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子どもと法・21の管理人メモ RSSフィード

2017-12-02

[][](政界地獄耳)「何かおかしい」モリカケ疑惑一層浮き彫り - 日刊スポーツ(2017年12月2日)

https://www.nikkansports.com/general/column/jigokumimi/news/201712020000307.html

http://archive.is/2017.12.02-011539/https://www.nikkansports.com/general/column/jigokumimi/news/201712020000307.html

★国民の「何かおかしい」は、たった4日間の衆参予算委員会の質疑で、明確な疑惑につながったと言えよう。政権シンパの有識者が「何もないことを予算委員会でやり続けるな」とおっしゃるが、時間を大幅に与党に割いたものの、与党の質問は首相安倍晋三へのインタビューやよいしょばかりで得るものはなかった。野党からの財務省への問いには答弁として通用するものは少なかったが、森友学園案件だけでも近畿財務局内で9件の内規違反があったことは分かった。その結果、官僚野党からの予想された質問に愚直に正直に答えれば答えるほど、疑惑が深まった。

会計検査院が国有地売却をめぐり、約8億円の値引きの根拠が不十分と指摘したことについて、首相は「次の予算編成に生かしていくのが私の責任だ」と、今起きている問題には触れない。先月30日の参院予算委員会では共産党・辰巳孝太郎が「適切だと言ってきたものが適切でなかったのは、首相の責任ではないのか。最低限、国民に謝罪すべきだ」と問うたが、責任は認めなかった。

無所属の会江田憲司ツイッターで「昭恵夫人は一私学に3回も講演などに行き、児童募集のパンフレットに写真付きでメッセージを寄せ、名誉校長にも就いた。更地の校地予定地も籠池氏と視察。それが見事に寄付金集めなどに利用されている。脇が甘かったという程度の話ではない」と指摘した。社民党福島瑞穂参院予算委で「昭恵さんの証人喚問が必要。総理は自分が妻の代わりに話すと言うが、夫と妻は別人格で、代わって話せることじゃない」と追及。首相は「あのぉ、ま、この、いわば、家内がですね、妻がですね、どのように関わっていたかについては、私も妻から全て聞いているわけでありまして。私がここで責任を持ってですね、答弁をさせていただいているところでございます」。5月25日の文科省事務次官・前川喜平の会見での「あったことをなかったことにはできない」が、改めて思い出される。(K)※敬称略

[] 加計審議「速記録は破棄」で紛糾 - TBS NEWS(2017年11月30日)

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3227422.htm

https://megalodon.jp/2017-1201-1143-03/news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3227422.htm

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4日連続で行われてきた予算委員会。最終日、野党加計学園獣医学部新設が決まるまでの議論不透明さを追及しました。

「(総理は)『一点の曇りもない』『議事録は全て公開』と答弁した。だったら何で加計学園の関係者の出席を今まで隠してたのか」(共産党 小池晃 書記局長)

小池氏が取り上げたのは、総理が一点の曇りもないとしてきた国家戦略特区ワーキンググループでの議論。おととしの会議に、加計学園の関係者が出席していたのに公表された議事要旨には出席の事実が記されていないのです。

「出席した加計学園の関係者は誰ですか」(共産党 小池晃 書記局長)

ヒアリングに同席した加計学園関係者3名の氏名は、提案者の確認も取れておらず、お答えを控えさせていただきます」(梶山弘志 地方創生相)

「どこがオープンなんですか」(共産党 小池晃 書記局長)

さらに、小池氏は・・・

「当日の速記録はあるでしょ」

「まさか廃棄してないよね」

「廃棄してないよね」

速記業者が納入した文字データは当事者に発言内容の確認すらしていない、議事要旨を作成するための素材。議事要旨が完成した段階で削除することが適当であると考える」(梶山弘志 地方創生相)

「都合の悪いことは全部破棄するのか。決定的に重要な情報じゃないですか、それを残していないんですか」(共産党 小池晃 書記局長)

小池氏は安倍総理に真相の究明を要求しました。

加計学園がどういう説明をしたのかは国家戦略特区に認定した鍵を握る情報。総理の責任で明らかにすべきじゃないですか。総理、答えてください」(共産党 小池晃 書記局長)

「(特区ワーキンググループでは、説明補助者を参加者と扱っておらず、公式な発言を認めていないと、こういうルールでやっておりました」(安倍首相

特区の提案者は今治市愛媛県であり、加計学園の関係者はあくまで“説明の補助者”。その発言は公式のものではなく、議事要旨として公にはできないとの見解です。“資料がないのなら”と加計孝太郎理事長らの証人喚問を要求しましたが、これにも政府から前向きな答弁はありませんでした。

