2007.12.11 (Tue)
■[音]クライバーの田園
てっちゃん氏らと新宿のユニオンに逝ってきた。何も買う物がないなと思っていたが,何も買わないで帰るのはアレなのでクライバーの田園を購入。そういえばベト4も持ってなかったな。そのうち買わねば。
- アーティスト: クライバー(カルロス),ベートーヴェン,バイエルン国立管弦楽団
- 出版社/メーカー: キング・インターナショナル
- 発売日: 2004/03/24
- メディア: CD
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ものすごい快速CDであった。クライバーらしいといえばらしい。お花畑ですな。最後の拍手が圧巻。こんなライヴ一生に一度で良いから聴いてみたいものである。
■[ことば]興奮と情熱
家に帰ってニコ動を見ていたらK.136のディヴェルティメント2楽章が流れてていた。
「冷静と情熱」問題だが,あくまで助詞「と」の文法的な制約という立場で説明できるかなあと考えていたが余り大した成果を上げられず。品詞って言う括りが同じ2つの語句なら繋げるもんね。たぶん他の言語でも(英語と独語しか知らないが)同じなんじゃないかなぁと思う。
結局,僕の日本語は「冷静と情熱」という表現に対してエラーを返さないし,だから追求することもままならないわけだ。違和感を感じるというのはそれはそれで格好いいセンスなのかもしれない。yssi氏ごめん,ほんとに違和感ないんだよ僕にとっては。でもやはり「興奮」はタイトルとしてどうかと思うし,新しい語句を創作するのもまた雰囲気に合わないし,やはりこのままで良いと思うよ,僕は。

情熱は熱が情を就職する熟語、種類が違う。名詞と形容詞くらいの違いがあるんだよ。
もう少しわかりやすくすると
冷静と情熱のあいだ=冷静と熱い情のあいだ
なわけだから、これなら変でしょ?
“「冷静と情熱」問題だが,あくまで助詞「と」の文法的な制約という立場で説明できるかなあと考えていたが余り大した成果を上げられず。品詞って言う括りが同じ2つの語句なら繋げるもんね。たぶん他の言語でも(英語と独語しか知らないが)同じなんじゃないかなぁと思う。”は何を言ってるのか分からん。僕のいいたいことが全く理解してないのではないのか。
英語には“題の情熱”を意味する単語はあると思うよ。
でも、日本語には無いんだよ、少なくとも有名な二字熟語では。
品詞の問題ではなくて、単語の問題なんだよ。
でも、こんなこと書いてるけれど、「冷静と情熱のあいだ」は題としては傑作だと思いますよ。話題になったのは、この題によるところも大きいと思うし、題からして力を入れて作っているのがわかる。
まぁ、どうでもいいのさ。
意外にこう思う人は少ないのと
他人に本当に分かってもらうのは大変だってことかな。
【1】「と」のせいではありませんよ。並列の「と」は基本的に名詞と名詞ならなんでもつなぐことが出来ます。ついでに,名詞以外の品詞でも:
e.g. 叩くと殴る(は何が違うか? …など) ←動詞と動詞
のように使えますが,これはいわば引用形(それぞれをカギ括弧でくくって「「叩く」と「殴る」」というつもり)なわけで事実上名詞と同じです。
AとBを「と」でつないだ結果違和感のある表現ができあがっても,それはその2つをつないでどうするの? なにか意味のあることが言えるの? という,表現上の問題であって,文法的にどうかという問題ではない。「と」自体に責任はない。たとえAとBの(元の)品詞が違っていても:
e.g. 「叩く」と「白い」
やっぱり表現上の問題(つないでどうするの?)であって文法的におかしいわけではない。
【2】一般に対義語と言われる1対の語が文法上などで厳密には対をなさない,ということは普通にあると思います。それは先のコメントで「冷静」と「興奮」も揃わない(前者はサ変動詞を作れない,後者は作れる),とあったのと同じ。
最近気づいた例ですが,是認←→否認という対義語に対して:
e.g.
