作『雪道』。

 もちろんキャラクターの能力向上を恣意選択できるRPGはいままでにも多数あります。

・例えば『女神転生』。「力」「知力」「魔力」「耐力」「素早さ」「運」のどれかに

 レベルアップ時、好きにポイントを割り振って強くなる仕組み。

 魔法が使えない主人公の「魔力」にポイントを注ぎ込めば理不尽に難しいゲームとなります。


・普通、RPGではレベルアップとともに一定値あるいはランダムに能力値が上昇し強くなります。

 RPG目標は強くなって戦いに勝つこと。「成長」と「戦闘」。

 

・遊ぶ時間の殆どを占める「戦闘」をいかに面白いものにするか、に

 多くのゲームが工夫を凝らしています。

 アクション要素入れる、緻密に考えなければ勝てないようにする。

 掛かる時間を短く。いっそのことイベント戦闘のみで。いやむしろいらない。

 まあ面白ければ結構です。


・それに対し「成長」はどうか。「戦闘」に勝つための条件と勝利のご褒美。

 そのふたつのバランスを取るために多くのゲームが工夫しているかというと、疑問です。

 レベルアップする。能力が上がる。レベルいくつならこの敵は倒せる。

 レベルは実に便利な目安。現実になくゲームにしかない見事な独自概念発明です。

・しかし多くはそれに寄りかかり過ぎ。

 レベルいくつでこれくらいの強さになっている、というバランスを取る事それ以上に

 考えようとしていないように見えます。

・もちろんレベルはあって良いのです。わかりやすいことは大切で

 スキル呪文、特殊能力の付加でレベルを意味のないものにするゲーム

 得てして解くための方法の幅が狭くなりすぎる。そういうゲームもあって良いけれど

 多くがそうでもこまります。


シュミレーションゲームにはレベルが普通ありません。RPGだけ。

 なぜないのか。

・それは強さが判りやす過ぎるからで、戦う前から結果が判り

 「戦闘」の面白さが削がれるから。

 シミュレーションは数字の上げ下げ、コントロールの過程に面白さがあるのであって

 最期の評価判定だけで全体の価値が決められてしまっては面白くないから。

 「成長」と「戦闘」は不可分であり、結果判定は常に流動的であるべきなのです。

・逆にロールプレイングゲームにレベルがあるのは、バランスを取りやすくするためでなく

 強さを判りやすくし、戦う前から結果が判ることで

 個々の「戦闘」の意味を薄めるためです。

 確実に勝てる「戦闘」しかしない。

 「戦闘」のための「成長」、「成長」のための「戦闘」。

 この繰返す過程に、意味を持たせるのが目的。

 強くなることに面白さがあり、その成果が勝利であって、結果強くなる好循環の楽しさ。



・なぜ多くのRPGは『女神転生』のように、SLGのように自由に成長させることができないのか。

 それはそのことに意味がないから。


・『メガテン』能力成長のポイント割り振りは、ゲームの攻略にあまり重きをなしません。

 常識的に割り振れば、もちろん影響はあるけれども、クリアできなくなるようなことはない。

 戦闘に勝利するのに必要なのは仲魔の選定。これが『メガテン』第一義の仕組みで

 そのために戦闘システムも成長システムも組み上げられています。

・自由に成長できることに特別な利点がない。武器スキルで如何様にも補える。

 それはつまり仲魔の魅力を高め、戦闘のバランスを取るためでしょう。

 そしてそれは独自の魅力を引き立てるという意味では正解です。

 ただ、パーティメンバーの内のひとりが物理攻撃を繰り返すことに固定されていることに

 何も疑問を感じないなら問題でしょう。


・例えば成長しないキャラクターによる戦闘。

 カードバトル、テーブルゲーム。『セブン』などもそうです。

 (参考;『セブン』と『ヴィーナス&ブレイブス』http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20051002

