Hatena::ブログ(Diary)

子どもと法・21の管理人メモ RSSフィード

2018-05-06

[][](本音のコラム)山口二郎さん 改憲論議以前 - 東京新聞(2018年5月6日)

憲法は国家のアクセサリーではない。為政者が日々実践すべき規範である。...

安倍政権の異常さは、この種の常識が破壊され、さらに公務員に常識を守るよう監督する立場にある首相以下の閣僚もこの手の非行を黙認した点にある。 ...

自衛隊の日報にあった「戦闘」の意味を尋ねる質問主意書を出したところ、政府は「国語辞典的な意味での戦闘」と自衛隊法などで定義する「戦闘行為」とは異なるとういう答弁を決定した。....もはや議論は不可能である。....

憲法論議は政治家が言葉を正しく使えるようになるまでお預けにするしかない。

f:id:kodomo-hou21:20180506103027j:image

[] 予算消化へ不妊手術推進 旧厚生省が57年、自治体に要請 - 東京新聞(2018年5月6日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201805/CK2018050602000147.html

https://megalodon.jp/2018-0506-0948-56/www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201805/CK2018050602000147.html

優生保護法(一九四八〜九六年)下で障害者らに不妊手術が繰り返された問題で、旧厚生省が五七年、予算上の目標に届いていないとして、各都道府県に手術の実施件数を増やすよう求める通知を出していたことが分かった。独自に目標件数を掲げるなどしていた道府県もあり、国や自治体を挙げて不妊手術を推し進めていた姿勢が改めて浮き彫りになった。

通知は五七年四月、厚生省公衆衛生精神衛生課長が各都道府県の担当者に宛てたもの。優生手術の実施件数は年々増加していると前置きしつつも「予算上の件数を下回っている」と懸念を示している。

その上で、遺伝性の精神疾患などを対象とした旧法四条に基づく五六年の都道府県別の手術件数を一覧表で示し、「比較してみると、極めて不均衡だ」と都道府県の間で差があることを指摘。「関係者に対する啓蒙(けいもう)活動と貴職の御努力により相当程度成績を向上せしめ得られるものと存ずる」などと積極的な手術を求めていた。

一覧表では、最多が北海道の三百十二件。岡山百二十七件、大分百十一件と続いた。最少は千葉秋田など八県のゼロ件だった。千葉を除く関東では、栃木四十三件、東京四十件、埼玉三十件、神奈川七件、群馬茨城一件。

北海道は強制手術の件数が全国最多とされ、九六年度まで事業方針に手術目標や予定人数を掲げ続けたことが判明している。

一方、厚生省の通知に先立ち、積極的な手術を促していた自治体も。京都府は五五年一月、各病院長に宛てた文書で、手術の適否を判断する優生保護審査会への申請が極めて少なく「精神障害者は年々増加傾向にあり、憂慮に耐えない」と指摘。「不良な子孫の出生を防止し、社会福祉に貢献していただきたい」と求めた。申請は医師に委ねられていた。大阪府兵庫県では相当数の手術が行われているとも付け加えていた。

さらに、七七年六月の三重県優生保護審査会の議事録では、病院側の対応を念頭に、優生手術の申請が少ないことを問題視したとみられる発言もあった。委員の一人が「指導の方法にあるのではないか。東北では申請が多く出る」と述べていた。

◆低い実績に圧力か

立命館大大学院の松原洋子教授(生命倫理)の話> 統計では一九五〇年代半ばに優生手術の件数が伸びており、旧厚生省の通知が出た五七年には国の予算も増加していたとみられる。予算を消化するため、都道府県別のデータを示し、実績の低い自治体にプレッシャーをかける狙いがあったのではないか。積極的な手術を指導した国に一義的な責任がある一方、独自の取り組みで手術を推進した自治体の責任も大きい。現在、各都道府県に相談窓口が設けられているが、被害実態を解明するとともに、今後の支援に向け、長年苦しみを抱えてきた当事者が声を上げやすい環境を整えるべきだ。

<旧優生保護法> 1948年施行で、ナチス・ドイツの「断種法」の考えを取り入れた国民優生法が前身。知的障害精神疾患、遺伝性疾患などを理由に本人同意がない場合でも不妊手術を認めた。聴覚障害者らも対象に含まれていた。49年や53年の旧厚生省通知は身体拘束や麻酔使用、だました上での手術も容認。障害者らへの不妊手術は約2万5000人に実施され、うち約1万6500人は同意がなかったとみられる。4条に基づく不妊手術については、費用を国の負担としていた。96年に障害者差別や強制不妊手術に関する条文を削除、「母体保護法」に改められた。同様の法律により不妊手術が行われたスウェーデンドイツでは国が被害者に正式に謝罪、補償した。

