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2006-06-25

kodamatsukimi2006-06-25

[][][]『FF12』から見えない未来 『FF12』から見えない未来を含むブックマーク 『FF12』から見えない未来のブックマークコメント


スタジオベントスタッフhttp://www.bent.co.jp/)による

 『FF12アルティマニア』(ISBN:4757516967 ISBN:4757516975)が厚く発売されました。

 相変わらず内容見事、これほど分厚くとも隅々まで読めて

 同じ値段の下手なゲーム遊ぶよりも楽しいです。

・各スタッフインタビューに大概名前出てくる、

 原案/シナリオプロット/監修の方へインタビュー無いのが画竜点睛欠きますが

 さらなるやり込み回り含めてオメガ版にてなるのだろうか。なってください。


・優れたゲーム本はゲームを遊びたくなる欲も湧き立たせてくれますので

 『FF12』を再び遊ぶ。うむ。良く出来ているなり。

 振り返って全体見てみると、クリア直ぐの時(http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20060404

 に同じく、総じて良く出来ている、と感想


・今回は発売からやや間置き改めて

 『ファイナルファンタジー12』がどうであったか、であります。

 ちなみに『8』『10-2』除いて『4』以降は複数回遊んでいますが

 中でも『7』が1番好きです。『11』は遊んでいないですます。


戦闘と成長の仕組み

・成長の仕方、戦闘の成り立たせ方という点、『FF12』は特殊です。

 戦闘で使用する各キャラクターに成長個性がない。

 上がりやすい能力値傾向は個々にあるけれど

 それを無視しても、いつでも軌道修正可能範囲ゆえ苦労することはない。

 つまり、効率を優先しなくとも全員が万能能力者に育ってしまう。

 個々のキャラクター性、個性が戦闘において感じられない。

・これは改めてみると、アクション要素ない集団戦闘形式において、かなり稀。

 他に類例余り思いつきません。


・個性あるその道スペシャリストが力を合わせることで

 個人で太刀打ちできない強大な相手を打ち負かす。

 これは例によって、『ウィズ』の昔からそうだ、というより

 将棋にしてもカードゲームにしても

 戦闘シミュレーションゲームにおいては大概なんでもそうだ、

 というべきですけれど、なぜ『FF12』ではそうしなかったのか。

・途中どのような方法で進めようとも全体見て影響がない、ということは

 その場面ごと最善手段に自由度が広い、と見るべきか。

 能力を特化させて育ててしまえないようにしたのはなぜか。

 取り得る方法が幅広くならないよう誘導するためか。



・『FF12』の戦闘において見ため特徴であるのが「シームレスバトル」と「ガンビット」。

 戦闘専用フィールドに置き換わることなく行われる戦闘。

 どの場合どのように行動すべきかあらかじめ指示しておける自動戦闘。

・これは、見ためからの要請、『FF11』で既に果たされているRPG最先端の戦闘風景を

 個人で遊ぶRPGへも導入することによるもの、と思われますけれども

 その結果として遊んでみて感じるのは、

 戦闘でボタン連打をする必要が無くなったということです。


・景色を眺めていると後ろから敵が襲い掛かってくる。

 遊び手が何も指示しなくとも、ボタン一つ押さなくとも、

 勝手に戦闘が始まり、終わります。

・楽。強くしておけば見ているだけで良い。

 これを拡張して、最強の敵をボタンひとつ押さなくとも自動的に倒せたときこそ

 このゲームを極めたと感じる瞬間、ここがRPGの最先端かとの感慨です。



・これは、戦闘に広い場所が必要であるから面倒を省くためか、と

 オンラインRPGを遊んだことがない身からは見るのですが

 つまりそのためにキャラクター個性がないのだろうか。


・成長のあるなしに関わらず戦闘シミュレーションゲームにおいて

 勝つためにすることは、現有戦力を相手に合わせて活かすこと。