 「戦闘」だけで「成長」がない、ということは

 遊び手自身の実力のみを判定するという仕組みです。 

・戦いの結果は自身の打ち手、戦術が全て。

 それはもちろんそれだけでも十分に面白いです。

 自身が成長し、また相手も同じように成長していけば

 完結して限りなく深くいつまでも遊び楽しめます。

・しかしRPGの対戦相手は成長しない。

 難易度の幅を広く取って長く遊べるようにはできる。

 それを『カードヒーロー』などは実現しているし

 多くのアクションSTGも自身の成長の枠内でも充分に楽しめる。

・対し、自身が成長し、つまり上手く強くなっても相手は弱いままであるのが

 成長しないRPGの戦闘。

 戦闘システムを複雑化し、『サガ』のように様々な要素をつめこむことで

 自身の成長を薄めることもできるが、取っ付きが良くなく、これは例外であって

 多くは結果が見えている戦闘に早晩飽きるでしょう。


・戦闘を面白くするには、双方が同じくらいの強さであるほうが良い。

 結果が事前に明確でありすぎてはいけない。

 遊び手の能力が介在しないなら

 その必要性はお話のイベント以上のものではなくなってしまう。

・自由に成長できることに、敵が対応できなければ意味がない。

 そしてそれは自由の程度にもよるけれど、ひとでなく決められた数値演算プログラム相手には

 現状難しい課題であるようです。



・では成長に自由はないのか。

・この例として挙げられるのが『ローグ』『不思議のダンジョン』の「蓄積しない成長」。

 レベルが上がり、強力アイテムを拾っても

 一度やられたら全て元の木阿弥、始めからやりなおし。

 成長は全てリセットされます。

・敵は成長していない。こちらもその度ごとに成長し直さなければならない。

 同じことの繰返し。なのに飽きない、むしろ長く遊べるのはなぜか。

 それは遊び手自身の成長が全てで、敵がそれに合わせて設定されているから。

 自身の成長はRPGのようにレベルアップごと、「戦闘」「成長」の繰返しでなく

 SLGのように区切りなく過程ごとの全てにある。

ゲームの中で自身の分身はレベルアップし

 RPGのようにその成長に合わせて配置された敵と戦うことを繰り返す。

 つまり常に双方同じくらいの強さになるようにバランスをとってある。  

 ここに遊び手の成長する能力が関わるから、結果は明確でなく「戦闘」は面白く

 そしてゲーム中での成長の楽しさと共に

 自身の上手くなる楽しさ、自由に成長する楽しさもまた味わえる。



・そう、そしてその逆。

 自由に成長させることに意味を持たせるとしたらどうなるのか。

・それを見せてくれるのが『雪道』なのです。

 育成SLGの数値上げ下げ調整が持つ単純な面白さ。

 敵の能力に合わせて自身の能力を組み替える戦術の面白さ。

 面白い。





・『雪道』はいろいろな面を見せてくれます。


ゲームブックであるような受ける感覚はRPGアドベンチャーゲームとしての側面。

・いかに切れがよくともボスとヤスのボケツッコミを操るのは私ですから

 演出がよろしくないのがコマンド総当りアドベンチャーの限界。

 (http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20040605#p2

 如何に速くクリアするか、である非探索『ローグ』型RPGであるところの本作は

 実はそのテンポの良さ、製作者の制御し易さという点で

 物語を演出するに良い仕組みであるといえます。



・特長はシンプル手軽で簡潔明瞭短時間に楽しめること。

 

