孤独に直面「消えたい」 育児と介護 ダブルケア 相談できず - 東京新聞(2018年7月25日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/201807/CK2018072502000213.html
https://megalodon.jp/2018-0725-0907-13/www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/201807/CK2018072502000213.html

子育てと同時に親の介護もする「ダブルケア」。内閣府の調査では、全国で約二十五万人が直面しているとみられる。だが、周囲に相談する人がおらず、心理的な負担感が増していく一方という人は少なくない。当事者たちからは、愚痴を言い合える場所を作るよう望む声も上がっている。(細川暁子)
「『もう消えたい』。そう思った時期もあった」。脳出血で右半身がまひした母親(66)を介護しながら、小学二年生の長女(7つ)と幼稚園の次女(5つ)を育てる名古屋市内の主婦、杉山仁美さん(37)は、こう振り返る。
別居していた母親が自宅で倒れたのは二〇一四年。それを機に、夫と娘二人とともに母親の家に転居した。いいママ、いい娘でありたいと願いつつ、そうできないことに悩む日が始まった。
母親は要介護4で食べ物をうまくのみ込めず、野菜を細かく刻んだりとろみをつけたりと、食事作りにも気配りが必要だ。最もつらかったのは、次女がおむつ外しの練習中だった三年ほど前。次女はおもらしを繰り返し、母親もトイレが間に合わず床を汚すことがあり、そのたびに掃除をしてシャワーを浴びさせ、気がめいった。
ある日の昼食に、前の晩のおかずの残りを出すと、母親は「同じものを二回も食べたくない」。その一言で、杉山さんの感情は爆発した。「私がどんな思いで毎日、精いっぱいギリギリのところで頑張ってると思ってるの?」。泣きながら言い返すと、母も泣きだした。
ママ友には介護をしている人はおらず、気持ちを吐き出せる場がなかった。「ずっと家にいると、息詰まる」。ケアマネジャーに相談してヘルパーに来てもらうことにし、昨年二月からは週三回、四時間だけ事務のパートを始めた。
「仕事を始めたことで、『母』と『娘』以外の『私』として生きられる場所ができた。社会の一員として自分が必要とされていると感じられるようになり、前向きになれた」と話す。
ソニー生命などが二〜三月、ダブルケアの経験者男女計千人を対象に実施したアンケートでは、最も負担を感じることとして、46・8%が「精神的にしんどい」を挙げた。育児、介護双方でたまるストレスを吐き出す場がないと感じている人が多いとみられ、回答者からは、当事者が出会える「おしゃべり会」をつくるとの要望が強かった。負担を軽減するため、ダブルケアとなっている場合は介護施設や保育園に入所しやすくなるよう配慮を求める声も多かった。
ダブルケアを理由に離職した経験があるという人も10%いた。ケアと仕事の両立で苦労する原因としては、「ダブルケアの問題が認知されていない」が最多だった。職場で、短時間勤務や出社時間の変更などをしにくいとの声があった。
二〜十歳の子ども三人がいる東京都内の天野妙さん(43)もダブルケアに直面する一人だ。同居する要介護2の母親(75)は、一五年に認知症の診断を受けた。三人目の子どもを妊娠中だった。母親の通院の付き添いは毎週で、つわりの時期とも重なり、勤めていた会社を辞めた。「自分のペースで仕事ができる会社を作るしかない」と、女性活躍を推進する人事コンサルタント会社を立ち上げた。
「判断力が落ちるなど症状が重くなる一方の母親をずっとそばで見ていて、精神的に病みそうになった時もある」と天野さんは言う。「私の場合は仕事をすることで、気持ちを切り替えることができている。企業が在宅勤務を認めるなど、社会的な支援が広がってほしい」と願う。

(私説・論説室から)これが選挙ですか? - 東京新聞(2018年7月25日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2018072502000158.html
https://megalodon.jp/2018-0725-0908-14/www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2018072502000158.html

