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諏訪耕平の研究メモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-08-09

学生は教授の研究のために授業料を払っているわけではない

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2〜3日前の読売新聞に静岡産業大学学長の大坪壇先生のコラムが掲載されていました。これが思わず拍手したくなるような内容だったので掲載しておきます。全文掲載はまずいのかなとも思うのですが,これは是非読んでいただきたい内容なので踏み切りました。問題があれば削除いたします。

内容は,「学生は教授の研究のために授業料を払っているわけではない」というもの。そう言われれば多くの人が「そりゃそうだ」と思うんでしょうけど,実際は多くの大学教員が教育よりも研究に時間を割いているというのが現実ですよね。

なんでこういうことになるのかというのを居場所論で考えてみると,要するに大学教授というのはいかに教育を行ったかではなく,いかに研究業績を出したかが大学での居場所につながるのだろうと思うのです。その状況ではある程度仕方がない。教育者が,その教育内容でもって評価されるようなシステムの構築が必要なんでしょうね。

IrrisIrris 2009/08/09 23:22 反面、予備校の講師はその授業によって評価される為、その授業が魅力的なんでしょうね。
大学を出て十数年経ちますが、印象深い面白かった授業は予備校の授業でしたし、良い教育者の姿を思うと浮かんで来るのは、お世話になった予備校講師です。

laclefdorlaclefdor 2009/08/10 04:55 研究専門の先生と授業専門の先生に分けるしかないね。
研究に没頭している先生に授業させるからどちらも中途半端になる。

norinorisan42norinorisan42 2009/08/10 12:17 業績メインなのは、明治以降の考え方が残っているからだそうですね。
大本が後進国型で国の威信を見せるためにはニッチな分野で先端の業績をだせ、という。

あと、評価の方法を改めろ、といいつつ誰も正しい評価基準というのを定められないという
悲しい事実がどの世界にもあるように思います。

授業料については
国公立大学だと学生の授業料って大学運営費全般の2〜3割ですね。大半が国から税金が投入されています。なので学生は、自分の成功を得る権利だけではなく、同時に社会に求められる人材にならなきゃならない義務も持ってます。

当然学校はそういった人材を世に送り出す努力をしなきゃならない。
それに基づいて大学を設計しなきゃならないのですが
時代の要請の変化に、教育がリアルタイムで追いつけるわけはないので
時代を先読みする能力が大学の運営者には求められるんです。

あと、大学での教育について昔の考え方をあえてあげるなら
高等教育の学生というのは、自学自習できる人間であるのが当然で
人格的総合的な教育ができるのが理想的な教育者だったようです。

その場合、予備校の先生のような授業のうまさというのもかならずしも基準にはならない
もちろん現在は大学が大衆化していますから、マス教育としての教員も必要だろうなと思います。
…教員免許作ったほうがいいんじゃね? とも思います。

tdamtdam 2009/08/10 12:17 大坪壇先生の意見に私も同意です。大学は研究と教育の両立が求められるのに、
教員に求められる資質は如何に学生を使って論文を書くか、研究費をうまく
取ってくるかだけですからね。

しかも一旦教員になれば、(任期がない契約の場合は)下手すれば
何もしなくてもずっと研究室に居座ることも可能です。

一方、学生のほうも一から十まで教えてもらうことだけを
期待している人の多いこと・・・。本当に今の大学は異常です。

kosyu_05kosyu_05 2009/08/10 12:51 教授に言われた事がある。
「私たちが教えられるのは、どうやって資料をあつめ、どのように考えるかというやり方です」
つまり「ノウハウ」であって、必ずしも知識を主体としてないということ。
原則から言えば(ちょと乱暴だけど)、「研究者」という意味では「教授」も「学生」も同じレベルに立てる。
「教えてもらう」というより、「自分が学ぶ」と言う方に重点を置くべきのような気がする。
それが気に入らないなら、義務教育でもないし遊びたければ遊べばいい。

doublebeddoublebed 2009/08/10 14:12 こんにちは。興味深い記事です。

芸術学部だから特殊かもしれないけど、
教授より講師のほうがためになることを教えてくれる。
まぁ、求められていることが違うからだろうなぁ。
教授は先生ってよりも研究者気質の人のほうが多い。
でも権力を持っているのは教授。