・短いことはここでは必ずしも欠点ではありません。

 『雪道』の刻むリズムはとても良い。

 それはSTGやリズムゲームにもあるもの。

 決まりきったステージと譜面の上を何度も繰り返して飽きることがないことは

 その上に自ら描く軌跡に限りがないから。

 必勝最適の答えはひとつでも、それを求める過程こそが楽しい。


・そして明瞭であること。

 戦闘の勝利資源分配や魔法習得法則。独特独自。数字のやり取りは

 意味を持たせられて明確です。

 (パラメータ・サンクチュアリ「思索プロセス」http://f8.aaa.livedoor.jp/~sanctuar/log/rpg010.html

 ランダム不確定がどこにあるか明確で

 自身の裁量によって対処可能であることは

 決定的に『ローグ』『不思議のダンジョン』と違う本作独自の魅力です。


・そしてそれは共に欠点でもあります。

 簡潔簡明であるゆえに多様ではない。

 最適の答えが明らかなほどに、求める道の幅も定まり狭いのです。

・商業メーカーの力技と経験の蓄積による洗練で磨き上げて

 その道を思いつく限り多様にしたのが

 『不思議のダンジョン』の何度でも遊べる面白さ。

・それに対し『雪道』は

 同人ゲームだからこその、短くても良いゲーム、大きくしようがないゲーム

 規模を大きくする毎に、例えばパーティメンバーを増やすだけで

 その変数処理は膨大になり

 バランスは崩れます。


・数値のやり取りをするのが楽しいゲーム

 それは現状、手作りの作者の神の手の平の上でののみ成立する手工芸作品ですが

 いつかこの美しい数値のやり取りを、果てしなく楽しめるゲームが現れるでしょうか。


   

