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諏訪耕平の研究メモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-01-02

やっぱり怒ってもあんまいいことない

新春ということで,「怒る」について考えていきたいと思います。もはや有名人,twitterで渡邉先生が怒るについて議論されていたのでコメントしていきたいと思います。

このブログをご覧の方はご存知かと思いますが,僕の「怒る」ということに対する基本スタンスは,「人はなぜ怒るのかというと,怒りたいからであり,それ以上でもそれ以下でもない」というもので,「じゃあなぜ人は怒りたくなるのか」ということについてはまだ保留状態です。笑う,泣くみたいなもんで,「怒りたいから怒るんだ」という気はしますね。ただ笑う,泣くと比べると怒るは他人に迷惑をかける可能性が高いので,僕は基本的に控えるようにしています。他人に迷惑をかけないんならいいんじゃないですかね。

そんな中,渡邉先生は怒るということに肯定的,というよりは怒らないということに対して否定的な意見を展開されていました。

じっさい,怒って当たり前の状況でも怒らないほうが「冷静」で,怒ると「空気を読めない」とかいうのって,バカじゃないかと思う。

怒って当たり前の状況とはどんな状況なんでしょうか。

基本は感情で決めて,感情で決めると問題があることだけ論理的に調整すればいいと思う。その程度の話。

これ僕は真逆で,基本は論理で決めて,論理で決めきれないときだけは感情で決めるという立場ですね。たとえば昼飯をどこで食うか悩んだときは,「朝はご飯だったから昼は麺」とかが論理。で,そういうのを一通り考えて「でも吉野家でもマクドでもどっちもありだな」と思ったらなんとなくで決めるという感じです。

そうやって自分たち自身で「怒れないようにしている」わけです。「世間は厳しい」とかいうオヤジと同じ。RT @sasurainorounin: …ただ怒っても基本的にメリットないんですよ。周りの人も怒っている人をみるとなんかいやな感じがしますし自分もなんかいやな感じがしますよね…

この@sasurainorouninという方の意見は基本的に僕と同じですが,それに対して渡邉先生は「そうやって縛られている」というような反論をされています。そしてそれは「世間は厳しい」とかいうオヤジと同じであると。

ここちょっと分からなかったです。「世間は厳しい」って言ってるオヤジはすなわち「俺は厳しくしたい」と言っています。自分の意見を相手に押しつけるのに「世間」を持ち出しているわけですね。そういうオヤジが何をするのかというと怒るわけです。自分が怒る理由を世間に求めている。

なので,たとえば「怒りたいときには怒るべきだ」という意見に対して渡邉先生が”そうやって自分たちで「怒れるようにしている」わけです。「世間は厳しい」とかいうオヤジと同じ。”と言うなら分かるんですが。いや恐らく,構造は似たようなものだと思いますが,ベクトルが真逆だと思うんですよね・・・

我慢したほうがいいときと我慢しちゃいけないときがありますよ。我慢すべきでないときも我慢するのは大人じゃないです。 RT @sasurainorounin: いえ怒りというのはきわめて自然な感情なわけです。誰だって怒りたい時がありますがそれを我慢するのが大人だと思うわけです。

我慢しちゃいけないときとはどんなときなのか。

気に入らないときです。 RT @sasurainorounin: 具体的にどのようなときに怒るのですか??

ふむ。

それはそのつど違います。まあ大抵のことは気に入らないですね。 RT @sasurainorounin: どこがどのように気に入らないのでしょうか?

となると渡邉先生は四六時中怒っている?

「怒鳴らないとわからない人」がいるときには怒鳴ります。 RT @sasurainorounin: …怒るという感情から怒鳴るという行為にいたることを自分は否定したいわけです。怒鳴るというのはやはり言葉の暴力ですから。

怒鳴らないと分からない人とはどんな人なのか。僕はまだ会ったことがありません。

これじゃみんな鬱になるわけだよなあ。

で,この言葉なので,恐らく渡邉先生は「怒らないで我慢しているとストレスがたまる」という前提に立って話をされているように思います。でも僕の立場は逆で,「四六時中怒っている人はストレスがたまり続けている」と思います。自分の周りを見てもそんな気がするし,少しロジックを考えてみるなら,怒ることを我慢しようとしない人は,気に入らないことはどんどん攻撃していいと思って生きているわけです。そういう人は,いきおい現象のネガティブな側面を探そうとする傾向になっていきます。何らかの現象に対して,その現象の駄目な点を探そうとする。

一方怒ることをできるだけ控えようと思う人は,現象の良い点を探そうとする。どんな現象も悪い点もあれば良い点もあるものなので,怒りがちな人は悪い点ばかり目につくようになり,怒らない人には良い点ばかりが目につくようになります。結果,怒りがちな人はどんどん怒るべきネタが増え続けるのに対して,怒らない人にとってはそんなに嫌なことはない世の中になっていくと思うのです。

渡邉先生ほどの人が「怒るとスッキリする」というだけの前提で議論をされるとは思えないし,そもそもこの方はほとんど怒らない人であるように思えるので,もうちょっと深い議論を期待したいところですが,今回の話だけ見ると,やはり僕の「怒ってもあんまいいことない」という持論は変わらないなあと思いました。

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