 長所欠点を併せ持った駒をどのように並べて勝ちを拾うか。

・全ての札が同じ能力同士の戦いならばどうか。

 相手が全く同じ札を持っている場合はどうか。

 どんな相手にも勝つためゆえに生じる手札の丸まりを、持たせず

 不利な相手にも取りかた次第で勝てるようにするべきかどうか。


・非オンラインRPGの戦闘では、敵の能力は固定です。

 強さが上下することはあっても、それはこちらの手札によるゆえ見通し付く。

 敵の戦力戦術は、必ず戦う前から知れている。

 そこに戦術性、戦闘の面白さを出すためにある工夫は

 特化した能力を持つ個性の集まりでありながら

 けれどどんな敵にも相手できるようある、こちらの長所を発揮すること。

・それでは何も変わらないではないか。

 けれど何かに特化させた能力に固定して不利な敵に戦うことを強制させるのは

 より良い仕方ではない。

・では逆だ。

 手札の能力は特化し難いように誘導するけれども、どんな種の敵であっても

 同じ手順で戦うよう強制する。

 もちろん強制ではなくて、

 だから大半は自動的に楽しさを削いでしまうかもしれないけれども

 そこは勝利でなく成長の楽しさが補うのであり

 究極は成長でなく、戦術の適正化こそこのゲームの戦闘における眼目であるのだ、と。



・いつものことですが、どうもAB3と同じ見方(http://ab-3.net/2006/04/ff12_1.html)に

 立つようである。

 オンラインRPGを遊んでみればまた違ってくるのでしょうけれども。社会人には無理。


見かけ表現演出手法

・原案/シナリオプロット/監修のひとが発売後何も言っていない現状でお話を見ると

 ひとは歴史の傍観者にしかなれない、といういつものテーマを表現するに

 今回はもうひとつ、物語の主人公描写が上手くなかった、という風にいえます。

・いつもの、語り手に見えていないことは遊び手にも見えないのだ、という手法が

 今回伝わりにくかったというのは

 例えば『12』を『FF6』張りの2D見た目でDS移植したものを想像できるかと問うて

 容易に答えが見える点からして

 新しい表現手段が取られていない。けれど見た目に違う。

 だからだ、と大上段に振りかざして言えるあたりが

 「現時点最高」というところ。今度のDS版『FF3』は元がもとだけになんとも。



・世界は歩いて回るには広く、乗り物使うには狭い。

 一度通っておしまいでなく、そしてシームレスバトルに伴う表現は

 歩いて我慢できる限度で広く、が本作の答え。

 RPGにおいて背景をどのようにどこまで見せるかとして

 力技に頼れるからこその独自表現もちろん『ドラクエ8』以上。RPG史上最高。

・この辺りはやはり、『FF』のどれかと比べてというよりも

 『オウガ』『FFT』『ベイグラント』の拡張として見てしまいますが

 今からすれば『ドラクエ』が『5』あるいは『4』で既に失ってしまった世界の広さを

 むしろ『FF』こそは持ち続けていたのであり

 『FF7』『FF10』『FF11』はそれぞれに大きな転換点であって

 けれど『FF12』はそうではなかったのだ。

 そういうように言えます。


・『FF12』では、その個性として『FF10』とまた違く

 より統一感説得力ある世界へとまとまり持たせようとした。

 けれどやはり世界は狭い。 

RPGにおいて、世界の背景は広い方が良いのか狭くとも深いほうが良いのか。

 物語は無限に想像できるとしても、広く多様である方がより良い。

 けれど表現が難しい。ますます難しい。狭く深くなければできない。

 リアルであり現実的であろうとするほど世界はますます狭く

 もはや誰も世界を救う勇者には、おとぎ話の中にしかなれない。

 もちろんそれも手段の一つではあるけれど。


・『ウィザードリィ』がその狭さゆえに、

 現代日本においても現実身近に感じられるのは

 非オンラインRPGの果てにある現状の視界から感じる限界か。

 その世界の全ては所詮、製作者の掌中でしかない。

 だからといって計算機の無理数上に世界を自動構築したとしても

 多様ではないし、魅力もない。

 

