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2018-05-20

[][] 是枝裕和万引き家族』に最高賞パルムドール!日本人21年ぶり - cinematoday(2018年5月20日)

https://www.cinematoday.jp/news/N0100948

http://archive.today/2018.05.19-194044/https://www.cinematoday.jp/news/N0100948

第71回カンヌ国際映画祭の授賞式が現地時間19日にフランスで行われ、コンペティション部門に出品されていた是枝裕和監督作『万引き家族』が最高賞となるパルムドールを受賞する快挙を成し遂げた。日本人が受賞するのは1997年今村昌平監督作『うなぎ』以来21年ぶり。

是枝監督は、2001年に『DISTANCE/ディスタンス』で、同映画祭コンペ部門に初出品。2度目の出品となった2004年の『誰も知らない』で、柳楽優弥に史上最年少の男優賞獲得をもたらし、2013年に福山雅治が主演した『そして父になる』で審査員賞を受賞した。今回は『海街diary』(2015)から3年ぶり、5回目のコンペ出品となり、ついに最高賞の栄誉に輝いた。

日本人監督としては、『地獄門』(1953)の衣笠貞之助、『影武者』(1980)の黒澤明、『楢山節考』(1983)、『うなぎ』(1997)の今村昌平に続き、史上4人目のパルムドール受賞者となる。ステージに上がった是枝監督は感無量の表情。「さすがに足が震えています。この場に居られることが本当に幸せです。この映画祭からは勇気をもらえます。映画を作り続ける勇気をもらえます。対立する人々がつながれるのではないかと希望をもらえます。その勇気と希望を、一足先に帰ったスタッフ・キャストたち、これからここを目指す若い監督たちとも分かち合いたいと思います」と語ると、審査員たちと笑顔で握手を交わしていた。

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[][] 是枝監督の「万引き家族」がパルムドール カンヌ映画祭 - 朝日新聞(2018年5月20日)

https://www.asahi.com/articles/ASL5N04X1L5MUCLV00J.html

http://archive.today/2018.05.19-204716/https://www.asahi.com/articles/ASL5N04X1L5MUCLV00J.html

第71回カンヌ国際映画祭は19日夜(日本時間20日未明)に閉幕を迎え、長編コンペティション部門に参加した是枝裕和監督(55)の「万引き家族」が、最高賞のパルムドールを受賞した。日本映画パルムドールは1997年の今村昌平監督の「うなぎ」以来、5作目となる。ベネチアベルリンを含めた世界3大映画祭での最高賞は、2002年に宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」が金熊賞をとって以来となる。

万引き家族」は、監督にとって13本目の長編劇映画東京下町が舞台で、今にも壊れそうな平屋で身を寄せ合って暮らす「家族」の物語。一家生活の糧は、樹木希林さんが演じる祖母の年金だ。足りない生活費を万引きをして補う日雇い労働者の治をリリー・フランキーさんが、その妻の信代を安藤サクラさん、信代の妹役を松岡茉優さんが演じた。子役の城桧吏(じょうかいり)くんと佐々木みゆちゃんの表情豊かな演技も好評だった。

犯罪でしかつながれなかった家族を通じて、「家族のつながりとは何か」という普遍的なテーマを問いかけた作品が、世界最高峰の映画祭で最高の評価を受けた。

是枝監督は2001年に「DISTANCE」で同映画祭のコンペ部門に参加して以来7回目、コンペ部門での出品は「海街diary」以来3年ぶり5回目となる。04年の「誰も知らない」では、当時14歳だった柳楽優弥さんが最優秀男優賞を、13年の福山雅治さん主演の「そして父になる」では審査員賞を受けた。

万引き家族」は日本で6月8日から公開される。(カンヌ伊藤恵里奈)

     ◇

パルムドール以外の主な受賞は次の通り。

グランプリ=「ブラッククランスマン」(スパイク・リー監督)▽監督賞=パベウ・パブリコフスキ(「コールド・ウォー」)▽▽男優賞マルチェロ・フォンテ(「ドッグマン」)▽女優賞=サマル・イェスリャーモワ(「「アイカ」)▽審査員賞=「カペナウム」(ナディーン・ラバキー監督)▽脚本賞=「ハッピー・アズ・ラザロ」(アリーチェ・ロルバケル監督)、「スリー・フェイシズ」(ジャファル・パナヒ監督)▽スペシャル・パルムドール=「イメージ・ブック」(ジャンリュック・ゴダール監督)