[] 皇室の事情、官邸のメンツ 退位時期巡り溝浮き彫り - 日本経済新聞(2017年12月2日)

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24171700R01C17A2EA2000/

http://archive.is/2017.12.02-004135/https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24171700R01C17A2EA2000/

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政府は1日の皇室会議を踏まえ、天皇陛下2019年4月30日に退位する日程を閣議決定する。退位を実現する特例法が6月に成立し、政府が退位時期の決定に向けた検討を本格化して以降、宮内庁首相官邸は妥当な時期を巡り駆け引きを続けた。皇室の事情への配慮を求める宮内庁と、政治決定を重視する首相官邸の溝が浮かんだ。

1日の皇室会議。10人の議員が円状に座るなか、メンバーでない菅義偉官房長官が輪に入った。議長の安倍晋三首相と真向かいの位置で首相の補佐役としての陪席。宮内庁関係者は「しつらえは官邸側の指示だ」と明かす。退位時期について協議する会議の進行に、にらみをきかせる官邸側の意思を読み取った。

会議は午前9時46分に始まり、午前11時に終了した。出席者によると冒頭、首相陛下の退位と皇太子さまの即位の日程について意見を聞く場だとの趣旨を説明。菅氏が退位特例法の内容を話した。各議員が意見を表明し、首相が19年4月末退位の日程を会議の意見として決めた。

6月に退位特例法が成立し、政府内で退位時期の調整が本格化した7月、官邸の高官は宮内庁の対応に「彼らはすぐに陛下意向と言うが、間接的に確認してみるとそうではないこともある」と不満を漏らしていた。

官邸が昨年から探ってきたのは「18年12月末退位・19年元日改元」案。陛下が退位の意向をにじませる昨年8月のビデオメッセージで「平成30年2018年)」に触れたからだ。18年の誕生日に85歳を迎えられる区切りの良さもあった。

先手を打ったのは宮内庁だった。「1月1日は皇室にとり極めて重要な日。譲位即位に関する行事を設定するのは難しい」。西村泰彦次長が今年1月17日の定例記者会見で18年末退位案について難色を示した。宮内庁が退位を巡って公の場で異例の言及をしたことに、菅氏は「政府の立場でコメントは控えたい」と言葉をのみこんだ。

「なんだかんだ言っても陛下お気持ちというのは本当に大きい」。退位特例法の成立後、退位時期をめぐり宮内庁との調整に入るにあたって、官邸の高官はこぼした。

宮内庁がこだわったのは19年1月7日。昭和天皇の死去から30年の式年祭をいまの天皇陛下で開くことだった。官邸に求めたのは「19年3月末・4月1日改元」案。年度替わりの節目でもある。同庁関係者によると、官邸側に年末年始と3〜4月の皇室行事を示し、どちらが皇位継承に伴う陛下皇太子さまの負担が少ないか説明した。

宮内庁意向は配慮するが、官邸も言うべきことは言う」。12月末退位案にこだわらないことにしたが、宮内庁が要望する3月末退位案にはすんなり乗れなかった。

退位を実現する特例法は退位の期日を政令で決めると定める。主体政令閣議決定する内閣で、そのトップは首相だ。「最後は政治が決めるんだ」(官邸幹部)

政治判断のメンツにこだわったのにはほかにも理由がある。

そもそも天皇の退位は憲法皇室典範に規定がなく、退位の行為自体が憲法4条が禁じる政治関与や政治利用につながる懸念があった。官邸側は当初「(天皇に代わって国事行為を行う)摂政制度の活用ではダメか」と同庁を通じて陛下の翻意を促したが宮内庁側は認めず、恒久制度による退位実現にこだわった。

いまの陛下一代限りの退位を認める特例法の制定は妥協の末に浮かんだ解決策。首相は「陛下の思いをそんたくした」と周囲に漏らした。憲法違反ギリギリの政治判断を下したことで、宮内庁側の意向がその後も強く出過ぎることへの危機感が根底にあった。

   ◆   ◆   

首相官邸側の「反撃」が始まった。検討していた年末退位案と3月末退位案の2案に加え、退位を天皇誕生日の12月23日などに前倒しし、陛下皇族の負担軽減を図る案なども模索した。官邸関係者は「9月には5案になった」と明かす。

