ホワイト・ティース(上下)

ホワイト・ティース(上) (新潮クレスト・ブックス)
ホワイト・ティース(下) (新潮クレスト・ブックス) ホワイト・ティース(上)
ホワイト・ティース(下)
ゼイディー・スミス
小竹由美子 訳
新潮クレストブックス


本から顔をあげるたびに、呼吸を整えたくなる。
なんと饒舌でちゃかぽこしているんだろう。やたらコミカルだし。
肌の色が違う。祖国が違う。人種が雑多。宗教も主義もごそっと違う。設定からしてちかちかする。
彼らは、集まれば人の話は全然聞かず自分の言いたいことをがんがん主張する。
さらに、下巻で、かのユダヤ人インテリ一家がからんでくると、もうしっちゃかめっちゃか、ではありませんか。
文章にしたクレイジーキルトだ、これ。
だけど、この迫るような力強さ。縦横に広がるスケールの大きさに圧倒されてしまいます。
パキスタン移民、ジャマイカ移民、ユダヤ人、イギリス人。そして各々が持つ遠い歴史と現代。時間の推移・・・
ストーリーを辿ることはあまり意味がないかもしれません。
歴史も地理も人種も宗教も・・・みんなまとめてミキサーにつっこんで混ぜ合わせて、それぞれの人間ができあがっていく。


どの人たちもどこか可愛い。
はがきでしか登場しない、かの自転車競技選手(?)のまじめっぷりが絶妙な間合いをとるなか、
登場人物たちの性格の違いのおかげで深刻な話がKYな突っ込みになってしまう素敵な会話も、
本来鼻につくはずの上から目線の極端さも思わず笑わずにいられないし・・・
そして、くんずほぐれつしながら、一気にラストに向かって突っ走っていきます。


移民たちが、それぞれに抱えてきた思い。自分たちがどこから来てどこへ行こうとしているのか、どこへ行きたいのか・・・
それぞれに道は異なっているけれど、その道をさぐりながら歩く困難さは一緒。
そういう共感が彼らを結びつけるのだろうか。
そして、彼らの子どもたち。祖国を知らず、生まれ育った国の文化を身につけていく。
親の宗教観や祖国愛はもはや受け付けられず、では、生まれ育った国に頭から染まるか、といえばそれもできなくて・・・
自分は何者になろうとしているのか、そこには親より深い悩み・苦しみがある。
どこにも属することができないことの。
二世として生きることの。
そして、そのせいで親と子はさらに悩まなければならない。


訳者あとがきによれば、作者(24歳!しかもこれがデビュー作)自身が、イギリス人の父とジャマイカ人の母を持つハーフだそうで、
作中のアイリーの生い立ちに重なります。
作中のどの人をとっても、彼らの気持ちをほんとうに理解した、とは簡単に言えないのですが、
移民として、他国で、自分の生きかたを貫くことの難しさ、また世代間のより深刻なすれ違いなど、垣間見たような気持ちでいます。
ページいっぱいにちりばめられたたくさんの形容詞(決してお上品ではない)たちをとっぱらってしまえば(とっぱらいたくないけど)、
ピュアな人間たちが現れる。必死に人生にしがみつく人々が現れる。


・・・だけど、それがどうした。生きていくしかないじゃん。というどこか開き直りのようなものを感じる。
なんだか力が湧いてくるような気がします。
ものすごく大きなうねりの中で、揉まれ、もみくちゃになりながら、
かっこ悪く、情けなく、よれよれしながらも、ずっとこんなふうに進んでいこう、どこかに行き着くまで。
それぞれに重苦しいものを抱えているはずなのに(抱えつつも)読後の爽快感、晴れやかさはたまりません。