来年夏の参院選から不思議な選挙が行われる。これまで選挙区と比例代表の二つの方法で行われていたのに、その比例代表に「特定枠」が設けられるのだ。
この特定枠は定数を四増(改選数二)してまかなう。当選順位をあらかじめ決めておく拘束名簿式を使い、「島根・鳥取」「徳島・高知」の合区によって、選挙区から出馬できなくなった候補を救済するというのだ。
合区は一票の不平等を解消するためにつくられた制度である。それなのに「特定枠」という理屈に合わない制度をつくれば、不平等の解消という本来の趣旨からの逸脱である。
しかも、現在の自民党の実力からみて、ほとんど確実に当選は見込まれるのだから、誰が考えても、特定枠が「特等席」であると思うだろう。そして「これが選挙ですか?」と問うのではないだろうか。
思い出してほしい。二〇一七年九月の最高裁判決は、たしかに初の合区での選挙を「合憲」とした。だが、不平等の大きさから二人の判事は「違憲」、さらに二人も「違憲状態」だった。多数派が合憲だったのは、合区の評価の他に、次の選挙までに抜本見直しをするという国会の約束を重視していたのだ。
改正公選法は埼玉も二増(改選数一)して、一票の格差を三倍未満に抑えることにはなる。ただ、何とも目くらましの手段だ。抜本改正はいつやるのですか? (桐山桂一)

沖縄県民投票 あなたならどう投票? - 東京新聞(2018年7月25日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018072502000160.html
https://megalodon.jp/2018-0725-0909-09/www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018072502000160.html

沖縄県名護市辺野古への米軍普天間飛行場宜野湾市)移設の是非を問う県民投票が早ければ年内にも行われる公算だ。沖縄に新基地が必要なのか、全国民が「わがこと」として考える機会にしたい。
翁長雄志知事に県民投票条例制定を直接請求するため市民有志が始めた署名集めは二十三日まで行われ、二十二日時点で必要数の三倍に迫る約六万六千筆に達した。
沖縄で県民投票が実施されれば一九九六年以来。前回は「日米地位協定の見直しと米軍基地の整理縮小」を争点とし、投票者の九割が賛成した。今回は、新基地建設のための辺野古の海の埋め立てについてのみ賛否を問う。
新基地を巡る沖縄の民意は、二〇一四年知事選で建設阻止を掲げた翁長氏が当選したのをはじめ直後の衆院選の県内四小選挙区、一六年の参院選県選挙区で反対派が勝ち明確に示されたはずだった。
しかし、政府は現地の反対運動を排除し、一七年四月から護岸工事を強行している。来月中旬には土砂投入を始める構えだ。
政府側には、幅広い政策や人柄を選ぶ選挙で新基地賛否の民意は測れない、との言い分がある。前知事による埋め立て承認は違法だったとして承認の「取り消し」に打って出た翁長氏と政府との訴訟も「民意がいかなるものかは明らかではない」などの判断により最高裁で知事側敗訴が確定した。
翁長氏は近く、環境保全などの条件を国が守らないとして、取り消しより重い承認の「撤回」に踏み切る方針で、再び政府との法廷闘争が予想される。県民投票に法的拘束力はないとはいえ、埋め立て反対が多数を占めた場合、政府は「(普天間の移設先は)辺野古が唯一」との主張を貫けるのか。
沖縄では十一月に知事選も行われる。翁長氏は再選出馬への態度を保留しているが、対抗馬擁立を目指す自民党などは、推薦候補が勝利した二月の名護市長選の再現を目指して新基地の是非を争点から外そうとするかもしれない。その場合でも、県民投票で辺野古移設の是非が問われることになる。
朝鮮半島情勢の変化で日米安保の意義が問い直されている。なぜ沖縄に基地が集中しているのか、今後も必要なのかは国民全体で考えねばならない問題だ。安保の現状維持を前提とするのなら、今回の県民投票の結果次第で、普天間の国外・県外移設を本格的に検討することも必要となる。そんな覚悟を持って推移を見守りたい。

辺野古問う県民投票 6万5千人の署名は重い - 琉球新報(2018年7月25日)

https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-768048.html
http://archive.today/2018.07.25-001047/https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-768048.html