そのうちの一つが「19年4月30日退位・5月1日改元」案だった。年度替わりは異動時期で、国民生活にせわしなさもある。19年4月末退位は、予算案審議や統一地方選が終わった後で静かな環境で迎えられ、祝賀ムードを夏に迫る参院選にひき付けられる利点もあった。何より宮内庁ペースでの決定を嫌った。

「まったく知らない。分からない」。宮内庁の山本信一郎長官は11月21日夜、19年4月末退位案が浮上したとの報道を受け、同庁長官室前で記者団に硬い表情で繰り返した。ある宮内庁幹部は「12月1日の皇室会議の日取りを聞いたのが21日夜。4月末退位案は寝耳に水で長官も知らなかったと思う」と話す。

「4月末」という国民的に決してきりの良くない退位時期。それ自体が、官邸宮内庁の溝の深さを物語る。

[]<退位>日程、苦肉の策 官邸宮内庁綱引き - 毎日新聞(2017年12月2日)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171202-00000010-mai-pol

http://archive.is/2017.12.02-003223/https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171202-00000010-mai-pol

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1日の皇室会議で、天皇陛下が退位される日が2019年4月30日に固まった。退位日は新元号が始まる改元と関わるため、国民生活への影響が大きい。年末や年度末という区切りの良い日も検討されながら実現しなかった背景には、年末をめざした首相官邸と、それに反発した宮内庁による綱引きがあった。【高橋克哉、高島博之、遠藤修平】

菅義偉官房長官皇室会議後の記者会見で、退位日を2019年4月30日とした理由について、年度末は転居が多く、与野党対立する統一地方選が19年4月に予定されていると指摘した。年度末で区切りが良い19年3月31日の退位日を選択しなかった理由を説明することに力点を置いた。

昨年の段階で、安倍晋三首相が最初に検討したのは国民生活への影響がもっとも少ない「18年12月31日の退位、19年1月1日即位改元」だった。年の変わり目の改元ならシステム障害が起きにくく、国民にもわかりやすい。だが、宮内庁元日宮中祭祀(さいし)や国事行為の「新年祝賀の儀」など行事が集中することを理由に難色を示した。

それでも首相は「元日改元」にこだわった。菅氏とともに練り上げたのが「天皇誕生日の18年12月23日の陛下の退位、24日の新天皇即位、19年1月1日改元」の日程だった。退位、即位改元の時期をずらし行事を分散させ元日改元を実現する次善の策だった。

ところが宮内庁はこれにも反発し、官邸に年末年始の皇室行事の一覧表を持ち込んだ。「12月から1月までいかに多忙かがわかる表」(同庁幹部)で、同庁は年末年始の皇位継承は難しいとの説明を繰り返した。19年1月7日の昭和天皇逝去から30年の「式年祭」は現在の陛下が行うべきだとも伝えた。「宮内庁は『とにかく年末年始だけはやめて』の一点張りだった」。官邸幹部は振り返る。

一方で宮内庁が今年夏ごろに提案してきたのは皇室行事が一段落する「3月31日退位、4月1日即位改元」の日程だった。官邸も検討は進めた。だが、4月に統一地方選が予定されるなかでは「静かな環境」とはなりにくい。首相も10月ごろ、周囲に「なかなか難しい」と漏らすようになった。1〜3月は来年度政府予算案国会審議が続く。夏には参院選がある。19年の政治日程を踏まえれば、残された選択肢は限られていた。

年度末の退位とすれば、宮内庁の言い分が通った形になるのを官邸が嫌ったとの見方もある。今回の退位は、陛下意向によって始まった側面が否定できない。それだけに官邸には主導権を確保しておきたいという意識が強い。政府関係者は「陛下意向をくんだ宮内庁が主導したとなると、(天皇は国政に関与しないという)大前提が崩れる。年度末の異動によるシステムの影響はあるが、それは後付けの理屈だ」と指摘した。官邸内では年末退位案が実現せず、中途半端な日程に収まったことに対し「宮内庁は伝統や格式ばかりを重視しすぎている」(政府筋)との不満もくすぶっている。

皇室会議、異論出ず

1日に宮内庁で開かれた皇室会議は、想定の1時間を超える1時間14分にわたる議論になった。出席者からは、天皇陛下の退位が国民の総意となる必要性や、国民と皇室に混乱が起きないよう注意喚起する声が上がり、議長の安倍晋三首相が退位を「2019年4月30日」とする意見案を示して集約した。政府高官によると、出席者から強い異論は出なかった。