[][] 幣原元首相の直筆原稿か、宮城 9条強調、軍備に警鐘 - 東京新聞(2018年5月4日)

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2018050401001524.html

http://archive.today/2018.05.05-064420/http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2018050401001524.html

戦後2番目の首相として現憲法の制定に関わった幣原喜重郎(1872〜1951年)の直筆とされる原稿が、宮城県加美町の住宅に保管されていたことが4日、分かった。憲法9条の意義を強調し「他国の侵略より救う最も効果的なる城壁は正義の力である」と、軍備の拡充に反対し、警鐘を鳴らしている。

所蔵していたのは元宮城県知事の本間俊太郎さん(78)。「年頭雑感」の題で原稿用紙9枚に万年筆で書かれ、ラジオ放送用と伝わるという。

作成時期は不明だが、文中に「講和会議を目前に控え」との記述があり、51年9月のサンフランシスコ講和会議を前にした同年1月ごろ書かれたと推察される。

(共同)

f:id:kodomo-hou21:20180506101004j:image

[][]<世界の中の日本国憲法>映画「コスタリカの奇跡」 自主上映広がる - 東京新聞(2018年5月6日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201805/CK2018050602000125.html

https://megalodon.jp/2018-0506-0951-32/www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201805/CK2018050602000125.html

日本の憲法九条と同様、憲法軍隊の保有を禁じる条文がある中米コスタリカの歩みを紹介するドキュメンタリー映画コスタリカの奇跡〜積極的平和国家のつくり方」(二〇一六年、米国コスタリカ合作)の自主上映会が各地で開かれている。関係者は、軍隊を持たない意味を考えてほしいと、鑑賞や上映会への協力を呼びかけている。 (安藤美由紀)

映画は、一九四八年の内戦終了後、軍隊廃止で浮いた国家予算を教育や福祉に振り向け、中南米屈指の識字率平均余命を誇る民生国家に生まれ変わっていく姿を紹介。近隣国の紛争を終わらせた功績で八七年にノーベル平和賞を受賞したアリアス大統領が登場し「無防備こそ最大の防御。軍を持たないことで強くなった」と訴える。

日本では昨年夏に公開されたが、上映した映画館はわずか。「多くの人に見てほしい」と、映画関係者や有志が上映サポートの会「プラ・ヴィダ!」を立ち上げ、今年一月から試写会を開いたり、著名人賛同を働きかけたりしてきた。

賛同したコメディアン松元ヒロさんはソロライブで映画を紹介。ツイッターで「(日本の)平和憲法をたった七十年で変えようという人たちにみてほしい」と発信する。松元さんのライブを見た音楽評論家湯川れい子さんはプラ・ヴィダ!の会報で「何と美しい、素晴らしい現実でしょう。自主上映の輪を広げていきましょう」と呼びかける。

これまでに同会がサポートした上映会は、東京沖縄など六カ所で開催。夏までに中野区新宿区など都内を中心に計二十カ所で決定、さらに約二十カ所で開催を検討しているという。

配給会社のユナイテッドピープルの関根健次社長は「ここまで(上映の輪が)広がるとは思わなかった」と話している。六月一日からDVDを販売。問い合わせはプラ・ヴィダ!=電03(5802)3121=へ。

◆エディー共同監督「9条を世界に発信して。日本もっとやれる」

軍隊のないコスタリカから何を学ぶか。映画「コスタリカの奇跡」共同監督で、脚本も手がけた米国社会学者マシュー・エディーさんが四月に来日した際に話を聞いた。 (聞き手・安藤美由紀)


−映画を撮ろうと思ったきっかけは。

「私は非暴力や平和学を学んできた。コスタリカのような、軍国主義とは違う道があることを、米国人に知ってもらいたいと映画を作った。米国では軍隊がない社会を現実と受け止めることが難しかったようで、『学べることはない』という意見が多かった」

軍隊を持たない選択は、小さな国だからできるという指摘がある。

「それは違う。小さい国でも外交力や国際法で国は守れると考えるべきだ。大国は貿易相手国が多く、国際社会でも影響力があるから、もっとできるはずだ」

−日本の憲法九条をどう評価するか。

「九条はコスタリカ非武装憲法より世界に広く知られている。世界平和を実現するため、積極的に発信してほしい。コスタリカのように初等教育から戦争放棄人権を素晴らしいこととして学ぶなど、もっとやれることがある」