(1) 被告は起訴事実を否認しました。
(2) ? 被告は起訴事実を是認しました。
(2’) 被告は起訴事実を認めました。
(2)は「(それを)良いと認める」みたいな意味になってしまっておかしいので,もっぱら(2’)を使いますよね。面白いと思いました。というか,こうなってしまうともう是認←→否認という対そのものがあやしくなってきますな。
話は戻って,サ変動詞になるかどうかを重視すると「興奮」の反対は「沈静」でしょうか。でもこれは「沈静化」に対して「×興奮化」は無いのでやはり揃わない。
そして,こういう不揃いな事実があったとしてもそれが当該言語の欠陥を示すものとは必ずしも言えない(言語の欠陥とは何かを定義しなければいけない)。
【3】個人的には「冷静と情熱のあいだ」に違和感はなかったです。というかこちらの最近のコメント欄で初めて気づきました。
それと,下の「罪と罰」については「罪」は「「罰」の意味を含まない「罪」,と読む」ことが要請されているはずですよね(当然ながら)。
「助詞「と」の文法的な制約」っていうのは判りにくい事を書いてしまったと反省しているけれど、要するに、「と」でつないで違和感が出るのはどういう場合か検討してみようとしていただけです。僕の結論としては、「品詞が同じ語句はつなげるが、違っていたら違和感がある」というものでした。一方、「叩く」と「白い」のような例では文がナンセンスであって、僕は否定的に考えていたのですが、言い方を変えれば「表現上の問題」でもあるため、結局esさんとほぼ同じ結論に行き着いたということになります。書こうと思ったら先を越されてしまいました^^; ただ、日本語ならともかく、ほかの言語においては異なる品詞をつなぐことはかなり厳しく規制されているような気がします。ex. hit and white. すさまじい違和感です。ナンセンスというより解読不能な文章に近いかと。
あとはesさんの【2】の説明がすべてでしょうか。
>yssi
僕にはやはり君の言うような強い違和感は感じられませんよ……><
日本語の場合、形容詞、形容動詞、動詞はすべて述語になれるので、並列に並んでもおかしくなくて、英語は違うから変なわけでしょ?それだけのことでは?
>esさん
言語の欠陥ていうのは、表現したい単語が無いことです。
作者は冷静の対義語として興奮とは少し違う意味の単語を使いたかったのだが、それが思いつかなくて情熱を選んだと思われるのでね。
>えsさん
日本語はその辺の表現に乏しいのかなと「冷静と情熱の間」っての見たときに思ったんですよ。
>こぐたん
努力が足りませんね。精進し給え。
かりに「情熱」という単語が先にあってそれに対置する概念として「冷静」を引っ張ってきたと考えるのはだめですかね。そうすると逆に「冷静」のほうがあやしくなってくることになりませんかね。考えれば考えるほど、私には「冷静」という言葉が先に浮かんだとは思えないのです。とはいえかくいう私も、「冷静」も「情熱」もある心的状態を表象する単語なので許容できるたちです。
それと、yssiさんに忠告。「作者の考え」なんてそう軽々に想像できるものではないですよ。想像できたとしてもそれはあくまでカッコつきの(国語の問題で問われるような)「作者」であって作者本人ではありえないことを肝に銘じておくべきではないでしょうか。そしてその「作者」は当然読み手によって異なってくるわけで。そもそもタイトルなんて編集者の意向でいくらでも変わりますしね。こういう企画モノの場合は特に。
もうひとつ。文学は言語の新しい意味、用法を創造していく場であるということもお忘れなく。単語の「正確な」意味、用法などはそれ自体がある程度無規定的なのであって、成り立ちの問題も対義語の問題も、ある単語が持つ意味の広がりを規定するひとつの指針でしかないのです。見慣れぬ使い方にギョッとして、首をひねり、最終的に嫌悪してしまうその気持ちもわからないではないですが。
>「叩く」と「白い」のような例では文がナンセンスであって、僕は否定的に考えていたのですが、言い方を変えれば「表現上の問題」でもあるため、結局esさんとほぼ同じ結論に行き着いた
「でもある」というか,「表現上の問題」=「文がナンセンス」(文じゃなくてまあphraseだけどね)のつもりです。
あ,文法上の問題と表現上の問題は別であって,前者が先というか。文法的に×なのはそれでおしまいで,表現上もへちまもありません。文法上で○であってはじめて,表現上どうであるかが問題になります。
それと,
>ほかの言語においては異なる品詞をつなぐことはかなり厳しく規制[...]
