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諏訪耕平の研究メモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-05-05

ドタキャンばかりする人々と,何年でも無遅刻無欠勤を続ける人々

なんか最近よくドタキャンをされる。前からそういう傾向はあったが,ある程度責任ある仕事的なことを任されるようになって,よりドタキャンされることのダメージが増した。先日大学の後輩2人と別々に約束をしていたのだが,2人ともに,なんと2回連続でドタキャンされて,「ああ,これは,サボりだな」と感じた。

ドタキャンしたくなる感覚というのはよく分かる。人は,未来の自分はスーパーマンだと思っているもので,今の自分がやりたくないことでも未来の自分は笑顔でできると思っている。だから,果たせるかどうか微妙な約束も平気でする。約束の日時が迫って,どんどん行きたくなくなっている自分に気づく。過去の自分め,遂行できる約束かどうかも判断できないのかと思う。いくつか理由を見繕ってみて,妥当っぽい理由が見つかれば,心は俄然ドタキャンに傾く。理由が見あたらなければ,しぶしぶ出かける。出かけてしまえば意外に平気なものだ。

僕は今付き合っている人間のほとんどが大学生なので,このドタキャンという現象が大学生に特有に多いのか,全体的なものなのかは分からない。ただ,仕事だったらドタキャンはしないだろうし,関係性が密な高校生以前はドタキャンもしづらいような気がするので,大学生に有意に多い可能性はあると思う。で,大学生に多い理由だが,今も少し挙げたことになるが,要するに「ドタキャンしてもそんなに困らない」ということに尽きる。ドタキャンするとき,人はあらゆる未来を想定する。それで仕事をクビになるようなドタキャンであれば這ってでも行くだろうし,大好きな恋人との約束であればそうそうドタキャンはしないだろう。関係性が薄ければ薄いほど,利害関係が発生しないような関係であればあるほど,困らないし,怒られないのだ。だから,人はドタキャンを選ぶ。

してみると人はもともと約束を守りたがらない生き物であるのかもしれない。様々な制約が人々を約束の遂行に向かわせるだけの話であって,たとえば中国では約束の時間に30分ぐらい遅れてくるのは当たり前のことらしい。ドタキャンについては聞いたことがないが,似たようなものだろう。人は本来いい加減に生きたい生物であるのを,我々は無理して規則正しく生きているのである。

就職して4年目になる友人たちと飲んでいたとき,遅刻の話になったことがある。「お前の会社ってどのくらい遅刻とかある?」という質問に対し,証券会社に勤める友人は,「ここ1年誰もしてない」と答えた。メーカーに勤める友人も深く頷いていた。少しランクの劣る会社に勤める友人が,「俺結構遅刻しちゃうなあ」と遠慮がちに発言すると,証券会社とメーカーは信じられないという体で,低ランクを責め立てた。しかし,1年間誰も遅刻しないという状況こそ異常ということはないのだろうか?

今,会社に勤める友人たちは驚くほど会社に従順だ。無遅刻無欠勤を当たり前のように続け,早出残業も笑顔でこなし,酒の席で先月の残業時間を誇る。始発で行って終電で帰れれば御の字だそうだ。なんだそりゃと思う僕の考えこそが甘いという。経営者から見れば,素晴らしい社員であろう。そして経営陣からの要求は過激さを増す。そんな気がしている。

ルールがきつくなればなるほど,人々は寛容さを失う。これは間違いないと思う。自分がルールに縛られていれば,他人もルールに縛られて欲しいと思うのが人情だ。現代人は,僕の見る限り相当ルールを守って生きていると思う。そして,寛容さを失っていっている。その様子を,大学に勤めるある友人が,「お互いに首を絞め合っている」と表現していた。言い得て妙だと思う。僕はこういう状況を「体育会系の論理」と呼んでいた。

どちらにせよ,ルールでがんじがらめになった人々が,10年後何を成し遂げるのか。日本経済は復興するのか,没落するのか。必死で働いた人々の幸せはどういう形で訪れるのか。日本は,過去,会社の奴隷となって日本経済を立て直した父親を家族が見捨てるという現象を経験している。今死ぬほど働いているのはその父親の子どもたちの世代だろう。父親のそんな姿を見てなお今のような行動をとっているのだから,同じ轍を踏むことはないのだろう。そこらへんのロジックには非常に興味がある。今の僕には,よく分からない。

frog-cicadafrog-cicada 2008/05/06 18:54 >ルールがきつくなればなるほど,人々は寛容さを失う。これは間違いないと思う。自分がルールに縛られていれば,他人もルールに縛られて欲しいと思うのが人情だ。
非常に共感を覚えます。
ルールは守るべきもので、縛られるべきではないと感じます。
もっと寛容に生きたいですよね。