午前9時46分から同11時まで行われた皇室会議には会議の議員10人が出席。退位を実現する特例法の担当閣僚である菅義偉官房長官も陪席した。

会議では、特例法の全文などの資料が配られた。「国民がこぞって陛下のご退位と皇太子殿下のご即位をことほぐにふさわしい日を選択する必要がある」との趣旨の発言のほか▽19年1月7日に昭和天皇逝去から30年の「式年祭」がある▽19年4月に統一地方選が予定される▽4月前半は国民の移動が多く、多くの行事がある−−ことに留意を求める声も出た。

首相は冒頭、会議の趣旨を説明し「退位・即位の日程についての意見を聴きたい」と発言。続いて菅氏が特例法の趣旨を説明した。そのうえで、首相が各議員を1人ずつ指名して意見を求め、議員は用意した文書を読み上げるなど意見を表明した。大島理森衆院議長は特例法制定に至るまでの経過を説明し、伊達忠一参院議長が賛同する場面もあった。

高齢常陸宮さまや常陸宮妃華子さまの体調を考慮し、10人全員が発言して議論が一巡した時点で休憩を挟んだ。休憩中、首相は菅氏と別室で意見案について打ち合わせをし、議論再開後に提示。皇室会議の意見として決定し、出席者が署名した。

出席者による採決は行わなかった。山本信一郎宮内庁長官記者会見で「皇室典範に基づく議決ではない。意見交換を踏まえてこういう意見がよい、という形で決定された」と説明。「(日程案が)複数示されたということではない」とも語った。

[] 所得税改革 再分配強化の道筋描け - 朝日新聞(2017年12月2日)

http://www.asahi.com/articles/DA3S13255019.html

http://archive.is/2017.12.02-002207/http://www.asahi.com/articles/DA3S13255019.html

来年度の税制改革に向け、与党税制調査会での議論が佳境を迎えている。焦点の一つが所得税見直しだ。

会社員の経費とみなして課税対象から差し引く給与所得控除は、年収に応じて増えていき、1千万円以上の人への220万円が上限だ。この上限を下げたうえで控除額も一律に減らす。

一方、すべての人が対象の基礎控除(一律38万円)は、所得の多い人を除いて増やす。

両者の組み合わせで、高所得の会社員は増税し、給与所得控除を受けられないフリーランス個人請負で働く人は減税する。改革の骨格は固まり、増税とする会社員の範囲について「年収800万〜900万円超」や「1千万円超」など、調整が続いているようだ。

現在の給与所得控除の原型ができたのは40年以上も前だ。当時と今とでは働き方は大きく変わり、ネットで設計やデータ入力などを企業から受注し、自宅で仕事をする人も少なくない。

社会の変化に対応し、給与所得控除の適用の有無で生じる不公平を小さくする。同時に所得税の再分配機能を強める。そうした方向性に異論はない。収入が極めて多いお年寄りを対象に、年金受給者向けの控除を減らして負担増を求める制度変更を含め、実現に向けてしっかり検討してほしい。

ただ、これらの見直しは小さな一歩にすぎない。所得税をめぐる課題は山積している。

例えば控除のあり方だ。

いまは、収入から控除金額を引き、その後に所得税率をかけて納税額を計算する「所得控除」方式が中心だ。適用税率が高い裕福な人ほど、控除に伴う負担減が大きくなる。再分配を重視するなら、所得にかかわらず一定額を差し引く「税額控除」に切り替えるなど、抜本的な見直しが不可欠だ。

所得が増えるほど税率を高くする累進税制は、1980年代以降に大幅な緩和を重ね、再分配を弱めてきた。預貯金の利子や株式の配当・売却益は他の所得と切り離して課税しているが、税率は20%程度で所得税最高税率45%と比べて低い。株式などに多く投資できる富裕層を優遇する形になっている。

与党は昨年、配偶者控除の廃止を検討した。しかし、パートで働く配偶者が就業時間を増やしやすくすることを優先し、仕組みを温存・拡大した。

その場しのぎに終わらせず、抜本的な改革につなげていけるか。政府与党は目指す社会の将来像を見据え、議論を進めなければならない。

[]<金口木舌>歴史と記憶つなぐ - 琉球新報(2017年12月2日)

https://ryukyushimpo.jp/column/entry-623451.html

http://archive.is/2017.12.02-002333/https://ryukyushimpo.jp/column/entry-623451.html