カンヌ国際映画祭での主な受賞

1960年 「鍵」(市川崑)審査員特別賞

  63年 「切腹」(小林正樹)審査員特別賞

  64年 「砂の女」(勅使河原宏)審査員特別賞

  65年 「怪談」(小林正樹)審査員特別賞

  78年 「愛の亡霊」(大島渚監督賞

  87年 「親鸞・白い道」(三国連太郎審査員賞

  90年 「死の棘」(小栗康平)グランプリ

2004年 「誰も知らない」是枝裕和柳楽優弥が最優秀男優賞

  07年 「殯(もがり)の森」(河瀬直美)グランプリ

  13年 「そして父になる」(是枝裕和審査員賞

()内は監督

[][] 9条俳句裁判 公共の場の表現を守る - 朝日新聞(2018年5月20日)

https://www.asahi.com/articles/DA3S13502329.html

http://archive.today/2018.05.19-232620/https://www.asahi.com/articles/DA3S13502329.html

梅雨空に「九条守れ」の女性デモ――。さいたま市の女性が詠んだ俳句を、公民館だよりに載せることを市当局が認めなかった問題で、表現活動への安易な規制を戒める判決が、東京高裁で言い渡された。

この公民館では、地元の俳句サークルで秀作に選ばれたものを、たよりに掲載するのを慣例としてきた。ところが女性の句は拒まれた。「公民館は政治的に公平中立であるべきだ」というのが、市側の説明だった。

高裁は、住民が学び、生活や文化を豊かにする場である公民館の役割に注目した。

学びの成果の発表を思想や信条を理由に不公正に取り扱うことは、思想・表現の自由の重みに照らして許されない。意見が対立するテーマだから排除するというのは理由にならない。

そう指摘して、一審に続いて女性に慰謝料を支払うよう、市に命じた。

市民が意見表明しようとすると、自治体がその前にたちはだかる例が、近年各地に広がる。

たとえば金沢市は、市庁舎前の広場を護憲集会に使うことは「特定の政策や意見に賛成する目的の示威行為」だとして、昨年から許可しなくなった。神奈川県海老名市は、駅の自由通路で政治的メッセージを含む活動をするのを禁じる命令を出した。これは裁判所によって取り消されたが、こうした規制の一つ一つが、市民の正当な権利を確実にむしばんでいる。

表現しようとする者だけではない。その機会を提供する者への圧力批判も目につく。

前川喜平・前文部科学次官名古屋市の中学でした講演について、文部科学省自民党議員意向をくみながら、市教委に対し、教育現場への介入と言うほかない異例の調査をした。北九州市では、前次官講演会で司会を務めた市議に、中傷や脅迫が相次いだ。ネット上には、気に入らない言論や集会を攻撃する過激なことばがあふれる。

面倒に巻きこまれたくない。自治体の担当者らがそう考えるのもわからなくはない。しかし事なかれ主義に流れれば、社会はやせ細るばかりだ。

人々が学び、意見を交わし、考えを深めることが民主主義の基本である。そして、その根底を支えるのが表現の自由だ。

もちろん、他者人権を侵すヘイト行為などは、厳しく批判されなければならない。

だが、そうでない活動は最大限保障するのが、憲法の説くところだ。自治体は市民と対立するのでなく、自由を守る道を一緒に歩んでもらいたい。

[] 週のはじめに考える 裁かれる国家の「犯罪」 - 東京新聞(2018年5月20日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018052002000148.html

https://megalodon.jp/2018-0520-0824-03/www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018052002000148.html

国家の「犯罪」と呼ぶほかありません。障害者らに子どもを産ませない手術を強いた旧優生保護法。悲劇を招いた責任を問う怒りの裁判が相次ぎます。

宮城県児童施設にいた一九五七年の十四歳のころ、全く事情を知らされないまま精管を縛る不妊手術をされたというのです。施設の仲間から後日にその意味を聞かされ、驚くしかなかった。

今は東京都で暮らす七十五歳のこの男性は十七日、国の謝罪と賠償を求め、東京地裁への提訴に踏み切りました。憲法が保障する子どもを産み育てるかどうかの自己決定権を奪われたと訴えている。

◆「人生を返して」

四十年連れ添った妻が五年前に白血病で逝く寸前まで、手術のことを打ち明けられなかった。「一人の女性を不幸にしてしまった。私の人生を返してほしい」。怒りとやり切れなさはいかばかりか。

障害があると診断されたこともないという。でたらめな手術が横行していた疑いが濃厚です。

「不良な子孫」の出生防止を掲げた優生保護法が定められたのは四八年です。現憲法が施行された翌(あく)る年、世界人権宣言国連で採択されたのと同じ年。先の大戦の過ちを反省し、国際的に人権保障の機運が高まっていた時期です。