名護市辺野古の新基地建設の是非を問う県民投票が実施される公算が大きくなった。「辺野古」県民投票の会が、2カ月の期限内に法定数を上回る6万5926人(22日午後9時現在)の署名を集めたからだ。
6万5千を超える署名には重みがある。翁長雄志知事や県議会はその点を十分に踏まえ、県民投票条例の制定に取り組んでもらいたい。
県民投票を実施するには投票の目的、投票者の資格などを定めた条例を制定しなければならない。県知事か議員が条例案を提案する以外に、住民が署名を集めて直接、知事に求める方法がある。
今回は、学生、弁護士、企業経営者らさまざまな立場の住民有志でつくる「辺野古」県民投票の会が5月23日から署名活動に乗り出した。
県民投票条例の制定を請求するには有権者の50分の1に当たる約2万3千人分の署名が必要だ。周到な準備を経て実施した1996年の県民投票に比べると、見切り発車の感もあった。
結果的に、動員力のある政党や団体が当初から積極的に取り組んだわけでもないのに、有権者の6%近くが署名している。「辺野古」県民投票の会が目標に掲げた11万5千人には届かなかったが、県民投票の実現を望む声が決して小さくはないことを示した。
県民投票の会は今後、各市町村選管に署名簿を提出する。不備がなければ条例制定を請求することになる。知事は請求から20日以内に県議会を招集し、条例案や関連予算案を提出する必要がある。県議会で多数を占める与党会派は県民投票を支持しており、条例は可決される見通しだ。
ただ、条例が制定されたとしても実際に実施されるかどうかは不透明な要素が残る。辺野古への新基地建設を推進する安倍政権に近い首長が協力しない可能性もあるからだ。県が市町村に投開票事務を強制することはできない。
県民投票は、米軍基地の整理縮小の是非を問うた96年以来、行われていない。今回は辺野古への新基地建設に対する民意を初めて全県的に問うものだ。
住民投票には代表民主制の短所を補う機能がある。法的拘束力がないとはいえ、基地建設に賛成する側、反対する側の双方にとって、県民の意向を直接確認する意味は大きいはずだ。手続きが順調に進めば、遅くとも来年4月ごろには県民投票が行われる。条例が制定されたあかつきには、全市町村が協力する態勢を取ってほしい。
96年の県民投票は投票率が59・53%で、米軍基地の整理縮小などへの賛成は89・09%だった。
実施される以上は、できるだけ多くの人が意思を示すことが大切だ。辺野古の埋め立て承認を撤回する知事判断の正当性にとどまらず、沖縄の基地問題の行方を大きく左右する機会になる。

君が代判決 強制の発想の冷たさ - 東京新聞(2018年7月25日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018072502000159.html
https://megalodon.jp/2018-0725-0911-16/www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018072502000159.html

卒業式で君が代を歌わなかったから定年後に再雇用されない。その不当を訴えた元教諭の裁判は一、二審は勝訴でも、最高裁で負けた。良心か職かを迫る。そんな強制の発想に冷たさを覚える。
もともと一九九九年の国旗国歌法の成立時には、当時の小渕恵三首相が「新たに義務を課すものではない」と述べた。野中広務官房長官も「むしろ静かに理解されていく環境が大切だ」と。さまざまな思いへの理解と寛容があったのではないだろうか。
だが、実際には異なった。東京では教育長が二〇〇三年に「校長の職務命令に従わない場合は服務上の責任を問われる」と通達を出した。強制の始まりである。
入学式や卒業式は儀式であり、式典としての秩序や雰囲気が求められるのは十分に理解する。一方で国旗国歌に対し、「戦時中の軍国主義のシンボルだ」と考える人々がいることも事実である。教室には在日朝鮮人や中国人もいて、教師として歌えない人もいる。数多くの教員が処分された。
憲法が保障する思想・良心の自由との対立である。強制の職務命令は違憲でないのか。しかし、この問題は一一年に最高裁で「合憲」だと決着している。間接的に思想・良心の自由を制約するが、法令上の国歌の位置付けと公務員の職務を比較衡量すれば正当である。そんな理由だった。
仮にその判断を前提にしても、重すぎる処分には断固として反対する。最高裁も一二年に「減給以上の処分には慎重な考慮が必要だ」と指摘した。思想信条での不利益だから当然である。
今回の原告二十二人は〇七〜〇九年に定年で再雇用を求めたが拒否された。現在の希望者全員が再雇用される制度の前だった。
その点から最高裁は「希望者を原則として採用する定めがない。任命権者の裁量に委ねられる」とあっさり訴えを退けた。
失望する。一、二審判決では「勤務成績など多種多様な要素を全く考慮せず、都教委は裁量権の逸脱、乱用をした」とした。その方が納得がいく。
再雇用は生活に重くかかわる。君が代がすべてなのか。良心と職とをてんびんにかける冷酷な選別である。日の丸・君が代は自発的に敬愛の対象となるのが望ましいと思う。
自然さが不可欠なのだ。高圧的な姿勢で押しつければ、君が代はややもすると「裏声」で歌われてしまう。