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2005-11-14

kodamatsukimi2005-11-14

[]歴史物語『蒼天航路』 歴史物語『蒼天航路』を含むブックマーク 歴史物語『蒼天航路』のブックマークコメント


・'94年から11年、途中何度もの休載をはさみながらも

 先週'05.11.10発売の『モーニング』No.50で『蒼天航路』の連載が完結しました。

 http://ja.wikipedia.org/wiki/蒼天航路


・『蒼天航路』は横山光輝『三国志』と並び立つに相応しい傑作です。

・従来の蜀、劉備主観の三国志像を大きく描き変えたことだけでなく

 現代的、個性的な「立った」キャラクターたちと際立った演出、

 話も画も優れて斬新かつ見事。

 主人公曹操はもちろん、劉備も従来にない見方で魅力的。

 だけでなく呂布や悪役専門の董卓ですら実に格好良い。

 素敵です痺れます憧れます。


・曹操は全ての答えが己の中にあるように振舞う全知全能完璧超人。

 若かりし頃は徒党を組んで無頼に暴れていたかと思えば

 官職については苛烈かつ合理的に物事を捌く。評されて曰く「治世の能臣、乱世の奸雄」。

 けれど従来に違うのは、その目的がはっきりと見えていることです。

 武に生きることに喜びを感じるを自分とし

 戦いに勝つことで天命にそれを問うべく生きるのだと。

・一方の劉備も、従来の儒教的徳の高い君主、という像を聖人君子としてではなく

 実務には無能であるが、器の大きい人間的魅力に溢れた大人物、として描かれます。

 その時代指折りの武人と結びつけたのは劉備の人間としての魅力がゆえ。

 それは奇跡ではなく結果が作り出した必然であると。

董卓は澱んだ漢王朝を徹底して破壊しながらも自身に王道を持つ人物であり

 呂布は龍を纏う武神の化身。

 常識的な普通人であることを力とする袁紹

 黄巾党は暴走した宗教団体

 史実に反せずに見事創り上げた独自解釈の新しい三国世界。一々実に面白い。

・黄巾を吸収しての「魏武の強」、そして「官渡の戦い」の広大な絵図。

 その発想、実に見事素晴しい。

 文武万事全てに対して有能完璧合理革新的で一言で括れない程の才能でありながら

 それでいて、ひととしての魅力も併せ持っている「非常の人、超世の傑」。

 曹操という大人物を本当に描き出せた初めての作品といえるでしょう。




・時代小説、戦国時代や江戸時代だけでなく、今ではない過去を描く物語は

 常に書かれた時代なりの常識様式文化と解釈で描かれます。


・吉川英治『宮本武蔵』。

 今、井上雄彦『バガボンド』として描きなおされている両者は随分異なるもの。

昭和11年から14年に渡って書かれた原作。そしてその70年後に描かれている作品。

 その違いは著者の考え方の違いというよりも、それが書かれる時代の違い。

 今、吉川『武蔵』を読むと武蔵の考え方が容易に理解できません。

 なぜそうするのかの行動理念が

 現在の常識、知っていること考えられる範囲とまったく異なるからです。

・70年、ひとりのひとが生きている間の文化の違いも

 世代が違えば理解は容易でないことなのに

 それが百年、千年と経つと想像もできない。

 時代の作る、ひとの常識の断絶は想像できない程度に大きいのです。


・例えば戦国時代。

 なぜ名将武田信玄が一生を掛けてたかが長野県程度しか領土を増やせなかったのか。

 なぜこんなに狭い日本で何十もの勢力が自治政権を共存させるなどということが出来たのか。

 学生夏休みに余興で自転車縦断できる程度の狭さです。

 古事記の時代にタケミナカタが出雲から諏訪まで逃げてくるほどの狭さです。

 当時は道が整備されていなかった。けれど馬で駆ければ容易に端から端まで行けたはず。

 まったく不思議、理解の外。

・まして1800年前、しかも隣の国。

 日本では男子は大小となく皆黥面文身す、などとしているころのお話。

 殷周(春秋戦国)秦漢三国晋、南北朝隋唐五代(十国)、宋元明清中華民国、

 中華人民共和国〜と、亀よ亀よかめさんよ〜の節回しで歌ってしまう始めの時代。

 まったくわかる訳がない。


・漢籍通じて中島敦『李稜』、国漢教師の海音寺潮五郎『孫子』、そこから司馬遼太郎。

 大衆文学と言えば吉川英治、に書かれたのが『三国志』。

 どれも日本語で書かれていること以上に

 登場人物の考え生き方は、その時代の日本人、著者が知っている文化にあるものでしかない。

 北方『三国志』、本宮『天地を喰らう』などは

 知らないなりにいっそそのままと割り切ります。ある意味素敵。


・知らないものは想像できても、ないものを作りだすことは誰にもできることではない。

 それが出来るひとこそが、本当に世界を変えていくのです。


・歴史を作るのは英雄という名の登場人物。

 英雄を創るのはその物語の編まれる時代。

 劉備が善玉、曹操悪玉理論も、『水滸伝』の無理矢理加減も時代が創ればこその物語。

・そこに生きるひと、名も残さず昨日生まれ今日生き明日逝く私。

 世界を変えるべくもない、あらゆるもののクズである残りの9割。 

 けれど、その絶対多数が文化という区切りの時代をつくり

 それが物語を生んで英雄を創る。

 その時代に生きた人しか知れないように。為に英雄も常に生み出される。




・『蒼天航路』は磨いた珠のごとく完璧な作品ではありません。

 連載途中、原作者の李學仁さんが亡くなったことでの混乱や

 史実からしても官渡の戦い以降の曹操を描く難しさもあり

 後半は初期の勢いが失われて、また収拾がついておらず残念な面も多々あります。

・曹操の死を持ち物語は完結しました。