>ex. hit and white. すさまじい違和感です。
についてなんですが,言語によって違うわけじゃないはず。
以下説明。(上のコメントの(1)(2)とかぶらないように(3)からはじめます)
私の出した
> e.g. 「叩く」と「白い」 …(3)
ですが,これはようするに
(4)「叩く」と「白い」はどちらも日本語だ。
みたいな文なら作れるよってことです。これは意味も不自然じゃない。つまり表現上でもおかしくない。((3)だけ見てたから変なわけで,(4)を作ってみれば,(3)は表現上も実はおかしくないです。)
で,同じように
(5) ”hit” and ”white”
を使って
(6) The words ”hit” and ”white” are both English.
もOKだよね。よってこちらも表現上おかしいとは言えない。よってこれは日英パラレル。
一方,(3)に対して,引用形にしない形,つまり【述語という機能を残した形】としての
(7)叩くと白い
は日本語でも文法的に×(これを用いた文はちょっと考えつかないなあ)。
koguus君が「異なる品詞をつな」いでいると言う
>ex. hit and white. …(8)
も,つまりは【述語という機能を残した形】として考えてるんでしょう? それならもちろん文法的に×です。よって日英パラレル。
【結論】
・これについては日英パラレル。
・koguus君の言う(8)は(3)じゃなくて(7)のようなものを想定して書いたんだよね。
まあ,以上はかなりあたりまえのことのはずなんですがねえ。これで分かってもらえなかったらお手上げ。
yssiさん
>日本語の場合、形容詞、形容動詞、動詞はすべて述語になれるので、並列に並んでもおかしくなくて、英語は違うから変なわけでしょ?それだけのことでは?
は上記には無関係と思います。あと,述語が「と」や”and”で並列できるかどうかという点については,それは逆だと思います。日本語で述語が「と」で複数並ぶ例は思いつきません。逆に英語では,あまりうまい文ではありませんが ”He screamed and jumped.” とか作れます。
>日本語はその辺の表現に乏しいのかなと「冷静と情熱の間」っての見たときに思ったんですよ。
そうかもしれませんし,そうでないかもしれません。もう少し調べないとよく分かりませんね。
w氏
>かりに「情熱」という単語が先にあってそれに対置する概念として「冷静」を引っ張ってきたと考えるのはだめですかね。
それ面白い。そうか,「情熱の無いこと」を表すことばってないなあ。
ちなみにかくいう私はこの本未読です!
/ ´_ゝ`)
| / まず,定義の明確でない語について日本語以外の諸語を持ち出すことは無意味。
| /| | 意味が対義かどうかの問題を,名詞形動か名詞かの差にすることも単なる議論のすり替えに過ぎず。
// | | そもそも本問は冷静と情熱の間に何があるのかという問題が本質のはずで,
U .U すいません,ちょっとここを通らせて頂きましたよ。
/⌒ヽ
/ ´_ゝ`)それじゃ、お騒がせしました・・・
| /
| /| |
// | |
U .U
なんだか今日は妙にテンションが高い(眠れないし)。コーヒー飲んだせいだろうか。どうもおさわがせしましたm(_ _)m
>>つまりは【述語という機能を残した形】として考えてるんでしょう?