杉田水脈議員の差別思考 国民の代表とは呼べない - 毎日新聞(2018年7月25日)

https://mainichi.jp/articles/20180725/ddm/005/070/036000c
http://archive.today/2018.07.24-215031/https://mainichi.jp/articles/20180725/ddm/005/070/036000c

これほど非常識なことを言う人物が国会議員であることに驚く。
「LGBT(性的少数者)のカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです」
自民党杉田水脈(みお)衆院議員が月刊誌「新潮45」に寄稿したものだ。
性的指向や障害によって人は差別されてはならない。先進民主主義国に共通する社会規範と言ってよい。
LGBTへの差別や暴力の解消を国連が呼びかける中、日本も積極的な取り組みを求められているのに、逆に差別を助長するような主張を与党議員が公然と展開した。
そもそも、子供を持つかどうかで人の価値を測り、「生産性」という経済の尺度で線引きするなど、許されることではない。
しかも、日本に暮らす全ての人が対象となるのが行政サービスだ。そこからLGBTだけを外せと言わんばかりであり、これはもはや主義・主張や政策の範ちゅうではない。
特定の少数者や弱者の人権を侵害するヘイトスピーチの類いであり、ナチスの優生思想にもつながりかねない。明らかに公序良俗に反する。
国民の代表として立法権を行使し、税金の使い道を決める国会議員には不適格だと言わざるを得ない。
杉田氏はこれまでも、保育所増設や夫婦別姓、LGBT支援などを求める動きに対し「日本の家族を崩壊させようとコミンテルン共産主義政党の国際組織)が仕掛けた」などと荒唐無稽(むけい)の批判をしてきた。
「安倍1強」の長期政権下、社会で通用しない発言が自民党議員の中から後を絶たない。「育児はママがいいに決まっている」「がん患者は働かなくていい」など、その無軌道ぶりは共通している。
杉田氏は2012年衆院選日本維新の会から出馬して初当選し、14年は落選したが、昨年、自民党比例中国ブロックで擁立した。安倍晋三首相の出身派閥である細田派に所属している。杉田氏の言動を放置してきた自民党の責任は重い。
同時に、杉田氏の寄稿を掲載した出版社の対応にも問題があるのではないか。ネット上のヘイトスピーチに対しては、サイト管理者の社会的責任を問う議論が行われている。

LGBT 自民の認識が問われる - 朝日新聞(2018年7月25日)

https://www.asahi.com/articles/DA3S13604333.html
http://archive.today/2018.07.24-230941/https://www.asahi.com/articles/DA3S13604333.html

性的少数者をあからさまに差別し、多様な性のあり方を認めていこうという社会の流れに逆行する。見過ごせない見解だ。
自民党杉田水脈(みお)衆院議員(比例中国ブロック)が「『LGBT』支援の度が過ぎる」と題した月刊誌「新潮45」への寄稿で、同性カップルを念頭にこんな持論を展開した。
「彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか」
異性のカップルであっても、子どもを産むか産まないかは、個人の選択である。それを「生産性」という観点で評価する感覚にぞっとする。歴史的に少数者を排除してきた優生思想の差別的考えとどこが違うのか。
杉田氏は、日本は寛容な社会で、LGBTへの差別はそれほどないという見方も示した。事実誤認もはなはだしい。学校や職場、地域での偏見や差別は各種の報告で明らかだ。
さまざまな性的指向を認めれば、「兄弟婚を認めろ、親子婚を認めろ、それどころかペット婚や、機械と結婚させろという声も出てくるかもしれません」という主張に至っては、噴飯物というしかない。
同じ自民党内の若手議員から「劣情をあおるのは政治ではなくて単なるヘイト」といった批判があがったのも当然だ。
ただ、こうした認識は党内で共有されていないようだ。
驚いたのは、きのうの二階俊博幹事長の記者会見である。
「人それぞれ政治的立場、いろんな人生観がある」「右から左まで各方面の人が集まって自民党は成り立っている」
杉田氏の見解を全く問題視しない考えを示したのだ。
自民党はもともと伝統的な家族観を重んじる議員が多い。しかし、国内外の潮流に押される形で、昨秋の衆院選の公約に「性的指向性自認に関する広く正しい理解の増進を目的とした議員立法の制定を目指す」と明記、「多様性を受け入れていく社会の実現を図る」と掲げた。杉田氏の主張は、この党の方針に明らかに反する。
杉田氏はSNSで自身への批判が広がった後、ツイッターで「大臣クラス」の先輩議員らから「間違ったこと言ってないんだから、胸張ってればいいよ」などと声をかけられたとつぶやいた。こちらが自民党の地金ではないかと疑う。
少数者も受け入れ、多様な社会を実現する気が本当にあるのか。問われているのは、一所属議員だけでなく、自民党全体の認識である。