想像できないものは創造できない。2001年宇宙の旅。

 けれど、それは現時点でのこと。

 『FF12』に未来は見出だせなくとも

 「現時点」はかつての未来より、既に先へと、常に進み続けていくのだから。

 次の現時点最高究極は、今に想像できないものであるのだから。 

 

2006-06-14

kodamatsukimi2006-06-14

・本題とは関係ないですが

 『からくりサーカス』(http://ja.wikipedia.org/wiki/からくりサーカス)が

 同じくしてこの6月1日連載終了しましたけれど

 こちらもいつのまにか9年。9年か。

 マンガは長期連載当たり前になり過ぎで感覚狂いますが、いつのまにやらの9年だ。

[]『ゲーム批評』終了 『ゲーム批評』終了を含むブックマーク 『ゲーム批評』終了のブックマークコメント


・今月3日に発売されたVol.69をもちまして、『ゲーム批評』が終了とのこと。

 休刊廃刊ではなく誌名変更でもなく終了。

 同編集部は引き続き「G-navi」というゲーム情報誌を作られるもようですが

 あくまで終了。

 本題こちらは'94年の創刊から12年。12年。

 ついにようやく、『ゲーム批評』が終わりました。



・全号持っている身としては感慨深い。

 特に初期の数年。

 創刊号を読んだ驚きは今も覚えています。

 その'94年当時は、PSSSによる「次世代機戦争」より前のSFC時代。

 メーカー提灯記事当たり前、そういうものだと思っていたゲーム雑誌の棚に

 ぼろい紙質小型のサイズで置かれていたのが『ゲーム批評』。

 巻頭特集「『FF6』は感動的な物語ではない」。へへえ。

 裏表紙にはずばり

 「『ゲーム批評』は公正な立場確立するため、広告を入れません。」

 驚きです。

・Vol.10まで特集題を並べてみますと

 「ファンタジーは死んだのか/ゲーム業界内事件の真実

 「格闘ゲーム神話の終焉/Hゲーム罪と罰

 「次世代機を斬る!/ゲームスクールの実態」

 「帝王任天堂の悲哀と栄光」

 「新世代ゲーム葛藤/ゲーム批評とは何か」

 「衝撃、キャラクターゲーム/裏ソフトの「濃密」な生態」

 「RPGの本質とは何か/決着!?サターンVS PS

 「スクウェア幻想真実

 「胎動・・・アドベンチャー/製作者とユーザー、その存在の示すもの」

 「ゲームは誰が作っているのか/徹底!シューティングゲーム

 と、引っ張り出して眺めていたら思わずずるずる読んでしまう懐かしさよ。

 『FF6』が感動的だ、と当時は言われていたのだなあ、と。

 思えば遠くへ来たものよ。



・『ゲーム批評』は、今までにないゲーム誌でした。

 売れているゲームに批判的な文章が載っている。

 メーカー側からすればゲームを売ることとは関係がなく、

 ゆえにゲーム雑誌で取り上げられてこなかった業界周辺事情を取り上げる。

・「批評」というほど内容あるのか、

 とマニアのみなさまには毀誉褒貶相半ばながらも

 批判するため『FF』をとりあえず押さえると同じ程度の位置を

 築いたわけでございます。

 まあマニア以外が買うような代物でないですな。Vol.4までは季刊ですし。


・創刊当初、PSSS次世代機戦争で業界盛り上がっていたころは

 『ゲーム批評』も様々な話の種をばらまいて

 今読み返しても様々に興味深く面白いです。 

・けれどしかし。

 ゲームについて語ることにも、実は割りと限界はあるのであり。

・常にひと入れ替わり、過去の記録は膨大な量ゆえ流されるネットゲーム談義は

 同じ事を違うひと果てしなく繰り返し続けれれることを

 許容しますけれども

 創刊号から全部買い揃えておくようなマニアに監視されている種の雑誌では

 当時であっても、そ知らぬ顔は出来ません。


・'98年、Vol.20の特集は「売れるゲーム売れないゲーム」。

 続くVol.21「それじゃ、ゲームの面白さって何?」。