−日本には自衛隊の存在を憲法に明記すべきだとの意見がある。

「政治指導者が憲法をごく一部でも書き換えようとする際は、その先にもっと抜本的な変化を起こそうとしていると考えるべきだ。大切なのは憲法が成立したときの理念などの原点に戻ること。成文憲法の素晴らしさは、いつでもそこに戻れる点だ」

コスタリカ> 中米南部に位置する国。面積は5万1000平方キロメートルで、日本の四国九州を合わせた程度。現在の人口は490万人。70年前の1948年、革命軍を率いて内戦に勝利したホセ・フィゲレス(後に大統領に就任)が軍隊を廃止。49年施行の憲法常備軍の廃止(12条)が明記された。

D

[][](書評)沖縄 憲法なき戦後 古関彰一・豊下楢彦 著 - 東京新聞(2018年4月29日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2018042902000191.html

https://megalodon.jp/2018-0506-0952-52/www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2018042902000191.html

米軍にささげた「捨て石」

[評者]田仲康博=国際基督教大教授

沖縄に基地が集中したのは地政学上の理由によるのではなく、そこが「無憲法状態」にあったからだ。そう指摘する本書の論旨は明快そのものだ。本書は沖縄をめぐる日米関係や国際情勢を細かく分析することで、戦後沖縄をめぐる問題を解き明かす。特筆すべきは、憲政史と外交史の専門家である両著者が当事者たちの発言を丁寧にひろいあげることで、歴史の現場の臨場感あふれる描写に成功していることだ。

沖縄の運命を決める政策決定の<現場>に当の沖縄は不在であった。本書を読めば、沖縄憲法の埒外(らちがい)に置くことが両政府にとって決定的に重要だったことがよく分かる。そうすれば米軍は一切の制約を受けることなく、島を軍事目的のために利用できたからだ。

それはまた、自国の安全を確保するために米軍を引きつけておきたい日本にとっても好都合だった。この点において、沖縄を「潜在主権」によってつなぎ留め、同時にアメリカに統治上のフリーハンドを与えることを提案した昭和天皇の「沖縄メッセージ」の役割は大きい。彼や日本政府にとって沖縄は、戦後になってもなお「捨て石」でしかなかったというわけだ。

その後の沖縄を呪縛する「構造的差別」の仕組みは、講和条約安全保障条約によって作られた。本書によると、沖縄軍事支配は国際法上の根拠を欠くもので、基地の維持は米軍にとって綱渡りのようなものだった。日本政府がそこを突けば、沖縄の返還はもっと早くに実現されていたことだろう。しかし、歴代の政権には沖縄を事実上の植民地に留めおくという発想しかなく、沖縄の人々の人権自由や生命が彼らの視野に入ることはなかった。

現在も、事態はいささかも変わっていない。そこで本書は、沖縄が「東アジア軍縮同盟」の起点となるよう提言する。それはしかし、国家が主体であっては空論にしか過ぎない。国家をどう相対化するか。すべてはそこにかかっている。

 (みすず書房・3672円)

 <こせき・しょういち> 獨協大名誉教授。

 <とよした・ならひこ> 元関西学院大教授。

◆もう1冊 

伊勢崎賢治布施祐仁著『主権なき平和国家』(集英社クリエイティブ)。日米地位協定ドイツ韓国などと比較し、問題点を提示。

[][] 国立映画アーカイブが開館 シネマ文化の継承拠点に - 毎日新聞(2018年5月6日)

https://mainichi.jp/articles/20180506/ddm/005/070/043000c

http://archive.today/2018.05.06-005424/https://mainichi.jp/articles/20180506/ddm/005/070/043000c

全国で6館目の国立美術館となる国立映画アーカイブが先月、東京京橋に開館した。東京国立近代美術館の一部門だったフィルムセンターが独立した。

日本映画は世界から高く評価されている。約8万本を所蔵する国内最大のフィルムアーカイブとして、映画文化の地位向上、振興に弾みがつくことが期待される。

アーカイブが使命に掲げるのは、映画フィルムや映画関係資料の収集、復元、保存、そして活用だ。

120年の歴史を持つ映画は、大衆の娯楽であると同時に芸術作品であり、時代の風俗の“証言者”として二度と再現できない貴重な歴史資料でもある。国連教育科学文化機関(ユネスコ)では1980年、映画などは人類全体の遺産であり、後世のために保存すべきであるとする勧告が採択された。