(大弦小弦)国会議員の発言に失望したことは何度もある… - 沖縄タイムズ(2018年7月25日)

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/288691
https://megalodon.jp/2018-0725-0914-33/www.okinawatimes.co.jp/articles/-/288691

国会議員の発言に失望したことは何度もある。だが、これほど危機感を覚えたのは初めてかもしれない。自民党杉田水脈衆院議員が月刊誌に寄稿し、LGBT(性的少数者)の行政支援に疑問を呈した

▼LGBTカップルへの支援に税金を使うことがいいのかと問い、その理由に「彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がない」と主張したのだ

▼そもそも人を「生産性」で区分けすること自体が、重大な人権侵害である。当事者だけでなく、個々人の生き方を無視した乱暴なとらえ方で、差別を助長する。LGBTの差別を禁止するなどの法整備を求めるLGBT法連合会は23日に抗議声明を出した

▼杉田氏は「LGBTだからといって実際そんなに差別されているのか」とも述べる。性的指向性自認により、差別・偏見に悩む実態は多くの調査で明らかになっている。多様性を認める社会づくりにも逆行し、無理解も甚だしい

▼だれでも生きづらさを感じるときがある。それが社会の仕組みや習慣、風潮、差別によって生じるものであれば、見直し、解消することが共生社会の流れだろう

▼杉田氏は殺害予告メールを受け、関連するネット上の投稿を削除したが、謝罪はない。党の処分もない。国民の負託を受けた国会議員なら、困難を抱える人の声に率先して耳を傾けるべきだ。(赤嶺由紀子)

児童虐待防止 悲劇をなくす対策に - 朝日新聞(2018年7月25日)

https://www.asahi.com/articles/DA3S13604331.html
http://archive.today/2018.07.25-001548/https://www.asahi.com/articles/DA3S13604331.html

両親からまともな食事も与えられず亡くなった東京都目黒区の船戸結愛(ゆあ)ちゃん(5)。痛ましい虐待死を繰り返さぬために何をすべきか。政府が緊急対策をまとめた。スピード感をもって取り組まねばならない。
対策の柱は、児童相談所(児相)で虐待の対応にあたる児童福祉司の増員だ。急増する虐待件数に人手が追いつかない現状を改めるため、今の約3200人から22年度までに約5200人に増やす。
絵に描いた餅に終わらせてはならない。何より、児相の体制強化には裏付けとなる予算が必要だ。安定的な財源を確保し、着実に進めるべきだ。
同時に、専門性を高める取り組みも欠かせない。過去の事件の検証から教訓を学ぶなど、研修内容も工夫し、実践的な対応力の向上を目指してほしい。
今回の事件では、一家が香川県から東京都に転居した際に、児相間で虐待の危険性などの情報が適切に共有されなかった。その反省から、今後は、緊急性が高い事案は対面で引き継ぐよう指針を見直す。
市町村に対して9月末までに、保育所、幼稚園に通っていない子どもや乳幼児健診を受けていない子どもを把握し、状況の確認を求める。結愛ちゃんが東京では幼稚園などに通わず、第三者の目が届かない環境だったことを踏まえた対応だ。
家庭訪問で子どもに会えず、安全を確認出来ない場合は、立ち入り調査を行うことを徹底するという。
子どもの安全確保を最優先に、児相は一時保護をためらうなと、これまでも繰り返し言われてきた。しかし児相は家族に寄り添い支援する役割も担い、家族との関係悪化を恐れて子どもを引き離すことに慎重になりがちとも指摘されている。
2年前の児童福祉法改正でも児相の役割、あり方の見直しは今後の検討課題とされた。制度面での見直しの議論も、急ぐ必要がある。
児相が比較的深刻なケースの対応に専念できるようにするには、市町村の相談窓口との役割分担も重要だ。市町村の体制も強化が求められる。
学校や医療機関、警察や法律の専門家などとの連携も密にしなければならない。児童養護施設や里親など保護された子どもの受け入れ先の整備も必要だ。子育てに悩み孤立する親を、必要な支援につなげる取り組みも、虐待を防ぐ効果がある。
特効薬はない。悲劇をなくすため、総がかりで手立てを講じたい。