ajyax-marumenajyax-marumen 2008/05/06 19:48 こうやって社畜が完成されていくのである。

BLACKBIRDBLACKBIRD 2008/05/06 23:00 出典は定かではないですが、良く見かける一文を。

奴隷は、奴隷の境遇に慣れ過ぎると、驚いた事に
自分の足を繋いでいる鎖の自慢をお互いに始める。
どっちの鎖が光ってて重そうで高価か、などと。
そして鎖に繋がれていない自由人を嘲笑さえする。
だが奴隷達を繋いでいるのは実は同じたった1本の鎖に過ぎない。
そして奴隷はどこまでも奴隷に過ぎない。
過去の奴隷は、自由人が力によって征服され、やむなく奴隷に身を落とした。
彼らは、一部の甘やかされた特権者を除けば、奴隷になっても決してその精神の自由までをも譲り渡すことはなかった。
その血族の誇り、父祖の文明の偉大さを忘れず、隙あらば逃亡し、あるいは反乱を起こして、労働に鍛え抜かれた肉体によって、肥え太った主人を血祭りにあげた。
現代の奴隷は、自ら進んで奴隷の衣服を着、首に屈辱のヒモを巻き付ける。
そして、何より驚くべきことに、現代の奴隷は、自らが奴隷であることに気付いてすらいない。
それどころか彼らは、奴隷であることの中に自らの唯一の誇りを見い出しさえしている。

リロイ・ジョーンズ 1968年、NYハーレムにて

此れをネタに戯言書きました。
宜しければ御一読頂ければ幸甚です。
http://d.hatena.ne.jp/BLACKBIRD/20080506/1210077873

FI_MisaFI_Misa 2008/05/06 23:48 参考になりました。

jaggingjagging 2008/05/07 05:24 それにしても、
始発で終電で御の字・・・なんて、騙されているようにしか見えないんだけど。


大人って実は馬鹿なんじゃないかなって思う時だよね。

sippusippu 2008/05/07 13:23 気がつかないんじゃなくて、気がつかない構造という話もありそうです。世の中(社会)はうまいように出来ているのかもしれません。
それをわかるためにも、何に、どのような縛られ方があるのか、リストアップするべき。可視化していかないといけないのかもしれません。
そんな情報がもっとあればいいのになあ。

kohekokoheko 2008/05/08 17:04 >frog-cicadaさん

「ルールは守るべきもの」というよりはさらに,「ルールは成員のためにあるもの」という視点ですかね。ルールによって成員が苦しんでいたら,それは矛盾なのではと思います。

>ajyax-marumenさん

社畜なんですかね。今回のエントリーはそういう受け止められ方をしていることが多いようですが,必死で働く彼らは僕の友人であり誇りです。最終段落にはそういう思いをこめたつもりです。

>BLACKBIRDさん

返答遅くなりました。読ませていただきます。

>FI_Misa

ありがとうございます。

>jaggingさん

彼らに「なんでそんなに忙しいの?」と聞いても明快な回答が返ってくることはないんですよ。そこはちょっと悲しいところです。

>sippuさん

その通りです。知らないことが非常に多い。彼らがあれだけ働く裏には,それなりに理由があるはずなんですよね。そこが語られていないように思います。

frog-cicadafrog-cicada 2008/05/11 06:03 >「ルールは守るべきもの」というよりはさらに,「ルールは成員のためにあるもの」という視点ですかね。ルールによって成員が苦しんでいたら,それは矛盾なのではと思います。

ああ成る程。そのルールの存在自体が既に守るべき範疇から外れているとすれば、kohekoさんの仰るとおりだと思います。
自らが奴隷である事を知りつつも、それを認め、抵抗するだけのタフさはない。
それを毎日お互いに容認しあって生きているような感じさえしてきます。

kohekokoheko 2008/05/11 12:14 奴隷と言えるかどうかは慎重に線を引きたいところですね。どこかしら奴隷的な要素はあるんでしょうけど。以前は「歯車」だったので,さらに加速した感じですね。歯車>奴隷なんだろうなー。

kuverawalkkuverawalk 2008/05/16 04:14 >必死で働いた人々の幸せはどういう形で訪れるのか。

月に400時間以上会社にいますが、必死で働いているその時間をたまに幸せだなーと思うことがあります。
ボクって奴隷なんでしょうか?

quwaharaquwahara 2011/04/29 13:46 当たり前ですが、早出している理由、残業している理由を考えることは大事です
勤務時間だけみてそれを悪いとするのは、勤務時間だけをみてそれを良いとするのと、考え方に違いがないと思います

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