 けれど歴史は曹操という稀代の英雄ひとりに作られるのものではない。

 そこからもどこまでも、残る人々によって現在まで続いています。

・著者王欣太さんは言います。1800年。曹操の血が自分の中に流れているかもしれない。

 曹操という確かにいた英雄もまた、同じ世界に生きた人間なのだ。


・史実をもとにした歴史物語。

 マンガのキャラクターはけれど実際に在て

 歴史は現在に創られるのです。

 『蒼天航路』があり、だからこそそれを越えていく作品も生まれていくことでしょう。

 それを楽しむことができる時代に生まれたことこそ喜びです。

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2005-11-08

kodamatsukimi2005-11-08

・『THE SECOND APOCALYPSE ケツイ 〜絆地獄たち〜』(http://www.inhgroup.com/item/ketsui/)に感化され

 久しぶりに遊ぼうかと思ったら、ない。どこにも置いていない。

 取って代わるは『虫姫たま』。

 しかたなく『鋳薔薇』を楽しみました。

・やはり「もえ」がないとやっていけないのか。けれど『ラジルギ』はともかく

 『虫姫たま』も『旋光の輪舞』もその間一枚もコインを稼いでいなかったような。

 PS2虫姫さま』も初回版がまだ捌けていないし『ケツイ』はもちろん『鋳薔薇移植も不安です。

[]『ゲーム批評 vol.65』 『ゲーム批評 vol.65』を含むブックマーク 『ゲーム批評 vol.65』のブックマークコメント

 10月3日発売

 公式サイト http://www.microgroup.co.jp/game/

・編集長も変わり大分リニューアル

 巻頭カラーページはなんと、東京ゲームショウレポート

ゲームショウっていつのまに行われたのでしたっけ。

 レボリューションリモコンコントローラーの時か。(http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20050916#p1

 任天堂はいつのまにかゲームショウに出るようになったのですな。

 いや出ていないのか。基調講演だけで話題をさらっていっただけなのか。流石だ。

・けれど記事中にはそれについて何もなし。大丈夫ですか『ゲーム批評』。

 コンパニオンさんの写真のほうが大事でありますか。

 なかなかの革新振り。今後どちらへ向かうのか、期待しております。



・今回はこれといって注目点もないので簡潔に。


・特集その1。「ゲーム有害なのか?」。

 神奈川県による『GTA3』の有害図書指定に始まる一連の問題についてです。

・これに関しては、18歳以上である遊び手の私にとっては関心がない、

 それ以上ではないのですが、記事に対しての感想として。


・『ゲーム批評』の見解は以下の通り。

 ゲーム業界の発展は、国益の観点から見ても無視できるようなものではない。

 そんな重要な産業を、今回のような政治的ポーズのために、満足な議論もなく規制することは許されない。

 (P46「総論」より引用

有害と決まったわけではないのだから、いたずらに規制すべきではないということのようです。


・実際この問題がどうなるかは

 『GTA3』を国内販売するカプコンがどのように対応するかによります。

 CESAに働きかけCERO倫理規定を変えるのか、

 それともこのまま放置して、政治的掛け声だけで実行上何も変わらないようにするのか。

ゲーム有害かどうか、については

 では、書籍の有害優良は誰が何を元に決めるのか、

 では映画は、では演劇は、では音楽は、芸術は、

 きりがないし、そもそも有害とは何を持ってするか、という話。


・『ゲーム批評』は適当なことで良いのではないでしょうか。

 あまり突っ張らないで穏当にかわす方が良いと思うのですが。

 反骨精神野次馬根性がころり転げる木の根っことならないように。



・その2。「代替現実ゲームが来る!?」。

 代替は「だいたい」と読みますよ。

・参考としてこちら。

 4Gamer.net「ARGという、新ジャンルhttp://www.4gamer.net/news.php?url=/weekly/kaito/054/kaito_054.shtml

 最近になって,現実とゲーム世界を交錯させるタイプゲームが,ジワジワと増えている。

 今では,そんなゲームのことをリアリティ・ゲーム(Reality Game)

 もしくはオルタナティブ・リアリティ・ゲームAlternative Reality Game:ARG)と呼ばれるようになっているほどだ。

 多くのゲーマーに認知されるようになるのも,そう遠い話ではないだろう。

 変な文章。タイトル説明を中段にもってくるのもどうか。

・他の例としては

 『東京スコットランドヤード』「イミノス」の紹介記事 http://www2u.biglobe.ne.jp/~ino/blosxom/blosxom.cgi/misc/TSY.htm

 『アンテナDASH』Wiki http://wiki.antenna-dash.jp/FAQ/?Common

 など、いろいろあるようです。


テレビゲームでなく

 また、非電源ゲームと呼ばれるボードゲームテーブルトークRPGとも違う新しいゲーム

 ネットと携帯電話を利用した新しい遊びです。

 なるほど新しい。

・紹介記事ということで、やはりそれ以上ではないのですが

 『人狼BBS』(http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20041123#p3)のように