欧米の多くの国では30年代から公的支援を受けて保存が図られてきた。日本で国立近代美術館(現・東京国立近代美術館)開館に伴うフィルム・ライブラリー事業が始まったのは52年。大きく後れをとった。

関東大震災や戦災もあり、現在のところ、小津安二郎監督作品を含め戦前期の無声映画の大半が失われている状態だという。

寄贈や購入により、この15年で収蔵フィルム数は3倍に増えた。所蔵する現存最古の日本映画紅葉狩」(1899年)が映画フィルムとして初めて重要文化財に指定されるなど、保存への理解も高まった。

一方、映画のデジタル化の流れのなか、規格やファイル形式の変化により、データが継承できないなどのリスクがある。長期安定的な保存技術の研究は喫緊の課題だ。フィルムの映写技術の継承といった問題もある。動画配信など映画の鑑賞方法が多様化するなかで、映画館で見る魅力を知ってもらう努力も必要だ。

フィルムセンター時代の来館者数はここ数年減少傾向にあった。アーカイブでも、商業映画館にはない企画などで、多角的に映画文化に触れる機会をより増やしていくことが不可欠だろう。

銀座に近いという地の利もある。訪日観光客も視野に入れるなど、日本文化を未来へつなぎ、世界に広める拠点にしたい。

[] 自衛隊 ジブチ拠点強化へ 機能拡大、防衛大綱に明記 - 毎日新聞(2018年5月6日)

https://mainichi.jp/articles/20180506/k00/00m/010/098000c

http://archive.today/2018.05.06-005548/https://mainichi.jp/articles/20180506/k00/00m/010/098000c

自衛隊ソマリア沖での海賊対処活動のために東アフリカジブチに置いている拠点に関し、政府は邦人保護や人道支援の機能を追加する検討に入った。年末に改定する防衛政策の指針「防衛計画の大綱」に盛り込む方向だ。ジブチインド洋西端に位置し、米国と共に推進する「自由で開かれたインド太平洋戦略」の拠点とする思惑もある。ジブチ政府との借地契約は現行では1年単位で、中長期的な運用を見据え複数年契約に変更する案もある。

機能強化は安全保障関連法で在外邦人の輸送・保護が自衛隊の新任務となったことを受けたもの。政府ジブチ中東アフリカでの邦人保護活動の足場と位置づけ、2016〜17年に関連訓練を実施。一時滞在施設や物資の集積拠点として活用したい考えだ。

ジブチアジア欧州を結ぶ航路の要衝バブルマンデブ海峡に面する。機能強化には、インド洋で活発化する中国の動きに対抗して日本の存在感を示す思惑もある。中国は経済圏構想「一帯一路」の一環でスリランカパキスタンでの港湾開発や利権獲得などを推進。並行して潜水艦派遣など軍事面の活動も強化している。昨年7月には人民解放軍初の海外基地をジブチに開設した。

これに対し日本は、海上自衛隊艦船ジブチとの間を往来する間に、インド洋南シナ海の沿岸国との防衛協力などを行う「戦略的寄港」を推進。1〜2日には海自艦がオマーンのドゥクム港に寄港し、オマーン海軍と親善訓練を行った。またジブチの機能強化後は、アフリカ諸国に人道支援災害救助のノウハウを伝える「能力構築支援」に際し、自衛官派遣拠点とする構想もある。ただ、自衛隊駐留は海賊対処のために日本とジブチが結んだ地位協定が根拠。「活動の幅を広げるには根拠が弱い」との意見もあり、法整備や協定改定も検討する。

自衛隊は09年からジブチに駐留し当初は米軍基地施設を借用。11年からジブチ国際空港の隣接地約12ヘクタールを借り、現在は約15ヘクタール陸上自衛隊の警備要員も含め約170人がいる。【秋山信一】

[][]<自衛隊明記の波紋 9条改憲を考える>ミサイル防衛は攻撃に 沖縄全体で配備考え直す時 - 沖縄タイムズ(2018年5月2日)

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/246182

http://archive.today/2018.05.03-045246/http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/246182

石嶺 香織(いしみね かおり)

「てぃだぬふぁ 島の子の平和な未来をつくる会」共同代表 織物業

1980年生まれ。福岡県出身大阪外国語大学中退。2008年、宮古上布を学ぶために宮古島に移住。織物業。2015年6月、陸自配備に反対するママたちを中心に「てぃだぬふぁ 島の子の平和な未来をつくる会」を結成。共同代表。元宮古島市議会議員