・売れるゲームと、良く出来たゲームと、面白いと思えるゲームは違います。

 面白いと思える、興味を持って面白がれるゲームはひとによりけり。

 では、作り手にとって面白いゲームとは何か。

 良く出来たゲームか、売れるゲームか、

 それとも開発者のあるひとりが面白いと思えるゲームなのか。

・「じゃあ、面白いゲームって何?」

 「面白くても売れなければ意味がない」

 「売れてもその次また新作を買ってくれるような良いゲームでなければならない」

 ゲームソフト単体でいうならば、この問題は難しくない。

 良く出来ていて誰もが面白いと思えるゲームに、お金掛けて広告出し売れば正義

 これを任天堂めそっどと名付けるべし。

・面倒なのはそこにゲームハードが絡むこと。

 ソフトなければただの箱。されど、ハードなかればソフトはただのゴミ。

 共有体験のため全てのゲームソフトはもっとも売れているハードで出すべき、

 まではまあともかく

 であればハードメーカーは自ら率先してそのハード集団を守り立てなければならない、

 となると、もはや政治の世界でございます。

 関心ないひとにはどうでもよいのに

 それだけを日刊宅配情報誌の連日一面にすることが許される、

 宗教と並ぶと世間では認められる話題。神学論争。任天堂は神。いざさゲーハー板。 


・そこに確たる答えはない。

ゲームは面白ければ良いのだ。

 それはそのひと個人にとっては正しい。

 けれどゲームを商品として扱う産業からすれば違い、

 そして個人の正義でなく、世間一般に認められる絶対価値基準、

 すなわち「批評」を看板に掲げる雑誌としては

 延々ぐるぐる回り続けるを余儀なくされながらも

 立ち止まれず同じ場所も通れず、果たして軸心見失い迷走の末、

 ついに辿りついたるは、看板の架け替えという末路なわけであり。

・ようやく今更です。

 遅い。もう何年も早く名前を変えておくべきだった。

 その内容にお金を払う価値があると、

 少なくとも惰性でも買うには値するとここまで来た身からすれば。



・結果として『ゲーム批評』が果たした役割は

 ゲーム雑誌メディアの取り扱う幅を広げたことです。

 メーカーの結びつきから自由なゲームの見方。

最近の例えば『ファミ通』はゲームソフト紹介、攻略だけでなく

 有名シリーズの歴史成り立ち、過去の埋もれた良作の紹介、

 ゲームジャンルの分類と解説、そのジャンルの代表作、そのどこが優れているのか、

 等々、マニアが得々として知っていた種のゲーム知識記事を載せております。

・「面白いゲームとは何か」についての理論武装

 読者の「面白いと思うゲーム」を

 すなわち「良いゲーム」たらしめるよう誘導するのは

 「売れるゲーム」これすなわち「良いゲーム」であることにこそ

 健全たる業界の発展があるから。

 さらに一方で、より良くゲームを楽しむための

 様々な面白がりかたについても抜かりなく話題を広げている。

 まったく正しい。さすがです。

過去メーカー資料を書き写した紹介記事から

 かつて『ゲーム批評』が扇情的に書き立てていた、

 知らなくてもゲームを楽しめる種の周辺事情も記事とし扱うように変化したのは

 必ずしも『ゲーム批評』の功でなく、産業発展時代の経緯ではありますが

 その前と後で変化があったのは確か。

 エイプベントスタッフが少しずつゲーム攻略本というものを変えてきたように。


・逆に、『ゲーム批評』が迷走した原因のひとつには

 ついにその質で『ファミ通』にも勝ることなかったからでもあります。 

ゲームは毎週新作が遊びきれないほど発売されます。

 そこには常に、必ずしも前進でなくとも変化がある。

 また、そもそも前進とはどちらを良いとすべきなのか、と

 答えは出せなくとも問い追い続け、行く先を問うていく。

 ゲームに大きな変化がなくなり

 枯れた技術の水平思考で全てのゲームが作られるかと見えるようになったとしても。

 なぜそうなのかそうなったのかそうなるのか、ゲームの面白さとは何か。