 新しいルールを持ったゲーム、今後も多く生まれてくることでございましょう。

[]セガマニアはどこにいる セガマニアはどこにいるを含むブックマーク セガマニアはどこにいるのブックマークコメント

 AB2「The creation is a life」http://ab2.blog6.fc2.com/blog-entry-21.html

・自分の勤める会社のものは知らなくともセガの社是と経営理念なら諳んじているのがセガマニア

 せーがーせーがーすすめーあーすへー。


 GAME Watch ;変わりつつある「SEGA AGES 2500シリーズhttp://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20051031/ages.htm 

 週刊 セガボイス「『SEGA AGES 2500』で甦る名作たち」http://sega.jp/community/segavoice2/vol14.html

・このような記事を見たらば、例えサターン版を持っていようとも

 『地球防衛軍2』より高い『スペースハリアー』を買いに行くのがセガマニア

 これは売れないよな。


・前回の『ワンダと巨像』を遊んだ時に始め、思いました。

 敵の体を駆け上がって戦うアクションなら『どろろ』(http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20041009)が

 既に1年前に通過している、と。

 『ワンダ』は確かに面白いし、欠点を比べれば優劣は明らかだけれど

 『どろろ』のほうが泥臭いから、でなくて好きだ。というのがセガマニア

・『どろろ』での敵へ駆け上りは衣装から舞台装置への小林幸子的コペルニクス転回なのだ、

 といってもとっても苦しい。


・『E0』も『D2』ですら\100でも買う気はしないけれど

 これがセガゲームというだけで何杯でもいけます。

 『獣王記』だって面白い。ワゴンで売られていても。

 『マクロス』だって面白いんだ。http://d.hatena.ne.jp/Iron-9/20051106。売れなかったけれど。

 『Kunoichi』(http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20050417)\500は安すぎです。

ゲームは面白いと信じていたい。

 いや、実際に面白いのだ。面白いのだ。面白いに違いないのだ。


・『パックマンゲーム学入門』(ISBN:4757717520)でセガ 小口社長は

 セガカラーブルーだけでなく、オレンジのものも増やして行きたい、と語っています。

 確かに『サカつく』くらいしかない。『サクラ大戦』は見ない。それにどれもジリ損であるし。

 けれどだからといって『バーチャロンマーズ』はないだろ、というのがセガマニアの声。

・けれど小口社長には期待しているのです。

 『バーチャロン』『クレイジータクシー』『パワースマッシュ』。

 『ダービーオーナーズクラブ』から今のアーケードを作った立役者が

 必ずやセガを導いてくれると。

 オンラインは無視。いちばんまともに話が通じそうだからとか言わない。  



セガマニアは、セガが好きなわけではない。

 駄目なところが好きだとか判官贔屓とかではない。天邪鬼ではない。

・なぜならセガとその周辺のゲームが、確かに間違いなく面白いからなのだ。

 任天堂はそつなく作る。コナミも金の使い方を分っている。

 スクウェアエニックスの大作RPGだって面白いし

 ナムコの独特の味わいあるゲームも好きだ。カプコンだって数出し過ぎだけれど頑張っている。

 そしてセガゲームだからでなく、セガゲームも、は、面白い。確かに面白い。


メーカーで分けても意味がない。

 それぞれ個々の出来不出来が全て。

 誰が作っているかは問題ではない。

・売れた売れていないに関わらず、面白いゲームが遊べればそれで良いのだ。

 そしてセガゲームは面白い。せかいいちでないけれど、欠点も目立つけれど面白い。

 だからセガゲームが好きなのだ。

セガマニアゲームの面白さを知っている。

 セガでなくとも面白いゲームであれば良いことを知っている。



・そしてもちろん、そういう思い入れ、対象への興味があるからこそ

 ゲーム遊ぶことは面白いのだけれど。

 

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2005-11-06

kodamatsukimi2005-11-06

[][][]『ワンダと巨像『ワンダと巨像』を含むブックマーク 『ワンダと巨像』のブックマークコメント


 GAME Watchレビュー http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20051028/wan.htm