なんだかなぁ。

upranupran 2009/08/10 14:13 全国で共通のテストをするといいかもしれんね。
その大学の学生の本当のレベルが分かるってことで。
入試時の偏差値から明らかに下がるような授業をする教授は
段々と淘汰されていくんじゃないかと。
でもいったい何種類テストが必要なのか…

sinp1979sinp1979 2009/08/10 16:55
一から十まで教えないと出来ない子は、学問なんかしても無駄だからさっさと働いた方が吉。
そういった子は普通の子より手がかかるためさらに研究の時間が減ってしまう。
これ以上大学を保育園化してしまわないためにも、研究重視は当然だろう。

yuno001yuno001 2009/08/10 19:09 この考え方には反対だなー。
研究をしてる「凄い」先生の横でコミュニケーションしながら色んな事を学んでいくのが大学。
授業っていうのはより大人数に対して出来るように拡張したものだから、授業のせいで教授の研究の足を引っ張ってしまうのは駄目だと思う。
教えてくれる人の事を無視して自分の事しか考えてない自分勝手な考え方な気がする。
大学って中学とか高校と違ってそもそも「教えてもらう」場所ではなく積極的に「学びに行く」ところなんだよね。

sisina-nierisisina-nieri 2009/08/10 19:27 中学や高校と違う「大学における教育」がどうあるべきなのかということが依然としてぼやけている気がします。
授業だけが教育の対象と扱われるべきなのかは若干の疑問が残ります。
恐らく大学教授は予備校などに比べて授業が下手(テクニカルな問題、つまり話術のようなものが苦手)なだけのような気もします。
そもそも高校や予備校などと違い大学での学問は正解がないものばかりなので、学ぶ側のスタンスも変わる必要があるでしょう。
この考え方が通用しないなら入試制度に問題があると考えた方がよいのではないでしょうか。

kawasaki2010kawasaki2010 2009/08/10 22:10 大学は積極的に自ら学ぶ場であって,受動的に何かを得られる場ではないと思います.授業を聞いてわからなければ図書館で自分で調べるなり,教授に質問しに行くなりすればよいのです.授業はあくまでも勉強の進め方というか,ガイドラインのようなもので,それにそって自ら勉強して肉づけしていく必要があります.
そのモチベーションが無いのならあまり大学にいる意味は無いかと思います.
大学教授はやる気の無い学生には興味がありません.その学生のモチベーションを上げさせる事よりも,ただでさえ大学の事務に忙殺されている教授は,自分の研究室のマネジメントに取り組むべきです.

しかし一方でモチベーションの低い学生が多い事も確かです.ですから大学一年時に,大学で勉強する事の意義や,大学卒業時にはどのような自分になっているのかといった,自己啓発授業のようなものを必修単位に取り入れるべきだと思います.もちろんこの授業は専門のスタッフが行うべきで,教授のやる事ではありません.

amnjkamnjk 2009/08/10 23:06 思うのは、「自ら主体的に学ぶ」ことに対して授業料が払われているのだとしたら、
明らかに高すぎると思うんですよ。図書館の利用料、教授に質問に行くだけだとしたら
(授業のクオリティが低くていいのなら当然払うべきはここですよね)、年間20万で十分なのでは。
私個人の話になりますが、単に教科書の音読を行うだけの教授もいらっしゃいます。
その講義にお金を払いたくはないのですが、必修なのです。これっておかしくないですかね。
単に数字単体で見るとこういうふうに思ってしまいます。

hermitichermitic 2009/08/11 00:59 挑発的なタイトルですね。でもこの学長さんがわざわざ新聞というメディアをつかってこのような主張を地域社会に広く訴えようとするのはどうでしょう。やりかたが姑息だと思います。ソフトな言い回しをしてますけど、教員への圧力じゃないですか。たしかにいいかげんな授業をする教員はいますよ。いくらでも。でも概してそういう教員は研究もいいかげん。概して研究と授業のクオリティは比例します。研究と授業をあえて対立的にとらえる図式を提示してみせるこの学長の語り口には政治的意図とうっすらとした悪意を感じます。

dskkgymdskkgym 2009/08/11 11:11 kosyu_05さんのコメントに強く同感します。
大学での教育とは、自分の頭でものごとを考える訓練をすることだと思う。その手助けをするのが、教授の役目なのではないでしょうか。そのために、教授は、自分やその他の研究者の研究活動が具体的にどのようになされているのかを学生に見せたり、文献を紹介したりする必要があるかもしれません。学生はその過程で、自分の頭で考えを構築する方法を学ぶのではないでしょうか。そして、大学院の教育とは、学生が研究者として独り立ちできるように、決して足を引っ張ることなく、サポートすることだと思う。
新聞記事の内容は、「学ぶ」という言葉を使っていることからも、的が外れているように思える。ただし、褒めるのはすごく大事なことだと思う。

wayowayo 2009/09/04 23:59 この方の言いたいことはわからないでもありませんが、教員の評価はどのようにすべきとお考えなのでしょうね。
静岡産業大学では、どのように教員を採用しているのかお聞きしたいものです。
「教育力」というような曖昧なものは、実際に授業をやってみないと評価できないし、長期的に効果が現れてくる教育もあります。
大学にとって、金にならない研究でなくて、校務をやれ、という経営者側の意図を、教育という聞こえの良いことばでごまかしただけですね。

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