日本は逆行するように、個人の尊厳と権利を踏みにじる仕組みをつくった。しかも、満場一致の議員立法でした。人権意識がいかに未熟だったかがうかがえます。

遺伝性疾患やハンセン病精神障害知的障害などを理由に、不妊手術(断種)や人工妊娠中絶を施すことを可能にした。

法律名の「優生」とは優生思想に由来します。人間に優劣の序列をつけ、優れた人を保護し、劣った人を排除することに価値を見いだす考え方といえるでしょう。

優生思想の呪縛

ちょうど戦後の復興期。引き揚げや復員、ベビーブームで過剰になった人口を抑えることが重要な政策課題でした。人口の「質」を向上させつつ「量」を管理することが焦点だったのです。

やがて障害のある子どもを「不幸」とみなす優生運動が兵庫県を皮切りに広がる。高度成長は障害者の犠牲の上に実現したのです。

七〇年代には出生前診断の普及を背景に、胎児障害を条件に中絶を認める規定を設ける動きもあった。脳性まひ者らの「青い芝の会」が反発するも、法律の不平等性、非人道性は問われなかった。

優生思想に根差した条文を削除した今の母体保護法に改められる九六年まで、優生保護法は半世紀もの間生きていました。社会の偏見や差別が被害者に沈黙を余儀なくさせてきたと思うのです。

統計に残るだけでも、約一万六千五百人が不妊手術を強いられました。身体を拘束したり、麻酔薬を使用したり、うそをついてだますことさえ、国は認めていた。

さらに、同意を得たとして約八千五百人が不妊手術を、約五万九千人が中絶を施されました。強要されたのかもしれない。そもそも無辜(むこ)の個人の私的領域に、国家が介入すること自体がおかしい。

にもかかわらず、政府は「当時は適法だった」と強弁し、国会は救済立法を怠ってきた。私たちメディアも無関心でした。

優生思想の呪縛は恐ろしい。すでに古代ギリシャ哲学者プラトンの『国家』で肯定的に述べられています。人類史に重大な影響を与えたのは、英国遺伝学者フランシス・ゴルトンが十九世紀に唱えた「優生学」でしょう。

いとこにあたるダーウィン進化論に刺激され、人為的遺伝的素質を改良すれば、人類は進歩すると考えた。それが近代科学の装いのもとで支持を集めていく。

二十世紀に入り、劣悪な遺伝的素質を断ち切るとして、米国をはじめ世界各国が断種法をつくりました。戦時下の日本もナチス・ドイツならい優生保護法の前身となる国民優生法を定めた。

ナチスは約三十六万人の障害者らに手術を強いたばかりではなく、虐殺に及びました。その犠牲者は二十万人を超すといわれる。

それでも、ドイツは八〇年代には補償金の支給を始めた。約六万三千人に手術を強いたスウェーデンは、九〇年代に国の調査委員会を設けて補償制度をつくった。

◆良心と勇気の声を

日本ではさる一月、宮城県の六十代の女性が先駆けて司法の良心に裁断を仰ぎました。それを契機に、国会は救済の必要性に目覚め、政府は調査に乗り出した。やはり鈍い人権意識です。被害者は年輪を刻み、時間との勝負です。

東京の男性にも、北海道宮城県で同日に提訴した男女二人にも被害を裏づける記録がありません。一人でも多くの被害者と真相を知る人に、勇気を出して声を上げてほしい。私たちも支えます。

[]<金口木舌>スターと原爆 - 琉球新報(2018年5月20日)

https://ryukyushimpo.jp/column/entry-722327.html

http://archive.today/2018.05.19-232325/https://ryukyushimpo.jp/column/entry-722327.html

若い世代には、アニメちびまる子ちゃん」の姉が好きなアイドルとして、なじみ深いようだ。その歌謡界を代表するスター西城秀樹さんが16日亡くなった

▼西城さんと言えば「YOUNG MAN」。元は米国のグループの楽曲だが、1978年、米滞在中に耳にして「歌いたい」と名乗りを挙げた。日本人ソロ歌手では初めてスタジアムでコンサートを開いたように、革新的な歌い手でもあった

▼出身地、広島県とのつながりではアニメ映画への声優出演が挙げられる。「はだしのゲン」で知られる漫画家の故中沢啓治さん原作「黒い雨にうたれて」(84年公開)だ

▼この作品は原爆症に加え、世間からの偏見や無理解に苦しむ被爆者の姿を描く。原作では主人公の一人が「沖縄核基地化進む 核弾道メースB」という新聞報道を見て、ぼうぜんとする姿も描かれる

▼出演理由は分からないが、原爆や戦争への怒りが前面に出た映画に、人気絶頂期の歌手が出演した事実は被爆者に勇気を与えただろう。脳梗塞で2回倒れたが、右半身にまひが残った状態でマイクを握った。若い頃の情熱的なパフォーマンスと同様、その姿は感動を与えた

甲子園では今も「YOUNG MAN」が応援歌として球児たちを鼓舞する。その特徴的なハスキーボイスと全身で表現した「君も元気出せよ」のメッセージは多くの人を励まし続ける。