 Wired Newsレビュー http://hotwired.goo.ne.jp/news/culture/story/20051028204.html

 ポップ・コラム [No.0439] PS2ワンダと巨像』 http://pop-site.com/column/col043901.htm

ASIN:B00064A8G6


・売上数以上の絶賛評価を受けている作品『ICO』(ASIN:B0002HUCNQ)。

 その製作スタッフによる新作です。

・『ICO』の何が面白かったのか。

 それは「雰囲気」です。

 見せ方が上手い。今までにない。

 ゲームだからと割り切らず、ゲームだからこそ出来る演出表現にこだわった作品。


PS WORLDクリエイターロングインタビューhttp://www.jp.playstation.com/psworld/game/interview/wander.html)で

 ディレクター上田文人さんは以下のように言われています。

 これは僕自身の考えですが、ゲームには、映画のように複雑な脚本を語るだけの……

 映画でいうモンタージュ技法のような手法がまだ確立されていないと思うんです。

 もし、それをどこかの天才が発明してくれれば

 上手くストーリーを語るゲームが可能でしょう。

 でも、現状では、ストーリーをちょっと見せて、ゲームをちょっとプレイして、

 またストーリーを見せてというやり方しかできない。

 それでは、テレビゲームである意味はあまりないんじゃないかと。

 だったら、シナリオをつくることではなく、世界観をつくるほうに専念して、

 “ディテールに神が宿る”ではないですけど、

 その世界を体験したプレイヤー自身にストーリーをつくってもらうほうが、

 今のテレビゲームには合ってるんじゃないかと思うんですよね

 ちなみにモンタージュ技法とはカットカットを効果的につなぎ合わせる見せ方。

 映画ではあまりにも当たり前なので説明しつらいですが

 劇の場面転換と、映画のそれとの違い、を考えていただくと良いかと。


・『ICO』はその「ゲーム」である部分だけを見ると

 『プリンスオブペルシャ』であるとか

 『ゼルダの伝説』、『セプテントリオン』などを範に

 丁寧に作られたアクションアドベンチャーゲームであります。

・良く出来ている。

 けれどそれ以上ではない。その独自の演出、

 「世界観へのこだわり」が受け入れられなかったひとにとっては

 アクション要素の薄い面倒なゲームに写ります。



・前々回書いた『東方花映塚』(http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20051022)の製作者、

 ZUNさんは『東方文花帖』(ISBN:4758010374)の中で

 ゲームデザインにおける世界観について述べています。

 (前略)僕が考えるゲームデザインは、そういった世界観を根底にすえて

 ゲームをひとつの世界、作品としてデザインすることだからです。

 つまりすべてのベースには世界観があって、

 その上にゲーム性システムが成り立っている、

 映像や音楽が流れ、設定があって、プレイしている感触がある、と考えるわけです。

 だから、いわゆるゲーム性ゲームの中のほんの一部しかないし

 そこにこだわりすぎるとコンピューターゲームとしての意味がなくなってしまう恐れがあります。

 しばしば「ゲームの本質はゲーム性であり、ゲーム性世界観は別物」

 と言う人たちがいますけれど

 僕はゲーム性世界観は相反するものではなく、ひとつになっているべきものだと考えます。

 (『東方文花帖』P164より)