 そこにまだ、答えはないのだから。

・創刊号から常に続けられているその時々発売されたソフト批評

 それと、それが基になるはずの雑誌全体方針、

 編集部が持って行きたい方向とが一致しなくなった時点で

 『ゲーム批評』は終わっていたのですが

 何より『ファミ通』「程度」にも、

 『ゲーム批評』にとって「ゲーム批評」とはどうあるべきか、

 決まってもいなかったように、外野からは見えます。



・『ゲーム批評』終了。

 終わってよかった。それが偽らざる感想です。

ゲームに、すくなくともその時代文化には揺るがせない絶対価値基準を

 置けるのかどうか。それはどのようなものか。

 それを問うのが「ゲーム批評」。

・けれどゲームを遊んで、自分にとってだけ面白いゲームがあれば

 それで良いのである身には、高邁なお題目にあまり関心はありません。

 ゲームが面白いこと、面白く感じることが出来るのは

 既に疑いようなく確かであるのだし。

・ただ、それがなぜ面白いかと思うは、またそれも面白くある。

 そういう位置に在ってゲームを眺めてみる。

 このゲームは面白い。なぜ面白いのだろう、どこが面白いのだろうと

 つらつら思いあそばすのもまた面白い。

・そういう土台にまず、メーカーの結びつきから自由なゲームの見かた、

 という『ゲーム批評』が提示した、今や当たり前の価値観がある。

 それが『ゲーム批評』という雑誌のひとつ大きな価値だった。


・以上を持ちまして、『ゲーム批評』は終了です。

2006-06-07

kodamatsukimi2006-06-07

[][][]和風3Dアクション大神和風3Dアクション『大神』を含むブックマーク 和風3Dアクション『大神』のブックマークコメント

 公式(音注意) http://www.o-kami.jp/  ASIN:B000A85PIY


・『大神』は一面、良く出来ているけれどよくある普通アクションゲームです。

 『鬼武者』に比べ広く受け入れられる方でないけれど、高く評価されるだろうデザインや

 全編に渡り手抜かりない作り込みは、任天堂ゼルダ』を思わせるそれ。


アクションゲームとしては、極力間口を広く取る作り。

 クリアできないということはないだろうまで、

 上手くなくともお金やアイテム使った力押しで何とかならないところ無いところは

 手ごたえ無いようにも感じられますが

 両手両足を表現して操作する人間ではなく

 姿勢低く前進と跳躍しかない狼を、操作キャラクターとしたことによる分りやすさ、

 それをアクションゲーム老舗カプコンの実力が支える堅実な作り。

 クリアするだけならば簡単なアクション。これが最近の風潮か。

 3Dアクションとしての出来は、和風世界観あってセガの『どろろ』などを思わせます。


・というところ具体的に不満点挙げるならば、これ3Dアクション共通に見られることですが

 空を飛べないこと。広く高い巨大な相手との戦いがない。

 戦闘時に動ける範囲がせまく、特に雑魚相手は戦い方の幅が狭い。

 そのあたりがRPGのような印象を受けて、また『ゼルダ』のようだ、

 と言いたくなるところですが、『God of War』を引くまでもなく

 アクションゲームとして『ゼルダ』は雑魚戦闘も相手と距離位置取りに駆引きがあり

 むしろ、成長させれば何とかなって、

 戦闘舞台が普段の移動舞台から切り離される本作の方がより

 RPGと言われるものに近いのかも。

・3Dアクションゲームが現在表現できているのは

 多数の弱い敵を殲滅するSTG方面、

 対等の大きさ強さと競う対戦格闘方面、

 こちらの攻撃は当たるのに向こうの攻撃は当たらない主人公特典に守護されたFPS戦場。

 自分より強くて大きい敵との戦いを表現するアクションゲームはなかなかない。

 『ワンダと巨像』は、大きい敵ではなく可動地形戦場。舞台衣装でなく舞台装置。

 せっかく3Dだから立体なのだから縦方向にも動き回り飛び回れば、と思うのですが