僕の場合,目の前に「叩くと白い」「hit and white」という文字の羅列があらわれた瞬間に,どのくらい違和感があるのか(違和感の生じる可能性はいかほどか)という観点から見てみようとしていたのでした。日本語よりも英語のほうが「述語としての機能を残した」解釈をされやすい→ナンセンスになる可能性が高い,と思ったのですが……。自分が日本語ネイティブなので柔軟に対処できるだけなのかもしれません。
関係ないですが,英語のandは”then”みたいな意味も混ざってしまうので純粋な並列の文を作るのは難しい気がしました。
>Misho コメどうも。
>>本問は冷静と情熱の間に何があるのかという問題が本質
いや,冷静と情熱は対義語なのかどうなのかというどうでもいい話を論じている(つもり)なのでこれでいいんだよ。冷静と情熱のあいだには何があるかという話はそれこそ江國と辻にきいてくれって話だ。でも
>>名詞形動か名詞かの差にすることも単なる議論のすり替えに過ぎず。
これは本質ですかね。ありがとう。
ああそうかそういうことか。わかりました。すると03:10のコメントはなんつうかアチャー…でしたな。
“かりに「情熱」という単語が先にあってそれに対置する概念として「冷静」を引っ張ってきたと考えるのはだめですかね。そうすると逆に「冷静」のほうがあやしくなってくることになりませんかね。考えれば考えるほど、私には「冷静」という言葉が先に浮かんだとは思えないのです。”
いいたいことはわかるけれど、僕のいいたいこととはかなり違うので。
“とはいえかくいう私も、「冷静」も「情熱」もある心的状態を表象する単語なので許容できるたちです。”
ここが違うのですよね。僕の感覚では「情熱」はある心的状態を表象する単語ではないんだよね。少なくとも、元々そんな意味はなかったはず。おそらく、そういう日本語がないから、あるいはあるけれど死語になったから、情熱にそういう意味を持たせるようになったのかなと思ったけれど、でも、高揚が近いのかな?探せばありそう。そうすると、語呂の問題ですね。いくつかの候補の中から作者たち(この題に関しては編集者の影響が大きいと思ってます)が「情熱」を選んだのかな?僕の感覚だと同意語による熟語が相応しいのです。
“それと、yssiさんに忠告。「作者の考え」なんてそう軽々に想像できるものではないですよ。想像できたとしてもそれはあくまでカッコつきの(国語の問題で問われるような)「作者」であって作者本人ではありえないことを肝に銘じておくべきではないでしょうか。そしてその「作者」は当然読み手によって異なってくるわけで。そもそもタイトルなんて編集者の意向でいくらでも変わりますしね。こういう企画モノの場合は特に。”
忠告されてしまった。想像で断定することが危険だってことはわかっていたつもりだったのですが。でも、想像するしかないし、それ以上のことをするつもりもないので。
“もうひとつ。文学は言語の新しい意味、用法を創造していく場であるということもお忘れなく。単語の「正確な」意味、用法などはそれ自体がある程度無規定的なのであって、成り立ちの問題も対義語の問題も、ある単語が持つ意味の広がりを規定するひとつの指針でしかないのです。見慣れぬ使い方にギョッとして、首をひねり、最終的に嫌悪してしまうその気持ちもわからないではないですが。”
その辺のこともわかっているつもり、というか、わかってて書いてたのです。それに嫌悪もそんなに感じてないし。
一応書いておくと、当時の僕は「冷静と情熱のあいだ」を見て、その違和感から日本語の欠陥に辿り着いて、その正確さはともかく、そこに辿り着いてことに満足してそれで終わっているのですよ。それだけの話なのです。
了解していらっしゃったのでしたら余計な忠告失礼いたしました。
“ここが違うのですよね。僕の感覚では「情熱」はある心的状態を表象する単語ではないんだよね。少なくとも、元々そんな意味はなかったはず。”
おっしゃるとおり、けっきょくこの点につきますね。心的状態でなければ何を表す言葉なのでしょう?
文字通りに捉えれば、「情」の「熱」であり、「心が(なにかに触れて)熱くなっている状態、またはそのような感情」であると規定できるように思うのですが、もしこの規定に問題があればご指摘いただきたいですね。
そして、上記の意味における「情熱」と同様の意味を持つ熟語を「冷静」のように同意語から組み立てることができない、ということを日本語の欠陥としてしまう点が、私には早計というか、短絡的だとしか思えないのです。別に同意語じゃなくてもいいじゃん、みたいな。おそらくyssiさんは言葉に対して鋭い感性をお持ちなのでしょう。
なるほどたしかに、心的状態といっても、「であること」である状態(=冷静)に対して、「抱くもの(あるいは持つもの)」としての感情(=情熱)は心的状態とは呼べない、という考え方も可能かとは思います。
ちなみに私が「冷静」のほうがおかしい、と述べたのは、「冷静」という言葉が形容動詞だからであり、名詞として使うなら「冷静さ」であるべきではないか、という疑念からです。そしておそらく「情熱」に対置されるべきは「冷静」ではなく「冷静さ」なのでしょう。とはいえ、「冷静さと情熱のあいだ」ではやはり語呂が悪い、ということで名詞化というアナロジーを施した結果が「冷静と情熱のあいだ」である、というのがひとつの解釈としてありうるように思います。さらに突っ込んだ解釈を加えると、このアナロジーの過程において「平静」というより名詞に近い熟語が噛んでいる可能性も指摘できるかもしれません。
まあこれはあくまで「私の」解釈ですが。ちなみに未読です。
おおおおお!!!!慧眼(/▽\#(/▽\#