上田さんとはまた違う意味合いです。

・設定、キャラクター、演出、そしてストーリーテーマ

 「ゲーム」である部分に対してどのようにあるべきなのか。

 『ICO』と『東方』とそして様々なゲームを眺めてみれば答えは明確。

 正解はない。その採り方は様々にあって良い。


・『ICO』の何が面白かったのか。いままでになく新しかったのか。

 それはディテールへのこだわりによって世界観を演出するやりかた。

・宝箱もアイテムもステータス成長もボス敵との戦闘もない。

 なぜかプレイヤーだけがクリアすることが出来るようになっている迷宮のしかけ、

 そこにだけ「ゲーム性」をもたせるという方法。

 シナリオは映画のようでゲームらしくない。

 けれどその見せ方、舞台と俳優演技にこだわることによる雰囲気は

 ゲームだからこそのもの。

 そこが新しい。それが『ICO』という作品。 





・では『ワンダと巨像』はどのようなゲームか。


・その「ゲーム」である部分をとってみると、これがいままでになく斬新で面白い。

 一寸法師のようにこちらに対し圧倒的に巨大な敵。

 こちらの攻撃は蚊が刺すようであり細い針を刺すようであり。

 けれど針も急所に刺されば痛い。

 相手にはりついてひっついてぶらさがって、弱点を探して一撃。

・上記ポップコラムレビューの『アールタイプ』3面巨大戦艦という例えもありますが

 それ以上に弱点だけを突っつけば良いという方法は面白いです。

 巨大なボス敵一撃必殺。

 『ブシドーブレード』『鬼武者』でなく『Shinobi』の殺陣。

 ゲームの仕組みはまったく違いますが、爽快感はそれに近い。


・操作感覚はほぼ『ゼルダ 時のオカリナ』からの流れ。

 違うのはアイテムが剣と弓だけであり

 相手にしがみつき這い登るアクション重要でフックショットがないこと。

・本当に『ゼルダ』のそれ。

 状況から弱点、攻略法を探して的確に実行。

 気持ち良いアクション。答えが分っていても動かしているだけで楽しい。

・これは『ゼルダ』が『タクト』でやるべきものだったと思いたくなります。

 「タライとホース」集めが面倒という以前に

 見た目しか変わらなかったのが『タクト』の欠点

 することは『ムジュラ』に満たず新しくない。

・『ワンダ』の巨像との戦いは

 『ゼルダ』新作にして値するアクションの新しい楽しさがあります。

 面白い。素晴らしい。



・そして「世界観をつくりだすディテールへのこだわり」。

 これも終始一貫しています。

 シナリオを見せるのがゲームではなく

 その世界でプレイヤーキャラクターを操ることから生まれる生み出されるもの。  

 ゲームにしか表現できない世界。

 細部のこだわりが用意されていて、そこで世界を作りだすことを楽しめるゲーム

 『ICO』以上に簡潔なシナリオ。けれどそこに物語は充分です。


・『ICO』は小説化されるほどの物語を持っていました。

 映画のようにシナリオがありました。それは優れていたけれども

 それが合わない、興味をもてない人にとっては

 価値を持ちにくいゲーム欠点ではないけれどそういうゲーム。合わないひともいる。

・『ワンダ』は世界観を、自ら作り出せる楽しさがある。

 アクションゲームとして新しく面白い。



・『キラー7』(http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20050614#p1)は「映画のようなゲーム」でした。

 『ICO』は逆です。

 『ゼルダ』のような、従来のゲームにある

 「ゲームゲームとして成り立たせるためのお約束」に対し

 ゲームとして成り立たせるにそのどれが必要であるか、を考えた結果として

 「ディテールが作りだす世界観」で物語を語るという方法を採ったことこそが

 従来のゲーム文法中での見せ方にこだわった『キラー7』に対する『ICO』の新しさです。


・「映画のようなゲーム」の新しい見せ方。

 それは『ワンダ』でもまだ未完成

 優れた映画のように初めから終わりまで無駄のないものではない。


・けれどゲームとして、ゲームだからこその面白さを持ったゲーム

 「その世界を体験したプレイヤー自身にストーリーをつくってもらう」こと。

 それはゲームだからこそできること。

・映画のようなゲーム、けれどゲームでしか出来ないゲーム

 シナリオに沿う『ICO』の物語に対し

 『ワンダ』は巨像との戦いにこそ物語がある。

 それがアクションゲームの持つ物語を作りだす力。

 ただ単純に動かしているだけで楽しく、その結果もまた価値を持つ。


・ムービーシーンをつなぎ合わせたものを見れば満足できるゲームもあれば

 自分が操作して、作り出した結果にこそ価値があるゲームもある。

 どちらの方法が優れているのでもないけれど

 『ワンダと巨像』は、見るべきではなく、確かに遊ぶべき価値あるゲームです。

 

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