 3DSTGも含めてそういうのは難しいよう。

 その点『God of War』のQTE、でなくて止め決めアクション表現方法はありです。



・『大神』の特徴、3Dアクションとしての新しさは

 『ボンバーマン』のような見下ろし型、『マリオ』のような横から見た型、

 それに続いてここ10年試行錯誤続けられている3Dアクションにおいて

 今までにない表現をする、というところにこそあります。

・公式サイト(音注意 http://www.o-kami.jp/)のプロモーション映像にあるように

 本作では3Dで奥行き持って表現された画の上へ、平面状に筆をおいて図を描くことで

 様々なアクションが行える点がそれ。

 アクション戦闘画面を一時停止して、敵に横線引けばずばっと斬れます。

 この面に関してはこちらがまとめておられます。

Critique of games-メモと寸評「二次元と三次元の往復『大神』(体験版)」http://d.hatena.ne.jp/hiyokoya/20060106#p1

  ――それは、たとえば、三次元の存在であるはずの風景をパシャっと写真にとって、

  写真に傷をつけたら、現実の世界にも傷がつけられてもいいのではないか? 

  ――というような欲望です。


・この手段は戦闘時だけでなく、進行上邪魔な障害物を壊したり

 離れた地点への移動手段として用いたりといった

 アドベンチャーゲームフラグ進行アイテムとしても働きます。

 『ゼルダ』みたい。いやいや『ビューティフルジョー』みたい。

 「ゼルダみたい」を連呼するとボキャブラリー貧困(http://d.hatena.ne.jp/matakimika/20060426#p1)と

 自ら認めるようなものなのだ。

・いや、でも認めましょう。「ゼルダみたい」です『大神』。

 他にそういう『ゼルダ』ほどの完成度を持った3DアクションRPGがなかなかないゆえか。

 『プリンスオブペルシャ』や『ICO』、「アクションアドベンチャー」の範疇ならば

 『トゥームレイダー』とか『メトロイド』などいくつも上がるのですが。

 『どろろ』みたいだ(http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20041009)、

 といっても例の方が知られていないし。

・そこにももうひとつ不満点あって、全体の構成緩急盛り上げ曲線調整があまり上手くない。

 盛り上がるところは大変よろしいのですが、だれるところ随分だれる。

 アクションなのかRPGなのか中途半端の悪さが出ていて

 ここは1日1ダンジョン団子串構成の『ゼルダ』に比べて欠点です。



和風に合わせて閑話休題

・それで、その三次元を二次元で切り取る表現は結果どうだったのか、というと

 期待されたほど斬新には働いていないです。

 上プロモーション映像の戦闘画面における、狼だからこその軽快な動きの表現、

 敵を空中に突き上げての飯綱落としなどに期待されるあたりも前述の通り、

 立体的でない、例えば岩場を飛び回っての位置取り、竹薮でしなりを使って飛び回る、

 といったものがまったくない狭く平たい戦場ゆえ、有効に働いていないように

 敵を神の視点で翻弄出来るのでなく、アドベンチャー部分のフラグのように

 用意された舞台で脚本通り指示通りの機に、という感。 

 その気持ち良さ最大値は『God of War』止めアクション表現そのままそのもの。


STGを遊んでいるときスタートボタンを押してポーズを掛けるのは邪道

 RPGラストボスは体力全回復呪文を絶対に使えない。

・コンピューターという計算機神の掌中で遊ぶゲームであるから他に仕方がない。

 3D空間に神の手で直接介在することは

 それこそ『ラクガキ王国』(http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20041123#p2)のように

