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ぱせりの本の森

2018-01-13

『ロボット・イン・ザ・ガーデン』 デボラ・インストール


人の傍らに(人の暮らしを支えるために)アンドロイドがいるのが、珍しくない時代(?)の話である。

イギリスの片田舎のベンの家の庭に、旧式のロボットが現れた。ロボットの名前はタング。彼は壊れていた。

何を聞いても(どこから来たのか、どうやってきたのか、そもそもの持ち主は誰なのか)タングは答えることができない。

閉じこもりがちで、他力本願のベンに、妻のエイミーはイライラしていたが、夫が、突然現れたロボットに夢中になっている様子に愛想をつかし、とうとう出ていった。

傷心のベンは、タングを連れて旅に出ることにした。

壊れたタングを治してもらうためにタングの作り手を探しに行くのだ。わずかばかりの手がかりを頼りに。

それは思いもかけない大旅行になる。イギリスから、カリフォルニアへ。テキサスへ。東京へ。それから・・・


ベンとともに旅をするうちにタングは、さまざまなことを学習し、成長する。

最初はごく少数の語彙しか持たず、動きもぎこちなかったタングが、どんどん言葉を習得し、表情も豊かになってくる。

ロボットそのものの姿のなかに、人間の幼児の姿が見えてくる。この子は、大きくなることに一生懸命の子どもそのものなのだ。

そして、ベン。彼もまた成長していたのだ。自分自身を見つめ直し、出ていった妻の気持ちが初めてわかったような気持ちになり、新たな二人の関係を考え始めていた。手遅れかもしれないけれど。

そして、ベンにとってのタングは、機械のロボットから、かけがえのない相棒(あるいは子)へとゆっくりと変わっていく。

そのときどきのいくつものエピソードが好きだ。大切なだれかへの一途な思いが好きだ。


嘘もつくし、知っている事をわざと隠したりもするタング。繊細で傷つきやすくて、大きくなりたい、と願っているタング。

「タング僕が大きくなったら、助産師になれる?」との言葉には、胸がいっぱいになってしまう。


タングは、人のようであるが、人ではない。

読めば読むほど、その武骨な箱型ロボットの姿は、その姿のまま、どこまでも「美しい」と思う。


ベンは旅の途中のさまざまな場面の中で何度も何度もロボットやアンドロイドたちの人権について考える。

ロボットは「奴隷になるために生まれてきた」ということ。彼らは人間に何を命じられても拒むことができないこと。

「あなたたちは、学習ロボットだかアンドロイドだか知らないが、子ども程度にしか発達していないものを世に送り出して、大人の仕事をさせ、勝手に適応することを期待してたんですか? 彼らに何が学べると思ってたんです?」

ロボット(あるいはアンドロイド)の姿をした彼らは、本当は何者だったんだろう。


または・・・

こうした学習するロボットたちを産み出したのが人間だ、ということが、気になっている。

たぶん、技術が進歩すれば、タングのような豊かな情緒をたたえた機械はほんとうに生まれてくるかもしれない。どんどん学習し、賢く、さらに感情は細やかになっていく。

そうなったとき…それは、やっぱり「機械」と呼ぶのだろうか。あるいは、魂をもった存在なのだろうか。その線引きはどこにあるのだろうか。

そうしたものを産み出してしまうかもしれないとき、人の側には、彼らを迎え入れるどのような準備ができているのだろうか。

タングとベンのいる世界では、とても混乱している。

アンドロイドやロボットたちは、機械でできた奴隷として生み出されながら、もはや機械とは呼べなくなっていることが心に残った。

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