今、9条改憲が議論になっている。自民党では9条第1項(戦争放棄)と第2項(軍隊不保持)(交戦権否認)を維持しつつ自衛隊を明記する案が出ている。

9条改憲は、宮古島への陸上自衛隊配備にも大きく関係する。宮古島には他国の艦艇を攻撃する地対艦ミサイルと、他国の航空機を攻撃する地対空ミサイル(SAM)が配備予定とされる。3月4日に宮古島で行われた住民説明会で、防衛省は「特定の国がわが国に対して攻めてきて初めて、専守防衛という観点で対処する。我が方から手を出すことはない」と説明した。しかし安全保障法制の成立によって、もし中国アメリカの間に衝突が起こり、政府がそれを「存立危機事態」と認定すれば、宮古島が攻撃されなくても、防衛出動が発動され宮古島からミサイルを発射することは可能だということになっている。

宮古島からミサイルを発射すればどうなるか。発射した地点を探知されないように、車載式のミサイルは島中を移動する。その時、島全体が標的になる。5万5千人の住民の避難は簡単にはいかない。有事になれば船も飛行機も使えない。住民は島の中で逃げ回るしかない。まさに沖縄戦の再来だ。その危機を、離島に暮らす私たちは実感を持って感じている。

防衛省はなぜその説明をしないのか。そんなことを説明すれば、たとえミサイル配備に賛成している人たちでも、「島の防衛のための配備なら受け入れるが、攻撃は困る」と考えるのが分かっているからだ。賛成反対にかかわらず、私たちの考え方の根底には憲法9条があるのではないだろうか。そして、憲法9条があるために、防衛省も「攻撃されない限り発射しない」と言わざるをえない。つまり、安保法制と憲法9条が矛盾していることを知っているのだ。

憲法9条に自衛隊を明記すれば、安保法制下の自衛隊、つまり集団的自衛権限定的に行使できるとした自衛隊憲法によって正式に定義されることになる。

国民的な議論が十分ないままに、防衛予算は増え続け、専守防衛のはずだった自衛隊は、いつの間にか攻撃ができる自衛隊になりつつある。9条改憲という、ミサイルを発射するための最後のスイッチを持っているのは、私たち国民なのだ。

ミサイル配備の目的とされる「島しょ防衛」は、「攻撃」を「防衛」にすり替える便利な言葉だ。

政府は昨年12月、長距離巡航ミサイルを導入する方針を決め、18年度防衛費で正式に購入が認められた。防衛省は、敵のミサイルが届かない空域から地上や艦艇を攻撃する能力を持つことで、島しょ部に敵国軍が侵入した後の奪還を想定していると主張するが、専門家は攻撃される前に敵国の基地を破壊する「敵基地攻撃能力」としての転用も可能だと指摘している。

「島しょ防衛」という建前ならば国民が納得するだろうと国が考えること自体が、恐ろしい。この建前とは、宮古島が占領された場合、島をめがけてミサイルを撃つことである。日本を守るために自国の国民が住んでいる島に対しミサイルを発射することを、国民の皆さんご理解くださいというのだ。もしかして私たち島民は、国民のなかに入っていないのだろうか。このような理屈で、「島しょ防衛」というものが進められている。この理屈で言えば、どんな「攻撃」も「防衛」と説明できるのである。

宮古島では昨年10月30日に千代田地域で陸上自衛隊駐屯地の造成工事が始まった。来年4月、千代田には地対艦ミサイルが4基、SAMが3基配備予定とされる。そもそも、このミサイル配備自体が憲法違反であると私は思っている。

憲法9条第1項にはこう書いてある。「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」

防衛省は、宮古島での住民説明会でミサイル配備の理由として、「わが国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増している」と繰り返しているが、近隣諸国からするとミサイル配備は「武力による威嚇」そのもので、9条第1項と矛盾している。

2月末には、沖縄本島にも陸自地対艦ミサイル部隊の配備が検討されているという報道があった。これらのミサイル沖縄本島宮古島の間を通過する中国の艦艇に向けられるものだ。

これまで陸自配備の問題は、宮古島石垣島与那国島鹿児島県奄美大島、それぞれの島の問題とされてきたが、ミサイル配備が本当に沖縄県にとって平和をもたらすのか、沖縄県全体として考える時が来ているのではないか。