悲痛な叫びが会場内を包む。「先生怖いよ」「お父さん助けて」「お母さ〜ん」。浦添市の当山小学校の音楽発表会。1944年8月、米潜水艦の攻撃を受け沈没した学童疎開船「対馬丸」事件を6年児童が熱演した

▼合唱や合奏だけでなく、曲のテーマを劇も交え披露することは、音楽発表会ではまれだろう。平和の尊さを訴える舞台に、まっすぐ視線を送る観衆。児童と父母、祖父母らの心がつながるのがはっきり見えた

▼上間輝代教頭によると、6年生担任らの発案で、毎年6月の「慰霊の日」前後に行う平和学習を1年を通して学べるようにし、その成果を発表した。観衆の中には、対馬丸に寸前で乗船しなかった女性もおり、目からは大粒の涙がこぼれた

▼今年3月、対馬丸生存者や犠牲者が漂着した鹿児島県奄美大島宇検村の海岸に慰霊碑が建立された。悲劇の歴史を風化させないという地元住民らの陳情が行政を突き動かした

奄美沖縄交流拡大事業キックオフイベントが11月にあり、翁長雄志知事対馬丸慰霊碑に献花した。碑を中心に平和交流の輪が広がることを期待したい

▼年月を重ね、沖縄戦語り部は減少している。史実を伝え続けることは簡単なことではない。だからこそ、平和を学び、命の大切さを感じる機会を積極的に設けたい。教育の場や地域交流の一つ一つが、歴史と記憶をつなぐ。

[] 元米軍属無期懲役 地位協定の改定が急務だ - 琉球新報(2017年12月2日)

https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-623452.html

http://archive.is/2017.12.02-002051/https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-623452.html

殺人罪量刑検察求刑を認めたのは妥当な判断だ。

米軍属女性暴行殺人事件で、殺人や強姦致死などの罪に問われた元海兵隊員で事件当時軍属のケネス・フランクリン・シンザト(旧姓ガドソン)被告裁判員裁判で、那覇地裁殺人罪を認定し無期懲役を言い渡した。

判決はケネス被告が被害者の後頭部を打撃棒で殴ったり腕や手で首を絞めたりしたほか、ナイフで首の後ろ側を刺したと認定し「殺意が認められる」と判断した。

痛ましい事件を二度と引き起こしてはならない。実効性ある再発防止策は日米地位協定の抜本改定と、被害女性の父親が求める「一日も早い基地の撤去」である。

ケネス被告黙秘権行使し供述を拒否した。公判中に反省や被害女性、遺族に対する謝罪はなく、最後に「私は本来悪い人間ではない」と釈明した。両親からすれば、胸が張り裂けるような発言だっただろう。

判決は「被害者には、何の落ち度もない」と断言。「被害者の無念さは計り知れない。残された両親が、犯人に対して極刑を求めるのは、当然である」と理解を示した。

「なぜ殺されなければならなかったのか」。娘を失った父の悲痛な訴えは、1995年の米兵による少女乱暴事件や、55年の幼女暴行殺人事件の記憶と重なる。戦後72年たってなお基地被害にさいなまれる。繰り返される事件を防げない日米両政府に重い責任がある。

 県議会は、事件に対する抗議決議と意見書を全会一致で可決した。遺族への謝罪と補償などのほか、初めて海兵隊の撤退を求めた。昨年6月の県民大会は約6万5千人(主催者発表)が抗議の声を上げ、米兵の特権意識を助長すると指摘される日米地位協定見直し議論が再燃した。

これに対し、日米両政府は今年1月、日米地位協定で身分が保障される軍属の範囲を縮小する補足協定を締結した。政府は協定締結を「画期的」と自賛したが、11月30日現在、米軍から軍属の縮小数の通知はない。ケネス被告から「軍属」の肩書きを外したにすぎない。

補足協定は、圧倒的多数の米兵に対する事件・事故の抑止につながらない。米兵による事件・事故は繰り返されているからだ。

基地外で罪を犯した米兵らが基地内に逃げた場合、日本側が起訴するまで原則的に身柄が引き渡されない特権の是正など、日米地位協定の抜本的な見直しを求める。

問題はまだある。公務外の事件・事故で、米軍人・軍属が被害者から賠償請求を迫られた場合、支払い能力がなければ日米地位協定に基づき米国が慰謝料を払う。

だが、補足協定によりケネス被告軍属ではなくなった。地位協定に基づき補償されるか不透明だ。遺族に対し最大限の対応をすべきだ。