 これもやはり制限の上で、不自由の中の自由を楽しむしかない。

 それが「ゲーム性」というゲームの原理的面白さを成立させるための要件なのだと。

 必勝法はあってはいけないけれど、必ず勝つ方法がなければいけないのだから。



・『大神』は、何といってもそのデザインが素晴らしい。見た目が良い。

 アクションゲームとしても良く出来ている。さすがカプコンの実力だ。

 昨今風潮に合わせた作り込みもほど良くて

 クリアするだけなら重すぎず、やりこみ要素も充分。

 総じて『ゼルダ』に並ぶ「神ゲーム」。主人公天照大神、でなく大神天照であるし。 

 今年一番のお勧め作品であります。 




・前々回『マザー3』について書いたものに以下のような感想を頂きました。

 「褒めているのかけなしているのか微妙」。

 以前の『God of War』の感想http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20051123)にしても

 褒めているのか否定しているのか「微妙」。

 その通り。

・つまり、一言で言うならば、良く出来ているけれど不満なく面白いとは言えないのです。

 『大神』も、良く出来ている。と見えます思います感じます。

 上の段落で書いたこと、ひとに薦めるに嘘はないけれども

 自分がそれを良いと思うだけ、面白いとは思っていない。

 良く出来ているだけでは面白さを感じられない。


・しかしこれは公明正大公平中立たる批評品評論評論文ではなく

 単に感想文であるので、思ったことをそのままに書くのであります。

 けれどしかし自分ひとりが読むでなく、公開の場に挙げるからこそ生じる「微妙」さ。

 またもちろん、ここを批評としてもバイヤーズガイドと取ろうと、

 価値無しと見ようとも読んで頂いたかたの自由。でありますからして

 そういう味の好みもまた味とし、お楽しみのほどをお願いする次第。


和風アクションRPG調3Dアクション大神』は

 良く出来ているけれども、新しさに感じる面白さは、感じられない。

 『どろろ』の方が話の結構良くて好きです。 



・次回作も、まさか海外で売れないということがなければ、あると思われますが

 『オカリナ』に対して『タクト』の出来だとまずい。

 そのあたりは年末「たそがれゼルダ」がどうなっているかにもよるか。

 本家の実力や如何に。

・いえ決して『無双』と『BASARA』のような関係ではございませんとも。

 一作にして『ゼルダ』を越える独自和風世界観を打ち立てた、

 紙上ではなく動きある画面上でこそ映える『大神』のデザインは

 文句なしに素晴らしいです。

hiyokoyahiyokoya 2006/06/08 03:30  『大神』どうにか時間つくってクリアーしましたけれども――必ずしも賛辞としてではなく――「『ゼルダ』みたい」でしたね。ちなみに、『God of War』に関してもkodamatsukimiさんと感想が完全にかさなります。
 ものすごく手前勝手に、いちゲーマーとしての欲望を言えば『塊魂』の次を担うレベルのものを勝手に期待してしまった気持ちまでは満足させてくれなかったなぁ、と。そこまでの期待を抱かせてくれただけでも、よかったといえばよかったんですが。

kodamatsukimikodamatsukimi 2006/06/14 02:19 こう空中に筆をザーッと引くと天照がそこを駆け上がっていく、というような
「『ゼルダ』のアイテムみたいな」でなく
アクションゲームでスタートボタンで時間停止して自由自在、というような
全く新しいゲーム手法を、とまで期待させてしまうほどに
良く出来ていてだからこそ残念で苦言ばかりと言うような、でありました。
『God of War』も。
こういう面は新しいハードで広い画面広い世界多数のオブジェクトを持って
実現可能なものなのかもしれない、と未来に期待であります。

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