日米両政府は昨年8月の外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)の共同発表で、南西諸島を含めた自衛隊の態勢を強化し、米軍基地の共同使用を促進することを再確認した。また昨年10月には、在沖縄の米海兵隊の一部がグアムに移転した後に、日本版海兵隊と呼ばれる陸自の水陸機動連隊の一つをキャンプ・ハンセンに配備する方向で検討していると報道された。今年3月末に水陸機動団が発足し、米軍が担っていた役割は徐々に自衛隊に移行している。これまでのように、米軍基地自衛隊基地を分けて考えることはできないのではないか。

沖縄県は、米軍基地の問題と並行して陸自配備問題を考えていかなければならない。そうしないと、米軍基地の負担は軽減しても自衛隊基地の増加によって、全体の基地負担は増えていたというような未来になりかねない。

私には6歳と4歳と2歳の子どもがいるが、子どもたちに対して憲法と、安保法制、そして目の前でつくられていくミサイル基地について、どのように説明していいか悩む。今国は、子どもにも説明できないようなことを進めているのだと思う。

自衛隊憲法違反との批判があるから、憲法自衛隊の整合性を取るために改憲が必要だと言われている。しかし、整合性を求めるならば、他にも選択肢はあるのではないだろうか。やはり私は、現行の憲法9条を基本に、改めて自衛隊の在り方を考え直すことで整合性を取ることを選びたいと思う。

安保法制は成立し、ミサイル基地の建設は始まった。しかし、この改憲議論をきっかけにもう一度立ち止まって考え直すことはできると思う。

9条改憲は、何よりも重い。安保法制の白紙撤回や、ミサイル基地の建設をストップすることは、9条改憲よりはずっとたやすいはずだ。子どもたちに平和な未来を手渡すことを、諦めずにいたい。

[] (子どもの権利保障)真っすぐ生きるために - 沖縄タイムズ(2018年5月5日)

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/247110

https://megalodon.jp/2018-0506-0958-30/www.okinawatimes.co.jp/articles/-/247110

昨秋出版された「沖縄子ども貧困白書」(かもがわ出版)の冒頭、児童養護施設で育った金城さや佳さんが、こう記している。

私たちは望んで子ども貧困の当事者になったわけではありません。私たちにもみなさんと同じように、親に愛され、日々の生活の知恵を得ながら、好きなことを望み、経験する権利はあるはずです。

足りなかった経験や愛情を自分のせいにする必要はありません。ましてや、「感謝」する必要もありません。

守られるべき権利や経験が守られていない、と声を大きく発信できる社会であるべきだと、私は思います。

金城さんは、求めに応じて当事者としてのストーリーを語ることに、次第に違和感を覚えるようになったという。家庭環境の厳しさや施設暮らしのつらさを乗り越え、周りに支えられ、立派な社会人になったと、社会への感謝をつづることへの違和感だ。

子どもの権利」という考え方は、1924年、国際連盟で採択された「子どもの権利に関するジュネーブ宣言」に始まる。宣言は第1次世界大戦で多くの子どもが犠牲になったことの反省にたったもので、第2次大戦後の59年に国際連合はあらためて「子どもの権利宣言」を採択する。

宣言からさらに踏み込んだ国際的な約束として「子どもの権利条約」が89年、国連で採択された。子どもを保護の対象でなく権利を持つ主体ととらえた画期的な条約である。

■    ■

難しい条約文を子どもにも分かるように訳した「子どもによる子どものための『子どもの権利条約』」(小学館)は、「まっすぐに生きるために、大人に対して、ぼくは言う」で始まる。

「育つ権利」などが盛り込まれた条約は、社会が子どもの最善の利益を主軸に行動するよう規定し、その実現を義務付けている。

日本が条約に批准したのは94年。採択から5年の年月を費やしたのは、社会に子どもの権利を守る意識が乏しかったからだ。

経済協力開発機構加盟国の中で、日本の教育機関への公的支出が最低水準にあることはよく知られている。

教育に関する親負担の強調が、経済的に厳しいひとり親家庭や高校卒業と同時に自立を迫られる児童養護施設子どもたちを窮地に追い込んでいったのである。

子どもに最善の利益を保障する取り組みの弱さは、家族依存型の社会構造とも深くつながっている。 

■    ■

こどもの日」のきょうから児童福祉週間が始まる。

子どもを「社会の宝」と位置付ける週間の目的は、未来の担い手を育てることであり、成長を社会全体で支え合うことでもある。

子どもの権利は、憲法児童憲章にも規定されている。 誰もが希望をもって未来の担い手になるために、貧困虐待いじめ差別などから子どもを守る権利保障の精神を広く行き渡らせねばならない。